第4話 夢と天使

「ここは……」

 気がつくと俺は森の中にいた。

 いや、正確には森にいる過去の自分を見ていた。


 これは十歳の時、魔物の森に捨てられた場面か。


 土や泥の黒と殴られた傷として血の赤で汚れた布一枚に身をくるんでただただ立っている。


 これから何が起こるか心配する訳でも俺を蔑み捨てた親を恨んでいる訳でも無く。


 ただ漠然と、

 何で俺はこんな目に会うんだろうな、

 と本当に他人事のように考えていた。


 一方それを見つめる現在の俺はというと、

 ふわふわと宙に浮いていた。周りを見回そうにも視線は固定され体の感覚も無い。


 夢か、はたまた死ぬ前の走馬灯なのか……。

 意識ははっきりしているから出来るのは考える事だけだ。


 と、目の前にいる少年、まぁ自分なんだが、の後ろの草むらがガサガサと音を立てて揺れた。


 少年は振り返る事も無く上を見上げた。

 涙を流す代わりにその目は薄く閉じられている、まるで祈るように。


 懐かしいな……ここで出会ったんだ。


「キケャキケャキケャキケ―――――――――――!!!!!!!」

 意味不明な叫びを上げながら草むらから大型犬のような魔物が飛び出してくる。


 十歳の俺より少し小さいくらいといっても魔物は魔物、恐らく今の俺でもソエルの憑依無しでは殺されるだろう。


 しかし、飛びかかった魔物はいきなり、

 スパン!!

 と真っ二つに両断された。


 ドチャリ!

 と血を吹きながら倒れる犬型の魔物にようやく視線を向ける少年。


 そう、ここで姉さんが、

『ライトー!!』


 ?何だ??まだ俺の名前は知らない筈で、

『ライトー!!起きなさいよ!!』


 あれ、この声は姉さんじゃ無くて、

『もーいつまでも寝てるのよ!起きなさいったら!起き起き起き起き起き起き起き起き起き起き起き起き起き起き起き起き』


「あ―――――――――!!!!!うるさいな!!!!!」


 ガバッと起き上がると、

「あれ?……夢か」


「やっと起きたわね」


「あ、うん。おは…………、って何で怒ってるんでしょうか?」


 声の方に顔を向けるとそこにいたのは見覚えのある美少女だった。


 深い赤色の髪にルビーのように輝く赤い目、おまけに服まで真っ赤なワンピースを着た火の精霊ソエルが俺を睨み付けていた。


「何でって貴方ねえ!本当に分かんないの!?」


「まったく分からないんですが?」


 じゃあ、

 と美少女は赤い目を凶悪に光らせて、

「思いださせてあげるわよおおおおおお!!!!!!」


 叫んだ瞬間、頭に強烈な痛みと熱が走る。

「!?熱っ、熱熱熱熱いいいいいィィィィィィィィ!!!???」


「思い出した!?反省した!?ねぇ!?ねぇ!?ねぇ!!??」


「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!もうしません許してお願いソエル様ァァァァァァッッッッ!!!!!!!!」


 ~十分後~

「フン、まぁ許してあげるわ。けど次は無いわよ?」


「はい……申し訳ありませんでした」


 まったく心外だが謝らずを得ない。

 まるで孫悟空になった気分だ。ソエルが三蔵法師ってかなり無理があるけど。


 ちなみに何で怒っていたかと言うと俺の寝言が気に入らなかったらしい。

 恥ずかしい話だが『姉さん』を連呼していたようだ。


 私の契約者が他の女の夢を見るとは何事か、と言われても夢何だから仕方ない。


「うへへ……ライトが夢で……えへへへ」

 その姉さんはと言うと何故かニマニマと気味の悪い笑顔を浮かべながら部屋の中を彷徨っていた。


「姉さんに迷惑だからこっちに居てよ」


「ライトが……夢でお義姉ちゃんと……ハァハァ」


 ダメだ聞いてないし、危ない人にしか見えない。


「何なの貴方の姉は?変態なの?」


「いや……違うよ……ゼンゼンマッタク、ヘンタイダナンテトンデモナイ」


「目が泳ぎまくってるけど……」


「ア~~~~……と、エ~~~~~……と」


「……歌でも聴かせてくれるのかしら?」


「あはは……」

 駄目だ、言い訳が思いつかない、今の姉さんはどう見ても変態だ……。


「ライトォ……ハァハァ……お義姉ちゃんも我慢出来ないよぉ……」


 ……とりあえずその柱は俺じゃない。


「姉さん!」

 姉の奇行を止めるべく立ち上がろうとした瞬間、


 ガラガラガラと

 木製の引き戸がゆっくり開き、

 天使が現れた。


 文字通り本物の天使、白い翼に光の輪っか、マントのような一枚布を身につけた絶世の美女。

 マジ天使!


