第2話 契約
『ちょっと待ちなさいよ!』
精霊ソエルがふわふわと後を追ってくるがそれどころでは無い。
先程の鐘は外敵を知らせる物の中でも最も重要な魔王軍が襲ってきた事を知らせる鐘の音だ。
『ねぇったら!何なのお祭りでも始まるの?』
「違う!魔王軍が攻めて来たんだ!」
あまりにも場違いな呑気な声に苛立ちついつい叫んでしまう。
『魔王軍って……だってここの魔界の魔王は良い人なんじゃなかったの?』
長い間あの空き地でふわふわしていたソエルは現在の魔界事情をまったく知らないらしい。
そういえば俺がした話もまだ姉さんに助けてもらったところまでしか話していない。
悠長に教えている暇は無いので走りながら簡潔に叫ぶ。
「今セレンディアは別の魔界から来た魔王に攻められてるんだよ!」
『はえ~、大変なのね。でも街には貴方のお姉さんがいるんでしょ?こんな辺境にある街に攻めこんでくる下っ端なら楽勝なんじゃないの?』
「いや……下っ端じゃない、それに姉さんはきっと……」
考えたくないが確実に負けるだろう。
先程の耳を塞ぎたくなるような轟音はドラゴンのものだ。
って事は街に来たのは四天王の一人である竜人、『巨炎のカグツチ』に違いない。
普段の姉さんなら四天王になんて負けない筈だ。
でも今は違う、今日の朝ギルドを吹っ飛ばした時、中にはかなりの数の冒険者がいた。
恐らく動ける者はほぼいない。
そんな状態で街に入られたならまともに戦うどころでは無い。
優しい姉さんは確実に街の人を守りながら戦う筈だ。
そうなればいくら姉さんでも……。
「くそっっ!!」
苛立ちを足に込め全力で走る。
森を抜け街道を通り街の前へ。
街の入り口にある大門、その手前で三匹のドラゴンを従えた竜人と姉さんが向かい合っているところだった。
街の中から大量の叫び声が聞こえているがまだ戦闘は始まっていない。
気づかれていないと言っても正直俺が不意討ちしてどうこう出来る相手ではない、道の横にある岩に身を隠し様子を伺うと、
夕暮れに染まる街を背景に門の守護者の如く仁王立ちしていた姉さんはしかし、俺と目が合った瞬間、驚きの顔を浮かべた。
それを見た四天王、カグツチも後ろを振り返る。
二メートルは越えようかという巨体は筋骨粒々、赤い鱗に覆われた体は動きやすさを重視してか腰周りの黒い布以外一切身につけていない。
まさしく竜人という凶悪なトカゲのような顔に睨まれた途端、壮絶なプレッシャーがのし掛かる。
魔力を持たない落ちこぼれとはいえ魔王に育てられた俺は強い人達が周りにたくさんいた。
だからこそ分かる、
コイツは冗談抜きで強い。
後ろに従えた三匹のドラゴンが飾りに思える程の魔力だ。
震える俺を一瞥したカグツチは再び姉さんの方に振り返り口を開く、
「あの小僧はあんたの知り合いかい?」
「……貴様には関係の無い事だ。それよりやるなら早くしろ、私は貴様ら戦闘狂と違って暇では無いのでな」
「ヒッヒッヒ、関係無い事は無いぜ、あの小僧が気になって実力が出せないなんて事になったらわざわざあんたに会いに来た意味が無いからな」
「フン、要らん心配はするな。貴様程度片手で斬り殺してやるさ」
言うが早いか姉さんは腰の剣を引き抜き、カグツチを睨む。
瞬間、あまりの迫力に視線の外にいるにも関わらずまるで場の重力が二倍になったかのような錯覚に陥るが、カグツチは平然と言う。
「そうこなくっちゃな。」
腰を落とし、
「お前ら暇つぶしに遊んで来ていいぞ。」
「『え?』」
俺とソエルは同時に呟いた。
その一秒後、
「「「グギャアオオオオオオォォォォ!!!!!!!!!!!!!」」」
と三匹のドラゴンが叫びと共にこちらに走り出す。
「う、うわああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!」
『ちょ!ライト!』
俺は当然、一目散に逃げだす。
が、
そこは落ちこぼれ、四天王カグツチに比べれば大した事は無いと言ってもドラゴンはドラゴン。
魔力強化無しで十メートル越えの巨体に足の速さで勝てる筈が無い。
『危ない!ライト避けて!!』
頭に声が響いた瞬間、
背中にとてつもない熱を感じた。
振り返る間もない、どうしようも無い。
固く目を閉じた俺は、何か考える前に超高熱の炎に晒され
ていない?
