電脳仕掛けのガラクシアス≫または駄女神と廻すJKGMの異世界VRMMO運営日記

くら桐

0章:一般プレイヤーから見たの本サービス開始という名のプロローグ

1.統合型リゾート『グランロータスリーフ』


 人類がやれ月旅行だ、火星移住だ、など分け隔てなく宇宙へ生活圏を伸ばそうとしている昨今。

 年号が変わってしばらく経ったある年の日本で、とある施設がオープンした。


 『Galaxias ex Machina RPR』――ガラクシアス・エクス・マキナ ロール・プレイング・リアリティ――『電脳仕掛けの銀河』と名付けられたそれは、剣と魔法の世界を舞台とした世界初の完全没入型VRMMOとして世間を震撼せた。


 ※VR……バーチャルリアリティまたは仮想現実感。主にコンピューターの中で現実に近い体験を再現する技術。

 ※MMO……大規模多人数型オンライン。多人数が同時に参加できるネットコンテンツの一つ。ゲームにおいてはRPGとセットになることが多い。


 完全没入型とはまさに夢の技術とされた、仮想空間の中に入り込み五感すべてで体験できる技術だ。

 人類の夢の一つが実現し、人々はどこか一つの壁を越えたような一体感に包まれたのである。


 といっても家庭用ハード機で自宅からお手軽に仮想世界に、などということは技術、法、倫理観的にまだ早かった。

 完全没入型VRMMOを実現するにあたって、超巨大施設に集約されるのは納得の行く話であった。

 

 東京湾に浮かぶ形で建設された統合型リゾート『グランロータスリーフ』。

 蓮の葉のようにいくつかの島で構成されたその場所、そのメインシンボルのようにそびえ立つクアドラプルタワービル内にそれはあった。


(……よし。ホテルも無事チェックインできたし、一日最大4時間って制限はあるけど有給日数分のVRの予約も出来た。思い切ってホテル宿泊パックのVR優先プランで買ってよかったー! βテストは抽選外れたときはすっげーくやしかったからなぁ)


 腕時計を確認すると時刻は11時すぎを指していた。

 予約を入れたのが12時ジャスト。10分前には入室出来たはずなので余裕を見ても結構ぎりぎりだ。


(あのクソオタクはホテルついた途端チェックイン何もかも俺に任せて突撃しやがって。たくっ、誰がてめぇの分まで出してると思ってるんだ)


 自分もオタクなことは棚に上げ、ぶつぶつと貴重品などをデイパックにつめ右肩に掛ける。

 料金を持ったのは自分の都合だ。予約できるプランがツイン部屋しか残ってなかったという単純な理由である。だが愚痴るくらいは許してほしい。

 スマホをちらりと見る。


(ついでに親孝行ぽい感じで別の高級ホテルに親父達の予約入れたけど、ちゃんとチェックイン出来てるかな? ……ま、いい大人だし確認しなくても大丈夫か)


 スマホをロングカーデのポケットにつっこみホテルを出る。

 5分も歩かない内に目的のビルの入り口に到着すれば自然と足は止まった。

 忙しなく開閉する自動ドアとせかせかと潜る人たちを視界の片隅に捕らえながら固唾を呑む。

 ゾゾゾゾと興奮で血圧が上がる。さぞ自分の顔は鼻の穴が膨れにんまりと気持ち悪い顔をしていることだろう。


(うおぉぉ……! ついに来たぞ!)


