第40話 オレとバイト先と幼馴染
「えーと、矢川誠一君だね。それじゃあ、これからバイトお願いするね」
「はい、よろしくお願いします」
そうして数日後。
オレは亮のコネによりコンビニのアルバイトを始めることとなった。
幸い、店長は気さくないい人で仕事のやり方などをわかりやすく説明し、困ったことがあればすぐに教えてくれた。
「まあ、この時間はまだそれほど忙しくはないけれど、夕方あたりからもっと忙しくなるから覚悟しておいてね」
「はい」
そうして、一通りのことを教わるとオレは店長からしばらく休んでてもいいとスタッフルームに案内される。
おお、ここがコンビニの裏側か。
初めて入る場所に少し興奮しながらも、オレはスタッフルームの扉を開ける。
「あっ」
「えっ?」
扉を開けた先にいたのは意外な人物であった。
「……アンタ、誠一? 久しぶりね」
「彩乃か? お前、なんでこんなところにいるんだ?」
そこにいたのは気だるそうにコンビニ店員の衣装を着た一人の少女。
名前は新海(しんかい)彩乃(あやの)。
何を隠そう彼女はオレの幼馴染であった。
それこそ幼稚園からの腐れ縁というやつで小学、中学と同じ学校に行き、どういうわけか八割型、こいつと同じクラスだった。
とは言え、さすがに高校は互いに違う場所を受験し、彼女との腐れ縁もそこで終わった。
……と思っていたら、まさかこんなところで偶然再会するとは。
「偶然ね。アタシはここでバイトしていたの。アンタもここでバイト? つくづく腐れ縁ってやつね」
ぶっきらぼうに答える彩乃にオレは頷く。
「そりゃ、こっちのセリフだよ。その気だるげな態度も相変わらずだな。それでバイト務まるのか?」
「へーき、へーき。ラノベでも最近こういう無気力系ヒロインって増えてるでしょう。アタシもそういうので萌えーとか思ってくれるお客が一人か二人いるわよ」
「いや、そりゃあくまでラノベの話であって、現実でそんな無気力なバイトがいたら、普通に悪印象だって」
相変わらずラノベで物事を例える幼馴染に苦笑する。
先ほどのやり取りからもわかったように、彼女はどちらかというとこちら側、いわゆるオタク側の人間だ。
というよりも、オレにラノベを薦めたのは実は彼女が最初だったりする。
当時、小学生だったオレにこの彩乃が「面白いサイトがあるよ」といって、紹介してくれたのがいわゆるなろう小説のサイト。
そこからオレはネット小説にハマり、そうしてラノベをはじめとしたオタク文化を開拓していった。
その後は、幼馴染でよく同じクラスになったこいつと意気投合し、ラノベやオタク系の話題に盛り上がった。
中学を卒業し、こいつと離れ離れになった時はそうした意味では寂しくなったが、幸いというべきか、高校では亮という同じオタク仲間ができたために、こいつのことはすっかり忘れていた。
「それにしてもお前も相変わらずだなー。今でもラノベ読んでるのか?」
「当然でしょう。それがアタシの生きがいみたいなものだから」
「ははっ、だよなー」
「そういうアンタはどうなの?」
「オレも変わらないよ。今も結構いろんなラノベというかなろう系小説にハマっているよ」
「ふーん。たとえば、どんなの?」
「そうだな……。まあ、定番の『オーバードライブ』とか『転生したらゴブリンでした』、『カニですが何か?』とか……あとはそうだね、ああ。最近だと『一攫千金転生』とか」
正直、『異世オレハーレム』の名前を出そうかどうか悩んだんだが、こいつはこれでオレ並になろうのクソ作品には敏感に反応……というか、結構な辛口アンチ評価なので、あえて議論をするまいと避けた。
が、この時のオレは気付かなかった。すでに『異世オレハーレム』以上の地雷ワードを口にしていたことに。
「…………今、なんて言った?」
