第38話 オレが一攫千金転生を読み込むはずがない

 う、うぷぅ! や、やばい、こ、これは……よ、予想以上の破壊力だ……。

 例えるならそう、モンスタードリンクを飲みすぎて体にエネルギーが行き過ぎて心臓が破裂するような感覚。

 あるいはファンタジー系でよくある敵のパワーを吸い込み強くなる奴が吸いすぎて体膨らみ自滅するような感覚。

 とにかく、そういう尋常じゃない感じ。

 き、供給が……体の中に入りすぎて、処理が追いつかない……!

 だ、ダメだ! 一旦休憩を……! これ以上のクソ展開を取り込んだらオレの意識が破裂する……!!


 翌日。 

 晴香さんの一攫千金転生を読み始めたオレはそれまでの九巻を読み、なんとか最新巻の十巻へと到達する。

 そうして開いた先から流れ込んでくるのは、かつてオレが体験したことがないクソ展開のストーム。

 映画などで1は名作だったのに、2はそれを覆すほどのクソだったというのはよく聞くだろう。

 いわばこれはそういった類のものなのだが、あれらはあくまで1と2で作品自体が別と言えるのでまだマシと言える。

 だが、これは違う。

 一攫千金転生の物語は間違いなくこの十巻へと続いており、その展開がこれまでの全てを覆すほどのク……いや、やば過ぎる展開だ。


 正直なところ、オレはある程度のクソ展開には慣れているつもりであった。

 『異世オレハーレム』を読み尽くしたオレからすれば、多少のクソ展開など鼻で笑うようなもの。

 最近はネットでなろう系を叩いている連中のコメントを見ても「ふっ」と笑い飛ばせるほど、オレのクソ展開への耐性は高くなっていたはず。

 だが、これはそれをやすやすと突破し、オレの体に風穴を開けた。


 考えてみれば、『異世オレハーレム』はわりと一巻からクソ展開だった。

 都合のいい話の連続で、主人公やヒロイン達もそうした感じで、仮にそれがひどくなっても元々のベースがクソなので、そもそもの期待値が低いのだ。だからこそ、クソ展開への耐久性があったのかもしれない。


 だが、この『一攫千金転生』は違う。

 なぜなら、この『一攫千金転生』は始まりの一巻から九巻まで非常によくできたラノベであろう。

 なろう系とは言え、そこまで都合のいい展開はなく、クソと言うほど罵倒する話でもなかった。

 人によっては間違いなく良作と言えるほど、話の筋も通り、設定も矛盾なく完成された作品だ。


 だが、それがこの十巻ですべてが覆る。

 たとえるなら、これまでの物理法則で全て否定される勢いだ。

 元々下地がよくできていたために、それが破壊された時の破壊力は『異世オレハーレム』などの比ではない。

 なるほど。もしも晴香さんが最初からこれを狙ってこれまでの九巻を丁寧に書き込んでいたのだとするのなら、彼女は間違いなく天才。それも悪魔的な! 鬼才! この時代に現れては行けなかった異端児作家だ!

 これは確かに殺される。人によっては死亡者が出るほどの案件だ。


 南條晴香、ペンネーム『にゃんころ二世』さん。

 どうやらオレは彼女のことを侮っていたようだ。

 もはや、彼女はただの良作を書く普通のなろう作家にあらず。

 全てを破壊する悪魔の申し子。ディアボロスラノベ作家。これは間違いなく『異世オレハーレム』を越える逸材。

 オレはとんでもない作家と同じ時代に生まれてしまったと恐怖した。

 うっ、それはそうとまた読み始めていたら吐きそうになってきた……うぷっ!


