第37話 オレの隣の美少女が全てを投げ捨てて来た

 ふうー。まさかお茶侍さんが生徒会長だったとは。

 昨日は驚いた。とは言え、久しぶりに『異世オレハーレム』について語れた。

 ここ最近は色々なことがあったが、やはりああして好きな作品を散々ディスれる仲間がいるのはいいことだ。

 そんなことを思いながらオレは今日の読書をするべく『異世オレハーレム』を取り出すのだが……。

 実のところ、『異世オレハーレム』はすでに十周目に到達しており、さすがにここまで来るといくらオレでも読み込む箇所がなくなってきた。

 というか、今のオレなら何ページ目の何行目の文字とか正確に答えられそう。なんだったら一巻まるまる原本を見ずに写本出来るかも。


 さすがにオレもそろそろ新境地というか新しいラノベに手を出してみるかなー?

 と、そこで思いついたのは晴香さんがしつこいくらいに薦めてくる『一攫千金転生』。

 うーん、でもなー。あれなー。別になー、オレが読み込むほどでもないしなー。

 いや、普通に面白いよ? 普通に。けどなー、それだけなんだよなー。

 どうぜ読むなら『異世オレハーレム』のようなツッコミどころのあるやつがなー。

 こんなこと言うとまるでオレがクソラノベ愛好家みたいに見えるが違うからな。そんなことはないからな。


「誠一君ー♪」


 と、そんなことを思っていると晴香さんがオレに話しかけてくる。


「いやー、この間はごめんねー。さすがに体育祭で勝って誠一君に読ませるなんて邪道だったよー。やっぱり誰かに読ませるなら、読みたいと思えるような内容を書かないといけないよねー」


「はあ、まあ、そうっすね」


「というわけで、はい、こちらをどうぞー」


 そう言って机の上に置いてきたのは『一攫千金転生』の第十巻目であった。


「えへへー、実は『一攫千金転生』もめでたく十巻目に突入してねー。で、それを祝して今回から内容を大きく路線変更したんだー」


 路線変更?

 なぜだか分からないがその言葉には嫌な予感がした。


「へ、へえー、そうなんだ。で、でもオレも読むかどうかはまだわからないしー」


「うんうん。それはそうだよねー。読むかどうかは誠一君に任せるよー。あ、ちなみにこれ最新巻のアレゾンのレビューなんだー」


 そう言って晴香さんが見せたアレゾンのレビュー欄は……大量の☆1と☆5の二つのみ! それ以外には入っていない両極端な評価となっていた。な、なんじゃこりゃ!? こんなの見たことないぞ!?


「えへへー、今まではうちアレゾンのレビューって☆5や☆4しかもらったことなかったんだけどー、今回初めて☆1をこんなに大量にもらったよー。ねえ、知ってるー? 誠一君ー。レビューって☆1の方がやたら長文で送ってくる人が多いんだよー」


 見ると晴香さんの目が完全にイっちゃってる。というか、なんかヤンデレみたいになってる。

 いや、マジで大丈夫かよ。この人!? 最新巻もそうだけど作者がしっかりしてくれよ!?

 そう思いつつもオレはレビューの方が気になり、そこに書かれた内容を確認する。


『☆1 これまでの一攫千金の全てを無にする最新巻。私は一巻からこの作品を追ってきましたが、ここまで脳髄を破壊されたのはこれが初めてです。例えるなら、いつもの高級レストランに行ったら世紀末の不良共が店を占拠し、ドリンクを頼むとバイクと共にヒャッハー! と鎖に縛られ店内を引きずり回された気分です。地獄の一丁目を味わいたい方はぜひどうぞ』

『☆5 新境地! にゃんころ二世先生の新たなる開拓! 一巻からこの作品を楽しませてもらいましたが、今巻のは間違いなくそれを越える傑作になっています! こんな展開誰が想像できた!? 私が頼んだのはムニエルではなくステーキだった!? しかもこいつはドラゴンステーキだー! うっひょー! 胃を破壊する勢いで展開される新たなる一攫千金! もう作者天才すぎます! ここに書かれた内容を私のレビューなんかじゃとても表せないので、とにかく見て!』

