第6話 山岸の場合、その後
川埼が自分と同じ、夢が現実になる能力を持っていると知ってから一週間。
何気にいろんな女の子が夢に出てきた。
同じ日文科の陽子ちゃんやたまたま新歓コンパで一緒になって、ちょっと仲良くなっただけの政経学部の美和ちゃん、はたまた全然見ず知らずのOLさんや高校時代の元カノ、玲子なんかも出てきた。
今までだったら明らかに「これ、現実になるな」って兆候がありそうな夢ばっかりだったが、せいぜいキャンパスの中でたまたま出くわして話す程度で、現実になることはなかった。
まぁ、正直なところそう簡単に現実になってもらっても俺は困ることの方が多いし、夢は夢のままでいてくれた方が健全(少なくとも俺と川埼以外は夢が現実にならないんだから)なので、三割くらいはちょっと残念な気持ちもあったけど、それはそれで良しって感じだった。
今日もバイトが終わって、ちょっとビールを引っかけたらすぐに眠気が来て、そのまま寝てしまった……。
「山岸ー」
振り向くと川埼だった。
「おお、川埼。どうした?」
「アンタ、今帰り?」
「そうだけど、何か用か?」
「別に用事はないけどさぁ、女の子に向かってそれはないんじゃない?」
川埼の言うことは一理あるけど、別に意識するような女子ではないしなぁ。
「そう言われてもなぁ……で、なんだよ」
「ううん、単にあたしも帰るところでたまたま山岸を見つけたから声をかけただけ」
「なんだよ、じゃ用事ねぇんじゃねぇか」
「ひどいなぁ。用事がなくたって一緒に帰ったっていいじゃない」
「まぁ、そりゃそうだけどさ」
「じゃ、一緒に帰ろうよ」
ということで、一緒に帰ることになった。まぁ、俺と川埼ならありがちなシチュエーションではあるが、なんか怪しいな、コレ。
とりあえず、2人無言で並んでキャンパスを出て駅の方へ。
「……山岸さぁ」
「なんだよ」
「あたし、女の子だよ、一応」
「一応とか言わなくても女であることは見ればわかる」
「だったら、なんか気の利いたトークとかできないわけ?」
「気の利いたトークってなんだ。今さら」
「だってさ、その……今さらだけど無言ってないんじゃない?」
川埼の言うこともわかるんだけど、取り立てて話すこともないしなぁ。
「あー、まぁそう言われてもなぁ……元気か?」
「何よ、それ。とりあえず元気よ? 風邪もひかずに健康的に過ごしてるわよ」
「そうだよな。健康が服着て歩いてるようなもんだからな」
「いちいち気に障ること言うわねぇ。あたしだって具合悪いときだってあるのよ?」
「例えば?」
「……言えない……」
「なんだそれ」
「女には女の事情ってもんがあるのよ」
そうなのか。どっちでもいいんだけど。
「それより、まだ時間早いからどっかでお茶でもしていこうよ」
「あー、まぁ別にいいけど」
「そしたら駅ビルのスタバでどう?」
「いいんじゃね?」
ということで、2人してポツポツくだらないやりとりをしながらスタバへ。騒がしいので雰囲気はないけど、まぁお茶してダベるだけならこれで十分。意外に空いてたので、隅のテーブル席へ。
「実は山岸に話があるの」
「急にどうした。金なら貸すほどねぇぞ」
「あたしがいつアンタに金を借りた」
「金は借りてないな。で、なんだ」
「あたし、アンタが好き。付き合って」
思わずむせた。コレ、やっぱり例のパターンか。
「き、急になんだ。悪いもんでも食ったか?」
「いたってマジメよ。アンタの彼女にして」
「……」
この急展開どうすればいい。受け入れるときっと現実になるぞ、コレ。ただ、川埼だしな。疲れないし好みではあるし、さしあたり断る理由はない。
「ねぇ、なんとか言いなさいよ」
「わかった。じゃ、俺たち付き合うか」
「もう。その気があるなら最初から言いなさいよ。……その……うれしいけど……」
ハッ!