「っぐ、う、あ」
自らの身を焼く燃焼音の代わりに聞こえてきたのは苦しみに満ちた聞き慣れた声。
バッと目を開き後ろを振り返るとそこには、
「姉さん!?」
息があるのが奇跡に思える程、原型を留めながらも全身を火傷で覆われた姉さんが倒れていた。
「姉さんッ!!!」
間近に迫るドラゴンの存在も忘れ姉さんに駆けよる。
皮膚という皮膚が焼け落ちて露出した肉体からドロドロとした赤い血が止めどなく流れている。
「そんな、どうして、どうしたら、」
触れる事も出来ずに狼狽える俺に、姉さんは、
「……ラ……イ…………ト、………怪我……は無い……か………?………」
「姉さん……うん、うん……俺は大丈夫だよ、姉さんが、守ってくれたから」
「……そう……か、………良かっ……た………」
「姉さん?……姉さん!姉さん!!!」
消え入りそうな声で微笑んだ姉さんは眠るように目を閉じた。
「そんな……」
ポツリ、ポツリと涙が零れる。
俺の、俺のせいだ。俺がもっと強ければ……俺に力があればこんな事になる筈が無かったのに。
「ヒッヒッヒ、まさか本当に庇いに行くとはな。小僧、お前はコイツの何なんだ?」
頭上から声が降ってくる。
「姉さん……」
「フム、姉弟か……。噂に名高い魔王クロリスの娘『黒天のユリウス』、一度全力で手合わせしてみたかったが、仕方無し。」
「弟を庇い倒れたその勇気を称え、せめて一撃で楽にしてやる。」
ボオッ!!!
と先程感じた三匹分の
カグツチはその絶炎を纏った拳を振り上げて、
「二人仲良く消炭に」
しかし、ライトは遮るように呟いた。
「やめろ」
「何?」
「やめろと言ってるんだよ!!!!!」
「っ!?」
叫びと共に見上げたその瞳にはカグツチの腕を覆ったその絶死の炎すら生ぬるく感じる程の怒りの炎が浮かんでいる。
力無き男のその怒りに、しかし、カグツチは思った。
(な、何だこの威圧感は?何故拳が、動かない……?まさか、雑魚どころか魔力を微塵も感じないゴミ相手に、この俺が恐怖を感じていると言うのか?)
拳を振り上げたまま固まるカグツチに対し、ライトは睨み付けたまま、姉『ユリウス』を庇うように立ち塞がる。
「これ以上姉さんは傷つけさせない。絶対に、俺が守る」
(コイツは……そうか。)
「ヒッヒッヒ、分かった。認めようお前の力。だからまず、」
「俺の全力を!!受け止めてみろぉぉぉぉぉ!!!!!!!!」
ニヤリ、と太い笑みを浮かべたカグツチは今度こそその炎拳を振り抜いた。
迫る拳を前にライトは静かに目を閉じる。
いくら怒りを燃やしても、いくら力を求めても、己の中にこの状況を覆す力が無い事は、ライト自身よく分かっていたから。
だが、諦めたとしても、立ち塞がった事に対して後悔は無かった。
でも、一つ心残りがあるとしたら、
『ハアアアアアアアァァァァ!!!!!!!』
頭に大音量の気合いの叫びを聞いたと同時、
ゴガン!!!
とまさに怪物的な、一撃で全身がバラバラに分解されるような衝撃が襲い、そのまま水平に飛ばされる。
「グハァッ!?!」
そのまま硬い岩に半ばまで体を埋め込まれたライトは、明滅する意識の中、理解した。
「お前が……助けて……くれたのか……」
『……えぇ』
そう、俺にしても姉さんにしても生きているのはおかしい。
いくら姉さんが強力な魔力を持っていると言っても三匹のドラゴンに至近距離で
そしてそれ以上の炎を喰らったにも関わらず魔力が無い俺もまだ生きている。
恐らくこの精霊が、この火の精霊がダメージを軽減してくれたのだろう。
だが生きていると言っても……、
『諦めるの?』
鈴の音のような声が頭に響く。
「……」
諦める……いいのか?本当に……?
「ヒッヒッヒ、次はお前の番だ」
カグツチは両手を腰に当て受け身を示す。
その後方、沈みかけの夕日に照らされた街は燃えるように輝き、引き伸ばされた影からは未だに街の人達のざわめきが聞こえてきた。
俺を殺したら、アイツは姉さんも、街の人達にも炎を向けるのだろうか……?
その時ふと、精霊の台詞が思いだされた。
【助けたいんでしょう?力無き者を】
そう、出来る事なら……。
足元から視線を上げる。
深い闇の中にあっても姉さんは、姉さんの手は少しずつ、少しずつ動いている。まるで立ち上がろうとするかのように。
【守りたいんでしょう?愛する人達を】
そうだ、その通り。
視線を上げる。
反撃を待つ竜人は、
夕日を背負い立つカグツチはまるで壁のように立ちはだかる。
【変わりたいんでしょう?何も出来ない自分から】
そうだよ、俺は、
【成り上がるんでしょう、自身すら救えない落ちこぼれから、全てを救う最強の魔王に】
「ぐうぅぅぅッ」
力を込める。
パキ、ピシッ
と封印を解くように、まるでサナギが硬い殻を破るように音を立てて岩から埋まった身を引き剥がす。
【だからお願い、一人ぼっちの私を助けて未来の魔王様】
視線の先には火の玉がふわふわと浮いている。
恋人を待つ少女のように、戦いの刻を待つ聖剣のように。
『覚悟は決まった?』
「あぁ……決めたよ。俺はもう逃げない、誰が相手でも、どんな状況でも、お前の命は、」
「俺が背負う!!!」
―――――――――――――――――――――――
カグツチは見た。
ぼんやりと、うっすらと、しかし、はっきりと少年と少女が口づけを交わした瞬間を。
そして二人は一つに重なり、
「ウオォォォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!!!!!!!!」
獣のように吠えるそれはもはや落ちこぼれでは無く。
沈みかけの夕日より赤く、熱く、燃え盛る豪炎を全身に纏い、
猛り狂う精霊使いとして立っていた。
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