「へ? 『一攫千金転生』だけど」
再びそれを口にした瞬間、目の前の彩乃の雰囲気が変わった。
それだけでなく、先ほどまで彼女が握っていたボールペンが「ベキッ」という音を立てて真っ二つに割れた。
な、なんだ? なんかものすごくどす黒いオーラが彩乃の背後に見える。
「……誠一。あれ読んでるんだ」
「ま、まあな。アニメもあってるし、原作も面白いしなー」
「そーね。……で、聞きたいんだけど、最新巻見て、どう思った?」
「ど、どうって?」
何やら不穏な空気が満ちている。
いや、オレはこの空気の正体をなにか知っている気がする。これはあれだ。いつかの華流院さんの時のような嵐の前の静けさ。いかん、これを前に下手な事を言ってはいかん、とオレの五感が警報を鳴らしている。
「え、えーと、まあ、やばかったよねー。色々」
と無難な答えをすると、
「はあー!? ヤバイなんてものじゃないでしょう! クソもクソ! クソオブクソよ! よくもあんなこれまでの展開をぶち壊す展開を作者は書いたものよ! アタシがどれだけのトラウマと精神的苦痛を味わったか、アンタにわかるの!? アタシは一攫千金転生を愛していた! 本当に愛していたのよ!! それこそそれまでの巻を欠かさず全て三冊揃えて買って、ブルーレイも全巻予約! 新刊が出るたびに作者に感想のメールを送ったりアレゾンに☆5のレビューも書きまくってたわ! けれど、今回のそれはアタシの全てを裏切ったのよ! 許さない! 絶対にアタシは一攫千金転生を、その作者を許さないわ! 必ず作者を見つけ出して殺してやる!! そしてアタシも一緒に死んで伝説にしてやるー!! にゃんころ二世先生待ってなさいよ! アタシは絶対にあなたを許さないわ!!」
見るとかつてない勢いで早口で、かつ背後に炎を燃やしながら彩乃が叫んでいた。
う、うおー。ここまでキレてるこいつ見たの初めてかも。
それほどあの最新巻に殺意を抱いたってことか。
ま、まあ、そりゃそうだよな。あんなの普通のファンが見たら殺意マシマシなんてものじゃないよな。それまでの主人公を一ページ目であっさり殺すわ。仲間達も使い捨てのような扱いするわ。ヒロインは魔王化するわ。とにかく滅茶苦茶だったからなー。
「と、というか、お前ってそんなに一攫千金転生好きだったんだ……?」
「はあー!? 大好きですけど、なにかー!? 特にあの小説の主人公カイン様はアタシの憧れ! ううん、ガチ恋愛対象と言っても良かったわ! 作者様から誕生日を聞いて、毎年その日に贈り物を捧げていたほどよ! ねえ、分かる!? アタシはそれほどまでに愛していたのよ!? なのにその主人公をあの作者様はぶち殺しやがったのよー!? しかも大した描写も理由もなくー!! これがキレずにいられるかー!!」
ま、まあ、そりゃそうだよな。
というか、こいつって昔からああいうラノベ系の主人公が大好きだったな。
そういえば初恋の相手がSAOのキリトって小学生の頃からずっと言ってたもんな……。
「とにかく、アタシはあの作者を殺す。見つけ次第、八つ裂きにしてやるわ……! そしてアタシも死んでやるーー!!」
と、何やら物騒な事を言っている。
あれ、しかし、待てよ。こいつのこのキレ具合。それにそのセリフ。何やらオレはそれと同じようなものをネットで見たような気が……。
「な、なあ、彩乃。お前、一攫千金転生のアレゾンに毎回レビュー書いてるって言ったよな?」
「ええ、言ったわよ。勿論、今回の最新巻にも書いたけどなにか?」
「……ハンドルネーム聞いていい?」
「カイン信者だけど?」
お前かよーーーーーーーーーーーーー!!!!
思わず大絶叫した。
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