第42話 ルキフィアロードの真実

 「――困るのだよ、そういう真似は」


 淡々とした神経を逆撫でする声が聞こえた。

 聞こえるはずがない声に、感情が掻き乱されていく。

 一切の思考が停止していた。決断は絶対的になるはずのもので、簡単には変わりようがない。――そう決意して一秒も経たない内に、理不尽を連れてソイツは現れた。


 「滑稽な顔をしているな、全ての憑きものがとれたような顔をしておる」


 洞窟の入り口の方向、暗闇からやってきた――センセイは、俺を中心に一周しながら言った。

 今にも殴り掛かりたい気分になりながら、俺は指一本すら動かすことが不可能だった。

 信じたくはない現実だが、一度受け入れるしかないのだろう。――センセイ以外の時間が停止していた。

 不覚にも俺は本当の意味での復讐を果たした達成感から満足気な顔をしていたままで停止し、センセイは不出来な美術品でも鑑賞するようにせせら笑いすら含んだ声だった。


 「疑問に思っているのだろう。――どうして、私だけ動けているのかと」


 間をおいて発言した一言に、センセイがわざと煽ってきているのだと嫌でも実感できる。

 センセイは俺の胸の辺りに右手を置いて五本の指の関節を曲げた。そして、空気を掴むように手を丸めるとそのまま引いた。

 もし声を出すことができていたら、間違いなく驚愕の声を発していただろう。――センセイは、俺が解放しようとしていた魔力を掴んで引き抜いたのだ。


 「これが、お前の魔力か。妹や他の者達への想いに満ちた宝石のような色をしている」


 お前が俺のことを語るな、と強く言いたくなる。しかし、停止した時間の中では簡単な反論すら許されない。己への不甲斐なさに拍車をかけた。

 抜き取った魔力は球体の形をしており、アクアリウムのような淡い輝きを放っていた。そして、それを躊躇なくセンセイは握り潰した。

 霧散する魔力に自分の意思すら砕かれたような絶望的な気持ちになってくる。


 「さて、ここは何かと物騒だ。場所を変えよう」


 センセイが俺の目元を覆うように顔に手を重ねた。

 ――暗転、そして、次に視界に入ってきたのは崖の上から広がる景色だった。

 足元を見れば、ずっと深い森が続いているが、地面が抉れて大きなクレーターがいくつもある場所が目に入ってくるところを見ると、村の近くなのは間違いなさそうだ。


 「疑問に支配され、考えもまとまらないのだろう」


 隣に聞こえたのはセンセイの声、そのまま歩を進めたセンセイは崖をバックに目の前に立つ。

 既に異常な状況を経験した俺は、もうさほど驚くことはなかった。


 「魔力の知識が無いなりに、何とか私を倒そうとしたのだな。だが、それも無駄だ。お前が目にした通り、私は他者の時間を停止させ、お前の魔力すらも簡単に奪う」


 センセイが話すほどに気持ちは沈んでいった。

 個人の時間を停止させて、相手の魔力を奪う存在だなんて、どうやったって勝ち目がない。それは拳銃を持っている相手から、好きなタイミングで武器を奪えるのと同義だ。

 しかし、とセンセイは言葉を続けた。


 「良い線までいったのは確かだ。あのまま何も知らず、あそこに居たらどうなっていたか分からないのも真実だろう。……だが、お前は最後の最後に失敗した」


 どさっと砂がいっぱいに入った麻袋を投げるような音が聞こえた。目の前のセンセイの足元に、突然出現したのは傷だらけの――ヒメカだった。


 「お前は復讐を放棄し、この娘を逃がした。それでは困るのだよ。……お前達、兄妹にはまだまだ殺し合ってもらわなければならいのだ」


 衣服は破け、全身から血を流し、酷い傷を負っているヒメカを目の前に置かれて思考が凍り付いていた。この男は、逃亡しようとしていたヒメカをここまで傷つけたというのか。

 そのままヒメカを放置したセンセイは、あくまでゆっくりした歩行で半周すると背後から声を掛けた。


 「さあ、もう動けるぞ」


 その一言に、背後にセンセイが立っていることなんてお構いなしにヒメカに駆け寄る。

 抱きかかえたヒメカは全身に酷い傷を負っていたが、顔を近づけてみるとまだ息はしているようだった。

 絶対と言っても良いほどの存在であるセンセイを強く睨むことしかできなかった。


 「猪のように突進してくると考えていたが、意外にも自制は利くようだな。それとも、勝てないと判断した上での最善か。……だが、見れば見るほどに、お前らのその関係は私の計画に雑音を発生させる」


 「身勝手だ。お前の勝手に連れてこられたヒメカを傷付け、せっかく少しだけ関係が変わろうとした俺達を……アンタは壊そうとしている……! 漠然としたことばかりを言ってないで、本当の目的を吐け!」


 「私の真実を語るには、まずはどういった存在かを教える必要がある。――私は、ルキフィアロードを作り出した存在だ」


 驚くことはなかった。そうでないと、辻褄が合わないのだから。


 「だろうよ、でないと……おかしいさ」


 それだけの力を持たなければ、今の俺とヒメカを掌の上で転がすような真似はできないだろう。そうでもないと説明ができない。


 「そもそも、私は人間ではないのだよ。魔族と人間の間に生まれた存在だった。昔……もう数百年いや……それよりもまだ昔か? ずっと前になるが、あの頃は魔族と人間が血を血で洗うような争いを毎日のように行っていた。私が兵士達を引き連れてやっている、聖なる儀式よりもずっとな」


