第2話 夢は「夢」を見せてくれない

 とりあえず、今日は1限から。この時間に起きたのも1限に出ないといけないから。

 ってことで、ちゃちゃっと身支度をして、トーストとコーヒーで簡単に朝食を済まして家を出る。

 ウチから学校までは40分くらい。

 家から最寄りの駅まで歩いて10分くらい。そこから電車で25分。学校の最寄りの駅から学校まで歩いて5分っていうところ。

 1限は9時からだけど、そんなに早起きしなくても余裕で着けるのがうれしい。講義の前に一服する余裕すらある。

 こんな感じで退屈だけど必修の語学の講義をぼんやりやりすごし、2限はパンキョーだから出てればとりあえずOK。2限が終われば昼になるから、どうしようかと1分くらい考えて結局学食へ。

 学食のメニューも女子を意識したメニュー満載。量より質で勝負しているように見えるし、実際キャンパスの外にある店と似たり寄ったりの価格設定はどうよ、と思わないでもないけど、ムダに美味いから利用率は高い。

 パスタのランチを選んで、適当な席を確保してさっさと済ます。

 悪友どもは学食のランチでは量が足りないと言って、質より量で勝負しているキャンパスの外で食べることが多いので、一緒にメシを食う機会が少ない。1人でランチはよくあることだ。

 

 そして、昼休みも済んで3限の時間がやってきた。

 果たして夢で見たとおりになるのかどうか。

 とりあえずどうしようかと一瞬考えたけど、いつものように図書館でも行こうかな、と学食を出て歩き始める。

 と、

「山岸さーん!」

 この声は涼子ちゃん?

 振り向いて見ると、20mくらい後ろから涼子ちゃんが小走りしてくる。

 なるほど。これは夢の通りになるな、と心の中でほくそ笑む。

「どうしたの? 涼子ちゃん」

「山岸さん、これから講義ですか?」

「ううん、3限空きなんだよね。だから図書館でも行って時間つぶそうかなって」

「良かった。良かったら一緒に行ってもいいですか?」

「涼子ちゃんも3限空きなの?」

「そうなんです。で……その……ちょっと山岸さんにお話したいことがあって……」

「あ、そうなんだ。じゃあ、一緒に行こうか」

「はい!」

 夢はこの後から始まってたけど、これはもう明らかにレールに乗っかってるよね。

 ちょっとの間、特に話すこともなかったのでお互い無言で歩いていた。

「あの……あたし……」

「ん? どうしたの?」

「……あ、その……なんでもないです」

 ああ、夢の通りだ。ここでカフェテリアに入るんだったな。

「涼子ちゃん、とりあえずそこのカフェテリアでも入ろうか。ちょうどノドも乾いてきたし」

「そうですね! そうしましょう」

 カフェテリアに入る。席も夢の通り、窓際だけど隅にあるいい感じの席が空いている。そこに陣取って

「何飲む? 買ってくるよ」

「そうしたら、アイスティお願いできますか?」

「無糖でいい?」

「はい、お願いします」

 自分はコーヒー。これも夢の通り。

「はい、アイスティ」

「ありがとうございます」

「今日は暑いねー」

「そうですね。あたしだけだと思ってたんですけど、山岸さんも暑かったんですね」

「天気予報で暑くなるって言ってたから、ちょっと薄手の服にしてきたんだけど、それでもちょっと暑かったね。涼子ちゃんは大丈夫?」

「はい、大丈夫です。ここはちょうどいい温度ですし」

「そう、なら良かった」

 まったく夢の通りに会話も進む。

「あ、あの!」

「ん? どうしたの涼子ちゃん」

「や、山岸さんって今好きな人とか彼女とかいるんですかっ!」

「今のところはいないねー。こんな野暮ったいフツーの男に声をかけてくれる女の子なんてそうそういないって」

「そんなことないです! 山岸さんはその……えっと……ステキです!」

「! ありがとう。涼子ちゃんにそんなこと言ってもらえるなんてうれしいよ」

「じゃ、じゃあ……その……あたし……あ、あたし山岸さんの彼女に立候補してもいいですか?」

「涼子ちゃん……えっと、俺でいいの?」

「いいんです! あたし、山岸さんのことが好きです!」

 

 かくして、英文科のマドンナ、岩井涼子ちゃんは俺の彼女になったのだった。

 何ヶ月かぶりだけど、夢がまた現実になってしまった。

 個人的にはとてもうれしい。こんな可愛くて女の子らしい女の子を彼女にできて、うれしくないわけがない。

 ただ、厄介なのは夢が実現してしまったというところだ。

 俺の見る「現実化する夢」はこういうイベントの「入り口」は現実になることが極めて多い。ただ、現実になった後はまったく夢にならない。

 そもそも誰が俺にこんな能力を授けてくれたのか知らないけど、この能力は「大きなイベント」だけをピックアップして俺に見せ、その後はほったらかしになる。

 だから、涼子ちゃんと上手くやっていくかどうかは俺次第。

 今までも何人もこんなことがあったけど、概ね上手くこなしていたと思う。

 ただ、夢が現実化する「大きなイベント」は別れにも適用されるらしい。

 おかげで、告白される夢が現実化したのと同じくらい別れを切り出される夢も見ているし、それが現実になったのも体験している。

 果たして、涼子ちゃんとはどのくらい恋人関係でいられるのか。

 俺がいくら年単位で、なんだったら卒業後まで続いて欲しいと希望しても、その間に別れの夢を見て現実化してしまったら、俺の意志をまったく無視したところで涼子ちゃんとの別れがやってくる。

 今までの経験値から言うと、長くても半年、短ければ1週間ってケースもあったな。腹立たしいことに長続きする、という選択肢を与えられることはなかった。

 それを思うと、こんな可愛い彼女ができても憂鬱な気分になるというものだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る