第44話 喰イ喰ワレ喰ラワレ
しばらく俺は突如として現れた人から目を離すことはできなかった。
あの日、ヒメカの手によって死んだと思っていた人が快活そうに笑っている。こうあればいい、こうであってほしいと願ったことがそのまま現実としてそこに居た。
「マハガド……さん……?」
「なーにしけたツラしてんだよ。この前までのギラギラしたお前はどこ行ったぁ?」
大きな手で頭をごりごり撫でるマハガドさんには、怪我一つなく時間が巻き戻ったようだった。
「説明すると長くなるんだが――おっと、奴が戻ってきたぞ」
不意打ちで落下したセンセイは小さな段差でも飛び越えるような気軽さで崖の底から跳躍しす眼前に着地した。
ヒメカは俺を庇うように前に出るが、それをマハガドさんはヒメカの肩に手を置き諫めた。
「早まるなよ、お嬢さん。ここで焦っても同じことの繰り返しだぜ」
アメリア達と行動を共にしていたマハガドさんとは明らかに違う。
あの時も強い人だと思ったが、今回は強さの質が違う。そして、その答えは肩に付いた塵を払うセンセイが知っている気がした。
唐突にセンセイは強い憤りの表情を浮かべた。
「――原初のルキフィアロード」
発想がそこまで回らなかったせいで、そう口にするセンセイの目線で初めてそれがこの場に居る者の名前だと把握した。
恐る恐る目線の先を追えば、射貫くような眼差しでセンセイを見据えるマハガドさんの姿があった。
「その呼び名は久しぶりだぜ。どうだ、元気してたか? 相変わらず対象の時間を停止させる魔法で大暴れしてるようだな? 本当に悪趣味な魔法が好きな奴だよ」
同窓会でもするような気軽さでマハガドさんが話しかければ、センセイは体に力が入った様子で吐き捨てるように言った。
「答えろ、原初。何故お前がここにいる」
センセイの言葉をずっと頭に流し込まれていたからこそ分かるが、今のセンセイは酷く焦っている。あの人心を目に見えない手で抑え込むような余裕もないほど、意識の大半はマハガドさんに向けられていた。
反対にマハガドさんは汗一つ掻くこともなく肩をすくませた。
「何だ気付いていなかったのか。俺はずっとタスク達の近くに……いいや、昔からこの世界に居たぞ。お前との戦いは確かに決着は着かなかったがしばらくの眠りにつかせている間、精霊達と契約した俺はこの世界の危機に訪れる守護者としての役割を任されていた。何度かまずそうな時に人間達の肉体を借りて手助けをしていたら……この世界にルキフィアロードが誕生したことを察知した。お前がまた目覚めたんだと確信したよ。で、俺の宿主として相応しい器にマハガドを選び、陰ながらタスクを手助けするもりだったんだ。……まあそのはずが、俺も宿主のマハガドも浮かれてしまったせいかうっかりお嬢さんの炎で塵に変えられちまったが」
少し躓いた程度の雰囲気でヒメカに殺されたことを語るマハガドさんに、ただただ俺は空いた口が塞がらなかった。
「あの後、体を再生させるのに時間がかかったせいでタスクをここまで追い詰めてしまった……。こりゃ本当に失敗だな。なるべく穏便に事を進めようとしたが、うまくいかないのが世界の在り方ってもんだ」
笑う方を思い出したかのように、こもった音で吹き出した。
「……この世で私を止められるとしたら、お前だけだったな。そうか、同等の力を持つお前が存在していない訳がなかったのだ。尚且つ精霊の加護を受けたお前なら、ただ死ぬというのは考えられないだろう。……よく姿を隠し続けられたものだ、原初の男よ」
「お褒めに預かり光栄てところだな、世界の破壊者さんよ。そうさ、俺は人間と精霊の繋がりを絶った責任を果たす為に未来永劫この世界の為に戦い続けることになっている。――お前のような馬鹿を止める為になっ!」
マハガドさんの両足が地面から浮いたと思った直後、センセイの顔面にマハガドさんの右腕が直撃していた。
「くっ――時間よ停止しろ」
長い金髪が大きく揺れ、顎の部分だけがこちらから伺える状態になったセンセイが念じる。しかし、マハガドさんは勢いを殺すどころか懐に踏み込んだ。
「――するかっ!」
潜り込んだマハガドさんの強烈な左アッパーがノーガードのセンセイに追い打ちをかける。体は大きく跳ね上がり、崖の下から戻ってきたばかりのセンセイは眼下の木々のクッションを折りながら再度崖の下に落下していった。
呆然とする俺とヒメカに、マハガドさんは一仕事でも終えたような顔で振り返る。
「さて、奴の体内に拳から俺の魔力を注入してやったぜ。体内に他者の魔力が入ったなら、しばらくはまともに魔法は使えないはずだ。――木の精霊よ、我が道を作り給え」
さっと塩でも撒くようなマハガドさんの仕草の中に魔力の粒子が感じられた。大地に撒かれた魔力の粒子を受けた木々は隣の木に横たわり、また隣の木に横たわるような形になる。そして、横たわった木々は自身の枝葉を変化させて、まるで加工したような一本の平らな地面を形成した。
あっという間に目の前に果てしなく伸びる大木の道ができた。
「早く乗れ、ここから少しでも離れながら話をするぞ」
