8.シロツメとGMミツバ


 チケットは塵になり、展開した魔法陣から光が放たれた。

 そこから現れたのは記憶にまだ新しい、キャラメイク時に指先を刺した物に似た結晶だ。手の平の上数センチ浮かぶそれは仄かに薄紫に輝いている。


「さすがにSSRエージェンツは当たらねーか」

「じゃあこれSRの色なのか?」

「いやSSRだと虹色に光ってるってだけだ。それはエージェンツ個人の色だな。確か魔法を使える奴が入ってるとその属性の色になるんだったか……」


 へぇと視線を結晶に戻すと半透明のウィンドウが展開していた。

 エージェンツを解放しますか【はい・いいえ】の選択肢に【いいえ】を選んだ場合の結晶の保管方法も丁寧に記載されている。

 どうやらエージェンツの核である結晶(だとマクワに教わった)を携帯端末に直接収納して管理できるようだ。

 

 メニューを開くための携帯端末『メニュー・クリプテックス』。

 某映画にて、かのダヴィンチが発明したとされる『クリプテックス』と同じ名前の通りダイヤル式ロック錠のような入れ物である。

 本家だと文字盤にアルファベットが彫られているが、これは数字だけの簡素なものだ。

 キャラメイク時に決めた暗証番号をダイヤルで揃えるとシリンダーがスライドするようになっていて、そこに必要ないエージェンツの結晶を仕舞えるということらしい。

 そして必要なエージェンツはその都度結晶を取り出すことで解放できるという仕様だ。


「解放しないのか?」

「いやするする! ちょっと待って」


 【はい】を選択する。

 すると目の前の床に魔法陣が浮かび上がり、結晶はふわりとそこに吸い込まれた。

 咄嗟に魔法陣から1歩下がる。

 魔法陣は迫り上がり始め、そこから絞り出されるように1人が現れた。


「おお。この子だったか。よかったな! 当たりじゃねーか!」


 目の前の人物に目を奪われ、マクワの言葉は耳をすり抜ける。

 毛先にかけて藤色なっているプラチナの透き通った長い髪はポニーテールにまとめられゆらゆら揺れている。

 多少無愛想に見えるが、まだ未成熟のあどけなさが残るきりっとした目鼻立ちは綺麗な黄金比で配置されている。

 ゆっくりと開かれたまぶたの奥に光る瞳は海を落とし込んだようなサファイアを思わせた。

 そして均整がとれた体にピンと伸びた姿勢。

 はっと息を止めるほどの美少女がそこに立っていた。


『初めまして。私はGM型1号シロツメです。戦闘では近距離ショートレンジ中距離ミドルレンジを使い分ける万能型と評価を受けています。よろしくお願いします』

「かわいい……」

「……さすがGMちゃんモデル。即堕ちか」

「ホントかわいい……」

「しばらく駄目っぽいな」

『バグったんですか? 上に報告した方が……?』 


 大丈夫大丈夫とはぐらかすマクワに首を傾げるシロツメ。

 目の前で手を振って意識を確認された記憶もあるが頭の中が可愛いで埋め尽くされていて全く頭に入ってこない。

 余韻にどっぷり浸り、彼女の顔に見覚えがあることに気づくことでやっと現実に戻ってきた。

 その間2人はいくつかやり取りをしていたようで、気付いた時には何故かマクワが燃え尽きていた。


「マクワさんはどうしたんだ……」

「やっと帰ってきましたか。彼なら運営からのお達しを伝えたところ、こうなりました」

「な、なんて?」


 通達を受けただけで燃え尽きるなんてと戦々恐々していたが、なんてことはなかった。

 考えれば当然だが、ここに来るまでにマクワがやらかしたことに対する処分が決まっただけである。

 ざっと並べると・給料カット・ログイン制限・新人サポート時のみ時給追加および監視etc。


「それと次があるようなら体型への特別待遇を取り消すとの最後通牒ですね」

「それで燃え尽きてるのか」

「この件に関して、貴方様には大変ご迷惑をお掛けしたことを運営を代表してお詫び申し上げます」

「え!? あ、いや。俺は別に……」

「掲示板で少々荒ぶっていたことを把握していたにもかかわらず、迷惑行為に走ることを予測出来なかったのはこちらの落ち度ですので……」


 申し訳ありませんと綺麗な90度お辞儀で再び謝罪するシロツメに慌てる。

 マクワがクビ処分じゃなければこちらとしては文句無いと伝えれば、優しいんですねと微笑まれた。

 突然の笑みにとぎまぎする。

 優しさ由来の言葉ではないので罪悪感は感じるが、好印象くらい詫び代わりに貰ってもいいだろう。


 ちなみに最初の無駄絡みのオーバーな接触の件も含まれている? と思ったのだが、それ自体はロールプレイの一環だと予め運営にプランとして提出されていたので問題なかったらしい。

 さらに相手も選んで行っており、今に至るまでクレームがなかったので信用していたのだという。

 完全に調子づいてしまったんだなマクワさんめ。


「それよりも、その……。うー、何て言ったら……。『GexM』のキャラだから俺と会ったこと……なわけないし……」

「ちょい待ち。お前まだ気づいてないのか。今しゃべってるのエージェンツじゃなくて元ネタのGMちゃん本人だぞ」

「あ、失礼。惚けていておいでだったので自己紹介を後回しにしていました。シロツメのアバターを借りています。『トリフォリロ直属補佐兼GM統括』ミツバと申します」

「へ?」


 元ネタの人? いつ? どのタイミングで? GMってこんな登場の仕方するの?

