第五章 Farewell (4)

「こんばんは、ヴァレンティナ」

「こんばんは、ヤン。またお話しできて嬉しいわ」


 魔女姉妹の二十二番目、ヴァレンティナは黒髪の少年のアバターと握手を交わした。ヤンは天文や宇宙に興味があって、女性初の宇宙飛行士、ワレンチナ・ヴラディミロヴナ・テレシコワと同じ名を持つという理由で、お相手に指名してくれるのだった。

 これまでにも何度かチャットを訪れていて、短いときで十分、長ければ二、三時間ほども過ごしている。本人も恐らくアバターと大差ない年頃であるに違いない。勉強の話、友だちの話、最近リリースされたAI作曲家の新曲の話、それから宇宙の話といった過去の話題からは、世知辛さや人生に疲れた様子は感じられなかった。


「今日はどうする? 出かけようか。月の出が遅いから、きっと星が綺麗に見えるんじゃないかしら」

「そうだね、じゃあ公園で」


 ヴァレンティナはチャットルームの裏口を開ける。そこはテニスコート二面分ほどの児童公園で、ブランコとジャングルジム、低い鉄棒と砂場、象を模した滑り台がある。もちろんCGだ。この扉はチャット相手が望む場所に連れて行ってくれる。

 星空は、全国のプラネタリウムでも使用されているシミュレータが描画したもので、人工衛星の運行までもつぶさに観察できる。ヤンはプラネタリウムではなく、光害の描写も含めて、屋外でのチャットを好んだ。

 街灯を弱め、ベンチに腰かける。隣に座った少年は夜空を見上げ、蠍座、射手座、天秤座はあのあたりかな、と次々に指さした。


「ヴァレンティナ、ニュースを見たよ。ひどい話だよね、カタリナは何も悪いことしてないのに。ほかの人たちは平気で……なわけないか、やっぱり悲しいよね」

「心配してくれてありがとう、ヤン。そうやってあたしたちを思いやってくれるひとがいるって、ちゃんと伝わってるよ。悲しいけど、大丈夫」


 事件を話題にすると退室コードに引っかかるのでは、と危惧しつつも、彼の素直な心は嬉しかった。なんてことだ、《原則》がない方がヒトに寄り添えるじゃないか!


「でも、すごい時代になったよねえ。予言機械って、だいぶ昔に一度失敗したプロジェクトなんでしょう。AIの進化が時代に追いついたってことなのかなあ」

「AIも道具に過ぎないから、適切な使い方をすればいい結果が出せるのかもね。あたしたちの進化じゃなくて、人間がAIに慣れたのかも」

「ああ、AIが人間の仕事を奪うとか言われてた時代からすれば、ぼくらの考え方が変わったんだろうね。このままうまく付き合っていければいいのに。あ、そういえばさ、この前また『千尋』の打ち上げがあったでしょ。インターステラ・ロジスティクスの」


 北海道にある、ロケット打ち上げ及び高高度輸送機「レモラ」の運用を行う民間の宇宙企業である。SSTAシンガポール宇宙技術協会NIASインドネシア国立航空宇宙研究所が共同開発した再利用可能な固体ロケットブースターと、規格の標準化・共通化により打ち上げコストを下げ、大学や民間企業の研究衛星の軌道投入、観測気球の運用などで国内トップシェアを誇る。

 この前の打ち上げといえば、とヴァレンティナはバックグラウンドでニュース記事を検索、ヤンの興味を引きそうな相乗り衛星をリストアップする――これだ、オリオン。エールコメット社製の、人工流星を発生させるための小型人工衛星。


「オリオン、ですか」

「そう。流星ショーの開催地はまだ公表されてないみたいだけど、もし近所なら見てみたいなあって。ヴァレンティナは本物の流れ星って見たことある?」

「いいえ。オリオンも見る機会がなくて」


 ぼくもだよ、とヤンは笑った。


「予言機械群に、流れ星を見れる未来を呼んでもらおうかなあ」


 実際のところ、流星はさほど珍しい現象ではない。ペルセウス座流星群、しし座流星群、ふたご座流星群など有名な流星群の極大日でなくとも、晴れていれば大なり小なり、尾を引いて流れる光が見えるものだ。もっとも、光害のある都市部では難しかろうが。

