6.オープニングセレモニー
『まもなくオープニングセレモニーが開始されます。冒険者ギルド前広場、特設ステージにて……』
やばいやばいやばい。
案内板を見ればいいという意識すら持てずギルド内を突き進む。
かろうじて人の流れがあるため道に迷わず済んでいるだけだ。
薄暗い通路を早足でしばらく進むと一際明るい場所に出た。
広々とした吹き抜けロビーには右往左往と人が行き交い、目的地への目印は失われつつあった。
(アナウンスだと『ギルド前広場』だから外に出ればいいんだよな。あそこの一番大きい出入口から出ればとりあえずわかるはず!)
「よう! どうした? いきなり道にでも迷ったかルーキー!」
「ぐはぇ!?」
ばごん! ぱりん。
突然背中に襲いかかった衝撃。
目の端にかかった、数字の『5』に見える赤いガラス細工のようなエフェクト。軽く弾けたような音からして床に当たってくだけ散ったのだろう。
この2つを咄嗟に関連付け、さっきのはもしやHPが削れた表現か!? と戦慄する。
「なっ、なんなんですか!?」
「あ。
言葉とは裏腹にちっとも申し訳なさそうに見えない態度で話しかけてくる輩を改めて視界に入れる。
浅い日焼け、ゴリゴリ筋肉の暑苦しさをベースにプラチナの短髪オールバックときりり眉で爽やかさを出している。それでいてレオタード状のインナーをレザー製の防具で隠すサービス(笑)仕様と背中に背負ったダブルバスターソードと、挙げれば特徴だらけの男だった。
「……やべー奴に絡まれた」
「心の声が漏れてるぞ。冒険者ギルドらしくテンプレ絡みでもしてやろうか? ん?」
「……すぅー。GMさぁーー……」
「わぁー!? 冗談ですから! GM呼ばないで! 新人に無駄絡みしてるって給料減らされるでしょう!?」
ブレブレの口調になるほどロールプレイ勢かと納得する。
演じたいキャラにツッコミを入れるほど野暮ではないのでスルーする。
「給料ってことは……。噂に聞くβテストからのプロ組ですか?」
「……おほん。説明がいらなさそうで助かるぜ。そういうこった。今んとこ俺はGM勢の指示で登録したばっかの新人サポート中心に活動しろって言われてんだわ」
ロールプレイで無駄絡みって言われるの当たり前じゃねーか。
背中にじわりと残る痛みを思い出し本当にGMコールしてしまおうかと欲求に駆られる。
心でも読めたのか察したのかゴリゴリ筋肉の彼はお詫びだと初級HPポーションを差し出してきた。
「元βテスターのプロから初級HPポーションが出てくるあたり予定調和バリバリ過ぎる」
「
「それは助かる。ノリが良過ぎてタメ口引きずられそうだからさ」
試しにピシガシグッグッと拳だけで誘えば見事にノッて来たので同じ趣味を感じる。きっと飛ぶ系の漫画も好きに違いない。
「俺はマクワ・ショルダー。マクワで良いぜ。ポジションは見ての通り前衛だ。とりあえずプロだとか気にせずよろしく頼むわ」
「俺はジョン・J・ドゥだ。ジョンでもアランでも権兵衛でも好きなように呼んでくれ」
ポジションは流石に始めたばかりなので明言は出来なかった。
痛いのが嫌いだから後衛希望ではあると伝えると、マクワはそういう奴多いんだよなと笑った。
運営的には魔法系スキルをたくさん極めて欲しいらしいので、魔法使いを始めとした後衛はむしろ歓迎されているのだとか。
早速ぶっちゃけた話が飛び出して不安が過る。
後から知ったが、女神様が専用SNSでそこら辺の話を暴露して周知の事実だったようだ。
『まもなくオープニングセレモニーが開始されます。冒険者ギルド前広場、特設ステージにて……』
「はっしまった!? こんなことしてる場合じゃ……」
「ああ、セレモニーの場所に行きたかったのか。いい場所知ってるからついて来いよ」
そう言ってさっさと歩きだすマクワ。
ほいほい着いて行ってしまったが向かう方向は大体のプレイヤーが向かう入り口とは逆方向だ。
自分でも警戒心が薄いかなとも思うが、少し話しただけでも人と為りはわかるしこれも冒険である。
改めて実感した。
始まりの町の冒険者ギルドは思った以上に広かった。
なにせ与太話で親交を十分に深められてもまだ目的地に着いていないのだ。
おかげで「今日なにかあるの?」とすっとぼけたプレイをしたかったことを暴露させらるわ。んなこと言ってたらこの時間帯狙ってたプレイヤーどもに予約寄越せって怒られるぞ? と笑われるわ散々である。
マクワのトーク力が高すぎたのか、自分がチョロすぎるとは思いたくない。
