第12話 三つ巴

『初めまして、ワタシの名はアイリ。アイリ・グレイス・フリーザー、早速で申し訳ありませんが』


 ピタリと周りの吹雪が停止して、

『死んで下さいますか?』


 声を聞いた瞬間、嵐のように渦巻いていた氷が四方八方から俺達目掛けて襲いかかってきた。


「うわ!ちょっ、待っ!?」

 いきなりの殺害宣言&大規模攻撃に慌てる俺。


 しかし当然のように無数の氷の刃が止まる事は無く、


 ジュウゥゥゥゥ

 と音を立てて溶けている。


『「え?」』

 と間抜けな声を上げたのは俺と、氷の精霊アイリ。


『はぁ、これくらいでビビらないでよ』

 呆れたように声を上げるソエル。

 見ると燃えるように俺を包んでいた炎が円形のバリアのようになって俺を守っていた。


「おお~さすがソエルさん!スゲーッス!」


『……全然感謝の念を感じないんだけど』


「いやいや本当に、ただちょっと可哀想かな……なんて」


『何が?』


「いや、何がって……さ」


 ジュウゥゥゥゥ

 と氷が溶ける音はまだ続いている。


『っ、この!!』

 無数の刃が通じないと悟ったか、氷を固めた巨大な剣を降りおろすも炎に触れた瞬間呆気なく溶けてしまう。


『ギリッ』

 歯噛みする音と共に今度は氷で出来た弓矢が現れる。

 サイズは先の剣より巨大、その弦に氷の矢がつがえられ、

『ふっ、…………ハ!』


 限界まで引き絞られた矢が飛来するも、

 ジュウゥゥゥゥ

 とまたもや呆気なく溶けた。


『うぅぅ、』

 それでもアイリは諦めずに様々な攻撃を仕掛けてくる。


 斧、槍、鞭、拳、等々、多種多様な氷細工に、

『すごく綺麗な武器ね』

 ソエルが感心したように言う。


 アイリが氷で作り出す武器はどれも細やかな装飾が施されている。

 何の飾り気も無い炎のバリアとは大違いだ。


『何か文句あるの?止めようかコレ?』

 冷ややかなソエルの声。


「いや、ごめんなさい、スミマセン、シンプルイズベストでした」


『むぅ、まったく。それよりどうするの?あの子、話合いをするつもりは無いみたいだけど』


 アイリの猛攻は止まらない。

 こちらも向こうも魔力切れする気配は無いので、とりあえずこのままでいれば死にはしないだろうが、そもそも俺達は戦いに来た訳じゃない。


 このまま説得するしかないか。

「あの!!スミマセン!!話を聞いて下さい!!」


『アナタと話す事など何もありません!』

 声と同時に拒絶の意を示す大剣が振り下ろされる。


「フユコさんの事について、でもですか?」


『えっ?』


「村長から手紙を預かって来ています。俺の事を、人間を信用出来なくても、友達の言葉なら信用出来るでしょう!!!」


『そんな……まさか……』

 アイリの声が震える。


 これで話し合いが出来る、と思いきや、

『まさかここまでバカにされるとは』


「は?何言って」

『黙りなさい!!!』

 困惑する俺の言葉をアイリの怒号が凍らせる。


『フユコの手紙ですって?ふざけるのも大概にして下さい!!!ワタシが、ワタシが何も知らないとでも思っているんですか?あの日、村に帰ったその日に処刑されたあの子にそんな暇がある筈ないでしょう!』


 そんな……だって、確かに村長は言ってた筈だ。日記が見つかったって……。

 嘘だったのか?いや、とても演技には見えなかった……。


『貴方が勘違いしてるって事は無いの?』


 冷静に聞き返すソエルに、アイリは聞いただけで凍りそうな冷たい声で返す。

『……勘違いならどれだけ良かったか』


 氷点下まで下がった語気は一気に沸点まで上昇する、

『ワタシはこの目で見たんですよ!泣きながら助けを求めるあの子を、アナタ達人間が化け物だと言って殺すところを!』


『誰にも見えない、話せない、役に立たない、こんな何も無いワタシを友達だと言ってくれたあの子をアナタ達は殺したんだ!化け物はあの子じゃない!アナタ達人間の方じゃないですか!!!』


