第8話「互いの秘密、抱えた嘘」

 満天の星空が照らす、気高き孤高のウルトラヒロイン。

 今、天の大地に腕組み仁王立ちして、ラピュセーラーが猛疾尊タケハヤミコトを見下ろしていた。

 全長50mの美少女が、月を背にゆっくりと降りてくる。

 凛々りりしい表情には今、大きなひとみが燃えていた。


神装しんそうっ! 戦姫せんきっ! ラピュッ! セエエエエッ、ラアアアアアアアッ! ただいま参上ですっ!』


 大きく見栄みえを切って、ラピュセーラーがいつもの決めポーズ。

 それを見上げる尊は、半壊したコクピットの中で知った。

 海面へと浮上したのではない。

 深界獣しんかいじゅうごと尊の"羽々斬ハバキリ"三号機が、空の中にいた。

 ラピュセーラーの足元だけ、海が割れている……そこだけ、真っ二つに浅くなっていた。左右に海水の断崖を見上げながら、尊は絶句する。まるで古代の聖典にある伝承そのものだ。


「嘘だろ、おいおい……どういう原理だよ、っと? お、おおっ!?」


 見えない力で、海の谷間から尊は浮き上がる。

 ゆっくりと、ラピュセーラーへと深界獣が吸い寄せられた。

 あっという間に、夜空で巨大鮫きょだいざめごとき威容が無力化された。

 そして、ラピュセーラーは『ラピュッ!』と両手で巨躯に組み付いた。そのまま、両肩にかついで深界獣を絞り始めた。耳に痛い獣の咆吼ほうこうと共に、深界獣は背骨をきしませる。


『必殺っ! 乙女おとめブリーカー! ラピュピュピュピュゥゥゥゥゥゥゥ!』


 アルゼンチンバックブリーカーの、どこに乙女要素があるのだろうか?

 だが、圧倒的な力でラピュセーラーは、空中で深紙獣の全身を折り曲げてゆく。

 痛みに絶叫を張り上げ、ますます尊の"羽々斬"へと牙が食い込んでいった。警告音と共にコクピットが真っ赤に染まる。点滅するコンソールをにらみながら、必死で尊は足掻あがいて藻掻もがいた。

 しかし、無情にもキャノピーのひび割れは広がり繋がって……ついにハイパーテクタイトが硝子ガラスのように砕け散る。

 外の風が、深界獣の生臭い臭いを運んでくる。


「グッ、まずい! ったく、華花ハナカの奴め……加減を知らないのかっ!」

『そーれっ、これでぇ! トドメッ、ですっ! 乙女ファイナルゥゥゥゥゥ、ブリーカアアアアアアッ!』


 ぐったりしてしまった深界獣を、高々と両手で月へとささげるラピュセーラー。彼女はそのまま、見えない翼を羽撃はばたかせる。あっという間に、眼下の景色が飛び去った。聖乙女天駆ラ・ピュセルてんく、夜空をせるラピュセーラーが海を置き去りにした。

 そして、徐々に開けた土地が大きくなってくる。

 それは、御台場おだいばを飛び越し都内をまたいだ、新宿御苑しんじゅくぎょえんだった。

 ラピュセーラーは右脚のひざを突き出しつつ、両手で深界獣を振り下ろす。

 着地と同時に激震が走って、膝の上に叩きつけられた深界獣がくの字にへし折れた。


成敗せいばいですっ! ラピュ!』


 完璧にバックブリーカーが炸裂して、ラピュセーラーは深界獣を放り投げた。

 その口から解放された尊は、大量の吐瀉物としゃぶつと体液に塗れて地面へ落下する。最悪だ。深界獣の臭いで、鼻が曲がりそうだ。曲がるだけで済めばいいが、もげそうである。

 なんとか機体のダメージをチェックし、周囲をスキャンする。

 どうやらこの時間、新宿御苑は閉鎖されていて無人のようだ。

 恐らくラピュセーラーは……宮園華花ミヤゾノハナカはそれを知ってこの場所を選んだのだろう。


「とにかく、これで倒したか? 毎度ながら、滅茶苦茶な強さだ」

『あっ、そこのロボットさん! 大丈夫ですか? わ、ちょっとばっちい……待ってくださいね、ラ・ピュセル水流っ!』


 近寄ってきたラピュセーラーのかざした手から、天の恵みにも似た雨が降り注ぐ。ただの水ではないようで、あっという間に"羽々斬"にこびりついた汚濁おだくが流されていった。

 周囲の空気までもが、清浄に澄み渡ってゆく。

 びしょ濡れになりながらも、尊は安堵の溜息ためいきこぼした。

 どうにか"羽々斬"を立たせると、両膝に手を当てラピュセーラーが身をかがめる。

 この時、尊は決定的なミスを犯してしまった。

 咄嗟とっさのことで、忘れていたのだ。

 今、頭部コクピットのキャノピーは木っ端微塵に吹き飛んでいる。フレームも歪んで、尊は外気に身をさらしていた。その目の前に、精緻な美貌が大きく迫る。

 ラピュセーラーは、尊を見てハッと息を飲んだ。


『あっ、あれ? え……みこっちゃん?』

「……しまった。あ、いや、待て! ……自分は閃桜警備保障せんおうけいびほしょう深界獣対策室しんかいじゅうたいさくしつの猛疾尊であります。どこの誰かは存じませんが、ラピュセーラーの強力に感謝します」

『あ、うん……そ、そうだよね。どういたしましてっ! ……バレて、ないよね』


 

 そして、彼女もまた……華花もまた、。今、この瞬間が訪れるまで、ずっと。

 最後の秘密だけを残して、二人の正体が明らかになった。

 お互いのことを知ったが、その認識をギリギリの嘘が今も包んでいる。

 

