第42話 オレの隣の美少女がキレた。マジで
いやー、昨日はとんでもないことになった。
バイト先に彩乃がいたのもそうだが、まさかあの彩乃が晴香さんの一攫千金転生に脅迫メールを送っていたカイン信者だったとは……。
しかも、なにやらその作者のにゃんころ二世こと晴香さんと、それをそそのかした読者であるオレを殺すとか宣言していたし。
あいつの前では一攫千金転生や晴香さんの話題は一切しないようにしよう。うん。
そう固く心に誓うオレであったが、そんなオレの心中など知る由もなく、いつものように隣に座る晴香さんが明るく声をかけてくる。
「やあやあ、誠一君。おはよー。なんだか今日は暗い雰囲気だねー。なにかあったのー?」
「あー、いやまあ、ちょっとバイト先でごたごたがあってね……」
「ふぅん、そうなんだ。あっ、そんな君に一攫千金転生とかオススメだよ! これさえ読めば多少の悩みなんか吹っ飛んじゃう!」
いやまあ、まさにその一攫千金転生のことについて悩んでいたのですが。
とは言え、これは晴香さんには言えない。言っても事態がややこしいことになるだけだ。
オレは曖昧に返事しながら、これからどうやって彩乃のことを誤魔化していくかと悩みだす。そんな時であった。
「そういえば、もうすぐね。誠一君」
「へ?」
突然、隣にいた華流院さんから話しかけられる。
「えっと、もうすぐというと何がでしょうか?」
「……修学旅行」
「あっ」
そういえばそうだった。うちの伝統でも体育祭後の修学旅行。
今年は確か京都だったか? もうそんな時期か早いなー。
「修学旅行と言えば電車。電車といえば長時間の拘束。といえば、なにか必要なものがいると思わない?」
「え、ええ、まあ、そうですね。皆で遊べるトランプとか、ゲームとか。まあ、最近はスマホがあれば一人で時間潰すのもできますが」
「そうね。けれど昔ながらの一人で時間を潰すのに最適な娯楽品があるわよね」
といって華流院さんはこれ見よがしに、現在自分が読んでいる本を見せびらかす。
「……まあ、ラノベとかですかね」
「そうね。移動中に時間を潰すのなら読書が一番。そして、私たち学生が最も身近に読書する本といえばラノベね」
まあ、そうですね。と頷くものの、どうにも華流院さんの意図がよくわからない。
「……誠一君は修学旅行中、読みたいラノベってある?」
読みたいラノベ?
そりゃまあ、たくさんあるが。
とりあえず、手持ちの一攫千金転生の最新刊はまた読み返したいし、他にも最近詰んでていたオーバードライブや、転生したらゴブリンでしたとかの最新刊もこの機会に読んでおきた。
それになんといっても近々、あの異世オレハーレムの最新刊が出る。これを購入するためにもやはりバイトの方は頑張らなければいけない。
「そうだね。まあ、とりあえず一攫千金転生の最新刊と――」
「あー! 誠一君やっぱりうちの一攫千金転生にハマってくれたんだねー! いやー、嬉しいよー! あの最新刊を執筆するにあたり色々なものを犠牲にした甲斐があったよー! そういえば、この間も勤太君とも熱弁してたよー! さすがは誠一君の考察! 色々とタメになったよー」
「いやいや、あなたの場合、あれは犠牲が大きすぎますから。そもそも構成を言わせてもらえば明らかに破綻してますから。つーか龍族の伏線あれどうするんですか? 主人公があんなことになったら、もう回収不可能でしょう? それこそ龍族が実は黒幕でしたーみたいな展開でもなければ……」
「あー!! それいいね! 誠一君のそれ採用ー!! いいよいいよー! うちの中からものすごいアイディアが膨らんでくるよー!!」
「いやいや! それやったらマジでクソ展開ですから! アンタどこまで自分の作品を陵辱すれば気が済むの!?」
なんだかいよいよ持って話がわけのわからない方向に行き、晴香さんの暴走がヒートアップし、それをなんとか止めようとした瞬間であった。
バンっ、と一際大きな机を叩く音にオレも晴香さんも教室中の誰もが驚き、口を閉ざす。
音のした方を見ると、そこには顔を髪の毛で隠し、フルフルと小刻みに震える華流院さんの姿があった。
「……か、華流院さん?」
恐る恐るオレが声をかけると、彼女はこれまでにない形相でオレを睨んだ。
「――っ、なによ! なによなによなによなによー! 誠一君! あなた、そんなに一攫千金転生が好きなの!? ちょっと晴香さんがぶっ飛んだ方向性にしたからって、それだけで彼女の方になびくの!? 新しい好みの小説を見つけたら、それまではまっていた小説の話題はすぐに打ち切る。あなたにとって異世オレハーレムって……その程度の存在だったの!?」
瞬間、彼女はなんの脈絡もなく叫びだした。
一瞬オレは何が起こったのか理解できず、ただ目の前で感情を爆発させる学園一のアイドルの姿に呆然としてしまった。そして、
「……いいわよ。そんなに一攫千金転生の話がしたいなら、どうぞ晴香さんと好きにすればいいわ! どうせ修学旅行にも一攫千金転生の最新刊を持っていくんでしょう!? あっちのガリ勉君や隣のクラスの亮君と、どうぞ好きに語ればいいじゃない!!」
そう吐き捨てるや否や、華流院さんは教室から出ていく。
これまでにも彼女が叫んだり、怒ったりした姿はあった。
だが、元々この学園のアイドルであり、生徒会副会長、更にはお嬢様として有名な華流院さんがそのように感情を発露することは実は珍しい。
実際、この学園になるまでオレは彼女のそうした姿を見たことがなかった。
しかし、先ほどの彼女の姿はそれに輪をかけて、あまりに珍しい姿。
暴風雨のように去っていった彼女を前にオレはただ立ち尽くすしかなく、呆然としたオレの隣で晴香さんが「えーと、一攫千金読む?」とオレに差し出してきたが、それはとりあえず丁重に断っておいた。
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