第2話 探偵の行動

 アートリア・スターリングは、ちょっと変わった経歴の持ち主だ。


 中性的な顔出しで、背も高く子供の頃から男子と間違えられていた。前の大戦中、プラチナブロンドの髪を短く切って男として空軍に入り込もうとした。身体検査で素性がバレると、王立婦人空軍にまわされた。そして、パイロットして操縦桿を握っていた。だが、被弾して酷い火傷を負ってしまったのだ。左手の小指も喪失し、顔の左側に至ってはサファイヤ色だった左目は失明して、終戦を迎えた。


 今は男装に身を包み、退役軍人のクラブに入り浸って、暇を持て余している毎日だ。


『昨日の冗談を覚えているか?』

 電話先のネルサン警部の言葉に、彼女は理解できないでいた。


 昨日の夜……彼女の記憶では、夜祭り街中で花火を上げていた。

 友人のネルサン警部と、自分、そしてもうひとりの同行者と連れ添って歩いていた事は、覚えていた。しかし、祭りを練り歩く間にでも言った冗談なんて、いちいち覚えてはいない。


「さあぁ~、ボクは酔っ払っていたから……」

 と、誤魔化してみる。


『花火の音で紛れて人を撃ち殺すんじゃないかって、話していただろ?』

「そうだったかな?」

『それを実行した奴がいたようだ』

「それが、ボクと関係あるのかい?」


 この警部の電話は厄介な事しかない。

 まあ彼女の居場所など、警部にはお見通しといったところだろう。


『ちょっと変わっているんだ』

「へぇ~、そうかい。とっとと要件をいたらどうなんだい?」

『捜査協力で、こっちに来てくれないか?』


 何か事件でも行き詰まると、こうして電話をかけてくる。


 そして、知恵を拝借、といったところだ。


「捜査協力ねぇ~」


 しかも、ちゃっかり自分の手柄にする。

 別にその件に関しては、彼女は抗議しない。あのとき一緒にいた同行者も、同じ考えだろう。

 ただ、タダで協力する事は彼女はシャクに障る。便利屋とは思われたくない。

 警部も焦らされている事は解っているので、いつもの魔法の言葉を口にした。

 そうすれば、彼女はすぐに飛んでくるだろう。


『どうせ暇なんだろ?』

「暇とは失礼な!」


 ※※※


 アートリア嬢は自慢のスポーツカーを飛ばして、警部のいう事件現場に到着した。

 場所はロンドンの戸建て住宅が並ぶ下町。そのシェアハウスの2階が事件現場との事だ。


「何か?」

「いや、何も――」


 彼女の顔を見た早々、ニヤけてばかりだ。

 ネルサン警部はちょっと太めで丸顔をしていた。自分では似合っていると思っているかもしれないが、鼻下のチョビ髭はコミカルさしかない。


 警部に案内されるまま、2階に案内される。

 ドアを開けると、まだ死体が横たわっていた。

 部屋の中には鑑定官らしい人物が、いろいろと作業しているようだ。他には……担架を持っている者もいる。遺体を片付けたいところだろうが、彼女が来るのを待ってくれたようだ。しかし、20代のうら若き女性に死体を見せるなどと、この警部はどういうつもりなのだろうか。


 心配をよそに、アートリア嬢は横たわる死体をマジマジと見はじめた。


「亡くなったのは、ここの住人ヒラリー・アンダーソン。

 死亡原因は、左こめかみを銃で撃ち抜いての自殺……と思われる」

「警部殿、思われるというのは? 自殺ではないと?」

「こめかみの弾痕から察するに、左手にしたピストルが凶器だと思うのだが、撃った後に握り直された後がある」

「引き金に指がかけっていないですね」

「自殺に見せかけるのには、馬鹿にしている」

「なるほど……第一発見者は?」

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