 「自分のやってきたことを正当化するな! そんなの、ただの言い訳に過ぎない!」


 「だが、あの頃はお前のように断言する者など誰一人としていなかった。私の両親の立場を知れば、なおのことだろう。……人間の王子と魔族の姫の間に生まれた私だったが、二人は自国から共に逃亡し、静かな森の中で私を生んだ。ああ今思い返しても、あの刹那の時間が二人にとっても……私にとっても……この世の春のような時間だった」


 その時、目の前のセンセイに人としての揺らぎのようなものが僅かだが表に出てきた気がする。絶対的な何かを持ったセンセイが崩れていることにも気づかずに話を続けた。


 「しかし、人も魔族もそれを許しはしない。他種族達も政治的な道具にしようと私達を狙い続けた。両親は魔法の心得はあったものの次から次にやってくる刺客達に精神は疲労し、最後は命乞いの果てに惨殺された。自分達に降りかかる火の粉を払ったつもりが、彼らは殺人鬼として後世に名を残すこととなった」


 センセイの過去を聞いても、同情という言葉は出てこなかった。しかし、目の前の男が一人の考えて行動する人間だと初めて認識した。

 案の定、この話はここで終わらないようで、センセイは口を開く。それはそうだろう、肝心のこの男の話が出てきていない。


 「そんな中、私はただ一人生き延びていた。それは死期を悟った二人が囮となり戦っていたからだ。……そして、私は憎悪した。彼らの死後なお戦争を止めないこの世界の生物達を。二人は、互いの種族の禁忌とされる魔導書をいくつか隠し持っていた。禁忌を使わずに自衛していたのは、彼らが悪意を持った種族に利用されないようにする為の正義感からだろう。……それを使い永遠の命と強大な魔力を手に入れ、さらに魔導書の研究を解読し完成させて改良し原初の――ルキフィアロードを完成させた」


 「ルキフィアロード……」


 「聞きなれた言葉になっているだろ。一人の青年にルキフィアロードを託し、選ばれた青年は正義感が強く悪人だけを喰らい世界を救おうとしていた。しかし、いつまで経っても強くならなければ命を喰らうことに躊躇する彼を見限り、ルキフィアロードを量産した。王、貴族、商人、平民、奴隷……種族関係なく世界にルキフィアロードを蔓延させた」


 ルキフィアロードの力の怖さを知っている俺は、この後の展開に気付いて開いた口が塞がらなかった。


 「人が人を喰らい続けた。絆が強い者ほど力が強くなることに気付き、大勢の者達は身内すら喰らうようになったのだ。生身で喰らうとさらに強い力を手に入れさえもする。……狂気は連鎖し、世界は完全に崩壊の兆しをみせた」


 センセイは気持ちが昂っているのか少し早口になりながら喋っていた。

 ここまでくれば、この男の狂気的な目的に気付く。


 「そうか、お前の本当の目的は……世界中から種族を滅ぼすことか……」


 「そうだ、よく辿り着いたな」


 だが、そこには疑問が残る。


 「だとしても、おかしいだろ。もしお前の願いが叶っているなら、この世界の種族は激減しているか……滅んでいるはずだろ」


 「その予定だった。しかし、嘆かわしいことに一つ盲点があった。青年……原初のルキフィアロードが他種族の精霊達を喰らい、私の正体に気付き、この私を倒そうとしたのだ」


 「いい気味だぜ、実験体代わりに使っていた存在に反撃されるなんてな。」


 「勝敗はもう覚えてはいない、彼との戦いすらも些事な出来事でしかない。この私とて精霊の力を持つ者と戦ったことは一度もなかったのだからな。……全てが終わった後、原初のルキフィアロードは傲慢な他の種族からルキフィアロードの力のみを喰らった。それは、私すらも知らない原初のルキフィアロードが自身の力で変化させた新たな喰らう力だった。……まさかこの私ですら愚かなこの世界の歯車に成り下がっていたという事実を突きつけられるとは……」


 もっともな話だった。センセイは世界を破壊し創造するつもりだったが、最終的にはこの世界の精霊や一人の人間というさらなる上位と同等の存在の前にはただの世界を作るピースでしかないのだ。

 悲惨な男だとも思うが、そのプロセスは到底理解できない。


 「世界の崩壊を食い止めた原初のルキフィアロードは、精霊達の助力を求める代わりにある契約をしていた。それは、人間達から精霊との繋がりを無くす契約だった。当初は、私を倒す為に仕方のない契約だったと考えていたが、今思えば愚かな人間達に過ぎたる力だと考えていた原初のルキフィアロードと精霊間のやり取りがあったのかもしれんな」


 よほど特殊な思い入れがあるのか、原初のルキフィアロードと呼んでいる男の話をする時のセンセイの口調には僅かな熱が入っている気がする。


 「お前がどうして生きていたのかなんて、俺には興味がない。……この世界を滅ぼしかけたお前が今さら何をしようとしているんだ。過去のことはもういい、現在のことを話せ」


 永い時間を生き続けた男は無限のような生き地獄を味わったせいか氷像のような変化の乏しい冷たい表情で喋っていた。もしも、今の姿は彼の両親が望んだものとは程遠いのだろう。


 「……らしくない話をしたようだ。このまま私は、ルキフィアロードとしての役割を放棄したヒメカを殺すつもりだ。それに、このままならお前も殺す予定だ」 


 「このままなら……?」


 そこで初めてしっかりとセンセイは俺を見据えた。


 「そうだ、お前には唯一希望をやろう。今からヒメカを喰らい、私の手足として動け」


 「は――?」

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