第38話 センセイ 対 タスク

 「お、お主は……」


 タニアの驚きの声を耳にしつつ、全てが予定調和かのように涼しい顔をした”センセイ”と名乗る金髪男に魔力で満ちた拳を叩きつける。


 「――」


 一瞬だけ眉間に皺が寄ったような気もするが、顔面に俺の拳を受けたセンセイは大きく一回転をして遥か後方の崩壊した建物に激突した。

 仰天した様子のタニアに手を伸ばす。


 「助けに来ました。……お手を」


 「すまぬ、迷惑をかける。……それが、お主の魔道具か?」


 手を取り立ち上がるタニアは、まじまじと俺の顔を見ながら言った。

 俺の顔にはザックスから貰った仮面が装着されており、仮面の色が青一色に変わり飾り気の無かった仮面の額の辺りから角のような物が生えていた。


 「どうやら、俺の持ってきた仮面を触媒にして魔道具を完成させることができたようです。今なら、操られられなかった本来の力を発揮できそうな気がします。……それよりも、今は逃げてください」


 背後から足音が聞こえれば、傷一つ付いていないセンセイが瓦礫をどかして立ち上がる姿が伺えた。


 「奴は化け物か……」


 「化け物の親玉だから化け物なんでしょう」


 「私もまだ動ける。奴は……二人がかりでないと勝てる相手ではないぞっ」


 「駄目です、絶対に逃げてください。俺は、ジルドルにそう託されているんです」


 「ジルドル……? それは、どういう……」


 「すいません、今はこれだけしか言えませんが……俺は何が何でもこの村の人達を守らなければいけない義務があるんです。――さあ、早く行ってください!」


 全身に魔力を循環させる。前までは、こんな魔力の使い方はできなかったが、今は恐ろしいぐらいに肉体に馴染む。

 火を起こすには油が必要だ、電気を起こすには電力がいる、だが、使い方を変換することができればただ消費するだけじゃなく次なる活用ができるはずだ。


 炎を放つ為の魔力は肉体の筋力増強に、水を起こす魔力は肉体を覆う強い盾へと姿を変えろ。

 ここまで深く不明確な魔力を理解できるようになったのは、ジルドルのお陰だった。

 ジルドルを喰ってしまったことで、彼の知識が俺の中で活きるようになった。そして、あれだけ内側に怪物を飼うように暴走していた魔力も嘘のように落ち着いている。まるで、体内の怪物にジルドルが首輪をしてしまったかのようだ。


