第3話 夢は現実より奇なり2

「おーい、川埼ー」

 呼ばれたので振り向いてみる。同じ国文学科の山岸が20mくらい向こうから走ってこっちに向かっている。

 あたしには特に用事はないのだけど、まぁ呼ばれたのにそのままスタスタ歩いて行くのも愛嬌がないってもの。とりあえず立ち止まって待ってみる。

「はぁはぁ……追いついた……川埼さぁ、この後講義ある?」

「2限は休講になったから、とりあえずどうしようかブラブラしてたところ。山岸は?」

「俺は2限空きなんだよ。良かったらランチでも一緒にどう?」

 ホンの数瞬考える。コイツならランチ一緒にしてもいいか。

「うん、いいよ。でも、ちょっと時間早くない?」

「ん? まだ11時過ぎたばっかりなのかぁ。じゃ、外でちょっとお茶でもしてからどう?」

 お茶まで付き合うのかぁ。んー、まぁいっか。

「じゃ、そうしよっか」

 2人は並んで正門の方へ歩いて行く。

 あたしは別にそれに惹かれて受けたわけじゃないんだけど、ウチの学校はキリスト教系の学校で女子人気が高い。そのせいもあって、偏差値もそこそこ高め。

 そんな知的(?)女子を当て込んでなのか、キャンパスの中にある施設はオサレ施設が多いし、キャンパスの外にある飲食店もみんなオサレ系。何件かは質より量のガテン系飲食店もあるけど、女子はまぁ入ることは限りなくゼロだろう。

 そんなこともあって、お茶するくらいなら場所には事欠かない。

「んで、どこに入る?」

「定番だけどジングルでどう?」

「わかった」

 ジングルとは、正門を出てものの2分くらい歩いたところにあるこじんまりとした喫茶店。ランチはやっていない代わりに、ケーキも飲み物も美味しいので女子的には人気のあるお店だ。で、こいつがそれを知ってるってことは、女子とは付き合いがあるんだろうな。

 チリーン。

 いかにも、な木製のドアを開けると軽やかなベルが鳴る。

 店はそれほど広くない。カウンターに5席と奧に4人掛けテーブル席が4つほどある程度。午後になると、女子で一杯になるお店だ。

 とりあえず、あたしと山岸は一番奥のテーブル席に陣取る。

 山岸がメニューを寄こしてくれるが、この時間からケーキはいらない。アールグレイでも飲もうかな。 

「いらっしゃいませ。ご注文は?」

「アイスコーヒー」

「ホットのアールグレイ」

 時間が早いので客は私たちしかいない。だからマスターが注文を取りに来てくれた。

「で、なんだってあたしなのよ?」

「どういうこと?」

「女の子とお茶するなら、他にもいろいろ手駒があるんでしょ、どうせ」

「ひどいなぁ。歩いてたら川埼の姿が見えたから、声をかけたのに」

「別に声をかけてくれなんて頼んでないわよ」

「まぁ、そうツンケンしなくても」

 そう、あたしと山岸は同じ学科で同じクラスということもあって、仲は悪くない。たまにはこうやってランチしたりお茶したりする程度には仲がいいと言えるだろう。

 山岸はムダにイケメンじゃなくて、イケメンをダサくしたらこうなった、って程度の風貌なので、女子人気はさほど高くない。ただ、人当たりと面倒見がいいので、浅く広く人間関係を築いている、というのがあたしの評価。

 飲み物がテーブルに並べられる。

「川埼さぁ」

「なに?」

「この暑いのに熱いものよく飲めるなぁ」

「アイスが欲しくなるほど暑くないでしょ? 暑いのは山岸だけだよ」

「そうかなぁ」

 などと、世間話をしつつもふと会話が途切れる。

「……あのさぁ、川埼」

「なに?」

「俺、川埼に言いたいことあるんだよね」

「なによ」

 ピンと来た。これはもしかしてそういう展開?

「川埼って、今好きな人とか彼氏とかいるの?」

「見てればわかるでしょ? そんなもんいないわよ。あたしみたいにサバサバしたガサツな女子はモテから遠いのよ」

「そんなもんか?」

「そうよ」

「じ、じゃあさ、俺と付き合ってみない?」

 ……やっぱり。こう来たか。迷うところではある。山岸のこと特別にどうこう思ってはないけど、彼氏にしたら楽な存在ではありそう。気を遣って男子と向き合うのは正直苦手だ。じゃあ、まぁいっか……。

「あたしでいいの? テキトーでガサツで女子っぽくないよ?」

「ウチの学校は女子っぽい女子はいくらでもいるけど、疲れるんだよね。だから川埼みたいな女子の方が楽でいい。それに……面と向かって言うのもなんだけど、見た目もタイプだ」

 見た目の話も出てきたか。

「わかった。じゃあ、山岸さえ良ければ付き合ってもいいよ」

「うしっ! じゃ、これから改めてよろしくな」

「うん」


 ジリリリリリリ。

 うるっさいなぁ……目覚ましか、これ……ここじゃない……ここか……おりゃっ!

 目覚ましが止まった。と同時にあたしも目が覚めた。

 やっぱり夢だったか……まずいなぁ……。


 あたしの名前は川崎瞳。キリスト教系の学校に通う大学生。本が好きってだけで国文学科を専攻している。

 夢を見て、どうしてまずいのか?

 まして、男子から告白される夢ならいいじゃないかって?

 あたしにはそれがすごく都合が悪い。

 あたしには親にも友だちにも言えない特別な能力がある。それが「夢で見たことが現実になる」というもの。

 もちろん、全部が現実になるわけじゃない。

 核戦争が起こって、人類はあたし1人なんて夢が現実になったら、この世はディストピア。そんなもんが現実化されたらたまったもんじゃない。

 気まぐれに、しかもランダムに現実化するのがややこしい。自分で制御できないから、何が現実になるかわからない。宝くじみたいなもんだ。

 ただ、今見た夢は現実になりそうな気がする。今日は夢の通り、2限が休講だったりする。山岸は普通に学校に来るだろうから、出会う確率も普通にある。

 果たしてこの夢どうなるのか……。

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