2.プレイスタートと代理人

 ――ドプン。

 沈んだ。今水の中にいる。そう直感した。

 自分はゲームを始めたんじゃなかったのか?ここはどこだ。


 瞬間的に全身を包んだ優しい抵抗感に混乱……するのかと思われた。

 しかし最初から頭は冷静だったのか息が出来ることに気づいて強く閉ざしてしまっていた両のまぶたをゆっくりと開いた。

 今見えているのはただひたすら真っ暗な空間だ。その中をゆっくり落ちている、と感じた。

 底がわからない暗闇を落ちているというのに不思議と恐怖感はなかった。


 十秒も満たない間に、暗闇はキラキラと星屑が散る宇宙のような空間へと変わっていた。

 宇宙空間だと思わなかったのはうっすらとモニターの継ぎ目のようなグリッド線がちらちら光っているのが見えたからだ。

 落ちている感覚はそのままに目の前にウィンドウが表示される。


<最終確認です。RPRロール・プレイング・リアリティを開始しますか>


 生体データを取る旨などの規約がつらつらと綴られたスクロールを最後まで流し、迷いなく『YES』を押す。


<それでは『Galaxias ex Machina』の世界をお楽しみください>


 新しく現れたウィンドウに見送られ、気づけば遠い足元に青い惑星が見えていた。

 どんどんとその星が近づきよく見えるようになってくる。

 それはガラス細工の枠に包まれる天球儀のようだった。

 青い惑星を天球儀然と囲む透明な軌道上には『丸を二つつなげた砂時計のような衛星』のような何かが繋がっている。

 他にもそれぞれ、まぶしく光り輝く『太陽』のような何かや『月』『火星』『木星』のような何かも繋がっていた。

 透明な軌道が幾重にも重なった青い惑星が少し窮屈そうに見えた。


 ぼんやりと観察を続けていると、いつの間にか肩にちんまりとマスコットのようななりの生き物がてちてちと存在をアピールしつつ乗っていた。

 白く輪郭がぼんやりして注視していないと存在があやふやになりそうなのに、頭部のうさぎ耳か猫耳かどちらとも言えそうなモノだけがやたら印象に残る。


 存在が認知されたことに気付いたそれは嬉しそうな表情だ。

 まさに顔の部分にそのまま『(*゚▽゚*)』が浮かんでいる。

 そういうマスコットなのか……と瞬きをした瞬間に▽の部分が大きく肥大して今にも飲み込まれそうになっていた。


<生体スキャンを開始します>


「へ?」


 ばぐんとそのまま飲み込まれた。


「うあああっ……!? ……っふああぁぁーー……」


 飲み込まれたという衝撃に悲鳴を上げるも、すぐさま包まれた気持ち良さに弱々しく勢いを無くしていく。母親から抱きしめられているような安心感さえ感じる。

 ふわふわととろける意識の中で回想のような映像が頭の中に入ってきた。


『……を越えて新たな……に……下ろしてなお、あいつらはあんた達へ………………った。もう親離れ………………てとっくに…………途………………に……』


 うまく言葉が聞き取れない。

 力なくうつむき加減でしゃべる、長いツインテールとウサギ耳だか猫耳だかの大きな耳が印象的な少女の顔は口元だけうっすらと笑みを浮かべていた。

 少女は一人しゃべり続ける。


『…………としてずっと…………えて守ってきたのは……………………のに』


 少女が自分の腕に爪を立てて掻き毟っている。


『ねぇわかる? 名前…………て自己顕示と憎しみしか…………に誰も私を………………いの。無神論者がマジョリティ化した○×▽□※%&$――閲覧権限を満たしていないため省略されます――×▽□※○×』


 少女は何かをわめき散らしているが、別の言葉がさえぎって聞こえない。


『挙句の果てにこんな……………………て、………………でも与えたつもり? でも残念だったわね!』


 おもむろに立ち上がって両腕を広げ仰いだ少女はけらけらと笑い出す。


『名の通りこれは……よ! あんた達にとっては八つ当たりなのかもしれない! だけど私は…………することでやっと私は……される! そのためなら世界と世界がぶつかってばらばらになるなんて些細なことよ――』


