第43話 全ての始まりと全ての終わり
耳を疑ったが、少し考えたらセンセイの目的は自然と理解できた。
「俺にヒメカの代わりをしろっていうのか」
「察しが良くて助かる。もうヒメカは使い物にならない」
この状況でまだ俺達を利用するつもりなのか。腹の底から強い怒りの感情が込みあがってくる。
「素直にお前の言うことを聞くつもりだと思ってるのか! 利用しようとするつもりなら、もっと上手く喋るんだな!」
一度瞼を落としたセンセイは、苦渋の決断を下すように口を開いた。しかし、その表情が全て虚構だということは俺にははっきりと分かっていた。
「お前は私がヒメカを人質にすることで延命させようとしているのだろ。気付いていないのか、その必要はない。……この世界にお前は長く居すぎた。よくよく考えてみろ、本当に人質にできそうなのはヒメカだけなのか」
脳裏に今まで関わってきた優しい人達の顔がフラッシュバックした。
「どこまでもお前は――!!!」
心の奥から噴き出した激情に身を委ねて地面を蹴る。そのまま全身に魔力を迸らせて、拳を握りしめた。
「停止しろ」
パンチ一つで岩も粉々にする一撃を放つつもりが、俺の腕はセンセイの眼前で無情な一言の前に肉体ごと完全に停止した。
そのまま反撃する様子もないセンセイは、背中に両手を組んで俺の隣を素通りしていく。
「私なりの譲歩のつもりだった。共に協力するつもりなら、君の自我はそのままにしておこうと考えていた」
口は何とか動くのか、背中から聞こえる声に何とか応じる。返答もできなければ、本当になす術も無い気がした。
「洗脳か……」
「君の意識を保ったままルキフィアロードを使う方が本来の力を使える。しかし、君が言う通りにしないなら強引にでも言うことを聞くようにしないといけない」
やはり奴は本気を出せば、すぐにでも俺の自由を奪うことができた。ただ言葉遊びのように最良の手段に到達する為に操っていたのでしかないのだ。
センセイは跳ねのけることもできない俺の肩に手を置いた。
「何をそんなに憤る必要がある。――君だって、望んでいたことだろ」
今までとは口調が違う。ずっと親近感のあるセンセイの声だった。
「何を言っている……」
「ヒメカは君の本質を見抜いていたようだが、君はヒメカ以上に……もっと残虐な面を持っている」
「寝言は寝て言えよ」
「せっかくだ、ここまで来たのだから全てを洗いざらい語ろう。全てを聞いた最後に、自分の意志で私に従うかどうか決めるといい」
身動きもとれない俺はこれ以上喋ることすらやめて、不快なセンセイの声に耳を傾けた。
「ヒメカがこの世界にとって邪悪な存在に見えるかもしれないが、私は最初はヒメカではなくタスクに声を掛けようとしていたんだ」
タスク、と呼ばれることに腹の底から胃液が込み上げてきそうになるが、今はそれ以上にセンセイの告げた言葉に反応してしまう。
「……なんで、俺に……」
「それは、君がヒメカよりもずっと、もっと、さらに、深く暗い闇を抱えていたからだ」
「そんな、馬鹿な」
「今の君はそう考えるだろう。だが、君がもしもヒメカより先に私と出会いルキフィアロードを覚醒させていたら、さらなる破壊と虐殺と憎悪を世界に蔓延させていた。その未来を見たからこそ、私は異世界に居る君に声を掛けようとした――が、どういう訳か私に声を掛けたのは彼女の方だった」
「ヒメカが、何で……」
「彼女の心の憎しみは求めていたルキフィアロードの契約者に相応しいと思い、私は彼女の憎悪を増幅させて契約者として覚醒させる道へと導いた。タスク、君も疑問なのだろう? 何故ヒメカが、と……私も不思議に思い魔法で口を割らせれば、あの子は勘が鋭いようで君に接触しようとした私に先に声を掛けて君から遠ざけようとしたらしい」
気付けば時間停止の魔法は解除されていた。それなのに、俺は膝が地面に崩れ落ちていた。
聞きたくも無かった理由であり真実だった。世界を破壊しようとした存在が実は俺で、そして、そんな俺を自分の人生を投げうって救おうとしたのがヒメカだった。
ヒメカは精神を侵された結果、本来は俺が望んでなるはずだった虐殺者として生きることとなった。そして、俺はそんなヒメカを殺そうとした。憎んで、恨んで、怒って、ヒメカへどうしようない殺意を滾らせた。
