第24話 オレの後輩に小説を薦める②

「え?」


「へ?」


「はい?」


 オレのその断言に三者共に水をぶっかけられたように固まり、オレの方を見る。


「えっと、先輩。今、先輩は『異世オレハーレム』よりも『一攫千金転生』の方が面白いって言ってたっすよね? じゃあ、なんでそっちじゃないんっすか?」


「いい質問だ。樹里。その答えは『なろう系』を知るには一攫千金よりも異世オレハーレムが圧倒的にいいからだ」


「なろう系? さっきから言ってたっすけど、それってなんすか?」


「なろう系とは今、お前が読んでいるその『異世オレハーレム』のジャンルのことだ。まあ、明確になにが『なろう系』かは人によって区別があやふやだが、とにかくお前に薦めるものはその『なろう系』だと思っていい。そして『異世オレハーレム』がそのなろう系を最も体現した小説と言える」


「? はあ?」


 オレの説明によくわからないとばかりに小首を傾げる樹里。


「ち、ちょっと待ってよ! 誠一君! うちの『一攫千金転生』だってなろう系小説だよ! しかも誠一君も面白いって言ってくれたじゃん! なのになんでうちの『一攫千金転生』じゃなくって『異世オレハーレム』を薦めるの!?」


 もっともな質問だ。晴香さん。

 だが、こればかりはオレにもうまく説明できるかどうか。しかし、言わなければならない。このことを、これをラノベを読み始めた後輩の樹里に是非とも伝えたい!


「確かに『一攫千金転生』は矛盾もなく、読者が不快に思うような描写もない。どれも順当な展開で、劇的な変化や超展開で読者を翻弄したり、作者の見え透いた傲慢な部分も見えない。安定した面白さ。ラノベ初心者にオススメの一冊と言える」


「だ、だったらなんで!?」


「だが、それだけなんだよ! 晴香さん! 毒がないんだ! なさすぎるんだ! なろうにあるべき、読者が突っ込みたい『毒』となる部分がなさすぎるんだ!」


「……はあ?」


 オレの宣言に晴香さんはわけがわからないといった顔を向ける。

 むぅ、確かにこればかりは説明が難しい。だが、わかってくれ!


「なろう系の特徴の一つに都合のいい展開というのがある……。それは古来より読者にストレスを与えず、むしろ爽快感を与えるものだ。それ自体はなろうが生まれる遥か以前からあらゆるフィクションの中に存在した読者を楽しませる展開、手法だ。だが、なろうはそれが特に顕著で思わず突っ込まずにはいられない作品が多かった。それを指してなろう系の特徴の一つというのはいかにもマウントだし、バカにしている要素だろう。だが、オレはあえてこれをなろうのいい点と言いたい。都合良すぎる展開と分かっていても、それを見ていると確かに気持ちいいと思えることもある。だが、同時にやりすぎだろうという突っ込みが自然と入ってしまう。この二つの境界、相反する賞賛と批判の心が同時に心を満たす。そして、その瞬間、作品を評価し、同時にマウントしている時、オレのようなオタクは一種の優越感に浸れるんだ。これがいい。いや、歪んでいる。だが、面白いと思うんだ。単純に作品を評価するだけではない別の側面が生まれ、そこから話題が沸騰する。面白いと賞賛したいが、同時に都合良すぎという批判もしたい。一つの感情だけではない様々な感情がオレを満たしてくれる。なろう系はそうした一つだけではない、いくつもの感情をオレに与えてくれる。時にそれはストレスとなることもある。だが、全くストレスを受けない作品よりもそうしたある程度のストレスを受ける作品の方が名作と呼ぶべきではないのか? 少なくともただ面白かったという一言だけの感想ではなく、批判を交えた長文の感想を送れる作品の方がより心を動かされた作品というのではないのか? だからこそオレはあえて言いたい。典型的なろう系とバカにされる作品。すでにそれ自体がそう言わせるだけの力を持った作品であり、誇るべきものだと!」


 ダンッと、オレは大きく足を鳴らして天を仰ぐように語った。語ってしまった。

 訳も分からず、ただ己の感情のまま、思いついた単語を、セリフを長々と語った。

 だが、悔いはない。

 むしろスッキリとした感じだ。

 そうだ。オレが胸の奥で感じていたわだかまり。

 『異世オレハーレム』に感じていた何かを改めて、こうして口にしたと。


 しかし、見ると晴香さんをはじめ樹里他、クラスの全員が「ポカーン」とした目でオレを見ていた。

 ……あかん、やりすぎた。

 すごすごとオレは椅子に座りなおす。


「えっと、意味わかんないんだけど、つまりどういうこと?」


 問いかける晴香さんにオレは「こほんっ」と咳払いをして告げる。


「えーとつまり、晴香さんの『一攫千金転生』って普通に面白いんだけど、それだけーっていうか……そのー、ツッコミ要素が少なくてさー、あんまり話題にするような部分がなくってー。でも『異世オレハーレム』はそんなことなくマジで突っ込みたい要素盛り沢山で、話題にしたい要素が尽きないんだよ! なので、オレ的にはやっぱ『異世オレハーレム』の方がいいかなーって」


 あかん。短くまとめるとアホみたいな理由で自分でも泣けてきた。


「はあー!? そんなわけわかんない理由でうちの『一攫千金』よりも『異世オレハーレム』を薦めるのー!?」


「い、いや! そ、その! そ、それだけじゃなく、最初にクソみたいな作品を読んだ方が、後から良作を見て「あ、これって良作だ」っていうのがわかりやすくなるっていう目的もあるっていうか……!」


「ますます訳分かんないよー!!」


 そう言ってオレの肩を掴んではグラグラと揺らす晴香さん。

 一方で樹里は「なるほど。さすがは先輩! 了解っす!」と納得したり、華流院さんに至っては「誠一君。私は信じていたわよ!」とよく分からない感動をしている。

 いや、あの、それはいいのでこれ助けてくれませんかね?

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