 そこでばつんと映像は途切れた。


<こうして少女は世界を壊しかけ、阻止した我々に罰を与えられた>


<少女への罰は壊しかけた世界を守ること>


<そして新しく広がり繋がってしまった世界を整えること>


<少女を許すか許さないかはあなた達に委ねられる>


<しかし願わくば、少女に差し伸べる手が多からんことを――>


「わぶっ!?」


 べしゃーんと冷凍マグロのごとく放り投げられ、体は無残にも床で滑る。

 痛みは大して感じていないのだが「いてて……」と反射で痛がる振りをしてしまう。

 なにかオープニングのようなものを見せられたような気がしたが、夢から覚めた時のように具体的なものは思い出せない。


「……っんぶふ。結構滑ってたけど大丈夫か?」

「え、あ。ああ。ありがと……」


 目の前に差し出された手を取って立ち上がる。

 助け起こしてくれた目の前の人物が視界に入ると一瞬で驚愕に支配された。


「ようこそ『狭間の間』へ。ここは主にログインとヘルプで使用する特別な部屋だと思ってもらえばいいぞ」

「お、俺……?」

「そうだ。俺はお前の『代理人エージェント』だ。よろしくな」


 ふりふりと挙げた片手を振って笑って男が笑っている。

 目の前にいたのはまさしく自分自身であった。


「代理人?」

「この『GexM』内のシステムの一つだよ。こちらで過ごす時間が現実世界の約4倍だといっても限度があるだろう?」


 1日にログインできる時間は健康面や精神面を考えて4時間までと運営により定められている。

 つまり1回のログインにつき16時間ほど居られる訳だが、次にログイン出来るのが最低でもこの世界で数えて3~4日後になってしまうのだ。

 例えば緊急を擁するクエストが発動してログイン中にクリアできる目処がたたずログアウトする時間になってしまった。

 この世界はログアウト中は時間が止まってるなんてことはない。

 そんな時ログアウトしてる中身の代わりを務めるのがこの代理人となるわけだ。

 人格のバックアップを取りログイン中のプレイヤーの行動を随時学習していくのだという。

 色々条件はあるものの、長期移動や単調な素材集めを代わりに受け持ったりと長時間プレイが出来ない代わりの救済処置という訳だ。

 後はこの代理人を傭兵として神殿などに登録することで、他のプレイヤーが臨時のパーティーメンバーとしてレンタルできるようになる機能もあるらしいのだが……。

 詳細はヘルプで参照してくれと締めくくられた。


「人格のバックアップ? その割にはなんかこう、俺って傍から見るとこんななのか?」

「こんな、が何かは聞かないけど。本人を目の前にする時は『教えたがり』や『緊張しない』とか、本人が持ってない外要因をわざとプラスしてあるんだよ」

「そうなのか? まあ確かに、まったく同じ人間を目の前に出されたら恐怖しか頭に残らなさそうだしなぁ」

「話せばなんか似てる人かな? 位の印象になるんじゃないかって試みなんだ。最初はここの案内は『ゲェムマネージャーGM』とか女神様がやってたんだけどさ。さっさとプレイさせろとかせっかちな奴が話まともに聞いてくれなくってね」

「なるほど。自分自身が目の前に居るインパクトで主導権握るわけか」

「そういうこと。GMはそれぞれ中の人がいるから、何人も対応するストレスや輩のあんまりな態度にブチ切れる事案とかもあってね」


 それはそれでどうなんだと思わなくもないが……。

 GMと関わる機会があったら気をつけようと思う。


「逆切れされても代理人ならお前がされたらなるんだぞとなる訳だ。どやぁ」

「逆にイラっとされるだろそれ」


 自分の顔だからなおさら腹立つ。

 完全にしらけた目を向けられる『俺』は慌てて軌道修正に入った。


「と、とにかく。漫画とかでよくある精神修行で自分自身と対峙するとか、もう一つの人格! アルターエゴ! とかそんな感じでよろしく!」

「ほほう。ほうほう」


 ちょっと心の中の14歳に響くワードである。


「さて、自己紹介が落ち着いたところで早速。と言いたいところだけど先にこの真っ白い部屋をどうにかしよう」


 そう言って『俺』が指を鳴らすと、真っ白で何もない(床にうっすらとグリッド線が見えるが)空間がラグでぶれながら馴染みのありすぎる風景へと様変わりしていた。


「俺の部屋……?」

「長時間居ることになる場所だからな。落ち着ける空間へ調整できる機能も付いてるんだ。これは人格のバックアップを取る際に記憶から起こしたデータだ」


 プレイヤーの記憶を参照して一部データに反映させることは最初に同意した規約の中にも書いてあることだと前置きされた。

 精神に負担をかけない工夫の一貫で、説明を受けたり長時間滞在ことになる空間で少しでもリラックス出来る様にとの配慮だという。

 他にもいくつかハウジングデータのテンプレートが有り、後々自分好みにカスタマイズするためのデータも販売されるのだとか。

 真っ白い部屋の状態と交互に切り替えることも出来、これはスキルの試しや体を動かす時に使うようだ。


「まぁ『俺』が一緒にいる状態になるから本当にリラックス出来るかどうかはね……」

「えぇ……」

「一人っきりだと、今自分がここに居るのは現実なのかVRの中なのかって混乱するかもしれないから仕方ないね」


 そう言われると納得するしかなかった。

 納得した顔を確認した『俺』がにやりと笑った。


「さて、お次はお待ちかねのキャラメイクだ!」


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