7.エージェンツ(ガチャ)


『さぁ良く聞きけ! プレイヤー諸君!』


 歓声を一瞬で鎮めたトリフォリロは弄られていた時のような気安さを無くし厳かに話を始めた。

 統制が取れているというより神様らしくカリスマ性の成せる技のように思う。


『お前達は私が電脳異世界『ガラクシアス・エクス・マキナ』へと遣わした遣異界使ゲストだ! この世界はあくまで住民達の世界であって、お前達は外様なのだと心に留めよ!』


 キャラメイクの際念入りに言い含められた言葉だ。

 善意に善意が帰ってくるわけではないという言葉が思い出され固唾を飲む。


『大体の場所には先人が居る! 新たな街へ切り進む行為は攻略ではない! 酷ければ侵略行為とされすべてが敵に回るだろう! 誰も行ったことがない場所を攻略したいのであれば、冒険したいのであれば誰もいない未開の地を進め!』


 誰もヤジを飛ばさない。

 誰もが宣誓のような真剣な声色に耳を傾けている。

 これだけ人が居ても不平を漏らすような気配は不思議と感じなかった。


『だがお前達の自由は私の名において保証しよう! お前達に与えたその体は何でも出来るし何者にも成れる! 個人の才能という軛は無い! 好きな才能を伸ばせ! 【現実】をロールプレイしろ!』


 スキル決めの場面が頭を掠める。

 嗜好の方向性も才能の一部と言われるかもしれない。だが言われればスキルは目視できる才能なのだ。

 そこに上限はあっても条件は無かった。

 そして上限は努力によって解放される。


『それこそ【ロールプレイングリアリティRPR】と名付けた意味である!』


 一際力強い声で放たれたそれにはっとした。

 略称の『GexMゲェム』に引きずられて気付いて無かったが、確かに職員や代理人は誰もゲームRPGとは口にしていなかった。


 トリフォリロはそこではぁぁーーと大きくため息をついて言葉を止めた。


『……もう面倒臭いから言葉戻していい?』


 さっきまでの真面目さは3分も保てないものらしい。

 場に居るもの全員が『えぇ……』と残念なものを見る気持ちで一致していた。

 そんな空気もなんのそのトリフォリロは話を続け始める。


『まあ自由を保証するってことだけど、簡単に言っちゃうと私が上司であなた達が部下ってことね。あなた達が何かやらかせば責任は私が取る。だけど処分なんかは私の決定が絶対! そしてあなた達が私の課したクエストを果たすのが義務!』


 と言っても今のとこ魔獣を積極的に減らして位しかないけどね。とやれやれ風な態度に様変わりした女神様はただのいきり小娘だった。

 いやまあ、回りくどい威厳味ある言葉で具体的な説明されても頭に入ってこないかもしれないけどさぁ!

 崩れた雰囲気に早速ブーブーとヤジが入りまくる。このルールに反対しているわけではないのだろうが。

 やかましい! と一蹴して話は続く。


『基本的にこの裁量を了承してくれている国にしか入国出来ません。正確には入国出来るけど人権的な保証は出来ないから気を付けるように!』


 ちなみにここは特別に認めさせた・・・・・『私の』自治区だから、ここから出ずにプレイする分には安牌だよ☆

 と無駄に煽るような言葉にブーイングが酷くなる。

 真剣に聞かせるは気あるのだろうか。


『それとGM達は私の名代という扱いなので言うことは絶対聞くこと! 住民から悪意ある接触があった場合は積極的に通報してね!』


 以上! これにてオープニングセレモニー開始! 皆は『RPR』ライフを楽しんでねー(はぁと)と決めポーズを残してトリフォリロはその場から掻き消えたのだった。

 要するに自由に遊ぶ代わりに運営が下した垢BANなどの判決に異議する権利は持たないとかそういう普通の運営方針の話だった。ということでいいのだろうか。

 犯罪プレイをするつもりは一切ないが他国に行く機会が今後あるなら気を付けなければ。


 などと考えに耽っていると、ふいにスピーカーを切り忘れたように女神様らしき音声だけが辺りに響いた。


『……どうどう? ちゃんと出来てたでしょ? これで私の出番はおしまいよね?』


 誰かと会話しているように聞こえるが相手の音声は聞こえない。


『……え。この後のセレモニーの流れ? あっ』


 小さな声で(辺り一面に響いているのにおかしい話だが)言うの忘れてたと呟きが漏れたとたん、その声は悲鳴に変わった。


『ぬあ”ーー!? 秒でアイアンクローかましてくるのやめっ……。おまっクソ力なんだから加減しーーあ”ぁ”ぁ”ぁぁーー!? イタイイタイイタイヤメテ! ごめんなさい!』