マハガドさんに急かされて俺とヒメカが木々の床に飛び乗れば、まるでエスカレーターのように勝手に地面が動き出した。エスカレーターとはいってもあんな歩いた方が速いゆったりとしたスピードではなく、自動車ぐらいの体感はあった。
みるみる内にセンセイの落下した崖から離れていくが、だからといってこれで終わった訳がないというのは俺達は知っていた。
「悪いが、ここで一段落とはいかねえんだ。俺達の会話から大体の事情は把握したとは思うが――」
「――ちょっと待ってください、貴方は本当にマハガドさんなんですか?」
愚問だと思いながら、どうしても気になって声を掛けてしまった。
目の前から完全に消滅したマハガドさんが、今ここでピンピンしていて、さらには原初のルキフィアロードだと言っている。自分を冷静にさせる意味でも、質問を投げておく必要があった。
話を中断させてしまったというのに、マハガドさんはただ苦笑をしながら応じた。
「紛れもなく、お前の知る通り決戦の前に臆病風に吹かれて逃げ出すマハガドだ。二重人格てのとは少し違うんだが、馬車に乗るみたいに俺を運転する奴を交代してやっている感じだな。その間も運転していない奴は、椅子に座って眺めてはいるがね」
「しかし……」
「分かっている、お前の言いたいことはな。人格が二人入っているようには見えないんだろ?」
「……ええまあ」
「ちなみに今はマハガドだが、原初は宿主を不快な気持ちにさせないように自分の性格を預けても違和感のない人間を選んでいるんだ。だから、互いの発言に対して一度たりとも疑問を持ったことすらないね。戦う時はあっちが専門なんで、ただ体を貸しているだけだがな。……まあさすがに、体を塵に変えられた時は終わった気がしたが」
ジト目のマハガドさんにヒメカはそっぽを向けば、頭を掻いて仕方なさそうに息を吐けばその場にどっかりと座り込んだ。
どこからどう見てもマハガドさんの姿を前に、これ以上のことは言えなくなった。もう彼の姿は、よく知る人物そのものでどうやっても疑うことはできなかった。
「納得しました、話を続けてください。ほら、ヒメカも座れ」
反抗期を前面に出すヒメカは舌打ちをして、座る俺の隣にちょこんと座りこんだ。
「結論から言うが、今の俺達では――奴には勝てない」
「え……だって、圧倒していたじゃないですか……」
「あれは不意打ちだから何とかなったんだよ、奴は昔よりも強くなっている。小手先の攻撃を繰り返していても命取りになる。原初の力を全開まで出し切っても、あと一歩……いや、二歩ぐらいは届かないかもしれない」
マハガドさんの登場で希望が出てきた気がしたが、希望そのものに否定されては返す言葉もない。
黙って聞いていたヒメカがそこで初めて口を開いた。
「わざわざこうやって出てきたってことは、何かしら勝算があるのよね? いいから早く教えなさい」
「お、おい、ヒメカ……。そういう言い方はないだろ」
「急に偉そうにしないでよ、私は許した訳でも仲間になったつもりもないんだけど」
「なんだよ、中二病かよ」
「はあ!? 頭と体をバイバイさせてあげようか!?」
右手の中で火花をバチバチさせるヒメカと面倒くさそうな俺の間にマハガドさんが割って入る。
「こらこら! お前ら兄妹喧嘩は後にしろ! ていうか、俺の話をちゃんと聞けっ!」
こういうの懐かしいなと思う俺とは違い、ヒメカは不服そうにふんと鼻を鳴らすと背中を向けた。文句を言わないところを見ると、とりあえず話は聞くつもりらしい。
マハガドさんは深く溜め息を吐いて、本題に入る。
「はあ……兄妹揃って暴走しやがって……。あいつは何百年もかけて多くの命を喰らってきた化け物だ。近年じゃ、魔族の子供の命すら実験に使っていたらしい。……タスク、お前にだって覚えはあるだろ」
忘れる訳がない、子供の悲鳴が今も耳にこだましている。きっと、彼の悲鳴は永遠に消えることはないだろう。
ここで毒を吐いても話が進まないので、神妙に頷いた。
「魔族の子供の魔力は純度も高く、魔物の好物でもある。そこに奴は目を付けたんだ。俺が昔戦った時にはそこまでやってなかった奴もとうとう同族の……それも子供に手を出した。あの野郎は、もうどうしようもないところまできちまったらしい」
「魔族の子供をさらっていた連中はセンセイの配下だったてことか……。結局のところ、全部奴に収束するな」
「そうだ、本来の強大な魔力に加え、ルキフィアロードの真似事を行った存在。おそらく、この世界で最強の魔法使いになるはずだ。……そんな奴を倒すには、こちらも最強になるしかない」
痺れを切らしたようにそっぽを向いたままでヒメカが会話に参加する。
「子供が御伽噺でもするみたいに語らないでくれる? 現実問題、あのセンセイには勝てる方法はないじゃない」
「それも正解だ、だが未来は違うかもしれん。結論から話をしたんだ、過程ももったいぶるつもりはない。――お前ら、俺を喰らえ」
薄々と感じながら、俺もヒメカもそこに触れなかった。触れてしまえば、良くも悪くも戻れないと知っていた。
やはりその人は、世間話をするように――命を差し出した。
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