第50話 華流院怜奈という少女②
それから数年。
華流院怜奈は無事、小説家デビューする。
新しいペンネームによって書いた新作『異世界転生したオレのハーレムが日本に侵略しに来た』が、とある編集者の目に止まり、書店へと並ぶ。
それは瞬く間に売れ、華流院怜奈の華麗なデビュー作となる。
だがたくさんの読者の目に止まるということは、それに比例するだけの批判や悪意を向けられることとなる。
彼女がファンを得ると同時に、それに同じくらいのアンチが生まれる。
『話題作って言うから買ってみたけど、案の定クソ小説だった』
『都合のいいオレツエー、ハーレム、低脳設定』
『いい加減こういう質の低い作品の書籍化やめろよ。こんなんだからなろう系小説ってバカにされるんだよ』
「……なによ、こいつら人が必死に書いて書籍化したものを……!」
無論、それらのコメントを見るたび、華流院怜奈のはらわたは怒りに煮えたぎる。
送られてきたアンチからのメールには日々雄叫びをあげている。
だが、それでも彼女は決して筆を折らなかった。
それは小学生時代にこれ以上にひどい批判の嵐にあっていたこともそうだが、その中で彼女は世界にたった一人でも自分の小説を面白いと言ってくれる人がいれば、その人のために書けることを知っていたからだ。
「……確かに私自身、都合がいいし、話も設定もどうかと思うわよ。だけど、そんな私の小説でも楽しんでくれてる人がいる。実際、これだけたくさん売れて、続きも買ってくれてる人がいる。なら、その人達のためにも私は作家を続ける」
そんな当たり前だが、しかしそれを持ち続けることがいかに難しいことか彼女は知らなかった。
そんな彼女を作り上げた存在こそが、幼い頃、彼女の作品に始めて「面白かった」とコメントしてくれた読者ジャスティスヒーローであった。
あれ以来、感想板でジャスティスヒーローの名を彼女が見ることはなかった。
当然、小説はおろかペンネームすら変えたのだ。それに彼が気づくはずがない。
ただ心の中で華流院怜奈は思っていた。
今の自分の作品を、あのジャスティスヒーローさんが見たら、どんなコメントをしてくれるのだろうか。
「あの時よりも面白かった」「もっと見たい!」「さすが○○さんの作品です!」と褒めてくれるだろうか。
そんな淡い期待を込めながら、彼女は一人部屋の中で頬を染め、見知らぬ自分のファンに心を動かされていた。
だが、現実はそんな彼女の期待とは全く異なっていた。
「おい、誠一。昨日のあの新アニメ見たかー? マジクソだったよなー」
「ああ、思った思った。つーか、あれってなろう系アニメってやつだろう? 転生した主人公が都合いいスキルもらって無双とかそんなんばっかマジああいうの話うっすいし、つまんねーわ」
「だよなー。オレもあとでネットで調べたけど案の定、なろうの小説だったよー。アニメひどいから試しに小説も読んだみたけど、内容マジひどすぎだよー。チープなハーレム物でさ。とにかく主人公が無双してヨイショされるだけの話だったわー」
「っていうアニメの作画もひどかったよなー。手抜き臭半端ないわー。あれスタッフどういう気持ちでアニメ作ってるんだろうな?」
「っていうかなろう系はもういいよー。ワンパターンだし、ハーレムだし、主人公つえーばっかでウンザリ。さっさと他のやつをはやらせてくれよー」
「分かるー。マジなろう系見飽きたわー。あんなのが売れるとか作者も出版社も楽だよなー。つーか、オレでも書けそうだよ。あんなの」
「分かる分かるー。ああいうの見るとオレも作家になれるわーって思うわー」
「お、それじゃあ、そろそろ授業始まるからまた後で話そうなー」
「おう、了解。またなー、亮」
それはたまたま彼女の耳に入った言葉。
あれから売上も好調となり、すっかり人気作品となった自分の小説がアニメ化となった。
すでにネット上の感想を漁っていたが、まさか自分の隣に座る男子から己の作品の感想が聞こえるとは思いもよらなかった。
それもディスり合いの方で。
「――矢川(やがわ)誠一(せいいち)君」
「え?」
思わず彼女は声をかけた。
学園でも秀才とされる彼女は無論、クラスに居る全員の名前を記憶している。隣にいる人物のことならなおさらだ。
