第9話 手加減とストーカー(変態付き)

「あ~~失敗したわね」


 晴れ渡る空の下、見渡す限り草しか無い街道をテクテク歩きながらソエルは呟いた。


「失敗って何が?」

 心当たりが多すぎてこの精霊が何を失敗だと思っているのか分からない。


「何ってパンケーキよ。やっぱり街を出る前に奢ってもらえば良かったわ」


「アハハ、ザンネンダッタネー」


「何その棒読み!?全然思ってないでしょ!」


「ウン!」


「そんなに嬉しそうに肯定しないでよバカ」


「「……はぁ、」」


 二人同時にため息をつく。

 俺が住んでいたスタットの街から北の氷山までは何となく流されてノリで移動出来る程の距離では無かった。


 その上、旅の備えなど何も無い文字通り着のみ着のままの状態。


 かれこれ五時間程歩いたが食べられそうな野草も獣も見当たらない。


 途中にある村に行けばどうにでもなるだろうが何も無い道を歩くだけは予想以上に暇だった。


 とは言え、

「あ、ライト!出たわよ!」

 ソエルが弾んだ声を上げ前方を指差す。


 その先にいたのは、

「トライコーンだ……」

 額に三本の角を生やした真っ黒に馬のような魔物がこちらを睨んでいる。


 比べる物が無いため遠近感で小さく見えるがその額の角を見るに大きさはゆうに三十メートルを越える。


 この魔物は角の数が増えるのに比例して体もおよそ十メートル大きくなると言われているのだ。


 当然それに合わせて危険度、強さも上がり、三角獣トライコーンは確か『すごく危険』な『Sランク』の危険度指定されていた筈だ。


 そんな危険な魔物が出て何でソエルがはしゃいでいるかと言うと、

!」


 そう言って俺と唇を重ねて憑依する。


 そう、この精霊は魔物を焼いて食べようとしているのだ。

 中には食べても問題ない魔物もいるにはいるが、あの『トライコーン』は明らかに食用じゃない。


 ちなみに出会ったのは今猛スピードで突進してくる個体で十頭目。


 これまでの九頭は何故食べなかったかと言うと、

『考え事は後!ほらイメージするのよ!!』


「ハイハイハーイ」


『ハイは一回でよろしい。』


 軽口を叩いている間にもトライコーンは猛然と距離を詰めてくる。


 迫るほど感じる圧倒的な質量。

 三十メートルを越える巨体が頭を下げ、

「グギョオウオオオオオオオオオォォォォォォォォ!!!!!!!!!」


 と叫ぶ。

 圧倒的な強度を誇る角が地に突き刺さり、眼前に迫ったそれを


 今まさに突き上げようとする刹那、


『行くわよ!』

 凜とした声が頭に響くと同時、

 手を突きだし叫ぶ、

『「フレイム!!!」』


 ポッ!

 と弱々しい音を立て、三センチ程の火の玉がトライコーンの伏せた頭に触れた瞬間、


 凄まじい豪音と突風が吹き荒れる。

「うぅ、」

 どうにか足に魔力を集めて踏ん張り、目を開けたそこには、


 何も無い……いや、トライコーンがいたその場所が


『あ~~もう、また失敗!真面目にやってよ男子ー』


 いやいやそんな真面目女子発言されても……。


『何よ、文句あるの?』


「いや、無いです。ハイ」

 軽く流しつつ改めて魔法の跡を見る。


 それにしても馬鹿みたいな威力だ。

『フレイム』と唱えたが実際にはフレイムとは違う。

 第一、火属性の攻撃魔法で最低ランクのフレイムでこの威力は出せない。


 まあ魔王クラスの魔力があれば、「これはメラ◯ーマでは無い、メ◯だ」とか言ってこれくらいの威力出せるだろうが。


 だがこれは魔法でなく精霊魔法?らしい。

 魔法は人間が魔力を扱うために生み出した物なので、元から魔力の体を持ち自由自在に魔力を扱える精霊に魔法は必要無いそうだ。


 だから最弱の火属性魔法『フレイム』をイメージして炎を打ち出した訳だが、結果はこの通り、手加減が出来ないのだ。


 いや手加減が出来ないと言うよりかは俺の特質魔力『精霊王の加護』のせいでどれだけ加減しても威力がはね上がってしまうらしい。


 ちなみにカグツチに使った、殴って爆発させる『爆裂精霊拳』でもトライコーンは跡形も無く消し飛んでしまった。


 どうにもならないし、どうせ食べられないし諦めて欲しいんだけど……。


『ダメよ、私は絶対に諦めない!』


 いや、そんな決死の覚悟しましたみたいな感じで言われても……。


「てゆーか、ソエル一つ聞いていいかな?」


『何よ?』


「いや、実は最初に憑依された時から気になってたんだけど」


 もしかしてこれ聞こえてるの?