ちなみにこの時間帯のプレイ料金が5倍ほどに高騰していたため初めからとぼけることは諦めていたんだが。
そして途中階段を挟み辿り着いた場所は広々としたルーフバルコニーだった。
所々日除けのタープが張ってあるものの、ギルド前の広場を一望出来るだけあって解放感がある。
口振りからして穴場にでも案内されるのかと思ったが、そこそこの人が待機していた。下の広場よりか人口密度はマシではあるが。
「やっと着いたのか?」
「わはは! まだLv1だと直ぐバテるか。結構歩かせてすまねぇな。冒険者ギルドは一部プレイヤー用のアパートメントになってっから無駄に広いんだ」
「それでこんなに歩いたのか……時間大丈夫かな」
「それは大丈夫だろ。確か開始は日食と同時だって話だから……」
そう言って太陽の方に顔を向けるマクワにつられて同じ方向へと顔を向ける。
カッとまばゆい光に目を細めていると、徐々に太陽が欠けてきていた。
どこからか詠唱のような合唱が聞こえ始めていた。
「お、始まるぞ」
その言葉通り太陽が完全に隠れ、あたりが明るい星の浮かんだ薄暮れのような空になる。
すると連続した破裂音と共に空中に満開の花が咲いた。
花火ではなく文字通り花だ。発光ダイオードでビビットに描かれたような色とりどりの花達が空を次々と塗り替えていく。
――ドンッドドンッバババババッパラパラ……。
花が咲き乱れる音の振動に体中が揺さぶられる。
咲いては散りを繰り返す花の一生。まさに刹那。
周りの観客全員がその圧倒的な刹那の光景に目を奪われている。
「すっご。これ魔法か?」
「みたいですね。どんな組み合わせをしたらこんなことが……」
マクワも素の口調に戻っているのも気付かないほど圧倒されているようだ。
花の合間を縫って流れ星のように何色もの光が曲線を引いては消えを繰り返している。
『えへへあのね。綺麗でしょ。あれ私達が協力してるんだよ』
「えっ」
「どうした?」
不思議な声が耳を掠め辺りを見渡すもマクワ以外近くに見当たらない。
良く耳を凝らすと『きれい。きれい』『すごい。たのし』子供のようなたどたどしい声がきゃらきゃら聞こえてくる。
『ふふ、魔法をいっぱい練習して私達みたいにその子達も作ってあげてね♪』
空の花に気をとられて気付かなかったが、目を凝らすとそこら中に色とりどりの靄のようななにかが人型を取っている。
これは【魔力視】の効果? だとするとこのきゃらきゃらとした子供の声は〔第六感Ⅰ:聴覚〕の効果か!?
(……てことはこれが精霊!?)
ぐらりと眩暈が起こりマクワに支えられる。
情けないことだがLv1の体とはそういうものらしい。
しかも彼が言うには【魔力視】や〔第六感〕系と言われる感覚を延長させるスキル群は、完全没入型VRに慣れていない初心者がいきなり使うと消耗が激しくなるのだという。
確かに車酔いというか3Dゲーム酔いのような気持ち悪さを感じて仕方ない。
レベルが上がりアバター補正が機能しだすと途端に楽になるというのでそこまでレベル上げを頑張るしかない。
気を利かせたマクワにサッパリする飲み物を貰いつつ日食の中の刹那を楽しんだ。
そしてその余韻を感じる暇も無く次が始まる。
日食が終わり昼間のまぶしさを取り戻した広場にドライアイスのような白い煙がブシュー!と打ち上がる。
広場を覗き見るとその白い煙は広場中を覆っているようだ。
『レッディース! エェーンド! ジェントルメェーーン!』
若々しい女性の大きな声があたりに響き渡る。
その声に反応して場から少しずつ歓声が上がり始める。
『この異世界『ガラクシアス・エクス・マキナ』に降り立った諸君! 今日も元気に魔獣を狩ってるかーい!? 今日はグランロータスリーフのオープニングセレモニーで日程をずらすことになった『Galaxias ex Machina RPR』のオープニングセレモニーだぞー!』
さぁshowの始まりだぜ! その掛け声と共にどばぁーんと爆発音が鳴り響き紙吹雪が舞う。
広場の3方向に大きく建設されたステージから噴出していたそれが晴れるとそれぞれそこに人影が立ち並んでいた。
男性だけのグループ、武器を掲げた二人の男女、女性だけのグループが各々ポーズを取っているのがはっきり見えてくる。
BGMだと思っていた曲が大きくなり、これはイントロなのだと主張している。
流行りアニメのような軽快なJ-POP風の曲だ。
メロ部分の始まりと共に男女が向かい合い互いの武器を打ち鳴らす。