 アイリの悲痛な叫びに頭が、心が砕けそうになる。


 もう、どうしようもない。

 言うべき言葉が見つからなかった。いや、例えどれだけの言葉を尽くしても、人間の俺が何を言ったところでこの人の心を癒す事は出来ないだろう。


 ソエルの声が聞こえる、

『諦めるの?』


「うん」


『そう……まぁ、しょうがないわね』


「うん」


 言い訳も何も無い。無理なものは無理だ。だから、

「この手紙を受けとって下さい」


 俺の言葉を諦めて、


『う“うぅぅぅぅ、ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ァァァァァァァァ!!!!!!!!!!!!!!』


 怒りを爆発させたアイリが叫び、飾り気も何も無い、形も大きさもバラバラな純粋な氷が正面から吹き付けてくる。


『まったくだから地雷だって言ったのに』

 そう言ってソエルは周りを守っていた炎の膜も、俺を包んでいた炎も引っ込めた。


「あはは、ごめんごめん。約束通りパンケーキは奢るから」

 軽く謝る俺。


 その一秒後、怒りと共に押し寄せる氷の大軍が眼前に迫り、


 ピタリ、

 と停止した。


『何で?』

 困惑するアイリの声。


『何で、何で、何で、何で、何で、何で!!?何で守らないんですか!?何で逃げないんですか!!?何で、何で泣いてるんですか!!!?』

 本気で意味が分からない、理解出来ないといった感じだ。


 何でと言われても、傷つける気が無い攻撃に怯える必要は無いからな。


 やっぱりこの精霊さんは、

「優しいんですね」


 言いながら手を氷に触れさせようとすると、

『ダメです!!』


 バッ!

 と勢いよく氷が下がる。


「やっぱり、あなたは人を傷つけられないんですね?」


『な、何でそれを!?』


「簡単な事ですよ。あなたが人を傷つけるような精霊……いや、化け物なら村は全滅して、跡形もなくなっている筈だし、そもそも友達なんて出来ないでしょう?」


 我ながら雑な推理だと思うよ。ただ、100%間違いないと思うけど。


『そんな、そんな根拠の無い理由で、もしワタシが攻撃を止めなかったらどうするつもりだったんですか!?』


「どうするもこうするも、そんな事はあり得ないんで大丈夫ですよ」


『最悪、私がいるしね』

 とソエル。


 そんな事言って自分だって攻撃されないと思ってたくせに。


『うるさいわね、いいから早く手紙を渡してあげなさいよ』


「はいはい、ってか精霊って文字」

 読めるの?


 と言おうとした刹那、

 グシャッ、と何かが潰れる音が手元から聞こえた。


「は?」


 そこにあったのは、アイリの氷でもソエルの炎でも無くて、


「水?」

 地面から生えた水が手元にある手紙を握り潰していた。


 それを認識した瞬間、

「!?」

 真下の地面から突如吹き出してきた水に全身を包まれた。


「ガ……ガボガボガボ(な……何だこれ)!?」

 息が出来ない、くそっ!


 ただの水では無く、何か柔らかい粘土のような、ねっとりと絡み付いてきて息どころか身動きすら取れない。


『ソエル!』

 炎で蒸発させて脱出しようと呼ぶも、

『ソエル?ソエル!?』

 返事が無い。

 それにこの感覚は、憑依が解けてる?


 ドン!!

 不意に背中を鈍い衝撃が遅い、水の外に押し出された。


「ガハッ!!はぁ、はぁ、一体何なんだ!」


 呼吸を整えながら後ろを振り返ると、そこには水の中でぐったりと気を失っているソエルと、その横に一人の女が立っている。


 青髪に青いローブを着た麗人は、まるで水を纏っているかのように澄んだ印象を受けそうになるが、ただ一点、深い黒に濁りきった瞳が隠しきれなかった本性を表しているかのように、とてつもなく嫌な予感を与えてくる。


 目があっただけで背中に鳥肌が立つような悪寒が走る、その双眸で俺を見て、女はゆっくりと口を開いた、


「ウフフ、今日はラッキーね。まさか1日で二匹も精霊を捕まえられるなんて」


 捕まえるだと?

「ふざけるな!ソエルを返せ!」


「う~ん?返せ、と言われてもねぇ?欲しい物は力づくで奪うのが魔界のルール、そうでしょ?精霊使い、いいや落ちこぼれ君」


 こいつ、俺の事を知ってるのか!?

「お前は一体何なんだ!」


「あぁ、自己紹介がまだだったわね、私はサラーキア」


 女はゆったりと、余裕たっぷりに口を開く、

「四天王が一人、千水のサラーキアよ」

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