第23話 オレの後輩に小説を薦める①

「先輩ー! 昨日『異世オレハーレム』の続き読んだっすけど、マジっぱねぇっす! 超面白かったっすー! つーか、一巻よりも面白くなってるとか、これ次どうなるのかマジ予想不可能っすよー!」


「ああ、そこは安心していい。オレも予想だにしない展開に行きやがったから、あの作品」


「マジっすか! かー! 今から続き読むの楽しみっすー! アタシ、読むの遅いから先輩みたいにスラスラ読んで早く最新刊に追いつきたいっすー!」


「まあ、初めての小説なら、そんなもんだろう。無理せず自分のペースで読んでいいんじゃないのか」


「了解っすー! 先輩ー!」


 翌日。オレから『異世オレハーレム』の二巻を借りたロリ不良の下級生こと鬼島樹里は、なぜだかわざわざオレのクラスに来て、そう感想を語ってくる。

 周りからは下級生&金髪の不良がオレに楽しげに話しかけているので、かなり注目の的だ。

 おかげで日々の日課でもある『異世オレハーレム』の読み込みがなかなか出来ない。

 はぁ、思えば晴香さんの転校からこういう厄介事が増えたような……。


「誠一君ー。何の話をしているのー? というか、昨日から気になったんだけど、その下級生の子って誰なのー?」


 と、そんな事を思っていると隣から晴香さんが話しかけてくる。


「ああ、えっと、この子はその……」


「初めまして。アタシ、鬼島樹里って言います。こっちの先輩、つーか師匠? から滅茶苦茶面白い小説を教えてもらったんっすよー!」


「へえー、その小説って?」


「はい! この『異世オレハーレム』っす!」


 ドンと樹里がその本を掲げると、なぜだか『ピキッ』と空気が割れるような音が南條晴香さんの方から聞こえた。


「へ、へえー。ふーん、そうなんだー。それを薦めたんだー。あれー? でもおかしいなー。誠一君、その本のこと嫌いだーって言ってなかったー? なーんでそんな本を他人にオススメしてるのー?」


 え、いや、まあ、はい。確かにそれはそうですけど。


「ええー!? 先輩、この本のこと嫌いだったんっすか!?」


 晴香さんのセリフに樹里は驚いたようにこっちを見る。

 あ、そういえば君には言ってなかったね。

 うん、その通りだよ。と心の中で頷く。


「ねえ、誠一君。そんな本よりも、もっとオススメ出来る本が近くにあるんじゃないかなー? たとえばほらー、この『一攫千金転生』とかー!」


 そう言って晴香さんはカバンから『一攫千金転生』の本を取り出す。つーか、もしかしてそれ普段から持ち運んでるんですか?


「うわ、先輩なんすか、それ。『異世オレハーレム』のイラストに似てるっすねー」


「全然似てないー! うちの絵師の方がセンスあるもんー!!」


 樹里の感想にブンブンと本を振り回して抗議する晴香さん。

 いや、まあ、絵師のイラストについてはそれこそ個人の趣味で意見変わりますし、比べるとややこしくなるのでやめましょう。


「とにかく! どうせ読むならこっちの『一攫千金転生』を読もう! 後輩ちゃん! こっちの方がとっても面白いし、オススメ! しかももうじきアニメも放送される覇権確定の小説だよー!」


「アニメ! マジっすか!? すっげー! 半端ねぇ!」


「そうでしょう、そうでしょう。『異世オレハーレム』もアニメあっていたけれど、それはもう終わったんだよ。時代の波に乗るなら、やっぱこの『一攫千金転生』でしょ!」


 まるで通販の宣伝みたいに押してくる晴香さん。

 それを見て、樹里も興味を抱かれたのか手に持った『異世オレハーレム』と『一攫千金転生』を見比べる。


「うーん……。先輩はどっちがいいと思うっすか?」


「オレ?」


 そこで不意にオレに意見を求める樹里。


「はい。先輩がいいと思う方をアタシ読もうと思うっす」


 いや、そんな重要な決断をオレに任せられても……好きな方、読んでいいんじゃね? というか両方読めば? と伝えるが、


「そう言われてもアタシ、読むの遅いって言ったじゃないっすかー。今はどっちか片方じゃないと集中できないっす」


 むぅ、それもそうか。


「こっちの『一攫千金転生』って面白いっすか?」


 そう尋ねる樹里。どうやら彼女も本気で悩んでいるようなので、オレもちょっと本気で答えることにした。


「そうだな……ぶっちゃけ言うと面白い。話もよくまとまっているし、設定も出来ている。全体的な矛盾もそれほどない。キャラクターも主人公にしても嫌味がなく、読んでいて爽やかで、その動機も読者が納得できるものばかり。ジャンルとしてはいわゆるなろう系に多くある異世界物でチートもあるし、ハーレムもあり、多少ご都合もあるが、そこまで突っ込まれるほどのものはない。ハッキリ言って良作だ」


「……誠一君……。そんな風にうちの作品のこと見てくれてたんだね……。初めてうちの作品のこと語ってくれて嬉しいよ……」


 見ると樹里よりも、むしろ晴香さんの方が感動した様子でオレの方を見ていた。

 あ、そういえばオレが『一攫千金転生』の感想を真面目に語ったのってこれが初めてだったか。

 いや、普通に面白い作品ですよ。特に否定する要素もないっす。


「へえー、そうなんすか。じゃあ、『異世オレハーレム』よりも『一攫千金転生』の方が面白いんっすか?」


「ああ、単純な面白さで言えば多分『異世オレハーレム』よりも『一攫千金転生』の方が上だ」


「誠一君!」


 オレの答えに感涙を浮かべる晴香さん。だが、その瞬間、


「ふぅん、誠一君。『異世オレハーレム』よりも『一攫千金転生』の方が面白いと思ってるんだぁ」


 『ピキリ』と再びガラスが割れるような音が聞こえた。

 音の方を振り返ると、そこには殺気を纏いながら、オレを冷たい瞳で見つめる華流院さんがいた。


「あれだけ『異世オレハーレム』の事を信仰しておいて、命賭けるとまで言っておいたのに……そんなこと言うんだぁ。ふぅん、浮気? ねえ、浮気なの?」


 いや、そんなこと一言も言っていませんが!?

 というか浮気ってなんですか!? 誤解招きますよ! 華流院さん!?


「華流院っち。諦めなよー、彼はもう心を入れ替えてうちの『一攫千金転生』の信者に鞍替えしたんだよー。君がいくら『異世オレハーレム』の信者って言っても、離れていく信者を引き止める資格なんてないよー」


「勝手なこと言わないでよ! 私は信者じゃないわよ! どっちかというと教祖! というか華流院っちってなによ!? いつからあなたとそんなに親しくなったの!?」


 と、なにやら華流院さんと晴香さんの口喧嘩が始まる。

 なんだかんだでこの二人って仲いいんじゃないの?


「なるほど。じゃあ、アタシも『異世オレハーレム』よりも『一攫千金転生』の方を読んだほうがいいんすかね?」


 そう言って樹里が手に持った『異世オレハーレム』と『一攫千金転生』を見比べる。

 うむ。まあ、普通に考えればそうなるだろう。だが、


「確かに面白さは『一攫千金転生』が上だ。――けど、どちらを薦めるかと言われればオレは『異世オレハーレム』を薦める」

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