第13話 契約ver氷

「四天王が一人、千水のサラーキアよ」


 四天王って、そんな強い奴が不意討ちかよ。

 と言うかこいつ、

「お前、精霊が見えるのか?」


 精霊は魔力を持たない者にしか認識出来ないんじゃ無かったのか?


「勿論出来るわよ。だって私自身が精霊なのだから、ね!」


 ズン!

 答えと同時にサラーキアが右足で大きく地面を踏みつけた、

 それに合わせるように、サラーキアの背後から巨大な津波が押し寄せてくる。


 自分ごと飲み込む捨て身の攻撃、いや水使いの奴には影響が無いのだろう。

 逃げられる大きさではない。背中を見せれば確実に呑まれる。


 ソエルがいなければ確かに俺は落ちこぼれだ。

 あのまま一生荷物持ちをしていたかもしれない。

 でも今は違う。憑依が解かれても、体を奪われても、心は一つ!


 あいつの魔力は俺の中にある、それ即ち、俺は一人じゃない。

 この程度、俺達の炎で蒸発させて、


『無理ですよ』


 キン!

 涼やかな音と共に大津波が一瞬で凍りついた。


「す、すげぇ」


「へぇ、やるわね」

 言葉とは裏腹にサラーキアはいまだ余裕の表情だ。


 助けてくれたアイリにお礼を言おうとしたが、

「ありが」

 とう


 と言い終える前にまたしても、キン!と涼やかな音が鳴り、俺は氷の檻に閉じ込められた。


 寒さを感じない変わりにとてつもない硬度を感じる。

 例によって細やかな氷細工がなされた美しい檻だが、閉じ込めるという機能には些かの衰えも見えない。


 ガンガンガン!

 氷の格子を叩いているとは思えない程鈍い音がする。


「何するんだよ!!」


『アナタはそこにいて下さい、それとも逃げますか?』


「ふざけるなよ!俺は絶対に逃げない!ここから出せよ!俺だって戦える!!!」


『そういう台詞は、その程度の檻くらい自力で破れるようになってから吐いて下さい』


 くそっ!やってやるさ!

 こんな檻、一撃でぶち破る!!


 イメージ、イメージしろ荒ぶる火炎を、爆発する豪炎を、燃え盛る炎の渦…………。


 ボウ!

 音を立てて燃え上がった、

 拳だけが。


 くそっ、何で、違う!もっと、もっと、もっと!!もっと!!!何で燃えない!?何で!何で!?


『落ち着きなさい』


「ソエル!?」


『私の事大好きなのは分かったから一旦落ち着きなさいよ!』


「大丈夫なの!?怪我とか」

『ア―――――――――――――――――!!!!!!!!!!!!』


「うぅっ!?あ、頭に響く……」

 物凄い大音量に頭が割れそうになる。


『いいから、話を聞きなさい!』


「わ、分かったよ」

 ――――――――――――――――――――――


 目を閉じて動かなくなったライトにアイリは冷ややかに吐き捨てる、

『落ちこぼれはそこで大人しくしていて下さい』


「あらあら、一人でいいの?」


『構いません。なりそこないの半端者ごときにワタシは捕まえられませんから』


「ウフフ、それは残念ね、せっかくストレス発散しようと思ったのに」


 ニヤリと笑うサラーキアの顔には嗜虐的な色が見てとれる。


 何か企んでいるようですね。


 油断無くサラーキアの全身を視ていたアイリがそう思った瞬間、

 足元から突如高圧の水が吹き出した。


 しかし、それがアイリに届く前に、

 キン!

 と、三度凍りつく水。


『分かったでしょう?何度やっても、』

 言いかけて止まる。

 アイリは見た、サラーキアの横にある水に包まれて、気絶していた筈のソエルが水の中で立っている。


 しかし、その悪寒を感じさせる黒く濁った目はサラーキアと瓜二つで、

『アナタ!その子に何をしたのですか!?』


「ナニって少し気持ちいい事を教えて上げただけよ。」

「こんな風に、ね!!」


 ヒュン!

 今度は正面から水が高速で飛来する、しかし、当然のように凍りつき、


 ジュウウ、

 と氷を溶かす炎の音が間髪入れずに聞こえてきた。


 まさか!?


 思うと同時、操られたソエルが打ち出した炎がアイリを包んだ。

『あ、ギ、ギィギャァァァァァァァァァァ!!??!!!???』


「ウフフ、アハハハハハ、品の無い叫び声ねぇ、まったく」

 痛みに絶叫するアイリにサラーキアは心底楽しそうな笑い声を上げる。


「ほらほら、もっと火力をあげなさいな、火の精霊ちゃん」


 それに対してソエルは何も応えない。ただ濁った瞳に炎を映し、言われた通りに火の温度を上げていく。


『ア“ア“ア“ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!!!!』


「アハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!!!!!!!!」


 ズドン!!!!!!!!!