 エントランスを抜けるとだだっ広いロビーとラウンジが自分を迎える。

 ホテルの、と言うよりは総合病院の待合室のような印象だ。


「いらっしゃいませ。VRMMO施設『GexMゲェム』へようこそ。受付に行かれるのでしたら入り口の整理券をどうぞ」

「あ、すいません。て、げぇむ?」

「はい、『Galaxias ex Machina』の略称です」


 整理券を受け取って会釈をしその場を離れる。

 何席ものベンチやソファーに何待ちなのかたくさんの人がたむろしている。

 ラウンジの奥にはコンビニや軽食店が何軒か並んでいるので、時間をつぶすには問題なさそうである。


 さっそくフロント上部にある電光掲示板に自分の整理券番号と受付場所の数字が並んだ。

 受付から大分待たされるのか? と思って内心あせっていたが、杞憂だったようだ。


「いらっしゃいませ。今日はどのようなご用件でしょう」

「……えっと。ゲームしに来る以外に何かあるんですか?」


 うわやべ。ちょっと嫌味っぽい言い方になったか? と顔には出さず冷や汗を垂れ流す。

 気にした様子もなく受付嬢はにこやかに返してくれた。


「はい。次回の予約や定期パスの発行手続きもあります。VRルームへは一日4時間の制限がありますので、お客様へは別のサービスもご案内しております」

「別のサービス?」

「完全没入型VRは自分自身の体や経験を軸にプレイすることが前提になります。ですのでプレイヤースキルを鍛える場として、剣道や武術またはアクセサリーや裁縫などハンドメイド教室を日替わりのイベントとして開催しています」