 自分がラピュセーラーだと、気付かれていないと思っているのだ。


『でも、無事でよかったぁ。みこっちゃんを危うく、深界獣ごと死なせちゃうとこだったよぉ』

「え、あ、いや……どうして自分の名を? ――ハッ! いや、みこっちゃんと俺を呼ぶ人間は、ほら、ええと、その! フシギデアリマスネー!」


 思わず尊は棒読ぼうよみになってしまう。

 華花は華花で、安心したのか涙目になっていた。

 そんな中……不意にノイズ混じりの無線から声が走る。


『尊ぉ! 気を抜くなっ! 奴はまだ、死んじゃいない!』


 チームの隊長、十束流司トツカリュウジの激した声だった。

 そして……先程倒したかに思われた深界獣が、ふわりと宙に浮かび上がった。

 そう、空を飛んでいた。

 驚くべき再生能力は、同時に驚異的な進化の力を見せ始める。全身のうろこが剥げ落ち、羽毛が巨体を覆っていた。左右のヒレが大きく伸びて、翼となって広がる。

 深界獣は、個体だけで完結した進化を行うことがある。

 それは、戦う場所への適応能力だ。

 人類も対抗してギガント・アーマーを開発しているが、科学文明を嘲笑あざわらうかのように深界獣の進化は加速する。


「なっ……まだ死んでなかったか! 華花……じゃない、ラピュセーラー!」

『えっ? 今……ううん、違うよねっ! だいじょーぶっ! よーし、今度こそやっつけちゃうから!』


 だが、直後にラピュセーラーの悲鳴が響き渡った。

 これぞまさしく、きぬを裂くような女の悲鳴というやつだ。

 可愛らしい声と共に、その巨体がよろける。

 尊の"羽々斬"をかばったため、直撃を受けてしまったのだ。


『いったーい! もぉ、怒ったんだから! ラピュッ!』


 ラピュセーラーもまた、夜空へと舞い上がる。

 熾烈しれつな空中戦が始まり、先程の一方的な優位性が過去のものとなる。新たに空を泳ぐ力を得て、深界獣は縦横無尽じゅうおうむじんに動き回った。

 ラピュセーラーも必死で戦うが、防戦一方である。

 幸い、新宿御苑の広さは無人のコロシアムを形成していた。周囲の被害は心配ないが、この限定された戦場がラピュセーラーに防御を選ばせている。

 新宿御苑上空から出さぬようにと、彼女は身体を張って攻撃を受け止めていた。


「まずいぞ、華花が。なにか援護を――」

『尊っ、まだ動ける? アンタの前方、100mの距離……生命反応があるわ!』

「なん、だと……? おいっ、ルキア!」

『熱量と大きさから、多分子供ね。どうしてこんな時間に一人で』

「知るかっ! それより、ここにいたら巻き込まれる! うおおっ、動けぇっ!」


 すでに半壊状態の"羽々斬"に、無理を承知でむちを入れる。

 長らく激戦を生き抜いてきた三号機は、むずがるように震えながら立ち上がった。視界を確保するため、尊はひしゃげたフレームにわずかに残るキャノピーの残骸を叩き割る。

 目視で捉えた夜の公園は、鋼鉄の巨人が走り出せば風を感じた。

 耳元ではまだ、回線の向こうからルキアが叫んでいるのが聴こえていた。


『急ぎなさいよ、尊っ! ……アタシみたいなの、増やさないで』

「わかってる! それよりルキア、海からあがったか? 装備は!」

『急いで換装したわよ! もうそっちに合流できそう』

「ナイスだ……アンカークローで奴の尻尾を! 一瞬でいい、ほんの少しでいいから、あのスピードを殺してくれ!」

『アタシにラピュセーラーを助けろっての? ハン、そんなの……今はやるしかないじゃないっ!』


 同時に、援護射撃が深界獣を襲う。

 天空を舞う飛翔魚デビルフィッシュの土手っ腹に、滑空砲かっくうほうでの砲撃が炸裂した。恐らく、流司の一号機だ。そして、ルキアの二号機がレンジ・インするのがレーダーで見て取れた。

 既にもう、大半の機能が死につつある。

 三号機のダメージは深刻で、動いているのが不思議なくらいである。

 だが、動ける限りは全てを救う、それが尊の戦いだ。

 そして、それはラピュセーラーこと華花も同じはずだ。


「熱源反応! よし、確保っ! 握り潰してくれるなよ、相棒ッ!」


 愛機に語りかけ、無骨な手で要救助者を大切にすくい上げる。

 それは、背後でラピュセーラーの声が響くのと同時だった。

 振り向けば丁度、ルキアの二号機が左腕のアンカークローで深界獣をとらえている。質量差がありすぎて、二号機が引きずられるように浮かび上がった。すぐにケーブルを切断し、地上へとその不格好な姿が戻る。

 そして、一瞬の隙をラピュセーラーは逃さなかった。


『今ですっ! 乙女っ、ハンマー! かーらーのっ!』


 ラピュセーラーは、拳と拳を握り合わせて、勢いよく両手を深界獣へと叩きつけた。土砂を巻き上げ、巨大な獣が大地へと落下する。

 その真上に陣取り、ラピュセーラーはポニーテイルで輪を描く。


『真下になら大丈夫っ! エンジェリック・スライサー! スッ、ラアアアアアッシュ!』


 ラピュセーラーの頭上に浮かんだ天使の輪が、光を放って解き放たれる。

 あっという間に深界獣は、その場で真っ二つに切り裂かれたのだった。

 そして、丁度力尽きて崩れ落ちた三号機の手に……救われた生命のなきごえがあった。

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