 碌なリアクションもできずパニクっていると、声に出ていたのか普段はGMコールしてもこんな登場はしないので安心してくださいと返ってきた。


「すみません。メイン業務の方でちょっと手が放せないので横着しました」

「ガチャ結果弄ったってことっすか?」

「それは偶然……でもそう捉えられても可笑しくないですね。後で『SSRキャラ確定10連ガチャチケット』を贈らせてもらいます」


 いつの間にか復活していたマクワとシロツメ改めミツバとの間でポンポン話が進む。

 もし強制されたキャラだと不要になった場合、核をギルドで破棄してもらうか素材として砕くよう説明された辺りで再起動した。


「君を破棄したりしないから!」

「あの。別にエージェンツは実態のある分身みたいなものです。破棄したところで縁が一旦切れるだけで亡くなる訳では……」

「即堕ちしてる奴にその説明は酷だと思いますぜGMちゃん」


 即堕ちって。高揚や快楽方向の感情はある程度で抑制されるようになってるはず……。などと物騒な呟きが聞こえた気がしたが気のせいだ。

 例え縁が切れるだけだとしても破棄なんてありえない。


「偶然当たったというのならその運命を信じる! 破棄は絶対しない!」

「それは好きにしてください」

「す、好きに!? ……はっ。す、すみません。つい……」


 すん。と急に冷静になり羞恥が襲う。

 寸前までの酔態に笑うでもドン引くでもなくミツバの表情は変わらない。

 そのことに少し残念さを感じるも、改めて見覚えの事について尋ねることにした。


「うん? リアルGMちゃんと会ったことあるってことか?」

「……それって顔に見覚えがあるってことですよね?」

「ああ。なるほど顔か。そりゃ見覚えあるだろうよ」

「どういう……?」

「ついさっきまでセレモニーに出てただろ。同じ顔が」


 同じ顔。

 言われて思い出すのは舞台で踊っていたアイドル達だが、ひとりひとりの顔はあまり確認できなかったように思う。

 思い出すようにじっとミツバの顔を見つめていると、彼女の顔より溌剌とした笑顔がツインテールとセットで重なって来た。


「女神様……? 同じ人?」

「やっぱそう思うよな!」

「……違います。不本意ですが、顔が似てるだけの別人です」

「つまり見覚えあって当たり前だってことだ!」


 そうなのか? しかしこんな美少女にリアルで会ったことあるなら忘れないようにも思うので、そうなのだろうと納得した。

 この時アバターは容姿を弄れることをすっかり忘れていた訳だが、思い出したのは後日、全く同じ容姿で生放送配信に出演している動画を見た後だった。


『大丈夫ですか。ジョンさん』

「だ、だいじょぶです……」


 そんなに長くもなかったが、いくつかの確認や報告が終わった時には何故か精神がくたびれていた。未だ冒険すら始まっていないのにひどい疲労感だ。

 GMミツバから元に戻ったシロツメが労ってくる。

 中身は替わってるはずだが大した違和感は感じない。強いてあげるなら心の壁が塀から垣根ほどに隙間が開いた感じか。

 しかし美少女から心配されるシチュエーションが体感出来ているというだけでVR体験しに来た甲斐がある。

 照れくささで顔はみれないが、ちらちら目を盗んで見てしまう。


「デレデレしてんなぁー。俺が居ること忘れてねぇだろうな?」

「わ、忘れてないよ?」


 ほんとだよ?

 疑わしい目で見てくるマクワから目をそらした。


