第11話 氷の精霊アイリ

翌日の朝、俺とソエルは山の頂上に来ている。


 と言っても直接登った訳では無く、銅像の下に頂上までの転移魔方陣が隠されていて、それを使った。

 隠しダンジョンみたいでちょっとワクワクしたのは内緒だ。


 しかし、転移した途端に通常なら立っていられない程の猛吹雪、いや氷の嵐と言った方が正しいか、が吹き付けてくる。


 角が鋭利に尖った薄い真四角の氷は明らかに自然発生した物ではなく、ソエルを憑依して炎に守られていなければ数秒でバラバラにされてしまうだろう。


 この人を近づけさせない防壁が怒りによるものなのか、悲しみなのか、恐怖なのか、まずはそれを確かめ無くては。


 およそ半径100メートルはあるだろうか、歪な円形の中心にふわふわと薄青い光の玉が浮いている。


 あれが氷の精霊……、この青い嵐の中にあっても確認出来る程の強い光。

 俺を包む炎すら上回る怒りの熱を感じる。


『明らかに地雷女ね、もう帰らない?絶対にヤバいヤツよ』


 確かに不安しかない。誕生日や記念日を忘れたら殺されそうな……ってそうじゃない。


『さっき話したでしょ?村長から聞いた話を』


『むぅ、確かに可哀想だけどさ』


『とにかくまずは挨拶してみるよ』

「あの!!初めまして!!」

 光の玉に向かって叫ぶ。


『……』


 無反応か、この風圧のせいで聞こえないのかもしれない。


『ねぇ、ソエル』


『何よ?』


『精霊同士直接会話したり出来ないの?』


『出来るけど嫌よ』


『な、何で?』


『だって何かナンパの手伝いするみたいで嫌なんだもん』


 ナンパて

『いやいや頼むよ、一人ぼっちの寂しさは俺なんかより分かってるでしょ?』


『むぅ、それはそうだけどさ』


 あと一押しって感じだな、

『パンケーキ食べさせてあげるよ』

 変態が。


『貴方って意外に酷いわよね、私の事何だと思ってるのかしら?』


 ……大食いでチョロいカマってちゃんかな?

『とても強くて美しくて賢い精霊様だよ!』


『ねぇ、心の声駄々漏れなんだけど……はぁ、まぁいいわ。』

 凄く疲れた声を頭に響かせるソエル。


 心で会話する以上どうにもならない部分だが、気を付けるようにしよう。


 数秒間の沈黙の後、

『あの子寝てるわよ』


 そんな寝言が聞こえて来た。

 いやいや寝てるって……、

『冗談でしょ?』


『マジよ。寝相が悪いのね』


『寝相が悪いってレベルじゃねぇから!』

 普通に死ねるくらいなんですが!?


『私に突っ込まれても……』


 マジなのか、村長の話からしてブチギレしてるか塞ぎこんでるかのどっちかだと思ったが案外気にして無いのか?