 その悲鳴にプレイヤー達は引いた表情をしている。

 隣のマクワは何が起こっているのか把握しているのか「さすがGMちゃん……」と苦笑している。


『……ぜぇぜぇ。これからのセレモニーの流れを説明するから良く聞いてねー。分からなかった人は運営のお知らせメールに載せとくからそっちで確認よろー』


 これから特にお偉いさんのスピーチが続くというわけではなく、VRアイドル達は男女別れて別会場でそれぞれライブを行うなど催し物の案内だった。

 さらにそれ以外だと闘技場の方ではプロに採用された者達などによる対戦。それを元に本日から解禁される、統合型リゾートの花形とも言えるカジノでの中継など様々だ。

 マクワ曰く「派手な魔法対決も見処だけど、俺的にはリアルスキル極みVSオートアシスト極みの両極対決が一番の目玉」ということなので時間があったら見に行こうと思う。

 生で観戦する場合、カジノでの賭けは参加出来ないと言われて何人かはログアウトしていったようだ。


『よっし! 今度こそ終わり! 運営は人手不足だからって休み無さすぎなのよね。これで私も久々に休みが取れるー! フゥー!』


 なんだか想像しようと思えば簡単にできそうな裏方発言だが、どう受け止めていいのかわからなくなる。


『(……くくっ。なんてそんな感じに言ってれば私の方に同情心が集まって好感度上がるっしょ……)』


 聞こえてますよ女神様。

 今度こそぶつりと切れた天の声になぜかぱらぱらと拍手の音が送られていた。


「……なんだったんだ。あれ」

「トリフォリロ様は度々ああいうこと仕出かすから聞かなかったふりするのが一番だぜ」

「最後の含めてドジ演出ってこと?」

「……それはちょっと判断つかないな」


 最近はSNSや掲示板で弄られるのを楽しんでいる節があるのでわざとかドジか分からないのだという。

 頭ゆるふわ? それとも腹黒? どう感じるかはプレイヤー達の自由だとか。

 しかし女神様と話してた相手って誰だったんだろう。

 

「そういえばもう初回ガチャは引いたか? ……いやそんな暇無かったな」


 出会った状況を思い出したらしい。ええ、そんな暇ありませんでした。


 そういえばそんなもの貰ってたなとイベントリを漁ってチケットを取り出す。

 ガチャ。ソーシャルゲームに必ずついているシステムだ。

 初回チケットとログインボーナス支給(1回分)と無料配布はあるが基本課金だ。

 中身としてはいわゆる闇鍋系で、レアリティで確率表示はされているが物品が多岐に渡っているため当てにならないのである。

 しかし装備や素材の類は充実しているようだが、ありがちなポーション系が初級品以外一切無いのはなぜなのだろう。


 あれだけ『リアリティ』とか言ってたくせにところどころゲームチック過ぎる・・・・・・・・・のはどうなんだとマクワに視線を向けると目をそらされた。

 ただ一言、運営は現金不足と戦ってるんだと弱弱しく返ってきた。

 現物支給。いらない物は売ってルム。

 ちなみにリアルマネーでルムを交換するレートは存在しない。

 リアルマネーパワー(ただし天井ガチャ回数上限は1日1ログインにつき1回の制限付き)はガチャでしか発揮出来ないのだ。


 それなのになぜ人はガチャを引いてしまうのか。

 そこにガチャがあるから……ではなく、エージェンツシステムせいだ。


 エージェンツ。

 本サービス稼動と同時に導入されたシステムで、要は代理人エージェントのガチャキャラ版である。ガチャでしか入手方法が存在しないのでガチャキャラで通称されることが多い。