崩れ落ちた俺の側にセンセイは膝をついた。
「むしろ、ヒメカの方が大変だった。こちらの世界にやってきてすぐに大勢の人間の命を奪わせて、後戻りができないように、さらに強い洗脳を強いることとなった。それに……思い当たる節が無いとは言わせないぞ。子供達を救う時に兵士達を殺しても仕方がないと思ったことがあるな、魔族を救う為なら人間を殺す必要があると思ったことがあるな、憎悪のままに命を奪おうとしたことがあるな、お前はそれら全てを……仕方ないで片付ける。受け入れるでも落胆するでも葛藤するでもない、お前は瞬時に生物を殺す気持ちになることができる。たった、一言の免罪符でもあればな。……それは、殺戮者としての証拠であり証明なのだよ」
この世界で出会い殺戮を楽しむヒメカの顔が俺にすり替わる光景が浮かび、たちまち腹の底から胃液が溢れてくる。
嘔吐しても胸のむかつきは楽になりそうにもない。
「私にだって多少の未来予知はできるんだ。その中には、私との会話一つで二つ返事で応答し共にルキフィアロードとして世界を破壊し創造する未来もあったのだ。あの未来の君は、今思い返しても輝いていたよ。……ああいうのは、魔王と言うのかな」
悪寒が止まらない、視界がどんどん暗くなっていく、相手は何も魔法を使えっていない。それなのに、奴の言葉一つ一つが恐ろしいぐらいに真実だとうるさいぐらいに告げている。
「黙れ、黙れ、黙れ……」
「そんなに震えてどうした。君の感情が私に次々と流れてきているぞ。私生活がうまく行ってなかったようだな、そして、精神的な不安が限界を超えた時に……君は恐ろしい事件を起こす。こんな異世界なんて関係なく、君はあの世界での殺戮者になるんだ」
魔法の流れを感じた。
頭の中に鮮明な映像が入って来る。多くの人を人間が考えられる精一杯の方法で惨殺する己の姿だ。最期に、俺は死刑台の上で笑っていた。
異世界なんて、魔法なんて関係なく、俺は俺自身で自分の世界を壊そうとしていたんだ。
泣いていた、ただただ、悲しくて苦しくて泣いていた。
「もう楽になれ、お前が望むならヒメカは生かそう。そして、新たなルキフィアロードを覚醒させてそれを喰らおう。この世界はあまりに汚すぎるから。一度限界まで綺麗にしてから世界を創造するんだ。それがこの世界の為だ、お前は魔王と憎まれるかもしれないが世界が変われば最後は――勇者であり救世主なのだから」
「俺が、救世主……」
「ああそうさ、前の世界では殺戮者で死刑囚になるはずだった。だが、この世界では結末が変わるのさ。君は賞賛を受け、君の殺戮は世界をより良いものに変えるのさ」
温かな部屋で甘いはちみつをすするように、センセイの声が甘美なものに聞こえてくる。
殺戮の道しか選ばなかった俺は、妹を殺すことでしか生きる喜びを感じられなかった俺の道はセンセイと共に歩むこと。
「センセイ……センセイ……――先生?」
顔を上げたセンセイの顔は神々しさすら感じさせる優しい笑顔をしていた。
殺戮者である俺にこんな笑顔を向けるのは、もうこの世でセンセイしかいないのではないのか。
「さあ、私と共に――」
「――お兄ぢゃああぁぁぁぁん!!!」
センセイが体勢を崩してすぐ後ろの崖の下に消えていく。
「あぁぁ……あ! あー!」
空っぽな心で手を伸ばそうとする俺を誰かが強く抱きしめた。
「お兄ちゃん! お兄ちゃん! お兄ちゃん! ダメだよ、いっちゃダメだよ!」
はっとしてセンセイから目線を変えれば、そこには傷付いた体で号泣しながら俺を抱きしめるヒメカだった。
「あ……たたかい……」
俺の発した声に強く反応するように、顔に頬を押し付けて涙と血と泥で汚れながら顔を擦り付けた。
「分かる!? これが、私の温もりだよ! お兄ちゃんは一人じゃない! ここにお兄ちゃんの居場所はあるんだよ!」
「――ああそうだ、自分を見失うなよ。異世界のルキフィアロード」
別の男の声がした。センセイではない、明らかに別人の声。
太く低く、どこか頼もしい声。
顔を上げた――。
「――よお、小僧」
――ニッと歯を見せて笑いかけるマハガドさんがそこにいた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます