第46話 オレと皆で食事処
「どうだいここの食堂、なかなかいい感じだろう。実は前日にネットでチェックしていた場所だったんだ」
「おー、さすがは勤太。お前勉強だけじゃなく、こういうチェックも欠かさないんだな」
「まあ、確かにうまいな」
あれからオレ達四人は勤太の案内で二寧坂にあった食事処で昼飯を食べていた。
うん、さすがに観光地の食事処だけあって、なかなかの美味しさだ。
それに内装もこっていて、普段では得られない貴重な体験だ。
「あー、ここー! 美味しいって噂の食事処ー。早速なにか食べようよー」
と、そんな風に食事を楽しんでいるとなにやら賑やかな一行が中に入ってくる。
おや、あのメンバーは。
「あー! 誠一君じゃんー! やっほー! こんなところにいたんだね!」
「あれ、晴香さんもここ回ってたんだね」
「まーねー。あ、それよりもせっかくだし一緒に食べないー?」
そう言って晴香さんのグループがオレ達の方に近づく。
まあ、特に断る理由もないので相席という形で料理を食べることになった。
「いやー、さっすが京都。目が肥えるような観光名所ばかりでうちの創作意欲も刺激されるよー!」
そう言ってなにやら懐から手帳を取り出しては時折「おお、この店の内装。今度のネタに使えるかも!」とメモしている。
うーむ。さすがは作家。こういう旅行などはアイディアを貯めるための絶好のチャンスというわけか。
「ところで誠一君達はこれからどこを回る予定なのー?」
「そうだね……。まあ、金閣寺とか見てみたいよね。せっかく、京都に来たんだし」
「あ、オレ伏見稲荷大社行きたい! 特に夜!」
「ちょ、亮君。夜の伏見稲荷大社はかなり雰囲気やばいって地元でも有名なんだよ。い、行くなら昼間にしようよ」
「え、なにそれなにそれ? うちめっちゃ興味あるかも!」
と、なにやら亮が提案した夜の伏見稲荷大社に晴香さんが食いつき、それに対し亮がウキウキと解説する。
あー、そういえばあったな。そういうの。
元々伏見稲荷大社って、不思議な雰囲気のある場所らしいが、それが夜になると昼間とは全く異なる不気味というか摩訶不思議な雰囲気を醸し出し。まさにあの世とこの世をつなぐような場所になるとか。
まあ、オレも正直興味はあるんだが……。と、そんなことを思っていると、それを聞いていた明の雰囲気がなにやらおかしい。
ガタガタを肩を震わせて、顔色も真っ青だ。
というか、水を持っている手が震えている。まさか、この人……。
「あのー、明さん」
「うおおおおっ!? な、なんだよ!? 何か用か!?」
「あ、いえ、別になんでも」
めっちゃビビってる。
やっぱこの人、そういう怖い系が苦手なのか。
思わぬ不良の弱点を知りつつ、そんな話題を続けていると、更なる闖入者が現れる。
「おー! ここっすねー! 噂の食事処! すみませんー! 四人分の席空いてますかー……って、あれ! 先輩ー!!」
見るとなにやら騒がしい声と共に四人組の女の子達が中に入ってくる。
そのうちの先頭にいた少女が真っ先にオレの方へと駆け寄ってくる。
「やっぱり先輩っすね! すごい偶然っすね! あ、そうだ。よければ、一緒に食事にしてもいいっすか!?」
「おお、樹里か。ああ、オレはいいけど……」
そう言って周りに同意を求めるが晴香さんも亮も「いいよいいよー」と軽く了承し、明に至っては「樹里、こっちの席が空いているから座っていいぞ」とオレの隣から移動し、その席を樹里に渡すほどであった。
「い、いやー、先輩の隣に座るなんて照れるっすねー」
と何やら頬を赤らめ頭をかく樹里。
そんな彼女の姿を見ていた晴香さんが何やら「むっ」とした様子でオレの隣に移動してくる。
「やあやあ、それよりも誠一君。せっかくの機会なんだしー、ここで一攫千金転生についての語り合いとかしたらどうか――」
「えー、なに言ってるんすか! アタシ、最近先輩とは異世オレハーレムの話とか全然してないんっすよー! するなら異世オレハーレムっすよ! というか、先輩! アタシ、ようやく最新刊まで追いついたんっすよー! どうっすか、すごくないっすか!? 読むの遅いなりに頑張ってったっすよー!」
「おー、マジか。もう最新刊まで読んだのか。結構時間かかっただろうに」
「いえいえー! 先輩の言うとおり、異世オレハーレム超面白かったっすー!」
「いや、オレは別に異世オレハーレムが面白いとは一言も……」
「またまたー! そんなこと言ってー! という先輩と語りたい内容がいっぱいだったんっすよー! 特に最新刊の話題で――」
「ちょっとー! なんで異世オレハーレムの話題なんてするのー!? 誠一君がようやくうちの一攫千金転生を読んでくれたんだから、その話題してよー!」
「でもアタシ、それ読んでないから会話に入れないっす」
「なにをー!?」
そうして和気あいあいとそれぞれに語りたいことを語り合うカオスな食事会となった。
とはいえ、それらは決して嫌なものではなかった。
晴香さんにしろ、樹里にしろ、亮にしろ、勤太にしろ、それぞれ語りたいことを語り合い有意義な楽しい時間となり、それはオレもまた同じであった。
ただひとり、この場にいない人物、華流院さんのことをオレは頭の片隅で引っかかっていた。
そうだ。いつものこうした会話には彼女がいた。
むしろ、こうした話題の始まりは彼女の何気ない突っかかりがあり、それが広がり、気づくとオレの周りにはこうした晴香さんをはじめ、樹里などの色んな連中が集まるようになった。
けれど、今この輪の中に彼女はいない。
別に喧嘩をしたわけではない。
そもそもオレが何かをした自覚がない。
……いや、なにもしなかったのかもしれない。
彼女と異世オレハーレムについて批判しあった日々。今にして思えば、あれはオレにとって『楽しい』ことではなかったのか。
批判について語ることを楽しいというのもおかしな話ではあるが、少なくともあれはオレにとって確かな熱量を生み出していた。
そういえば最近、彼女とそうした批判のやり取りをしていなかった。
いや、そもそも批判のやり取りなんてするに越したことはない。どうせするなら、今のように○○の小説がいい、楽しかった、面白かったと言い合う方がはるかにいい。
それに元々彼女はオレにとって手の届かない存在。
学園一のアイドルにしてお嬢様。品行方正、学業優秀、運動神経抜群の生徒会副会長。
そもそも暮らしている世界が異なる住人。
それを考えれば、あんなふうに親しく話していた事の方が特別だったんだ。
それがもとの関係に戻った。別におかしなことではない。そう思いながらも――
その瞬間、ふと食事処の入口に人影が走ったような気がした。
それは一瞬のことであり、オレの見間違いかもしれなかった。
だが、それでもその人影が一瞬、華流院さんに見えたオレは再び、この場にいない彼女のことを思うのであった。
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