 GMやプロ・VRアイドル達を元に作られたエージェント達が個人ごとに戦力として保有できるというのが肝だ。

 常にログインがばらけて碌にパーティーが組めないプレイヤー達に対する助っ人というわけである。

 その助っ人具合は戦力に限らず、住人とのコミュニケーションの代行だったり、戦い方を教えてくれたりと、人によっては無くてはならない。

 一部キャラは出会いエピソードや信頼度を上げると専用イベントが開始され、キャラとの絆をより深められるおまけ付き。

 ちなみに実装されていないキャラもシナリオコンテストで公募され、順次実装されていく予定だという。


「うわ。お前初回チケットで出たの『ロース・メロンマン』かよ。ごしゅーしょーさま」

「そうなんだよ! よりにもよってゴリマッチョでさぁー。むさ苦しすぎるからいっそ天井まで課金するか検討中。女の子キャラほしー…」


 そんな会話が不意に耳に入ってくると、隣でぶちんと何かが切れる音がした。


「はぁぁん!? この細部まで実用性で構築された筋肉をはずれ扱いとか頭腐ってんじゃないですかぁーー!?」

「マクワさん!?」


「ひぇ!?」「うわっなんだ?!」「あっ! あいつがマクワか! 暴れるの掲示板だけじゃねーのかよ!」「誰かGMコール!」


 突然の剣幕にはずれ発言のプレイヤー達以外も慌てふためく。

 GMコールの掛け声にマクワの減給まで瞬時に想像して、暴走中の本人を止めながら何故だかこっちが青ざめてしまっていた。

 そういえばマクワって言い換えたら……。


「リアルじゃどうやっても体質で再現できなかった理想ですよ! 筋肉をもっと尊敬しなさい! 崇めなさい!」

「マクワさん! わかったから! ていうかもう人居ないから!」


 体格差がどうしてもあるので腰にしがみつく形にしかならないが止められる気がしない。

 というかこの人キャラメイク時にちょっと出た、体格以上の体格を所望した人だったのか。しかもエージェンツキャラ提供者の一人でもあると……。


「ガチャ! ガチャ引きたいんでどこか人目の付かない所につれてって! ほらマクワさん、GMさん達も来ちゃうからーー!?」


 プレイヤーが大きな魔女帽のような少女を連れてこちらを指差しながらバタバタと近づいてくるのを視界に納めつつ叫び続ける。


 新規プレイヤーのお世話をしてくれる人のはずなのに逆にお世話してるような……と思いつつ、やっとの思いで連れ出すことに成功したのだった。


「大変申し訳ありませんでした」


 巨体が目の前で土下座をしている。

 鍛え上げられたハムストリングスと下腿三頭筋がばつんばつんと反発してこのまま正座させていたら怖いほど痛々しい。

 反省が見えすぎるので「俺に謝っても仕方ないから」と椅子に座らせる。

 人気が無い場所ということで案内されたのはマクワがギルドで借りている部屋の1つだった。


「あの周辺にいたプレイヤー達には運営を通してお詫びの品を贈ってもらいました。僕の借金扱いです」

「そっか……」

「あなたには気を使わせてしまったのに減給は確定でしょうね。ジョンさんにはGMから聞き取り調査が入ると思うのでお詫びの品はその時に……」


 本当にすみません……。とロールプレイも維持出来ないほど落ち込んでいた。

 プロとして雇われている責任もあるので下手な慰めも言えない。

 筋肉に並々ならぬ拘りがあるのは分かったが、まさかエージェンツキャラにこんな弊害があるとは運営も想定外だったろう。


「ま、首になったわけじゃねーし。キャラもリストラされないだろうし、切り替えてくぜ!」

「お、おう。俺もそんなに悪い報告するつもりないし……」

 

 切り替えはえぇ……。と感心したところでやっと本題だ。


「どんなエージェンツキャラが出るかね」

「マクワさんキャラが出たら当たりだな」


 チケットを破けば勝手に抽選が始まる。

 エージェンツ以外の景品は端末のプレゼントボックスへと送られる。

 そしてエージェンツは……。


 マクワに見守られながら10連チケットを破る。

 するとチケットは塵になりながら魔法陣を展開した。

 

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