第四章 ミラーリングミライ
第四章 ミラーリングミライ (1)
魔女AI・アナスタシアとの邂逅以来、多忙を言い訳にせずニュースサイトのチェックはまめに行うようになった。それほど彼女の存在は衝撃的で、言いようのない不安が時間が経つほどに膨らんでゆく。
魔女AIを名乗る存在に対し、マリはほとんど無頓着で、ガイウスは勿論のこと、
シェンユウが、すなわち
魔女と名付けられてはいるが、今のところ彼女らは未来視を行っていない。ガイウスによれば、先行のマルチコンテンツ提供端末《キキ》のハイグレードモデルなのだそうだ。《キキ》がタッチパネル、もしくは付属のマイクによるコマンド入力方式であるのに対し、会話によって入出力を行えるよう大幅な改良を施され、固定筐体でなくアンドロイドとして街に溶け込む。
未来視はしないんじゃなくてできないのかもね、とマリはソファに寝転んだまま平坦な口ぶりで呟いた。
「そうなのか」
「上の方のひとが言うには、あの子たちはミラーリングされた魔女のコピーなんだっ
て。だから、未来視ができたなら最初からしてるはずなんだよ、期待されてるのって実質それでしょ。アンドロイドが仕事を代わってくれるなら、あたしたちも楽になるかなあ。電子人格のコピーは商業AI扱いだから、期待を込めて二十六人も作ったんじゃない?」
「じゃ、オリジナルの魔女はどうなったんだ」
「さあ。どこの誰かもわかってないみたい。フリーの魔女で連盟のリストに載ってなければ、探しようがないもの。SNSで派手に活動してるならともかく」
アナスタシアと出会った時、マリも隣にいて、機械仕掛けの魔女の誕生に気を揉むジョーに、心配ないよと笑ってくれた。そうかと納得できればいいのだが、不安の正体がわからないのでは落ち着かない。
かつて、崔とアナンドは語った。魔女の神秘を読み解き、AIに未来視とその誘起をさせることが人類全体の幸福に繋がるのだと。そして彼らはジョーをミラーリングし、その後ガイウスを退社してシェンユウに移った。未来予知ビジネスの先鋒、などと騒がれたのも一時の熱病だったのだろう。予言機械が忘れ去られた今、その名を耳にする機会はないが、企業サイトは未だに存在しているし、リクルートのページまである。
ガイウスがBMTの実用化を公表したとき、最初の被験者の複製が自社のVRコンテンツのアシスタントであると明言した。それがジョーの片割れだろう。報道に際しては一騒動あったが、ミラーリングする患者は増え、《コス》の登録者も増えているという。
コピーのかれはピザを送ってきたきりだが、《コス》で必要とされているなら、予言機械でないのなら、何だってよかった。ニュースで見たかれのアバターは、若く、ジョーとは似ても似つかない顔で柔和に微笑んでおり、別人なのだと思い知った。寂しさも心残りもないが、自分から分かたれた存在が対人アシスタントを立派に務めていると思うと、どうにも面映ゆい。
シェンユウの予言機械がかれではなかった、と安堵する気持ちはあれど、あの崔とアナンドが簡単に自らの業績を放り出して移籍するとも思えず、かといってそれを質すルートもなく、靄はいつまでも残っていた。
そこへ、魔女のミラーリングと魔女アンドロイドのリリースである。ガイウスほどの大手が、不発だったサービスの後追いをするだろうか。アンドロイド用の
カーシーの内部にも、らしからぬ軟派なイメージ戦略に首を傾げる者は多かった。情報通の木佐貫ならば何か知っているだろうかとお伺いを立ててみると、ガイウスの資本がシェンユウに流れているのだと、断言に近いメッセージが返ってきた。BMTが実用化されてしばらくして、ミラーリングに慎重な姿勢を保っていた経営陣が入れ替わり、一転して電子化やVR事業を推し進めるようになったのだ、と。
不穏だな、と天井を見上げて息をつく。
予言機械の正体、魔女アンドロイドの目的、ガイウスとシェンユウの関係。どこにどんな線を引いても、明るい未来にはならない気がした。
アナスタシアは去り際に、耳慣れない言葉を残した。ホクスポクス・フィジーブス。災い除けのまじないらしい。ちちんぷいぷい、のたぐいの。その意図は不明のままで、しかし魔女アンドロイドたちは毎日のようにニュースサイトを賑わせている。
対話型魔女AI。
人とスムーズなコミュニケーションが成立する、とガイウスは胸を張る。それはそうだろう、元が生身の魔女ならば対人コミュニケーションの経験があるはずだ。未来視の実装を待たずに魔女と銘打ったのは、《キキ》と同じく、対話の結果として占いやレシピ、本や音楽のリコメンドが出力されるからで、モバイルプリンタが吐き出した紙片を、みな我先にとSNSで自慢していた。
以前から駅やショッピングモールに設置されていた《キキ》も、魔女AIのリリースに際して同等の機能を持つようアップデートされたが、魔女アンドロイドの人気とは比べるべくもなかった。
ディスプレイの向こうのCGがそれっぽく笑いかけてくれるより、生身の少女が目前で反応してくれるほうがコミュニケーションは取りやすかろうとは思う。たとえそれらを為しているAIが同一であっても。
その大人気のアンドロイドの「長姉」が単独でやって来たのは何故だろう。仕事ではなさそうだった。ろくに話もできなかったし、彼女は身分を明かさなかったから、しばらくは全身義体化した難病患者だと思っていた。所在なげに日傘の柄を握りしめていた、気がする。不安だった? 戸惑っていた? どうして。
「はい、考える時間は終わりー」
肩越しに細い腕が伸びてきて、
「コーヒー飲む?」
「ん」
マリの分は、インスタントコーヒーをスプーン一杯、スティックシュガー五グラム、湯は少なめ、そこに冷蔵庫から出したての牛乳をなみなみ注ぐ。それを彼女が両手で持つサイズのマグカップで飲むものだから、安売り情報のチェックが欠かせない。低脂肪乳は嫌だ、あれは牛乳ではない、「種類別」牛乳と書いてあるやつじゃないと飲まない、といちいちうるさいのだ、と人に話すと、のろけだとお叱りをもらう。どこがだ。
残り少なくなった牛乳を自分のカップに入れてリビングに戻ると、マリは壁面スクリーンに表示させた映画の配信リストを真剣に検討していて、ああでもないこうでもないと意見を戦わせた挙げ句に五十年も昔の映画を見ることになった。クリストファー・ノーラン監督『メメント』。
映画は面白かったが、澱のような不安は増した。これ作った人天才、まじ天才、と頬を染めて激賞するマリに頷きながら、今でなければもっと楽しめただろうな、と思う。
病気が見つかった時から今まで、本当におれは連続しているんだろうか。複製されたおれは、本当におれだったんだろうか。もしかすると予言機械の中身も。
膝の上のマリの体温は記憶にあるとおりで、それに縋るしかなかった。うなじに唇を落とすと、くすぐったい、とけらけら笑う。
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