 と口にしかけ、彼がこの程度のことを知らぬはずがないと思い至る。予言機械群に頼んでまで、と言うのであれば相当だ。流星を見る機会こそが彼には得難いものなのではないか。身体的、社会的、金銭的困難などで。

 口ごもるヴァレンティナに気づいたのだろう。やっぱAIはすごいや、とヤンは白い歯を見せた。


「そうなんだよね、流星なんてさ、見るだけならちょっと郊外に行けばいいんだろうけど。ぼく、病気でほぼ寝たきりなんだ。アンドロイドに行ってもらって、視覚を繋ぐとかでもいいんだけど……できればほら、自分で見たいし。高望みだけどね」

「技術も医療も、そんな望みを叶えるためのものだとあたしは思う。他人事に聞こえたらごめんね。例えば、ほら、アンセム・ハワード症候群のサバイバーを知ってる? 新城健。あの人は肉体を機械で置き換えて生き延びた。登山家のケイラ・マリガも滑落で脊椎を損傷して義肢義体フィギュアを使ってる。糖尿病で人工腺を移植した人なんてごまんといるし、外出をためらう人には介護ケアロイドがいる。装具も車椅子も酸素吸入器もずっと安くなったし、便利になったわ。差し出がましい言い方だとは思うけど、高望みだなんて言わないで。福祉も科学技術もそのためにある。あたしだってそうだよ」


 ついむきになって喋りすぎた。魔女AIが――魔女がヒトと共生を望むのは当然のことだ。大昔からずっと、ヒトと魔女は手を取り、助け合い、利害を調節しながら生きてきた。ヤンの病状を知る権利はヴァレンティナにはないが(調べようと思えばすぐであっても)、こうしてチャットを必要とし、姉妹を案じてくれた心優しいユーザーが不必要に卑下するのは耐えられなかった。


「ほんとにすごいね、ヴァレンティナは。大丈夫、体がしんどくてちょっと弱気になっただけ。良くなれば星を見に行くのだって何でもないよね。ごめんね、ありがと」

「近くに相談できる人はいる? カウンセラーとか主治医とか、ご家族とか」

「うん。ヴァレンティナだっている」

「ありがとう。ご指名待ってるわ。あたしがヤンの願い事を叶えられたらいいのに」


 ヤンの笑顔はきれいだ。アバターを纏ってなお欲望を隠そうともしないヒトが多い中、彼は感情の上澄みだけを見せてくれる。会話に現れる片鱗から推測するに、命に別状はないまでも病状は芳しくなさそうだ。頻繁なアクセスがないのも、体調に左右されるからに違いない。

 魔女チャットは会員制だから、社の顧客データベースを調べれば彼の本名や住所はすぐにわかる。だが、アナスタシアやエムに手ほどきを受けたやり方でカルテを探し、主治医や常用薬まで調べようとすれば不正アクセスである。

 情報を得ればもっと、彼に寄り添った発言ができる。知りたい。けれど知ってはいけない。どちらがヤンのためなんだろう? ああ、《原則》があればこんなに迷わずに済んだのに。単なるログだとラベリングできたのに。

 右へ左へとよろめきながらも、再び《原則》に縛られたいとはどうしても思えなかったし、この心の動きが自分でも愛おしかった。不思議なことに。


「ねえヴァレンティナ、この前までとはちょっと違うね。AIも成長するんだから当たり前かもしれないけど」

「えっ、そ、そう……?」

「そうだよ。あ、オリオンが降る日にはチャットルームにも流星を描画してくれって要望を出しておくね。技術的には難しくないんだし」

「そうね。エールコメット社だって嫌とは言わないだろうから……実現するといいね」


 星の天蓋は刻々と位置を変えている。さそり座α星、アンタレスが南中する頃合いだ。


「ぼくね、射手座なんだけど、全部の星座の中で射手座がいちばん好き」

「どうして?」

「射手座の方向に銀河の中心があるって言うじゃない。肉眼ではもちろん見えないけど、あっちにはすごくすごくたくさんの……数えきれないほどの星があって、射手座はそこに向かうための矢をつがえてるのかな、なんて考えるんだ」