 「俺一人の方が戦いやすいんです! いいから、早く逃げてくださいっ!」


 複雑そうな表情をしたタニアだったが、傷付いた自分の肉体を目にすれば意を決して立ち上がる。


 「必ず生きて帰ってこい。お前には、聞かないといけないことがあるのだからな」


 背中から魔力の羽を発生させたタニアは空を飛び仲間達の逃げた方向へと向かって行った。

 遠退いていくタニアの魔力を感じながら、力いっぱい地面を蹴った。

 自分でも信じられないほどのスピードで高速移動をすれば、百メートル以上離れていたセンセイの眼前に着地すれば勢いを殺すことなく真っすぐに右ストレートを放つ。


 「――そうか、お前がそうだったのか」


 どこか機械的とも言える声を発し、拳を受け止めた先生の仮面に亀裂が入り砕けて散る。仮面の下からは、二十代後半ぐらいの端正な顔立ちの青年だった。

 綺麗な顔立ちをしているが、仮面の下の表情も無機質で仮面を二重に付けているような不気味さがそこにはあった。


 「俺のことを知っているな」


 「よく知っている、お前も私のことを知っているのだろ」


 「ああ……”センセイ”てのは、俺にとって忘れられない名前なんだよ!」


 左手を振るえば、魔力を帯びた衝撃波が先生を攻撃する。しかし、素早く受け止めていたタスクの拳を弾けばバックステップと同時に結界を張り衝撃を防いだ。

 強い魔法ほど詠唱が必要になる、それを無詠唱で行うことの非常識さを理屈として理解できた。その異常な力を目の前の男も持っているということだろう。

 早速、核心を突くつもりで問い質す。


 「ヒメカを知っているな! アイツは、センセイに助けてもらったて言っていた! それは、お前のことだろ!?」


 「ヒメカ」


 抑揚も無く、ぽつりと名前を呟いたセンセイは薄い笑みを浮かべた。


 「――よく知っている、お前が”オニイチャン”だな?」


 「やっぱり……貴様か……! 俺達、兄妹をよくも狂わせたなっ!」


 飛び掛かると同時に両手に魔法陣を発生させる。


 「炎の精霊よ、我が剣となりて共に邪悪を払え!」


 右手の魔法陣からは炎の剣を握り、センセイに振り下ろす。


 「軽いぞ、ルキフィアロード」


 左手をかざしたセンセイの手からは光り輝く魔力の盾が出現すれば、炎の剣と光の盾は激突し魔力が火花のように弾けた。


 「水の精霊よ、我が剣となりて邪悪を粉砕せよっ!」


 左手の魔法陣からは水の剣が出現し、左手の剣で薙ぐ。


 「他の者と同じに見てくれるなよ」


 センセイの右手からは魔力による光の槍が出現し、それを握ったセンセイは水の剣と自分の光の槍を激突させる。

 左右の手で強烈な魔力同士が衝突したことで、俺の体は後方まで吹き飛ばされた。

 地面を転がりながらも腕に込めた魔力で地面に手を付き、強引に方向を変えて立ち上がる。


 「くっ……!」


 前方では左手に光の盾、右手に光の槍を形成したセンセイが悠然とこちらを見据えていた。

 おもむろにセンセイは首を傾げた。


 「何をしている、ルキフィアロードの本来の力はそのようなものではないだろ。もっと他者を喰らってこそ、お前はあるべき姿……真理に辿り着けるのだ」


 「うるさい! 俺は、こんな力どうだっていんだよ! お前はなんで、ヒメカをそそのかした!? どうして、ただの女の子だったヒメカをおかしくさせたんだ!?」


 「それは、失敬に当たるぞ。彼女は求めていたのだ解放を覚醒を望んだ。ただ、表現のやり方と力を持たなかっただけの話なのだよ」


 「そうやって正論みたいに語り掛けて騙したんだな!」


 激情に反応するようにして膨れた魔力を爆発させて、地面を強く蹴った。魔法陣を自分の前方に発生させて魔力を帯びた光の塊となりセンセイへと突進した。

 槍先をこちらに向けて迎え撃つセンセイの光の槍と体当たりが衝突した。そのまま力は拮抗し、槍の魔力が幻のように形を不安定にさせる。


 「私の行いは世界を救済する為に必要な行為だった。異世界からヒメカを招き、そして、破壊と混沌で世界を喰らう」


 「それが本当に必要な行為だっていうのかよ!? 俺は、そんな世界否定する! 誰かの犠牲の上に出来上がる平和なんて!」


 センセイの持っていた光の盾がたちまち斧に姿を変えた。

 光の槍に集中し過ぎたせいで、注意を向けるが遅くなった俺の体にセンセイの斧に叩き付けれる。体は宙を舞い、体を覆っていた魔力が弱くなる。その隙を突くようにして、長さを変えた光の槍が俺の腹部に突き刺さる。


 「がぁ――っ!」


 体は高く飛び、二度、三度、宙を回転して今度は俺が付近の民家の瓦礫に落下した。


 「ぐぅ……くそ……」


 皮膚の上に張っていた魔力のお陰で斧や槍に体を切り裂かれることはなかったが、受けた衝撃までは防御することができなかったようだ。

 手足もいくつか折れているようで、すぐさま魔力を流れを変換し骨を繋げるエネルギーに回した。折れた骨が模型に接着剤を塗るようにして、体を修復していくのが分かる。

 感覚に痛みが残ったままで近くの壁に手をついて立ち上がる。辺りを見ると、民家の部屋に一角に落ちたようで奴に見られる心配もなさそうだ。


 「……やるなら、全力の一撃が必要になる」


 普通の一撃では駄目だ、奴は恐らく俺のありとあらゆる魔法をぶつけても対抗する手段を持っている。なら、接近して絶対に回避も防御も不可能なゼロ距離で最大級の一発をお見舞いするしかない。

 右手の中に強く強く強く魔力を念じる。魔法陣も一つではない、現在の知識で思い浮かべるだけありったけの魔法陣を右手の中に掛け合わせる。ただ破壊するだけの魔法なら、細かな指示を与える必要はない。


 「光の精霊よ、闇の精霊よ、火の精霊よ、水の精霊よ、雷の精霊よ、風の精霊よ、土の精霊よ……我が願いを聞き届けよ。――全てを滅殺する力、セブンスラグナスト」


 そっと呟くには強すぎる魔法は強力な力を宿していた。コントロールを一歩間違えれば、村一つ滅ぼしかねない超高密度の爆弾のような物だ


 「もう俺は力を誤ったりしない。……これを奴にぶつける恐怖も迷いも全て飲み込んで……終わらせる」


 ジルドルの命を喰らい完成した魔導具の仮面を指でなぞりながら自分に言い聞かせる。

 また、奴の足音が聞こえる。いや、もう足音なんて関係ないはっきりと奴の忌々しいぐらいに強力な魔力が感じ取れた。


 全身に魔力を流し肉体の活動を活発化させる。血のように巡る魔力は、自分の筋肉以上に活動し自分の血液以上に働こうとする。

 よほどセンセイは余裕があるのか、ご丁寧にもまだ崩壊していない民家のドアノブに手を掛けた。


 「――プロミネンスッ!」


 右手を腰の辺りに下げて前方に向けた左手から超高温の火炎を放射する。周囲の柱や残っていた土の壁も温めた氷のように溶解し、今反転したばかりのドアノブごと扉を燃やし尽くした。