だからこそ、彼女はその少年に声をかけた。
理由は無論、言うまでもない。
「あれのどこがクソだったの?」
「へ?」
彼女は彼女なりに自分の作品に誇りを持っている。
少なくとも楽しんでいる人がいるのだから、その人達のためにもクソと言われたまま引き下がるわけにはいかない。だが、
「ええと、まず最初の掴みがすごいありふれてる。っていうかああいうのってなろう小説で死ぬほど見たし、あとキャラが問題だよね。主人公が無双したあと「え? 別にこれくらい普通でしょう?」っていう常識知らずなドヤ顔。つーかなろう系で多い、あの無自覚無双の性格ってどうなの? 仮にもその世界に転移なり転生なりして周囲の力量を少し見れば自分と相手の実力差くらいなんとなく分かるんじゃないの? ああいういかにもすました感じの無双アピールがなーんか気に食わないんだよねー。で、それ見てすぐ惚れるヒロインとかベタ以上にドン引き。ヒロインのキャラも適当に属性詰めた連中ばっかで、あとは……」
「~~~~~~~~!! ……に、よ……! なによなによなによなによ! なによ―――!!!」
少年、矢川誠一から放たれた言葉の数々は彼女にこれ以上ない感情の振り幅を起こさせた。
それは無論、画面越しに言われるのと面と向かって罵倒されるのとでは言葉の重みが違うということもある。
だが、それ以上になぜだか華流院怜奈は矢川誠一という少年からの罵倒が、これまでにないほど耐え難く、許しがたく、同時に心の奥に重くのしかかるのを感じた。
「つまり、あなたから見たらあの作品はクソってことなの!?」
「ええと、うん、クソだね。クソオブクソだよ。なろう作品の中でも一際酷いクソ作品だよ」
「あああああああああああああああああああああああああああああああーーー!!!」
思わず彼女は立ち上がり、そのまま教室から立ち去った。
普段の自分であればありえない醜態。たとえ、面と向かって罵倒されようとも華流院家の令嬢として毅然たる態度を保つべき。
そう分かっていながらも、なぜだか彼の放つ言葉の前には自分が培ってきた仮面がはがされ、その奥にある激情という名の本性を晒された。
次の日も華流院怜奈は誠一と話す。
その次の日も、次の日も、その次の日も。
ある時、華流院怜奈は矢川誠一という人物に興味を抱く。
確かに彼は自分の作品である『異世オレハーレム』を侮辱し罵倒する。だが、そこには確かな根拠があり、理にかなった批判も存在した。
癪ではあるがそれを認めるのは作者としては致し方のないこと。
それ以上に、彼は作品をよく見ている。
ただネットの評判などに合わせて叩きたいだけのアンチとは異なるとだんだんと理解した。
そんなある時、華流院怜奈は衝撃の真実を知る。
『はじめまして。ウェブ版の『異世界転生したオレのハーレムが日本に侵略しに来た』読ませて頂きました。小説版の方はすでに見させて頂きましたが、ウェブ版との細かい違いに驚きました。個人的には小説版の方が好みです。ただウェブ版でもあったゴロツキ少女を脱がせて、少女が惚れる展開はちょっとどうかと……あそこの展開でゴロツキの少女の心情などがあればもっと良くなったかと思いました。ただ更新のペースが早く毎日必ず一話更新しているのには驚きました。これからも小説版と合わせてウェブ版の方も見せていただきます』
「……こんなものか」
「誠一君。なにやってるの?」
「うおっ!?」
たまたま覗いた誠一のスマホ。そこは華流院怜奈が書いている『異世オレハーレム』の感想板であった。
無論、それだけでも衝撃であるが、彼女が本当に驚いたのは誠一が書いた感想にあるハンドルネーム。
そこには『ジャスティスヒーロー』と書かれていた。
「……で、気になったんだけど、誠一君のそのハンドルネームなに?」
「これはその……小学生の頃から使ってるハンドルネームで……ってか、別にどうでもいいじゃん」
「……そうなんだ。小学生の頃から使ってるんだ」
それを知った時の華流院怜奈の衝撃は並大抵のことではなかった。
本心では叫び、驚き、そのまま誠一に詰め寄りたいほどの激情を、彼女は華流院家の令嬢として必死に耐えた。
その日、家に帰った彼女は自らのベッドにうずくまり、何度となく叫び、悶えていた。
