第3話「光の乙女、悪を裂く」

 青と白のセーラー服姿に、真っ赤なスカーフ。

 どう見ても女子高生にしか見えない、それは全長50mの光の少女だ。その名は、神装戦姫しんそうせんきラピュセーラー。数年前から地球を守って深界獣しんかいじゅうと戦う、謎のスーパーヒーロー……否、ウルトラヒロインだ。

 猛疾尊タケハヤミコトは、毎度律儀に現れる救世主メシアを見て思った。

 

 逆に、どうにか体勢を立て直した対獣自衛隊たいじゅうじえいたいのパイロットたちが歓声を上げる。


『うおお、ラピュセーラー! 来てくれたか!』

『頼むぞ、ラピュセーラー! 深界獣を倒してくれ!』


 完全に神頼みの領域だが、無理もない。

 この12年で、深界獣は強くなり過ぎた。それは、人類がギガント・アーマーをアップデートし、新規開発するよりも速い。まさに進化と言えるレベルで、どんどん世代を重ねてゆく深界獣……その生態は、全てが謎に包まれていた。

 そして、圧倒的な力で深界獣を倒す美少女、ラピュセーラーこそが最大の謎だ。

 少なくとも、普通の人間にとってはそうだ。


『ラピュッ! 任せて下さい! よーしっ、行くぞーっ!』


 わずかに腰を落として、ラピュセーラーが瞬発力を爆発させる。

 それだけでもう、大地はひび割れ周囲の車両がひっくり返った。長い長い金髪のポニーテイルをたなびかせて、あっという間にラピュセーラーは深海獣に組み付き、対自の"草薙クサナギ"から引きがす。

 因みに今の『ラピュッ!』は掛け声らしい。

 本人が言うのだから、間違いない。


『よーし、我々対自たいじもラピュセーラーを援護だ!』

『くぅ、強ぇえ! 見ろ、あの大蛇野郎をパンチで一発だ! ……いったいどこの何者なんだ?』

うわさじゃ、どこかの民間秘密組織が作ったスーパーロボットらしいな』

『そういや、ちょっと美少女ロボのプラモに似てる……で、民間の秘密組織?』

『俺としては、宇宙からやってきた光の使者だと思いたいんだが。ああ、そういえば』


 2機の"草薙"が、そろってこちらを振り向いた。

 だが、尊は忙しくてそれどころではない。

 長竿ながざおみたいな対物アンチマテリアルライフルをかついで、彼の"羽々斬ハバキリ"は走り出す。こういう時、重くて遅い機体が恨めしい。

 同時に、通信機は別の回線を繋いでだるい声を響かせた。


『いよう、尊! 元気にやってっか?』

流司リュウジさん! 今、どこですか!」

『もうすぐ現着だ。二号機のルキアも一緒だよん?』

「だよん、じゃないですよ! 急いでください。俺だけじゃラピュセーラーを……華花ハナカをフォローしきれないですって!」


 ――華花。

 フルネームは、宮園華花ミヤゾノハナカ

 どこにでもいる普通の17歳、尊と同い年の女子高生だ。

 "羽々斬"一号機に乗る隊長、十束流司トツカリュウジは知っているのだ……勿論もちろん、尊も。そう、深界獣対策室しんかいじゅうたいさくしつの面々のみならず、閃桜警備保障せんおうけいびほしょうの全社員が知っている。

 謎の戦士ラピュセーラーの正体は、都内に住む一人の女子高生だ。

 華花が何らかの理由で、変身して戦っているのである。


『とりま、尊! あと5分、いや3分でそっちにつく。なんとか持ちこたえろや』

『……ホバー移動なら、すぐ』

『ルキア、そう言うなって。街が滅茶苦茶になっちまう。そんな訳だ、尊。頑張れよ!』


 それだけ言って、隊長からの通信は途絶えた。

 そして、尊のもう一つの戦いが始まる。

 普段は"羽々斬"を駆って、深界獣と戦って街を守る。だが、ラピュセーラーが登場すると、ミッションの内容は激変するのだ。

 ぶっちゃけて言うと、ラピュセーラーが……華花が来た時点で勝利は揺るがない。

 だが、時に無敵のウルトラヒロインは、深界獣より厄介やっかいだ。


「って、言ってるそばから……クッ、間に合うか?」


 迷わず尊は、愛機をジャンプさせる。

 そのまま海へと落ちる瞬間、周囲の安全を確認してホバーユニットを起動。熱した圧搾空気あっさくくうきが脚部の中で生成され、海面へと叩きつけられた。

 不安定な浮遊感の中で、尊は急加速を命じて前進した。

 短い脚で走っていた時とは、まるで別物のスピードで風になる。

 その頃にはもう、ラピュセーラーはのたうつ大蛇オロチのような深界獣を圧倒していた。


『ラピュッ! 悪い子には鉄拳制裁てっけんせいさいです! 乙女おとめっ、キィィィィック!』


 ちなみにキックは鉄拳じゃない、などと突っ込んでいるひまはない。

 尊を乗せた"羽々斬"は、沖の方で巨大な水柱みずばしらが吹き上がる方へと急いだ。ラピュセーラーのえげつない程に綺麗なハイキックが、深界獣の巨体を吹き飛ばしたのだ。

 どうでもいいが、ほぼY字ワイじバランスの状態で、ぱんつ丸見えである。

 ぱんつというよりは、ハイレグのレオタードみたいになっていた。

 