「は?」


 精霊が叫び、クソ野郎が高笑いする中で、いきなり氷の牢が爆発した。

 そこにいたのは怒りに染まる一人の男。

 爆炎を纏ったライトが立っている。


(何?この魔力は?あり得ない、精霊使いじゃなかったの!?)

「貴方いった、い?」


 サラーキアは一瞬もライトから目を離していない。

 しかし、それでも捉えきれない速度で間を詰めたライトは、

「ちょっ、止め!?」

「嫌だ」


 容赦なくサラーキアを殴り跳ばした。


「ヒギィアアアアァァァァァァァァァァ!!!!!!!」


「ハハハ、情けない叫びだな」


 飛んでいくサラーキアにライトはそう言って笑う。


「チッ、このガキがぁ!」

 バシャン!

 とサラーキアの体が地面から吹き出した水の壁に包まれた。


「調子に乗ってるとどうなるか、教えてやるよぉ!!!」

 そう叫び、バシャリと、自身の体ごと地面の中に沈んだ。


 どこから出てくるか分からない、でもそれより先にアイリとソエルの安否確認からだ。


 ソエルを包む水は消えていないが、ソエル自体は気を失っているようだ。

 牢屋の中で魔力を集中するのを手伝ってくれたが、いきなり消えてしまったのはさっきの洗脳みたいなサラーキアの魔法のせいだろう。


 とりあえずこっちは大丈夫として問題はアイリさんの方か。

 あれだけ輝いていた光は不規則に明滅して、地面すれすれをかろうじて浮いているといった感じだ。


「アイリさん!大丈夫ですか?」


 駆け寄って声を掛けると、

『どうやら落ちこぼれでは無かったようですね、あの子を連れて早く逃げて下さい』

 今にも死にそうな声で言うアイリ。


「何言ってるんですか!逃げるならアイリさんも一緒に」

『ダメですよ、感じませんか?サラーキアの魔力』


 サラーキアの魔力?

 ハッ!?これは……。


 言われて初めて気づいたがサラーキアの魔力がどんどん膨れ上がっていく、まるで爆弾みたいに。


 つまりこれは下からチョコチョコ攻撃するために潜った訳じゃなくて、

「この山ごと俺達を殺すつもりって事かよ」


「アハハハハハハハハ!!!!今さら気づいても遅いわよ!!私の体を傷つけた事、後悔しながら死になさい!!」

 山の中から地鳴りのようなサラーキアの声が聞こえてきた。


『分かりましたか?今ならまだ間に合います、私が全力で凍気を放てばアナタ達は助かる、さぁ早く逃げて下さい』


「嫌ですよ」


『なっ!?何故ですか?アナタはここに死ににきた訳ではないでしょう!?さっきもそう!何故逃げないのですか?』


「だってあんただって逃げずに俺達を助けてくれたじゃないですか。水に捕らえられたソエルも、檻を出られない俺も、あんたが逃げないで戦ってくれたから生きてるんですよ」


『私はアナタ達の為に戦った訳じゃありません!そんな事を気にしているなら』

「違いますよ」


『え?』


「俺が逃げないのもあんたの為じゃない。俺は俺自身ソエルに誓ったんです。誰が相手でも、どんな状況でも、命を背負う覚悟から、俺は絶対に逃げ出さないと。」


『命を背負う……それなら、逃げるのも選択肢の一つじゃないんですか?』


「それで全員が助かるなら、喜んで背中を向けますよ。でも、そうじゃない、誰かを犠牲に生き残ってしまったら、その時点で俺は死人です。ましてを見捨てるなんてあり得ませんから」


『ふふふ、あはは、あははははは!!!』

 アイリは笑った、その声は最初に話したときの冷たい氷のような物ではなく、柔らかく、暖かい声だった。


『無理ですよ。

 こちらこそ、アナタと友達なんてあり得ません』


「あはは、フラレてしまいましたね」


『えぇ、嘘つきは大嫌いですから。知ってるんですよ?私の事を大事にしてくれる人は、皆何処かに行ってしまうって。だから、今度こそ逃がしません。』


『私のを溶かした責任キチンととって下さいね?ご主人様』


 雪解けの春の日差しのように柔らかい声が頭に響き、俺とアイリは暖かな契約口づけを交わした。

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