第4話 探偵の相談役
アートリア嬢とネルサン警部は、第一発見者であるエヴァ・ウォーカーの部屋を後にして。再び事件現場に戻っていた。
すでに遺体は片付けられている。
鑑識も一通り、指紋等を回収したのだろう。すでに姿はなかった。
「どう思う?」
最初に切り出したのは、ネルサン警部だ。
「何か隠している事はたしかだねぇ~。
君は見たか? 彼女の部屋のキャビネットに飾ってあった写真を。家族のではなく、アンダーソンと一緒に写っている写真だった」
「友人だといっていたから、別に問題ないだろう?」
「そうかな? それ以上の関係を……」
「
片思いの相手が、結婚すると言い出して殺害したと?」
アートリア嬢は声にしなかったが、うなずいて見せた。
「面白い考えだが、まだ決め手にはならないだろう。
まだ現場検証が終わったばかりだし、遺体の司法解剖も終わっていない」
と、ネルサン警部は否定する。
「だけど、引っかかる事があるから、ボクを呼んだんじゃないのかい?」
「――参考意見として聞いておく」
「どこに行く気だ?」
「とりあえず、婚約者に話を聞いてくる。付いてくるか?」
「いや、ボクは
「構わないが……」
「では、そういう事で……」
ネルサン警部は、アートリア嬢を先に部屋からだそうと、部屋の扉を開けた。が、途中で開けかけた扉を止めた。
「何か?」
「君も片思いが過ぎると、殺されるかもな」
「ボクがそんなドジをするとでも?」
と、アートリア嬢は不敵な笑みを浮かべた。
※※※
シェアハウスを出ると、アートリア嬢のスポーツカーに子供達が群がっていた。
近所の子供であろう。あまり見かけない外国車が止まっていたので眺めていたようだ。
「そら、君達!
彼女は、自分の車に触られるのを気にしてか、子供達を散らそうとする。だが、ネルサン警部がそれを止めた。
どうやら何か聞きたい事があるようだ。
「ちょっといいか、君達。
昨日の夜でも夕方でもいいのだが、この辺で見かけない人を見た者はいないか」
「1シリングくれたら、話してあげてもいいよ」
ひとりの子がそう言い出した。
「こら、警官にたかるなら逮捕するぞ!」
「警官って、昨日の夜、殺された人の話?」
「なんで知っているんだ?」
「噂で持ちきりだよ」
と、子供がいう。気がつけば、住宅の影で住人が噂話をしているのが目に入った。
「秘密保持は?」
と、アートリア嬢の言葉に、ネルサン警部は苦笑いするだけだ。
「最近、見かけない車がくるよ」
と、掌を差し出しながらひとりの男の子が歩み出してきた。
ネルサン警部はしかたがないとばかりに、ポケットに手を突っ込み、1シリング硬貨を取り出し、その手に乗せようとしたが、寸前のところに止める。
「その車の人物は見たか?」
「えっ、あっ見た、見た! 40代ぐらいのハゲのおじさんだった」
「本当かい?」
「嘘じゃないやい、本当だい!」
と、子供は彼の手から硬貨を取ろうとするが、警部はすぐに引っ込めてしまった。
「警官が子供だろうと、買収はダメだ!」
※※※
アートリア嬢はネルサン警部と分かれると、スポーツカーを飛ばしてあるところに向かった。
ロンドンの図書館という名のついたものは、かなりある。そのひとつにある人物……まあ、昨日の祭りで一緒に回ったときの同行者に会いに行くためだ。
目的の図書館は私立ではあるが、それなりの規模を誇るところ。書籍もかなりの量が揃っていて、利用者も多い。
さぞ、貸し出し受付は混んでいるであろう。
(書庫の管理か、はたまた本の整理か……おや?)
目当ての人物はバックヤードにいる方が多い。
そう思っていたが、今日は珍しく貸し出しの受付に座っていた。
彼女の名前は、ルーナ・ロマーノという。
アートリア嬢より年下の小柄な女性だ。髪は癖のある焦げ茶色のボブカットで、ストラップつけの金縁メガネをかけている。その下の瞳の色も茶色。名字から察するにイタリア系なのだが、色白で顔の彫りもあまり深くない童顔。笑顔はさぞかわいいだろうが、今は……いや、いつも眉間にシワを寄せ、口をへの字にしている。
その所為もあるだろう。
気安く近づけない感じがして、彼女の前には利用者が並んでいなかった。他のふたりの受付には並んでいるというのに。
「当図書館にご用でしょうか?
「つれない返事だねぇ。ルーナ」
ニヤけながらアートリア嬢は、彼女の前に座り込み、カウンターに膝を突いて見せた。
「
それに仕事中です。私、こう見えて忙しいんですけど……」
不機嫌そうに、彼女の眉間のシワがますます深くなる。
「それにしては暇そうにしているけど?」
嫌がらせに別の受付に並んでいる男共を見回した。
彼等には、アートリア嬢の右側しか見ていなかった。ようは美人の方の……だが、ワザと見せびらかすように失明した左側を見せる。すると、全員が顔を背けはじめた。
「冷やかしに来たのなら、お帰りを……
「いやいや、今日は帰らないよ。ちょっと面白い事件があるんだ」
「私、単なる図書館の職員です。退役少尉の探偵ごっこには付き合えません」
「では、そこで終業時間まで待たせてもらおう」
と、アートリア嬢はロビーを指さした。
「迷惑ですから、お帰りを……
そんな押し問答をしていると、後ろから彼女の上司が現れた。
どうやらルーナ嬢が、利用者ともめていると思ったようだ。だが、アートリア嬢の顔を見ると、何かを察したのか、彼女を連れて後ろに下がって行ってしまった。
受付の後ろの物陰で、何か話している。
チラチラと聞こえるのは……火傷がどうの、外国人がどうの、迷惑だだの……。
火傷の事は、アートリア嬢自身の事だろう。
外国人は、ルーナ嬢の事だ。
正確には彼女は外国人ではない。出身は地中海の植民地であるマルタ島。父親が貿易商をしていたイタリア人で、母親が教師をしていたイギリス人。戦争で両親が亡くなり、母方の親戚を頼ってロンドンにやってきた……とアートリア嬢は聞いている。
イギリス本土の人にとっては、植民地出身者は国籍がどうあれ『外国人』でしかない。
そのため苦労して、この仕事先を見つけたに違いない。
(ボクが押しかけた事が、悪かったかもしれない……)
それを自分の軽はずみな行動で、潰そうとしていたのだ。
(今日は立ち去るべきかも……)
そう思いはじめたところで、ふたりの話が終わったらしい。
ルーナ嬢が先程まで座っていた場所は空席になり、彼女は裏から出てきた。
「
「あっ、いや、ボクの方こそ迷惑をかけて申し訳ない」
「
「ボクのために、そこまで……」
「
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