「えへへー、どうー? 誠一君ー? うちの一攫千金転生ー? すごいでしょうー? こんなの自分の作品でやれる作者って後にも先にもうちだけだと思うんだよねー。これなら誠一君も読み込んでくれるよねー?」


 見ると晴香さんが相変わらずのヤンデレ表情でそう問いかけてきた。


「ま、まあ、悪くないんじゃないかな。た、ただ、読み込むかどうかはまだちょっとわからないっていうかー」


「あれー? そうなのー? でもおかしいなー。すでに誠一君が持ってる一攫千金転生のあっちこっちにラベルが貼られてるよー」


 うっ、まずいところに気づかれた。

 た、確かにこの十巻のせいでそれまでの巻にあちらこちらに意味が出てきてしまった。

 例えば二巻でちょい役だったキャラがこの十巻でも、とんでもないキャラになっていたりとか、それまでの九巻の設定やキャラが全てこの十巻で覆るため、必然それまでの巻を深く読み込む必要が出てきた。

 もしも晴香さんがこれを狙って、この十巻を執筆したのだとしたら間違いなく策士。

 そして、オレはそれにまんまとかかった獲物ということになる。


「いやー、誠一君がようやくうちの作品を読み込んでくれて嬉しいよー。代償としてそれまでファンからいきなりカミソリレターとか呪いの手紙をいくつも受け取ることになったけれど、誠一君というファンを得られたのならこの程度安物だよねー」


 いやいやいや、全然安くないですからそれ。

 間違いなくハイリスクローリターンですから。


「いやー、大したことはないよー。本当ー。ただー昔からのうちのとあるファンが最新巻を見てから急に手のひら変えてさー。毎日のようにうちに脅迫メールをしてくるんだよねー。なんでもうちを殺して自分も死ぬとかー、大げさだよねー。あはははっ」


 いやいやいや、それかなりヤバイですから。

 あなたオレという読者を得た以上に、もっとヤバイ敵を作りまくってますから。


「大丈夫大丈夫。そんな顔も見たことない人からの誹謗中傷よりも目の前にいるファンからの感想がなにより大事だよ」


 そう言ってキラキラした目でオレを見る晴香さん。

 なんか、この人マジで大丈夫なんだろうか。オレが言うのもなんだけど完全に常軌を逸しているよ。


「ちなみにその毎日脅迫送ってる相手っていうのは誰なの?」


「ああ、この人ー。カイン信者さんって人だねー。ほらー、アレゾンのレビューでもいたじゃんー」


 そう言ってオレにアレゾンのレビューを見せる晴香さん。

 ああ、確かにいた。☆1でにゃんころ二世さんのファンであなたを殺すとか宣言してたやべえレビュー。この人かよ。つーかますますヤバそうな雰囲気なんだが……。


「あ、ちなみにこのカインってのは一攫千金の主人公の名前だねー。いやー、この人うちの主人公にベタ惚れでさー。一巻から欠かさずカインへの熱烈なラブレターを送ってくれてたんだよねー。まあ、でも最新巻の一行目で即殺しちゃったけどさー。あははー」


 いやいや、笑い事じゃないですから。オレなんかよりこの人のことを大事にしろよ。

 つーか、オレの関心を買うためにあっさり主人公殺すとか、どんなサイコ作者だよ。

 まあ、それはともかく先ほど、一攫千金のレビューだけでなく、ウェブ版の感想板を見ると、このカイン信者という人の荒れっぷりはすごい。

 それこそアニメ放映中の異世オレハーレムの感想板よりもひどい有様だ。

 というよりもこの人の文章を見てると、かなり危険な匂いがする……。それこそマジで晴香さんの命を狙いにきそうな……。


「大丈夫大丈夫ー。仮にこの人が襲いに来ても誠一君がうちを守ってくれるからー」


 そう言ってオレの背中をバンバン叩く晴香さん。

 いや、あの、期待されているところ申し訳ありませんが、仮にそんな場面になってもオレは逃げますんで。はい。

 しかし、カイン信者さんか……。

 お茶侍さんの正体のこともあり、意外とこの人もオレの身近な人物だったりするんだろうか? ははっ、なーんてな。

 と、この時のオレは軽い気持ちで楽観視していましたとさ。

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