「うそ、嘘嘘嘘嘘嘘嘘嘘ーーーー!! あの、あの誠一君が、ジャスティスヒーロー!!? 私の初めての小説に感想をくれたあの、あの、あの!! だ、だって、待って!! そ、そんなことって!! でも、え、あ、え、誠一君が……あ、ああああああ!! うわあああああああああああああああ!!!」
何度も叫び、顔を真っ赤にし、抱き枕を抱きしめたまま悶える日々。
何度となく、彼女はその事について誠一に詰め寄ろうともした。
なんなら、誠一がかつて自分の処女作にコメントをしたことを覚えているか、問いかけようともした。
だが、必死に押しとどめ堪えた。
しかし、一度気になったことが抑えられるはずがない。
そんな彼女が必死に自分を抑えながらも取った行動こそが。
「そうだ。誠一君」
「は、はい」
「今度の日曜日空いてるかしら?」
「空いてますけど……それが何か?」
「よかったら付き合ってくれない?」
「……はい?」
「本。見に行きたいの。で、誠一君のオススメ、色々聞かせて」
「…………」
「じゃあ、日曜日に東公園で12時に待ち合わせね」
何気なく、あくまでも興味なさげに一方的にした約束。
他人から見ても、それは何気ないお誘いであり、それ以上の深い意味はないと思うだろう。
だが、この時の華流院怜奈の内心はかつてないほど震え上がり、湧き上がる衝動に心臓はバクバクと鼓動をうち、小説を読んでいる手が細かく震えていたことに誰も気づいていなかった。
その日の夜は誠一がジャスティスヒーローだと知った時以上に興奮し、また羞恥の感情に悶えていた。
「きゃあーーーーーーー!!! わ、わた、わた、私、なんてこと言ったんだよーーーーーー!!! あ、あ、ああああれじゃあ、で、ででででで、デートの約束じゃんかーーーーー!!! うわーーーーん!! 私のバカーーー!! もっとさりげなく誘えバカーーーー!!! あれで誠一君に意識されてるって思われたら私どうするんだよーーー!! うわーーーーんっ!!」
ゴロゴロと抱き枕を抱いたまま、顔中真っ赤にし床中を転げまわる学園一のアイドルにしてご令嬢。
やがて、一時間くらいの身悶えを終えた後、天井を見上げながら彼女はボソリと呟く。
「……誠一君とのデート……楽しみ、だな……」
そして、行われた翌日のデート。
華流院怜奈は学園一のアイドルとして、また華流院家の令嬢として相応しい態度で誠一と街を歩いた。
内心では誠一と一緒に隣を歩くだけで、顔中が真っ赤になり、指先が震え、心臓がドキドキと鳴り続けているのを必死で隠し、平静を装っていた。
彼と一緒に小説を選んでいる時、彼の顔ばかりを見て、その説明やオススメ本のことなど、何一つ頭に入っていなかったなどと言えるはずもない。
その後、一緒の食事では彼との楽しいひと時を噛み締めるように、そして、彼が自分の処女作のことを覚えていたことに華流院怜奈は内心、感動で震えていた。
(……覚えて、くれていたんだ……)
それだけで華流院怜奈にとって、このデートは意味あるものであり、これ以上ないほど幸せなものであった。
矢川誠一君。
彼は確かに自分の作品である『異世オレハーレム』を嫌っている。
彼自身もそう豪語している。
だが、不思議とそれからの彼からの批判は華流院怜奈にとって決して嫌なものではなかった。
むしろ、彼からの批判は賞賛以上に得られるものがあり、そのどれもが作者である華流院怜奈ですら思いもよらぬ部分の指摘であり、彼女が続きを書く際、それらの意見が非常に参考になっていることを誠一には伝えていなかった。
昔、誰かが言っていた。
愛の無いイジメはただの悪質な行為。
愛を持ったイジメは親しい者同士で行われる交流の一種。
それと似たようなものであろうか。
華流院怜奈にとって、矢川誠一からのディスり合いは一種のディスり愛へと変わっていた。
ああ、自分は多分彼に本当のことを言えない。
そんな勇気がない。
それでも今のこの関係だけでも満足だ。
そう思いながら、彼女は自分でも心地よい感覚に日々を委ねていた。
だが、変わらない関係などないことを彼女はその後すぐに知ることとなる。
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