第11話「衝撃、もうひとりの尊」

 咄嗟とっさに走り出した時、背中でクラスメイトたちの声を聴いた。

 誰もが、一足先に消えた宮園華花ミヤゾノハナカを心配していた。

 だから、猛疾尊タケハヤミコトは肩越しに振り返って脚を止める。


「安心しろっ! 華花は俺がなんとかする! お前たちは自分の命を守れ!」

「う、うん……そういえばハナハナ、こういう時って必ず」

「うっ! そ、それは……多分、トイレだ!」

「え? いや、そなの? それはそれで……なんか、妙に距離感近いよね、二人」

「気のせいだ! いいな、ちゃんと避難するんだぞ!」


 それだけ言って、再び尊は走り出す。

 シスターの「はしたないですわ!」という声が遠ざかった。

 深界獣しんかいじゅうの襲来となれば、華花が取る手段は一つ……変身である。無敵の戦乙女いくさおとめ神装戦姫しんそうせんきラピュセーラーへと変身するのだ。

 そのためには、人目を避けて一人にならなければならない。

 彼女の健脚は、訓練された尊でも追いつけそうにない。

 どうやら階段を駆け上がって、屋上へと向かっているようだった。


「なるほど、そこなら確実に一人になれる訳だ。ならば、俺のすることは一つだ」


 尊は周囲に注意を向け、気を配る。

 全校生徒が今、地下のシェルターに向けて避難しつつあった。そんな中、逆行する華花は目立つ。だが、それを教師や他の生徒に追わせてはいけない。

 秘密がバレたら、きっと華花は戦えなくなってしまう。

 女子高生にもなって変身ヒロインをやってるという、

 面倒臭めんどうくさいと尊は思う。

 それに、戦っている時のラピュセーラーは結構ノリノリだ。

 恥ずかしいならやらなければいいのに、律儀に毎度ラピュセーラーは人類を守ってくれるのだ。ならば、そんな彼女を守るために尊はいつだって全力を尽くす。


「よしっ、屋上へと行ったか! あとを着けている奴は……いないな」


 背後を確認して、頭上で鉄の扉が閉まる音を聴く。

 屋上へと飛び出し、今まさに一人の少女が無敵のヒロインに変身しようとしていた。そういえば尊は、ラピュセーラーへと変身する華花を見たことがない。

 見る必要もなく、会社からは彼女がラピュセーラーだと言われていた。

 少し、気になった。


「目視での確認が必要とは思えんが……警護対象の実態を知る必要はあるかもしれん」


 嘘だ、そんな言葉に正当性などない。

 ただ、純粋に見たくなったのだ。

 それは、見るなと言われれば見たくなる当然の心理でもある。それ以上に、尊は不思議だったのだ。何故なぜ、人類の未来を全て一人で背負って、華花が戦えるのか? 本当に彼女は、躊躇なく自ら進んでラピュセーラーへ変身するのか?

 気付けば、その真実は鉄の扉の向こう側にあった。

 思わず、そっと静かにドアを引く。

 隙間からは、溢れんばかりの光が尊を照らした。

 そして、りんとした声が響き渡る。


「あまねく光を力へ変えて、人の祈りと願いを胸に! 変っ、身っ! ラピュッ、セイラアアアアアアアアッ!」


 そこには、輝く華花の裸体が浮いていた。

 全裸になった彼女の背中が、徐々に空へと吸い込まれてゆく。

 そして、ほとばしまばゆい光は、いよいよ強くなって尊の視界を塗り潰した。なにも見えぬ純白の世界の中、なにかが轟音と共に飛び去ってゆく。

 それは、間違いなくラピュセーラーに変身した華花だった。

 思わず言葉を失ったまま、ふらりと尊は屋上へと出る。

 晴れ渡る空の下、海へと向かう光が天に尾を引いていた。


「……知ってたはず、なのにな。俺は……ようやくわかったような気がする」


 改めて思い知った。

 やはり、宮園華花は人類の救世主メシア、無敵のヒロインなのだ。彼女だけが、滅びゆく人類を救える。そして今も、救い続けている。

 そんな彼女を支えて守るには、尊はあまりにも弱かった。

 だが、なにもできないとは思いたくない。

 無力だと認めるより先に、尊には成すべきことが山程あった。


「さて、流司リュウジさんたちに連絡を入れておくか。また港湾施設付近での戦闘になるだろうが、華花はおっちょこちょいだからな。周囲の建物等を守らねば……むっ! 誰だ!」


 不意に、背後に気配を感じて振り返った。

 そして、尊は目を見開いたまま固まってしまう。

 そこには、自分と同じゲオルギウス学園の制服を着た少女が立っている。長い長い三つ編みは深い緑色ダークグリーンで、眼鏡めがねの奥で美貌が凍っている。切れ長の瞳にすがめられ、尊は身動きができなかった。

 それでも、必死に声を絞り出す。


「だ、誰だお前は……みっ、見たのか? 見たな! なら、ただで帰す訳には」

「フッ、落ち着け。確か、閃桜警備保障せんおうけいびほしょうの……そう、あのポンコツのパイロットだな?」

「な、何故それを……? いや、それより……俺たちの"羽々斬ハバキリ"をポンコツだと言ったか」

「あるいは鉄屑ジャンク、ガラクタ、それら全ての言葉でも物足りないくらいの役立たず、か」


 酷い言われようだが、露骨な挑発に尊は冷静になれた。

 どうやら謎の少女は、華花の正体は知っているらしい。その上で、こちらの情報も熟知しているようだ。ならば、怒りに身を任せて戦いを挑むのは愚策というもの。

 こちらが冷静さを取り戻すと、謎の少女は「ほう?」と目を細めた。

 華奢きゃしゃな細身で、美少女と形容して差し支えない容姿をしている。だが、酷く目が老成して、大人びた印象を与えてきた。まるで、無理をして大人を演じようとしているようだ。