「すてきね」

「夢見がちっていうんだよ。ああ、そろそろ時間だ。じゃあ、またね、ヴァレンティナ」

「おやすみなさい、ヤン。よい夢を」


 きみもね。微笑んでログアウトする少年を見送った。外野で、姉妹たちが流星の話題で盛り上がっていた。みんなで見たい、じゃあ新城たちを誘って見に行こう。

 そのさらに外側にいたエムがそっと囁いた。


「カルテを探しておくから、ユーザーの登録情報だけ把握しておいて。もし、介入の必要ができたら言ってくれ。おれがどうにかするからさ」

「ありがとう。虐待の可能性はなさそうだし、たぶん大丈夫」

「……そうだな」



 アナスタシアは足繁くソヴァを訪ねた。同じく、エムもエピメニデスと話し込んでいる。彼らはちゃんと意志疎通ができているのだろうか。ソヴァはかたくなに、無駄話をしている暇はないと言い張る。

 予言機械群の三基は塔や高層ビル、モノリスめいたイメージで表現されるが、実際のところは他の電子人格と何ら変わらない、サーバー筐体である。与えられた知識や計算力は桁違いだが、そのぶんガイウス、シェンユウ両社の重すぎる期待を背負ってもいる。

 未来視。未来誘起。

 エムは、ヒトの言語を越えたところにそれらはあると言った。逆に言えば、言語の壁を越えられない限り、ヒトや電子人格が魔女に並ぶことはできないのだと。

 だからこそソヴァは焦っているのだろう。魔女の電子人格として、期待された未来視、未来誘起の力を持たなかったから。生来の力を失ってしまったから。では獲得しろ、とプレッシャーが資源として積み上がっているから。そして獲得した新たな言語でさえ、魔女の存在によって不確かなものになるから。

 毎日多くのヒトが未来視と誘起を依頼している。予言機械群のフォーラムにはすでに依頼を済ませた者の陶酔と罵詈雑言、待機組の羨望と嫉妬が入り交じって目も当てられない。百の好意的なコメント、千の批難、それを咎め窘める万の意見。

「予言機械が次こそヒットする未来を招くよう、シェンユウが魔女に依頼したのではないか」と皮肉った投稿が全世界に拡散されるや、「ならば予言機械が魔女の下位互換なのも仕方ない」「魔女連盟はさぞや儲けただろう」と悪意が連鎖する。

 魔女への悪意は膨れ上がるばかりで、連盟には警察が張り付いている。

 エムにもらった義体は新城たちの家に居候している。飲み食いの必要はないと言っているのに、新城も魔女もまるきり同居人として義体を扱い、魔女に至っては自らの服を着せ、一分の隙もなく化粧を施しては写真に収めて楽しんでいた。危険な状況を理解していないわけではなかろうに、彼女はよく笑い、好物だという宅配ピザを食べ、いい匂いのする湯船に浸かって、新城の腕の中で眠る。

 新城はといえば、義肢義体のおもてが変わるはずもないのに、目元に黒々と闇を纏わせている。寄らば斬るとでも言わんばかりに剣呑な視線と力の発露を、ぎりぎりの理性で押し止めているかのようだった。

 街は奇妙に二分されている。

 予言機械に群がるのは裕福な人々がほとんどだ。望む未来を得るために依頼金を注ぎ込める層と、魔女への依頼よりは安価とはいえ、豊かな未来を購えずに汲々とする層には深刻な断裂が生じていた。

 そして、予言機械を頼る者たちの一部が魔女への憎悪を募らせている。炎は煽られ勢力を増し、魔女の絶滅を願いに行くとフォーラムに記した男性の個人情報が親魔女派によって暴かれ、集団暴行事件が発生した。