 声に出さずに頭に思い浮かべると、

『??  憑依してるんだから当たり前でしょ??』

 ソエルは当然のように言い放った。


 まじか……。


『大マジよ、だから貴女が実は私の事大好きなのも知ってるのよん』


 何言ってんだこの精霊?


『……即答ね。もしかして貴女シスコンなの?』


「まあソエルよりは姉さんの方が……って、これは……う、ぐ、あ、あ、あ、熱っ、熱熱熱熱いいいいいィィィィィィィィ!!!???」


 いきなり頭に焼石を押し当てられるような激痛と熱が襲いかかってきた。

 こんな事前もあった気がするぞ!!!


『ねぇ、シスコンって普通じゃないの、犯罪なの、変態なのよ?分かってる?』


「スミマセンでしたぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!僕は醜い変態です、ブヒィィィィィィィ!!!!!!!」


「ライトさんやはり僕と同じドM属性だったんですね」

「ライト……まさかそんな趣味があったとは……」


『「は???」』


 あまりにも自然に変態と姉さんの声が聞こえた驚きで痛みが吹き飛ぶ。


 と言うより痛みの元であるソエルが驚きで止めたようだ。


 それはつまり俺が痛みで幻聴を聞いた訳では無くて……、


 バッ!

 と後ろを振り返ると、そこには満面の笑みを浮かべる変態と青白い顔をした姉さんがいた。


「えっと……」

 何何、何て言えばいいの?てかてか本物……だよね?


『私に聞かないでよ。シスコンなんだから匂いで分かるでしょ!』


 匂いて、犬じゃないんだから…………いやこの匂いは!?


『えぇ!?まさか本当に変態……』


 じゃなくてソエルの大好きなアレなんだけど。

 よく見るとカマセさんがパンケーキを持っている、何故?


「あの、カマセさんと姉さん?何してるの??」


「いや……済まないライト。いきなり居なくなったから心配で、お前の魔力をたどって転移魔法を使ったんだが……まさかお前にそんな趣味があったとは……」


 本気で申し訳無さそうに、心底後悔した顔で言う姉さん。


 完全に変態扱いだよ。

 確かに端から見たら独り言にしか見えないから仕方無いけど……。

 いや仕方無いじゃ済まないよ!!


『落ち着きなさいライト。今の貴方そうとうヤバいわよ』


 それをお前が言うのかって言いたいが黙ってよう。

『聞こえてるけどね』


「それはそうとカマセさんは何がしたいんですか?」


 ソエルの軽口を華麗にスルーしつつカマセに言うと、

「僕もライトさんが心配だったので……後これ、先程ソエルさんが食べたいと言っていたので、しかし姿が見当たりませんね」


 なるほどさすが自称奴隷。尽くす人なんだな。


 思ったと同時に体から纏っていた炎が消えていき、

「ここにいるわよ!」


 ボウッと目の前で炎が燃え上がり、数秒で元の人型に戻ったソエルが元気よく手を上げた。


「……なるほど、精霊と言うのは本当のようだな」

 カマセさんに受け取ったパンケーキを早くも食べ始めているソエルを見ながら、何やら納得顔で頷く姉さん。


 そこでふと、気づく。

 姉さんとカマセさんの後ろにとても大きな荷物がある事に。


「姉さん、その荷物は?」


「ん?ああこれか?恐らくもう戻らないだろうと思って家にある物を全部持って来た」


 そっかつまり……。


「で何処に行くんだ?」

 にこりと頬笑む姉さん。


 その笑顔は、勝手に出て行った事など何とも思ってないと、一緒にいるのが当たり前だと告げていた。


 つまりはまぁ、姉さんから離れるのは無理って事ですね。

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