「見直したな。カッとなって飛びかかってくるかと思ったが」

「悪いが俺はそこまで馬鹿じゃない」

「その格好は馬鹿みたいだが、ハッ! 案外似合うじゃないか……猛疾尊」

「俺の名もお見通しか」

「猛疾博士に息子がいることは聞いていたからね。ついでに顔を見てやろうと思ってたけど、まさか向こうからこの女の花園に飛び込んでくるとは」


 一瞬、尊の身体が強張こわばった。

 なにか、得体の知れない恐怖が全身を縛ってきたのだ。

 自分は、目の前の少女を知っている気がする。

 いや、なにも知らないのに、関係性を感じているのだ。

 そして、彼女は尊の父、猛疾荒雄タケハヤスサオの存在をもちらつかせてきた。


「……単刀直入に問う。お前は何者だ。名乗れ。返答に寄っては――!」


 尊は、スカートの中に隠した太腿ふとももの拳銃を手に取る。

 銃口を向けられても、少女は泰然たいぜんとして揺るがない。

 そんな二人を突然、黒い影が覆った。

 次の瞬間、衝撃に校舎が揺れる。

 何事かと振り返った尊は、グラウンドに降下してきた巨大なギガント・アーマーに絶句した。完全な人型のシルエットをした、全高20mの機動兵器である。


「なっ……こ、これは! "草薙クサナギ"か? いや……違う! 48式"草薙"と似てるが、違う!」

「そう、この機体は"草薙"じゃない。ボクの"叢雲ムラクモ"……47式"叢雲"だ」

「47式……"叢雲"……だと? では開発時のデータ収集用に建造された試作実験機というのは」

「フッ、この機体はどこかのドンガメと違ってピーキーでね」


 不敵な笑みを浮かべて、少女は屋上のフェンスを軽々と飛び越える。

 他にも、周囲にはカスタム改造された"草薙"……いわば"草薙"改と言える機体が10機前後降りてきていた。どれも、対獣自衛隊たいじゅうじえいたいに所属する機体とはカラーリングが違う。

 所属不明のギガント・アーマー部隊が、学校のグランドを占拠していた。

 そして、少女は最後に名乗って屋上から飛び降りる。


「ボクの名は、タケル……こんな名前でも乙女さ、お見知りおきを」

「待て、タケル!」

「尊……ミコト、いい名前だよね。ボクも尊と書いてタケルだったらよかったのに」


 胸部のコクピットが開いて、"叢雲"はタケルを吸い込んだ。

 同時に、ヒロイックなツインアイに光が走る。

 さながら孤高の鎧武者を思わせる"叢雲"は、左右の腰に太刀たちをはいている。

 機体を回頭させ、タケルはそっと"叢雲"の手を伸べてきた。


『これからボクは、ラピュセーラーを援護に行く。来るかい、姉弟きょうだい?』

「姉弟、だと?」

『そうさ。ボクにとっても、猛疾博士は父親のような存在だからね。尊、ボクのすぐ近くで現実を見るんだ。深界獣と戦うには、キミたちは甘い、甘過ぎるっ!』


 尊は一瞬、躊躇ちゅうちょした。

 だが、次の一言が彼をあおってくる。


『キミの"羽々斬"は……知ってるかい? 神話では、八岐大蛇ヤマタノオロチを退治すべく、須佐之男スサノオが振るったつるぎ天羽々斬アメノハバキリだ。だが、尾を斬ろうとして天羽々斬はやいばが欠けてしまうんだ。そう――』


 立ち尽くす尊を見下ろしながら、ふわりと、"叢雲"が浮き上がる。

 周囲などお構い無しで、熱風が屋上を薙ぎ払った。

 そして、鋼鉄の手が尊を鷲掴わしづかみにして、そのまま空へと連れ去る。

 単独で完全な飛行能力が"叢雲"にはあるようだ。


『何故、天羽々斬が欠けてしまったかわかるかい? そう……八岐大蛇の尾には、一振りの剣が入っていたのさ! それが、天叢雲剣アメノムラクモノツルギ……つまりはそういうことだよ、尊っ!』


 "羽々斬"はあくまで、"叢雲"や"草薙"が開発されるまでの急場しのぎだった。まるでそう言いたげだ。だが、尊には神話の世界も、ギガント・アーマー開発の歴史も興味はない。

 今はこうしていれば、一番速くラピュセーラーの元に……華花の元に駆けつけられる。

 なにができるかはわからないが、なにかしなくてはという気持ちで一杯だった。

 愛機がなくても、きっとなにができる筈だから。


「くっ、気圧が……おい、タケルッ! 俺をコクピットに入れろ!」

『おっと、そうだったね。おいで、ボクの可愛い弟クン』

「お前のような姉など、知らん! 俺の家族は、死んだ母さんと照奈テリナさんだけだ!」


 不満そうな沈黙の後で、胸部へと腕が動く。

 開かれたハッチの奥へと、そのまま尊は投げ込まれるのだった。

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