いつの間にか2人はステージいっぱいに大きく投影されており、戦う様を大迫力で観ることが出来た。
曲に合わせた見応えある演舞だがそれだけではない。
演舞には男女各々のグループが連動しており、女性が攻勢にまわると女性グループの歌い踊る様が大きく投影され始め、男性が攻勢に回れば逆に……とライブバトルも兼ねているようだ。
歓声もグループの入れ替えに合わせて男女の内訳が入れ替わっているようで面白い。
「これがVRアイドルかー! 男女グループが一緒にコラボ出来てるなんてすっげーなぁ」
「流石に今日みたいな特別な日じゃないと難しいだろうけどな」
「それにしてもあの殺陣やってる2人すごいな。VR慣れたらあんな動き出来るようになんのかな」
「いやあいつらリアルスキル化物集団と言われるGM勢の中でも特にヤバイ2人だから」
GM勢がそういう評価なのも初耳なのでそうなの? と思いつつも黙って続きを聞く。
「薙刀を振り回している女の子が通称『薙刀のマリア様』。獲物を振り回すと同時に揺れる2つのスイカ様を拝む奴が続出するも、笑って許してくれる様子がまるで聖母のようだとその名が付いた説がある」
ごくりと思わず喉がなってしまう。
言われてしまうとその迫力にしか目が行かなくなってしまいそうだ。
「太刀と脇差しっぽいので二刀流やってる奴が通称『カンガルーナイト』」
「いやなにそれ。女の子の方と明らかに格差感じるんだけど」
「まあほとんどやっかみだな。
一瞬でそんな通称を付けた奴等の心情を理解してしまい悔しさに溢れた。
「あとは勘がべらぼうに良くてあの刀でスパスパ魔獣なんかを狩って行く様と、ああいう風にたまに足癖が悪い感じなのが合間ったらしいわ」
何回か斬撃の合間に蹴りが繰り出されているのを目撃しているので納得した。
ナイトはまんま女の子パーティーのナイトという揶揄らしい。
そうこうしている間に曲は佳境へ。
すると切り結ぶ2人の間を割るように巨大な足が突き刺さった。
ビルを踏み倒す怪獣のごとく現れたそれは紛うことなき美脚だ。見上げると巨大な美少女の輝かしい笑顔が出迎えた。
「見ろ。彼女が俺らの直接の上司にあたる『電脳女神トリフォリロ』だ」
どこぞのボーカロイドアイドルのパチもんかと一瞬思われそうなスーパーロングのツインテールの上には髪と同色の猫と兎を足して2で割ったような獣耳が乗っている。
パッチリとしたアーモンド形の大きな瞳は黄昏時のような色合いでどこかへ連れて行かれそうなほど印象的だ。
ソシャゲキャラのようなちょっと要所の露出度高めで装飾品過多の煌びやかな衣装は、和服のようでいて四葉のクローバーと大正時代をモチーフとしたようなモダンな雰囲気でまとめられている。
しかし何故か首と手首足首に付けられた拘束具の様なパンキッシュな装飾だけが浮いている。
「待ってましたトリフォリロー!」「トリたそー!」「ちょっと大きすぎー!」「よっバーチャルペイチューバー!」「炎上芸人ー!」「クソ美少女ー!」
『
「えぇ……。芸人とかクソとかはいいのか」
周りは失笑だらけで嫌な空気は流れていない。
コントだとか弄りの定番ネタと化しているのかもしれない。
大きすぎと言われたのを気にしたのか、登場時よりも小さくなった自称電脳女神様は足元に群がったプレイヤー達を蹴散らしつつ歌い踊りだす。非実体のようだが軽い衝撃が彼らを転がしていた。
とっくにメロ部分は始まっており、歌い出せる部分まで鼻歌で誤魔化しながらなのでコミカルな空気は抜けないが、逆に観客は楽しそうなのでいいのだろう。
ところで足元に群がったプレイヤーはしきりに上を覗いていたが、見えたのだろうか。
「こういう感じになるのわかってたからマクワはここに案内したんだな。ステージが飾りすぎる」
「まぁな。まあVRアイドル目当てだと下の広場に行った方がいいんだが、最初だとこっちが見やすいだろ」
弄っていた空気は忘れましたと言わんばかりに「トリ! トリ! リーフ!」
「ヨツバ! クローバー! シロツメクサ!」と曲に合わせた掛け声の大合唱が起こっている。
VRアイドル達も合わさり会場は一体となった熱気に包まれていた。
そして曲が終わり大きな歓声が響き渡る。
興奮のまま鳴り止まないと思われたそれはトリフォリロが上げた腕でピタリと止まった。
『さぁ良く聞きけ! プレイヤー諸君!』
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