第45話 オレと清水寺観光
「いや、これはその、樹里……」
「……つーか兄貴、先輩が嫌がってるじゃないっすか。さっさと離してくださいっす」
「そ、そうだな、すまんすまん」
そう言ってオレから離れる明。
一方の樹里はなおもジト目のまま、目の前の明を睨んでいた。
「で、何してるんすか、兄貴」
「いやー、その、最近お前が気になる相手がいるって言っていたじゃないか。それでまあ、兄ちゃんがそのどんな人物か確認をだな……」
「わー! 余計なことしないでよー! というか気になるじゃなくって、尊敬してる人だよー! な、なに勝手な勘違いしてるんだよ! バカ兄貴!!」
「え、いや、でもお前、昨日、出来ればその先輩と一緒に京都の観光地を巡りたいとかなんとか言って……」
「わー! わー!!」
と、なにやら叫びながら樹里は目の前の明の口を塞ぐ。
塞ぐというよりも背後から首を絞めながら口を塞いでいるので、あれは完全に技決まってるのでは? というか明がギブギブと必死に手を叩いている。
「も、もう! 兄貴どうせ余計なことを先輩に吹き込もうとしていたでしょう! 変なことしないでってあれほど言ったじゃん! もう次に勝手なことしたら兄貴マジで殺すからね!!」
「わ、悪かった……オレはよかればと思って……」
と何やら、目の前の妹に頭を下げる校内でも札付きの不良生徒の明。
もしかして、先ほどの明の話というのは彼本人ではなく妹・樹里に関することだったのか……?
そんな風にオレが思っていると、こちらに気づいた樹里が慌てた様子で近づく。
「ああ、せ、先輩! あ、兄貴に何言われたか知らないっすけど、気にしないでくださいっすよ! 兄貴、昔から早とちりや勘違いばっかしてアタシや家族に迷惑ばっかかけてるっすから!」
「あ、ああ、そうか。でもなにやら付き合えとかどうとか言われ……」
「わー! わー!! な、何言ってるんすかー! 付き合うとか!? いや、それむしろ兄貴が勝手に先輩に言ったことっすよね! アタシのことじゃなく兄貴が勝手に告白したやつっすよね! あー、もう困るっすよー! 兄貴って昔から男好きでよく勝手に男に告白して困ってたんっすよー!!」
「え?」
「へ?」
「そうっすよね、兄貴! そうっすよね!!?」
「……あ、ああ……お、オレが勝手に告白しただけだ……樹里は、関係、ない……」
「ほ、ほらー! あーもうー! これだから男好きの兄貴は困るっすよー! なーに勝手に先輩に告白してんだかー! あはははー!」
そう言って兄の明と共に乾いた笑いをする兄妹二人。
えっと、つまりどういうこと? さっきの告白は兄貴……というより明がマジでオレに告白したってこと?
え、いや、あの、そっちのほうが逆に反応に困るんだが。
「と、とにかく! アタシはそろそろ行くんで! あ、兄貴もバカな告白してないでさっさと戻るっすよ! もうすぐ食事なんだから! それと誠一先輩はさっきの兄貴の告白忘れてくださいっす! ええ、もう! マジで黒歴史なんで! 兄貴のためにも! お願いっす!!」
「そ、そうだな……す、すまなかった、誠一。さ、さっきの話は……わ、忘れてくれ……」
はあ、それはこちらとしては願ってもないことで。
と、そんなオレからの返答を受けるや否や樹里は兄貴を引きずるように凄まじいスピードで消えていった。
……う、うむ。なんだかよくわからないが、この修学旅行も色々と面倒なことが置きそうだな。
◇ ◇ ◇
「いやー、さすが京都。観光スポットが色々あるなー」
せやね。
翌日、修学旅行二日目ということで地元の観光スポットをオレ達はめぐることになった。
無論、この時の移動も班による移動であり、オレ、亮、勤太、明の四人組である。
「おー! 見ろよ、誠一! さすが清水寺だな! 絶景だぞ!」
「誠一君。帰りに二寧坂にあった店によらないかい? ぜひ一緒にお土産をチョイスしよう」
そ、そうだな。相変わらず亮と勤太二人のテンションが高い。
と、そんなことを思いながらもオレもせっかくの京都という観光地に来たのだから色々とまわって楽しもうと思っていた。そんな矢先であった。
「誠一君。久しぶりだね」
「え、あなたは……あっ、生徒会長さん」
見るとそこには生徒会長の綾小路清彦さんが立っていた。
「偶然だね。僕も今日は清水寺を中心に回ろうと思っていたんだが、そこで君にと出会うとは」
「そうですね。三年生も今日は地元の観光巡りなんですか?」
「まあ、そういうことだね。ところで……」
そう言って生徒会長を周りをキョロキョロと見回した後、オレにだけ聞こえる声でなにやら囁く。
「……最近、華流院君との関係はどうだい?」
はい? 華流院さんとの関係?
また唐突によくわからないことをこの人は聞くな。
ぱっと見、周りを見渡すがそこに華流院さんの姿はない。
おそらく彼女のグループは別の観光場所を回っているのかもしれない。
「まあ、最近はあんまり話すことなくなりましたね」
「……そうか」
オレがそう答えるとなにやら生徒会長は神妙な表情で悩みだす。
「……時に誠一君。先日出た異世オレハーレムの最新刊は購入したかね?」
「ああ、その件に関しましては――」
「おーい、誠一。何やってんだよー。そろそろご飯食べに行くぞ」
「さっきの二寧坂にいい食事処があったんだ。誠一君、さあ、一緒にランチタイムを楽しもう!」
見ると、亮や勤太、更には明までもがオレを呼んでいる姿がある。
いっけね。もうそんな時間か。
腕時計を確かめた後、オレは目の前の生徒会長に申し訳なく謝る。
「すいません。生徒会長。オレ達、そろそろ行かないといけないみたいで……」
「いや、そういうことなら構わないこちらこそ時間を取らせてしまったな」
そう言って謝罪をした後、足はやに亮達のところへ向かうオレであったが、
「誠一君」
背後から生徒会長のオレを呼ぶ声に思わず立ち止まり、後ろを振り返る。
「華流院君のことだが、あまり煩わしいと思わないでくれ。彼女が君に絡んできたのはそれなりに理由があったんだ。最初は思わずや、かっとなってというのもあるだろうが、今の彼女に取って君からの感想というのはある種のモチベーションにも繋がっている。まあ、とはいえ君がどんな作品を読み、どんな作品に夢中になろうとそれは君の自由だ。それを止める権利なんか華流院君にはない。いつだって読者は選ぶ側なんだ。ただ、その中でも彼女は君に選ばれたい。そんな想いがいつしか高まったのだよ」
「? はあ?」
よくわからないことを言う生徒会長にオレは思わず首をかしげるが、すぐに彼は「いや、気にしないでくれ。さあ、行ってくれ」と促し、その言葉に頷くようにオレは亮達のもとへ向かった。
「……君に自覚はないだろうけど、彼女にとって“始まり”を与えてくれた君はそうした“特別”な読者だったんだよ」
その後に呟いた会長のセリフをオレは聞くことはなかった。
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