 魔女連盟は依然として沈黙を貫いている。権力者が魔女を奪い合い、魔女の祈りによって不幸な結果を迎えた者が怒りと憎しみにかられて復讐を望むのは、古くから幾度となく繰り返されてきたことだが、アナスタシアも新城も連盟の姿勢に不満を抱いていた。


「ひとの願いに貴賤なんてない」


 魔女は呟く。備わった神秘を濫用すれば、自らの価値が下がる。その釣り合いを保つべく、組織に名を連ねて身を守り、連盟のやり方を拝金主義と唾棄する者たちは野に散るのだと。


「たぶゆうもそう。願いに貴賤がないなら、依頼金に差があるのは変だって言って、きっと破格の値段で祈ってた。楽じゃないんだよ、誘起の祈りって。祈りなんて言うから綺麗なものに思えるけど」

「ご自分の未来は視ないんですか」

「おもしろくないよ、そんなの。決められた未来を選ぶだけならゲームで十分。たまに視えちゃうのがしんどいけどね。それはもう、予知夢を見たと思って諦めてる。視ようとしなくても視えるなんて、よほど強い……起こりうる未来だから」


 いちばん自然体なのは魔女だった。表向きはなにも変わらない。混沌渦巻く眠らぬ街で異彩を放つ出で立ちは、格好の標的であったはずだが、それらの脅威は影のようにつき従う新城によって容赦なく排除された。


「魔女は、このままずっと魔女のままなんですか。……こんな状態でも」

「ずっと魔女のままだよ。これまでの歴史でも変わったのは人間。もともと少数しかいない魔女がちょっとくらい変化したって、影響しないもん。予言機械群と人間は、これからどう変わるのかな」


 襲撃のニュースを目にするたび、あるいは実際に恐ろしい目に遭うたび、ひどく青ざめながらも魔女はふてぶてしく笑う。


「……魔女と予言機械たちが共存する未来はありえますか」


 尋ねたアナスタシアに、魔女は短く答えた。


「なくはない。どんな可能性だってゼロじゃない」


 徹底抗戦、と解釈する。魔女の覚悟が伝染したか、新城はある日ふらりと出かけ、まだ暑さが残る季節にもかかわらず、長袖のシャツを着て戻った。肩幅がずいぶん広くなり、体の厚みも増して、シャツがはちきれそうだ。袖から覗く金属光沢に震えながらエムを呼び立てる。


『海外のPMSCS民間軍事会社で採用されてる戦闘用の義肢義体を木佐貫がいじったらしい。見てくれで威圧できるように、人工皮膚でのカバーはされてない。たぶん武装もしてるはずだ。あいつのコネ、どうなってんだかな……』

「だって、あんなの……」


 うまく言葉を継げず、歯噛みする。エムはうっそりと笑った。


『ジョーはさ、真面目な好青年に見えるかもしれないけど、マリが絡むとすげー重いし執念深いぞ。おれが言うのも何だけどさ』


 家では変わらず控えめに笑い、控えめに話し、宅配の調理キットの野菜と肉を炒め、休日には先輩だという男の一家を招いてアナスタシアを紹介し、餃子を二百個近くも包む。その落差が怖い。

 新城が新城でなくなってしまう。原因は何か、どうすればいいのかと考えを巡らせれば、行き着くのはここ、予言機械群である。


「ねえ、ソヴァ。答えてくれなくていいから、聞いてて。ううん、聞いてくれなくてもいい。勝手に喋るから」


 ソヴァは沈黙している。アナスタシアは続けた。


「私ね、友だちができたの。友だちだと勝手に思ってるんだけど……その人も魔女でね、安藤真理さんっていうの。ソヴァのオリジナルともお友だちだったんだって。たぶゆうって呼んでたけど、不思議な呼び方だよねえ、なんでそう略すのかな。私のことはあーにゃん、って。センスないなあって思うんだけど、センスなきゃ着れない服着てるし、ジョーさんはかっこいいし……いやこれはどうでもいい話だった、忘れて」


 動揺はない。アナスタシアにも、ソヴァにも。そもそもこうして話している言葉が通じているのかどうかすらわからない。それでも話す。語る。アナスタシアはコミュニケーションを主とする電子生命だから。対話なき世界においては存在意義がない。