「って、そんなことより! あのバカッ、またブッぱなす気だ。……しかも、おいおい……この位置って」


 おぞましい声を張り上げ、双頭そうとうの大蛇が両方の顔を海からのぞかせる。片方は先程の尊の狙撃で、頭が半分吹き飛んでいた。だが、そんなことで深界獣は死なない。殺せないのだ。

 海の底、確認されてる海溝の中でも、世界一と言われるマリアナ海溝。

 そのさらに下から、奴らはやってくる。

 そして、海より上陸して都市を襲うのだ。

 コミュニケーションが取れないため、理由は不明である。

 ただ、人類の文明は滅ぼされつつあることだけが明らかだ。

 最強のラピュセーラーとて、一人で地球の全ては守れないのだから。

 そのラピュセーラーが、大見栄おおみえ切って深界獣を指差ゆびさす。


『さあ、トドメですっ! あまねく光よ、わたしに力をっ!』


 ラピュセーラーの、まるで明治の剣術小町けんじゅつこまちといったおもむきのポニーテイルが揺れる。それはいつも通り逆立って、ラピュセーラーの頭上で輪を描いた。

 それは文字通り、使である。

 周囲に光が集まり、スパークするプラズマが白く広がってゆく。

 急いで尊は、対物ライフルのマガジンを交換する。こういう時、"羽々斬"の不器用な三本指がもどかしい。それでもどうにか、特殊榴弾ExHEを装填して射撃体勢を取る。

 それは、必殺の一撃が放たれるのとほぼ同時だった。


『必殺っ! エンジェリック・スライサアアアアアアアアッ!』


 天使の輪っかは、膨大な熱量を持ったエネルギーのかたまりを生み出していた。それは、触れる全てを斬り裂く神の一撃……頭上で回転する光の刃を、ラピュセーラーはかざした手の上に招いて、そして解き放つ。

 聖歌にも似た不思議な音をかなでて、光の円刃スライサーが飛ぶ。

 それは、怒り狂って躍りかかろうとした深界獣を斬り裂いた。

 真っ二つになった大蛇は、その断面から白いほのおを吹き出し燃え尽きてゆく。

 深界獣は全てが謎に包まれているが、わかっていることもいくつかある。一つは、海の底、深海の彼方かなたより襲い来ること。そして、苦労して倒すと……


「深界獣、殲滅せんめつを確認……でっ! こいつを、喰らええええっ!」


 瞬時に照準を固定し、搭載された一昔前のコンピューターを信じる。"羽々斬"の頭脳である初期型の量子演算器りょうしえんざんきは、ターゲットを狙撃するための弾道予測計算をオートで処理し、尊を導いてくれていた。

 ヘッドアップディスプレイに浮かぶマーカーを見定め、スイッチ。

 発射された弾頭は、狙いたがわず巨大な光輪に重なった。

 小さな爆発が起こって、微妙に光輪の飛ぶ軌道がそれる。

 そして、深界獣の後方にあった、東京湾を横断する橋をわずかにかすめて飛び去るのだった。


『よしっ、成敗! それでは、わたしはこのへんで……ラピュッ!』


 ラピュセーラーはふわりと浮き上がるや、光の尾を引いて飛び去った。

 ようやくミッションが完了して、尊はどっと疲れてシートに沈む。

 その頃になってようやく、味方が援軍に到着した。

 "羽々斬"は、尊の三号機の他に、隊長である流司の一号機と、もう1機……


『尊、ヘマしてない? なーんだ、もう片付いちゃったんだ。……つまんない』


 二号機を預かる紅一点こういってん、ルキア・ミナカタが、平坦な声を響かせる。年下の癖に、なにかと尊をチクチクといじってくるのだ。かわいい顔してかわいげはない、そんな12歳も立派なチームの一員である。

 尊もそうだが、閃桜警備保障には少年少女の社員が少なくない。

 勿論もちろん、正社員待遇で福利厚生もバッチリ、な優良企業だ。

 そう、仕事内容以外は。

 閃桜警備保障の深界獣対策室が行う業務は、文字通り深界獣との戦闘……そして、毎回現れるラピュセーラーの、強過ぎる力から街を守ることだった。


「遅ぇぞ、ルキア。ったく……今日も大変だった」

『ふーん、じゃあ……尊が片付けた仕事だから、尊が報告書ヨロシク』

「……は? いや待てって! ただでさえこれから……ああもうっ!」

『ヨ・ロ・シ・ク? 断ったら、今度こそスカートはかせるから。フリルとレースでふりふりなやつ』


 どういう訳だか、ルキアには頭が上がらない。

 どうしても彼女のちには、母親と死別した自分でさえ引け目を感じるからだろうか? だが、彼女は安っぽい同情を好まない、さっぱりとした性格の持ち主である。

 妹みたいなもんだと思えば、もう少しなついてくれてもいいのではと感じた。

 そうこうしていると、一号機の流司が言葉を挟んでくる。


『はいはい、ルキアー? お前さんね、いい加減に書類仕事を尊に丸投げするの、やめなさーい? おじさんが手伝ってあげるからサ』

『……はーい』

『って訳で、尊はこのあと、よろしく』

『うわーい、とくしゅにんむだー、みことー、がんばえー』


 棒読みなルキアもだが、無気力で投げやりな流司にもイラッとさせられる。

 そう、戦いは終わって……また、尊にはいつもの仕事が回ってくる。

 それは、ラピュセーラーに変身して戦う少女、華花に関わる問題だった。

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