 こんなものでは止めることのできない相手だと分かっていたからこそ、まだ火が残っている内に走り出す。

 案の定、火の付いた民家から飛び出した俺を迎えたのは涼しい顔をしたセンセイだった。


 「良い判断だと思ったが、まだまだ足りないな」


 また光の武器を作ると身構えていた俺にセンセイは魔力で武器を作ることもなく、軽やかな動作で飛び掛かる俺の脇腹に蹴りを放った。

 恐らく魔力によって肉体を強化しているのだろうが、それでも同じ魔力で肉体を丈夫にした俺にダメージを与えるには充分すぎる攻撃だった。


 右手の魔法が解除されないように気を付けながら着地する。顔を上げると、センセイの周囲にはいくつもの光の球体が浮かんでいた。それが、魔力の塊でありある種の弾丸であることはすぐに分かった。

 真横に飛び、そして、センセイを中心に円を描くように駆け出す。予測通り、走り抜ける俺の道筋を追ってセンセイの背後の球体からいくつも魔力によるレーザー光線が発射される。


 「旅をしてきたなら、気付かなかったか。この世界に溢れた数多の種族達は、常に綱渡りのような関係で過ごしてきた。いつどのような弾みで壊れてしまってもおかしくない。……決める必要があったのだよ、本来この世界を担っていく存在が誰なのかを」


 「それが、人間だっていうのか!」


 「お前の世界と同じだ、人間が全てを支配し、そして……一握りの者達がさらなる支配者となり世界を導いていくのだ。私はお前の世界に、世界の理想形を見た。感謝しているのだ……あの世界こそ支配の最終形だ」


 「こっちの世界を引き合いに出したって……結局のところ、お前の身勝手な理屈じゃないか!」


 ぐるりと半周したところで、一気にセンセイの背後に距離を詰めた。


 「お前の世界だって、その身勝手な理屈を持った一部の存在が力を行使しただけだ」


 接近したところで、無数の光線の猛攻にさらされた俺はすかさず後退し水の結界を形成する。 


 「――ぐぅ!?」


 腕や足をレーザーが掠めたが、致命傷は受けてない。身を守りながら、傷を癒すぐらいは今の俺なら余裕だった。


 「事故のようなものだったが、私は偶然にも君達の世界への穴を見つけた。そこから覗き、研究し、遂には君達の世界へ行き来することも可能となった」


 「そこで……ヒメカを見つけたのか……」


 「ああ、彼女には才能があった。同時に、心の底に抱えている闇にも気付けた。……彼女には未来を語り、そして、彼女にとってやるべき事を助言したのだ」


 「……お前のせいで、父さんと母さんが……!」


 「必要だったのだよ、大事の前の些細なことだ」


 「お前っ――!!!」


 さらに水の結界を強力にし、レーザーの雨の中前進をする。

 一発、一発のレーザーは頬を裂き、肩を掠めるが、それでも怒りによって憎悪によって俺の痛みを感じなくなっていた。

 異常なぐらい分泌されているであろうアドレナリンに感謝しつつ、とうとうセンセイに手を伸ばせば届く距離まで接近できた。


 「この世界を救うつもりなら、お前が戦えば良かっただろ!? 自分の世界は自分で守れよ! それで守ろうとした結果が、魔族の虐殺か!? 断言してやるよ、お前のやり方では絶対に世界は救われない! お前では世界を救うことはできないんだ! 悲しみの涙を流させることでしか、人を救う方法を知らないお前にはな!」


 センセイは銅像のような無表情で、怒ることも笑うこともなく右手に光の槍を発生させた。


 「啖呵を切るなら、まずはその覚悟をみせよ」


 「あがっ……」


 左肩にじわりと熱が広がる。容赦なく前に突き出した光の槍によって、俺の左肩は貫かれた。

 貫通した光の槍を、そのまま左手で掴んだ時、初めてセンセイの表情に表情らしい表情が浮かんだ。


 「これで、捕まえた……」


 「なるほど、それが覚悟というものか」


 強く握りしめた右拳をセンセイへ向かって伸ばす。そして、力の限り溜め込んだ魔法を放出した。


 「――セブンスラグナスト!」


 視界は、世界は、光に満ちた――。

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