 VRプレイをより充実させるためのサービスだ。開催が問題なければ要望も送れるという。ただし別料金。

 他の時間をどうやってつぶすか悩んでいたが思ったよりも色々やることがありそうだ。

 他にはVRで構築したデータをエクスポートして――このビル群内にあるゲームセンターのみでの話だが――自分専用のVR格闘ゲームキャラクターにしたりもできるらしい。


「……えっと。とりあえず今日はVRしにきたので受付お願いします」

「かしこまりました。ご予約番号かメンバーズカードをはありますか?」


 予約番号を伝えると、新規登録ということであらかじめ用意しておくようにと言われていた健康診断書などの書類と身分証を提出した。

 身分証のコピーをとってもらってる間に渡された書類に必要事項を記入していく。印鑑も持ち歩いてるし抜かりはない。

 作業を終えるとこのビルの案内パンフレットと大学ノートくらいの利用規約を渡された。


「では最後に。冊子の○○ページをご覧ください。登録される皆様には指紋と血液採取が義務付けられています。大変申し訳ありませんがご協力をお願いします」

「えっ注射ですか」

「指先からほんの数ミリいただくだけですので。よろしいでしょうか?」

「それなら一応……。ちなみに断った場合どうなるんですか?」

「お断りされた場合でも登録は完了できます。ですがサービスを十全に提供できる保障はなくなります。それとお客様のデータを上の方に報告させていただくことになります」


 ……どういうことなんだろうか。

 要注意人物として監視対象にされたりするのだろうか。

 上って警察ってことだろうかそんなまさかと予感が過ぎる。

 受付嬢は手持ちの蛍光灯のようなスキャナを取り出し、広げた両手の平の上をなぞっていく。


「はい。無事指紋は登録されました。では次は血液採取です。お手を」

「あ、はい」


 受付嬢は手に取った指先を脱脂綿で軽く消毒すると、太めのシャープペンのような穿刺器具を消毒した場所に押し当てボタンを押した。

 ぱちんと音がなり器具が指に当たる衝撃しか感じず、指先を注視すればぽつりと赤い点がじわりと大きくなっている。 

 「指先をこちらへ」と促される声に慌ててし指先を突き出す。赤い珠が膨れる様子に気を取られてていたようだ。

 そんな様子に呆れることもなく、柔らかい態度で接してくる彼女に恐縮してしまう。

 彼女は血糖値を測るような器具を握っている。

 それの先に取り付けられたプレートへと赤い珠が吸い取られた。

 これで一体何を測ったというのだろうか。


「お疲れ様でした。これで登録は完了いたしました。こちらがメンバーズカードとなります」


 新規登録料とプレイ料金、それと『GexM』の施設内であればプリペイドカードとしても利用できるとのことなので数千円のチャージ分を一緒に支払う。

 再発行や健康への影響など必要最低限の諸注意を聞き、VR部屋のカードキーを受け取れば後もう少しで入室可能な時間となっていた。

 少し混んでいるコンビニでお昼を買い、カードキーが示す部屋へ急ぐ。

 エレベーターの待ち時間すら待っていられず階段で駆け足している客もいたが釣られて慌てる事はない。

 ……傍から見ると早歩きだったかもだが。


 完全個室の扉をカードキーで開けて中を覗き込む。

 三畳ほどの薄暗い部屋にマッサージチェアっぽいものが鎮座している。

 土足厳禁のようで上がり框から床全体がフェルト材だ。


 この中でお昼を食べるのは憚られたのでエレベーター横のラウンジに戻る。

 各階にはラウンジと簡易フロントがありゲーム終わりのカードキー返却はそこでも出来るようだ。

 ラウンジはちょっとした食堂くらいの広さがあり、奥の広い窓からはこのリゾートを一望できた。

 ラウンジの一角はネットカフェのオープン席のようになっており十何台あるパソコンは満席だった。


 『GexM』の情報規制は厳しい。

 契約してるプロでも公式を通したものしか外部に投稿することが出来ない。文字のみによる攻略情報等も非推奨だ。

 その代わり、ここ『グランロータスリーフ』内でしかアクセス出来ないローカルサーバーに専用SNSや掲示板、動画サイトが組み込まれている。

 ここのパソコン達が埋まっているのはそういうことだ。

 と言ってもパソコンが埋まっていても専用アプリをダウンロードすれば、特定回線上のみという制約はあるもののアクセスできるから奪い合いは起きない。

 ちなみにここで掲示板を見ながら外部に流せばいいじゃない。とかそういうのは出来ないようになってるらしい。

 どんなに暗号チックに流してもこの施設の回線を使う限り独自のセキュリティーによって弾かれるようになってるんだとか。

 噂では超高度なAIが監視してるのでは?と言われている。

 もちろん外付けに記録なんかも出来ない。


 オートロックの扉がきちんと閉まるのを確認すると、部屋の奥に備え付けてある細長いロッカーに荷物を押し込む。カードキーはロッカーの鍵も兼用だ。

 見れば見るほどマッサージチェアなこのVRチェア。

 全体的に卵のアールを描いたようなフォルムの上部には半透明なカバーががぱりと開いている。足を固定するフットレストと腕を固定するアームレスト以外は幅にかなり余裕がある。

 VRチェアの隣の壁はニッチになっており、ニッチカウンターはデスクも兼ねているのか奥行きもそれなりにある。

 そこからアームに繋がれたタッチパネルモニタがVRチェアに座ったまま正面を向くように設置されている。

 ニッチの壁にはVRチェアとモニタについての簡単な説明が載っていた。

 その説明に従いモニタの電源を入れる。

 起動画面には『GOD&GODDESS』と今まで聞いたことのない会社のロゴが浮き出た後、メンバーズカードを読み取る画面に切り替わっていた。


『初回ログインを確認しました。画面の案内にしたがって操作してください』


 音声ガイドとともにVRチェアの取り扱いや具合が悪くなったときの対処、利用規約の同意画面をスクロールしながら確認していく。

 途中、説明の中で出てきた内線とナースコールのような緊急呼び出しボタンの位置を確認する。


『名前を入力してください』


<重複した名前は使用できません>

<決まった後の変更は出来ません>


 メンバーズカードのIDでも個人は判別できるはずだが二重認証みたいなものだろうか。

 被っていませんようにと祈りつつあらかじめ決めてきた名前を入力していく。

 第一候補で重複が確認されなかったことにガッツポーズ。

 ふりがなも入力して登録は完了した。

 自分で声を出して読み上げないといけないことは想定しているので、比較的普通の名前で登録できたことは僥倖だ。


 アームレスト部分につながれたリストバンドを両手首に巻きつけ、人差し指に洗濯ばさみのようなクリップを挟む。

 最後にヘッドマウントディスプレイを頭にはめて体を横たえれば、モニターのカウントとともにVRチェアがゆっくりリクライニングしていく。

 首、腰、両手両足のエアクッションが膨らみ体が固定され、半透明なカバーが閉まるとぷしゅっと睡眠導入を助けるガスが噴射された。

 モニタのカウントはゼロになり、そのまま意識が遠のいていく。

 

 さあいよいよだ。人生初のVR体験がここから始まる――。

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