『☆5 神いいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!!!!』

『☆1 にゃんころ二世様へ。私はあなたの大ファンです。一巻から欠かさずこの作品を愛し、テレビアニメのブルーレイも全て予約しました。そして、迎えた最新巻、私はあなたを絶対に許しません。殺します。これは予告です。ネットでよくあるような口先と思わないでください。絶対にあなたの居場所を突き止めて、この手で息の根を止めます。それがあなたを愛し、あなたを崇拝し、あなたの作品に全てを捧げた私の最後の役割です。あなたを殺したあとで私も死にます。そうして一攫千金を伝説へと昇華します。待っていてください。必ずあなたを突き止めて――殺す』


「どうー? すごいレビューでしょうー? うちもこんなにレビューもらったのはじめてだからさー。いやー、もう興奮しちゃうねー」


 いやいやいやいやいや、これ明らかにやばいでしょう。

 レビュー欄マジでヤバイ事になってるよ。

 下手ななろう小説の感想板よりもヤバイよ。魑魅魍魎、完全な地獄絵図。

 しかも褒めてる奴らはとことん褒めてるし、貶してる奴らはマジで殺す勢いで画面の向こうから殺意が見えるんだけど!?

 なにこのレビュー!? こんなん見たことないわ!!


「うちも覚悟を決めたんだよねー。やっぱり誠一君に読んでもらうにはうちもこれくらいしないといけないってねー。誠一君言ってたよねー? 一攫千金は面白いけど、それだけの作品だって。でも、どうー? これー? これがただ面白いだけの作品かなー? うちも覚悟を決めて深淵の向こう側に足を踏み入れたよー。これならきっと誠一君も読んでくれる内容になったと思うよー」


 そう言ってぐるぐる目でオレを見つめる晴香さん。

 って、アンタまさかオレという読者を得るためだけにこの最新巻をこんな有様にしたんかい!!?

 どんだけハイリスク背負ってんだよ!! 仮にそれで得られる読者はオレただ一人だろう!? やってること完全に狂気の沙汰だよ!!


「一人の読者を得るために百人のファンを捨てる。いやー、昔の人は偉いセリフを残したよねー。……うちは見せたよ、『覚悟』を」


 と何やらかっこよく呟いているが、いやいやいやいや全然カッコよくないから。

 むしろ普通にヤバイ人だから晴香さん。

 オレも大概だし、最近は周りに濃いメンバーが増えてきたと思っていたが、流石に今回のこれはヤバ過ぎる。間違いなくこの人は超えてはならないラインを超えたよ。


「というわけでどうー? これならさすがの誠一君も気になるんじゃないー?」


 そう言ってアレゾンのレビューと共にオレの視界に一攫千金の十巻をチラつかせる晴香さん。

 ……まあ、正直に言うとかなり気になる。何がどうなってこんな凄まじいレビュー欄になっているのか。

 そして、おそらくはそれを知るためにはそこまでの九巻を読み込まなければ、この十巻目への衝撃は伝わらないのだろう。

 うっ、くそ、み、見たい! なんだか分からないがものすごく一攫千金転生を読み込みたくなってきた!!

 だ、だが、それをしたら晴香さんの策にまんまと乗る事になる。それはなんだか癪だ……。


「い、いやー、べ、別にー。確かにすごいことになってるけどさー。それだけでオレが読むかどうかは別でさー」


「あははー、それはそうだよねー」


 そう言って乾いた笑いと共に流れるしばしの沈黙。やがて、


「でさー、実はこの最新巻の一ページ目でいきなり主人公が死ぬんだよねー。で、ヒロインが魔王化して、世界を滅ぼしにかかるんだー」


「読 む わ」


 こうしてオレは一攫千金転生を読み込むこととなった。

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