 それを見た瞬間、真っ白い病室の中、俺とソエル以外の三人の怪我人がまるで祈るように手を組み「あぁ、フクエル様」と涙を流しながら呟いている。


 天使はそれをまったく気にした風も無く、

 ツカツカと部屋の隅にある壁に抱きつく姉さんの前に歩く。

「ユリウスさん!ユリウスさん!はぁ、まったく」


 ため息と共にかざした手が淡い光に包まれ、それと同色の光に姉さんも包まれておよそ三秒後。


 発情した猫のようにグネグネしていた姉さんはパタリと倒れて眠ってしまった。


「まだ安静にしてないとダメだって言ったのに」

 プンプンと頬を膨らませて倒れた姉さんを担ぎ上げる天使。


 そのままツカツカと、

 部屋を出ようとして俺の前で立ち止まった。


「おはようございますライトさん、気分はいかがですか?」


「おはようございますフクエルさん、天界一の美人を見られてとても幸せです!」


 花のような微笑みを浮かべる天使に敬礼で応えると彼女は笑みを悪戯っぽいものに変えて、

「そんな事言ってると彼女さんに怒られてしまいますよ」


 そう言うとふふふ、と笑いながら立ち去っていった。


 あぁ、やっぱりいいなフクエルさん。マジ天使……。


 他三人に習って俺も祈りを捧げようとした所でソエルが聞いてくる。

「ねぇ、何なのあれ?何で天使が魔界にいるの?」


 最近の魔界事情を知らないソエルからしたら確かに疑問だろう。

 心の中で祈りを捧げながら、説明する。


「別の魔界の魔王が攻めて来た、って説明したよね?」


「えぇ、昨日のトカゲ男達でしょう?」


 トカゲ男じゃなく竜人なんだが、まぁいいや。

「そう。アイツは四天王のカグツチ、その他三人と魔王が主な戦力な訳だけど、アイツらはここに来る前にもいくつかの魔界をすでに潰してる。」


「正直言ってうちの魔界セレンディアは強い魔界じゃない。だから父さん……魔王クロリスが知り合いの神に相談して何人かの天使に、治癒魔法の研修って名目で着てもらってるんだ」


「はえ~、神に知り合いがいるって凄いわね魔王。」


「ふふん、まぁね」


「いや、貴方を褒めた訳じゃないから」

 とソエルが微妙な顔をする。

 別に喜んだっていいじゃないか。


 とそれはそれとして、

「何で魔王城にいた筈のフクエルさんがここにいるんだ?」


 研修に着ている天使の中でも特に力の強いフクエルさんはもしものために魔王城にいた筈なのに。


「ん~、何か四天王が来たから手助けに来たって言ってたよ。まぁアイツにやられたの貴方と貴方のお姉さんだけだった訳だけど。」


 そうか、そうだよな昨日は大変だった……。

「あれ?もしかしてソエルが病院ここまで運んでくれたの?」


「今さら!?貴方ねぇ、それ最初に疑問に思う事じゃないの?」


 うあっ!ヤバい、返答を間違えるとまた頭痛攻撃を喰らう事になるぞ!?


「すみませんでした!!!!!」

 一も二もなく土下座を繰り出した。


「……謝れば何でもいいと思ってない?」


「滅相も御座いません!我が契約者様に対して申し訳ない気持ちでいっぱいであります!」


 どうだ?イケるか?


「……。」

「……。」


 数秒の静寂の後、

「まぁいいわ。それよりこれからどうするの?」


 よし!助かった!

 これからどうするか……とりあえずはカグツチが言ってた山に行くか?


「私パンケーキって奴食べてみたいんだけど!」


「……は?」


「パンケーキよ!知らないの?ふわふわでふわふわなふわふわなのよ!」


 それだとふわふわしか伝わらないんですが……。


 どうやら初めて人の体を手に入れた精霊さんは女子っぽい食事がしてみたいようです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る