『……そんな筈、無いと思うけどね』

 俺の疑問にソエルは悲しそうな声で応える。


 まぁ、そうだよな。

 真相を知ってるにしろ知らないにしろ、もここにいるって事は、気にして無い筈が無い。


 ―――――――――――――――――――

 昨夜


「ライト様……少し昔話に付き合って頂けますかのう?この像の少女について……氷の精霊に殺された少女のお話を」


 月夜の光に照らされながら村長は話始めた。


 この精霊が雪山に住み着くようになったのは遥か三百年前の事だと言う。

 元々ここら一帯は年中雪に覆われた地域だったのだが、ある時山に一際強い吹雪が降り始めた。


 初めは誰も気に止めなかったが、一日、二日、一週間、一ヶ月と時間がたつにつれて、村人達は異常だと思い始める。


 原因を探るべく様々な手を尽くすも原因は分からず、次第にそれは人ならざる物、天界の神ではなく、本物の神様の仕業だと噂されるようになる。


 村人達は、古典的な話しにありがちな生贄を捧げる事を決め、それは身寄りも無く年若い少女が選ばれた。


 だが、選ばれた理由は身寄りが無い事でも、若いからでも無い。

 少女には魔力が無かったのだ。


 失っても村にとって損は無い、悲しむ者もいない。

 そんな理由で少女は生贄にされたのだ。


 吹き荒ぶ強烈な吹雪のせいで山には元々寒さに強かった筈の動物も植物も、もはや生物は居なくなっていた。


 そんな場所で魔力が無い少女が生きられる筈が無い。


 一日も経たず少女は息絶えるだろうと村人全員が確信していた、

 だがしかし、


 あろうことか、翌日には猛吹雪が止んでいたのだ。


 そう、精霊と出会った少女は話し合いの末、吹雪を止めさせたのだ。


 しかし、村人達は精霊の存在など知らない。

 自分達の選択は間違っていなかった、生贄のおかげで吹雪が止んだ、と考えたのである。


 その勘違いから悲劇は始まった、いや、一瞬で終わりが訪れた。


 数日後、村へと戻ってきた少女は、生贄にした恨みで化けて出たと村人に殺されたのだ。


 少女は殺される間際まで言い続けた、吹雪は神様の怒りなんかじゃない、寂しがり屋の女の子が叫んでいるだけだと。

 私と同じで、助けを求めているのだと。

 泣きながら叫んだ、

 私の友達が待っているんだ、と。


 しかし無情にも少女の話を聞く者はいなかった。


 それ以来、この雪山はそれまで以上に強烈な吹雪が吹き荒れ、誰も立ち入る事は無かった。


 話を終えた村長は重々しくため息を吐き、

「……ふぅ、気を悪くさせてしまったなら、申し訳無い。ただ知っておいて欲しかったんじゃ、これからその精霊と対峙する君にだけはのう」


「……一つ聞いてもいいですか?」


「何じゃ?」


「その話だと村人は少女を悪者扱いしていたようですが、何故村長は真実を知っているんですか?」


 もしちゃんと真実を伝える人達ならば、そもそも少女の話を無視したりしないし、生贄なんて発想は出なかった筈だ。

 仮に殺した後、真実だと認めたとして、それを後の世代にまで正しく伝えるとは思えない。


「それは少女の日記が残っておったからじゃ、もっともそれが見つかったのは儂の三代程前の世代じゃがな。その時、この少女の像が立てられ、それと同時に探しておったんじゃ」


 言いながら村長は膝を着き、

「頼む!これをあの精霊に渡して欲しい、儂らでは例え頂上までたどり着けても話をする事は出来ないんじゃ、勝手な頼みだが、君にしか頼めないんじゃ」

 そう言って深々と頭を下げた。


「ちょっ、顔を上げて下さい村長!」


 俺も慌てて膝をついて言うと、

「頼む」

 意地でも頭を上げない感じがする。


「分かりましたから、頭を上げて下さいって、その紙を渡せばいいんですね?」


 村長の手には四角い白い紙が握られている。みたところ手紙のようだ。


「おぉ、ライト様、ありがとうございます」

 言って村長が涙を浮かべて抱きついてくる。


「いえ、どうせ会いに行きますから。それより、もしかしてそれは少女が精霊に書いた手紙ですか?」


「あぁ、そうじゃ。少女の名はフユコ、日記に挟まっていたこれを届けられる日をずっと待っておったんじゃ。本来なら村長の儂が行かねばならぬと言うのに、済まんのう」


「いえいえ、相手が精霊じゃ仕方無いですよ。」


 俺の言った気休めに、しかし村長は微笑みを浮かべて、

「そうか……、ありがとう」


 そして俺は手紙を受けとり、眠りについた翌日、ソエル達に今の話を説明して、山へと向かった。


 姉さんはそれでもついて行くと言ってくれたが、村長が手伝って欲しい事があると言って姉さんを連れていってくれた。

 ―――――――――――――――――――――

 やっぱり、諦めて帰る訳には行かないよな。


 もう一度呼んでみよう、そう思った時、頭に声が響いてきた。


『アナタもしかしてワタシが見えているのですか?……いや、この魔力は……精霊使い?』


 氷のように透き通り澄んだその声はソエルのものでは無くて、

「初めまして……え、と、氷の精霊さん?」


『初めまして、ワタシの名はアイリ。アイリ・グレイス・フリーザー、早速で申し訳ありませんが』


 ピタリと周りの吹雪が停止して、

『死んで下さいますか?』


 声を聞いた瞬間、嵐のように渦巻いていた氷が四方八方から俺達目掛けて襲いかかってきた。

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