「……あはは。マクワさんには何だかんだで感謝してるよ。たぶんあのミツバさんと関われたのレアなんだろ? GMコール対応も暫く請け負ってくれるって言うし」

「俺が世話してる時だけな。……てか騙されたってなる前に言っとくが、あの人やベーからな」

「え?」


 ちょっと笑顔は足りないが、しっかりして何だかんだで世話焼いてくれそうな感じの人を捕まえてヤバイとはどういうことだろうか。

 隣のシロツメが無言なことに一抹の不安を感じつつ固唾を飲む。

 マクワは「掲示板とか見てたらいずれは分かるだろうけど」と前置きをして語り始めた。


「あの人の通り名は色々ある。大体はGMちゃんだけど、他が物騒なんだ。残念女神様の調教師。恋愛地雷源領主。ハーレム野郎絶対殺すマン」


 恋愛的矢印を向けられると殺気で返すなどGM達からの暴露が元となり、冗談や牽制に畏怖、時には希望の星のように祭り上げられているのだという。

 筆頭で暴露しているのが女神様だというのだからなんとも言えない。

 何より本人も大して否定しないので話に拍車がかかっているらしい。

 おかげでGMミツバの非公式ファンクラブは矢印警察状態。しかも彼女に存在を意識させないよう隠密特化になっているので加入が難関過ぎるときている。


「……それはなんか、可哀想というかなんというか」

「それとあの人現役のJKらしいから気をつけてな」


 やばいってそっちの意味かよ! ていうか現役JKなのにGMってどういうことだよ!

 昨今の未成年に対するあれそれを思い浮かべて頭を抱えた。

 そしてマクワ達は話に気を取られて忘れていた。


『マクワさん。あなた監視されてるって忘れてませんか』

「「あっ」」


 ……前途多難である。


 本人が監視していないことを祈りつつ、冒険者ギルドから外へ出る。

 目に飛び込んできたのは、広い広場の先に広がる石造りの中世建築群だ。

 ゴシック、バロック、ルネサンスといいとこ取り様相は歴史を感じないまでも華やかだ。

 3、4階建てが大通りに面して隙間なく並び、それぞれの建物には看板代わりなのか、長く垂れ下がった旗がカラフルにはためいている。

 その街並みを自由に歩く人々は、絵に描いたような冒険者風の格好をした者も居れば、前身金属鎧の騎士っぽい者、古今東西の魔法使い風の者に、純和風の侍風の者。しまいには現代の普通の服そのままだったり、スーツ姿だったり様々だ。

 細かく観察すると、植生が日本ぽいままなのでどこかの外国の街並みを再現したテーマパーク感はあるが、そこは目をつぶるとしよう。

 セレモニーの余韻か色とりどりの花びらが散っている。指先に触れると光の粒が弾けて消える。

 ついさっきはセレモニーの演出に気を取られて意識していなかったが、異世界に降り立ったような感覚がじわじわと胸にこみ上げる。

 

「改めてようこそ『Galaxias ex Machina RPR』へ」


 一歩前に出たシロツメが振り向きざまに手を伸ばし微笑みかける。

 ゾゾゾゾと興奮で血圧が上がる。さぞ自分の顔は鼻の穴が膨れにんまりとーーはしない、気合で笑顔のポーカーフェイスを作る。

 これから(美少女と一緒に)格好良く冒険を始めるのだから気を引き締めないと。


 ーーさあ、俺達の楽しい冒険はこれからだ!

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