目が覚めた。時計を見るとどうやら40分くらい寝落ちていたらしい。
今度はまた川埼か。これは現実になりそうだけど……でも、ここんとこ能力が発動することはないから、夢で終わってくれるかな。
などと思いつつ、風呂に入ってきちんと寝直した。
翌日。
結論から言うと、夢は現実になった。
川埼と付き合うことになった。
ということは、川埼は同じ夢を見ていないということになる。
今までの俺のパターンから言うと、次に夢に見るのは川埼と別れる夢なはず。……なんだけど、一向にその気配はない。
付き合って早くも2カ月が経ったが、別れるどころか変に仲良くなってラブラブな状況に陥っている。もちろん、夢であったことを忘れていたわけじゃなかったけど。
そして、ある夜。
今までに見たことのない夢を見た。
川埼が俺の部屋に遊びに来て、川埼が俺を誘惑していた。あと一步で一線を越えそうなところで目が覚めた。
初めて見たタイプの夢だけに、これが現実になるのかどうかはまったく予測できなかったし、こんな色気のあることが本当に起こったらどうすればいいか見当も付かなかった。
「とおるー、今日さ透の家に遊びに行っちゃダメ?」
ヤバい。夢と同じ展開になってる……でも、変に断ると関係がおかしくなる可能性があるし……。
「別にいいけどよ。部屋、とっちらかってるぞ?」
「いいわよ。掃除してあげるから」
「いらんことせんでええわ」
などと言いながら、なんだかんだで本当に川埼が俺の部屋に来てしまった。ここまでまったく夢と同じ。ってことは、この後……。
「本当に汚れてるわねぇ」
「ほっとけ。まぁ、適当にその辺に座っててくれ。コーヒーでいいよな」
「うん」
俺はインスタントコーヒーを飲まない人なので、朝がバタバタしていてもちゃんとコーヒーはドリップで淹れている。
「ほらよ。ブラックでいいよな」
「ありがとう」
しばしの沈黙。
「……意外に広い部屋ね。散らかってなければもっと広く使えるはずなのに」
「いいんだよ。少しくらい散らかってる方が気楽なんだよ」
「女の子に嫌われるぞ。……その……今はあたし以外の女の子には嫌われてほしいんだけど……」
消え入るような声で言う。
「ん? なんだって?」
「なんでもないわよ……」
と言いながら、テーブルの対面にいた川埼が隣に移動してくる。
「ど、どうした」
「透の近くにいたいの……」
「なんだ急に」
「……キスして……」
これも夢の通りなんだが……していいものかどうか現実は迷うな……。
「ちょ、ちょっと待て瞳」
「……あたしに恥かかせる気?」
そう言われちゃしょうがない。川埼とキスした。
「やっぱり透のキス、うれしい……」
「い、今さらなんだよ……」
さらに川埼がにじり寄ってきて、俺の右腕を掴む。
見た目よりボリュームのある胸がもろに腕にあたる……よろしくないぞ……。
「透……あたしを抱いて……」
夢の通りだー! どうする俺、どうすればいい?
「ひ、瞳、ちょっと待て」
「あたし本気よ?」
「本気はいいからちょっと待て」
潤んだ目で見つめてくる。ここで折れちゃいけない。事実を言わないと。
「瞳、よーく聞け。これ、俺が見た夢のまんまだ。お前もわかるだろ、ここまで言えば」
「……ほ、ホントなの?」
「残念ながら本当だ……」
「あたしってば……でも、気持ちは何か操られてるとかじゃないんだよ?」
「そうかも知れないが、夢のまんまだ。付き合い始めからずっと夢の通りなんだよ」
「本当に?」
「ああ」
とりあえず、一線を越えることは回避できた。
夢であることを言えば、夢の通りにならないこともわかった。
でも、これどうなるんだ?
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