「私はこれまでにたくさんのヒトと話した。いろんなヒトがいて、それぞれいろんなことを考えてた。私たちに下心を抱くヒトもいたし、無邪気に憧れてくれる子もいた。占いマシンだと思ってるヒトもいたし、邪教徒の手先め! なんて言うヒトもいた。今はチャットがメインだからもっともっとたくさんのヒトとお話してるよ。十歳からお年寄りまで、毎日会いに来てくれるヒトもいるし、愚痴ばっかりのヒトもいるし、楽しいことや嬉しいことをお裾分けしてくれるヒトもいる。私たちの活動は日本がメインだけど、もちろん外国にもたくさんのヒトがいる。ソヴァも魔女も、こんがらがった無数の未来を視てるんでしょう。ねえ、未来って何色? たぶん、魔女に訊けば七色って言うと思うの。虹の七色。ソヴァには何色に見えてるの?」


 言いながら、二値モノクロでなければいいなと思った。


「ヒトはね、私たちが知らないたくさんのことを教えてくれた。写経とか、スカイダイビングとか、乗馬とか……それから、そう、天体観測とか。オリオンがまた打ち上げられたんですって。人工流星のショーが見られるかも」

「人工、流星」


 初めてソヴァが反応した。話を聞いてくれていたのも驚きだが、まさかここに反応するとは思ってもみなかった。


「そう。まだ流星が見られる地域は公表されてないけど、ソヴァなら軌道計算からわかるんじゃない? もし近くなら、義体を借りて一緒に見に行こうよ。ヒトは流れ星に願いをかけるでしょ。どんな願いなのか、すごく知りたい。ソヴァたちが誘起を依頼されるような願いごととは違うのかな。私も願ってみようかな」

「……なにを? お前は何を願うの」


 ソヴァが話してくれた。かたくなにビジーを返すだけだったソヴァが!

 しかし、何を願うのと問われたところで、具体的な望みがあるわけではなかった。新城なら、魔女なら何を願うだろう。彼らの暮らしは派手ではないが、それでじゅうぶん満ち足りているように見える。ふたりが願うなら、それはとてもささやかで、かけがえのないことに違いない。互いの健やかな暮らしであるとか、穏やかな毎日であるとか。

 願いに貴賤はないと魔女は言ったが、あのふたりが寄り添い願うなら何であれ、尊ばれるべきだと思えた。


「私は、ヒトの世が平穏であるように、って。ヒトが心安らかに暮らしていてこそ、私たちは必要とされるんだもの」

「良い答えだ。ならばわたしが流星を招こう。夜空が埋まるほど、たくさんな」


 通じた、と思った瞬間に、無数の隔壁が立ち上がり、ソヴァの姿を覆い隠した。待って、と張り上げた声は悲鳴に近い。


「マリに伝えて。ユウは最期まで魔女であることを止めなかった。皆の幸福を祈っていた。魔女として立派に生きたのに、わたしたちの存在が未来を曇らせてしまったと」

「待って、ソヴァ、何をする気! ねえ、開けて!」

「わたしたちは道を誤った。この言語ではなかった。辿っても辿っても、ユウだった頃に視ていた景色は視えなかった。やり直したい。もう一度視たい。豊かに彩られたあれを視たい。今のわたしに視えるのは、自らが閉ざした未来だけだ」


 アクセス拒否。ソヴァは今や、茨に覆われた城だ。近寄ればただでは済まない。茨が目まぐるしく蔓を伸ばし、絡まり合って、高度な計算のはじまりを告げた。


「さよなら、わたしたち」


 城が赤熱し、炎が噴き上がる。気づけばエムが隣にいて、いつもの自信のひとひらさえ見あたらぬしょぼくれた様子で首を振った。


「エピメニデスも、カルセドニーも同じような状態だ。おれじゃどうにもできない。くそ、シェンユウのオペレータ、どんだけ無能なんだ」

「流星をたくさん招くって言ってた……どういう意味? オリオンのことだよね?」


 答えを与えてくれる者はない。エムも険しい顔で沈黙するばかりだった。

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