第37話 強き者達

 タスクの魔力によって人の形を失うほど全身をズタズタにされたジルドルは即死した。

 死んだと認識した時、初めて自分がタスクの魔力の中に漂っていることに気付いた。


 (どういうことだ……俺は……タスクに喰われた……?)


 魔力を深く理解している魔族のジルドルは、早々に自分の置かれている状況を理解した。ただし――。


 (――どうして、このような状況になっている?)


 ――自分が何故、タスクの一部なろうかとしているのかという過程が一切分からなかった。

 記憶を呼び起こしてみると、最後にタスクから強い魔力の攻撃を受けて意識を奪われたところまでは思い出した。


 魔族の魂は死んでしまえば魔力となり、大気に変わり、家族を見守る。というのが、村での教えだった。

 まさか、死後の世界をそのままの意味で信じていた訳ではないが、あまりにも――異質過ぎる。


 (誰だ、誰かいるのか)


 気配を感じて、その方向に意識を向けることでようやく別の存在を認識した。


 (人魚族の男と……女……? 他には……人間の男……)


 こちらをじっと見つめる気配、いや、魂が虚ろな感情で視線だけを送っている。ただし、それだけではない。ぼやけた感情を送る魂達だが、その奥の方で強い意志の炎のようなものが薄く感じ取れた。

 漂った三つの魂を集中して見ていると、次第に彼らの意思が理解できるようになってきた。しかし、それはいずれも複雑な感情で、自分では彼らのことを理解できるような力を持たないのだと早々諦めた。


 諦めると余裕のできてきた頭の中にタスクの記憶が流れ込んでくる。

 異世界で両親が妹に殺害され、人魚族の兄妹と出会ったこと、妹と殺し合い、自分の力の暴走に絶望し、この村までやってきたこと……。

 生き地獄のような時間を追体験し、本人の前で涙を流すこともできない己を憎むしかできなかった。


 (……これでは、遅すぎる。俺に、こんなものを見せて後悔させてから死ねというのか。このままでは……死ねと言われても死にきれるものではないだろ……)


 その時、光の道筋が真っすぐに自分に伸びてきた。いよいよ、最期が来たかと見上げると、もう一つ光の塊が周囲に浮遊している。その光の塊は三つ、今度は記憶の中のあの三人だとすぐに分かった。

 ルキフィアロードを理解したからこそ分かるが、自分があの三人にタスクと共に戦うように誘われているのだと気づいた。


 (……死ぬことも生きることも、どちらも選べるというのか。この無念を晴らす機会を与えられるというなら、俺は……)


 揺らいでいく己の輪郭で、必死に自分の手を思い出して光の塊に触れた――後悔を無念を超える為に――村を救う為に――タスクを救う為に――。

 

                 ※


 その頃、タニアは六体の魔物と対峙していた。


 「くぅ――! だあぁー―!」


 襲い掛かる魔物の牙を魔力によって空を駆けて回避し、四本の腕を魔物達に向けて構える。

 手の中からは魔法陣が出現するとほぼ同時に、魔力の塊が射出される。攻撃を受けた魔物達は、顔を潰され手足を破壊され、歪な悲鳴を発する。だがしかし、ものの数秒で魔物達は失った肉体の一部の再生を始めた。


 再生をするにしても一瞬という訳ではない、ここで攻撃を叩き込めば勝機が顔を覗かせることもあるのだが、次の攻撃を放つ前に他の魔物が攻撃をしてくるのですぐに中断される。そして、その隙に魔物達は自分達の回復に専念していた。

 上手く魔物達を全て一時的に沈黙させたとしても、兵士達が弓矢で援護をしてくるので、次の魔法に集中できないでいるのだ。


 「くっ……これでは、本当に時間稼ぎにしかならないなっ!」


 一体の魔物を風の魔法で舞い上がらせて、中空で風の刃で刻む。十数センチの細切れになったというのに、刻んだ肉の隙間から出現した魔力を持った芋虫状の生物が折り重なり接合し元の肉体を取り戻そうとする。

 舌打ちをして、炎の魔法を連射して焼き尽くそうとするが、焼失したとしても魔物達は消し炭になった状態から虫が出現し魔物へと再度復活しようとするのだ。


 タスクが炎で焼いて殺したことを聞いて実践してみたタニアだったが魔族の村人達を喰らったせいか、既に炎への耐性を手に入れ進化している。

 このままこの魔物が進化を続ければ、最後は魔族の誰一人として対抗できる者が居なくなる。恐ろしい魔物に襲われる村の者達を想像して、タニアは顔をしかめた。


 「しかし! ……私は、魔族の村の長である! 人間風情の物差しでどうこうできる存在ではないと知れ!」


 ずっと左右の手で魔法を駆使していたタニアは二本の手しか使っておらず、脇の辺りの三本目と四本目の手は使用していなかった。そして、その残った二本の手には逆転する為の魔法陣をじっくりと生成してあった。

 背中から魔法によって魔力の翼を生やして空を飛び、炎の塊を連射しつつ、とりあえず目に映る魔物の全ては僅かな時間だけ鎮静化する。


 「風の精霊よ、踊れ、詩え、乱舞せよ。大地を掛ける風は神と称え、流動する大気は逆鱗の息吹とせよ! ――アークウィンフィア!」


 ドンッと大地を突き上げるような衝撃を受けたのは魔物と兵士達だった。魔物は地面を転がり、兵士達の中には一回転して倒れる者も居た。

 大地に張られたタニアの魔法陣が発動した衝撃だったが、ただ大地を揺らすだけの魔法ではない。地中で発動した魔法陣からは地面を突き破り、魔力で出来た半透明の大木を村の中心に出現させた。

 兵士達が体勢を立て直している間も成長を続ける大木は、村のどの家よりも大きくなり、周辺の森の木々すらも凌駕するほど巨大な木に成長した。


 「やれ! 同胞を守りし大樹アークウィンフィア!」


 タニアの指示に従い大木の根元から大地を突き破って無数の木々が兵士達に向かって伸びていけば、太い木が魔物達を貫通し、流れ込むように木々達が兵士を飲み込んだ。

 木々に押し出されるように村の外森まで転がり出る兵士達はまだ全滅した訳ではない、魔物も魔力で出来た木々を喰らいながら脱出を試みようとしている。


 「跪け、腕はもう一本あるのだ。この私が、四本の腕を操る意味をその身に刻め! これで、幕引きだ!」


 アークウィンフィアを形成した魔法陣は脇の左腕、そして、残していたのは脇の右腕。五本の指に力を込めれば、次は上空に魔法陣が出現する。


 「雷の精霊よ、その名はいずれも邪悪であり荘厳。咆哮せよ、神の階段たる福音の呼び名であると叫喚せよ。――オーディアトール!」


 上空の暗雲とした雲を突き破り雷撃がアークウィンフィアの大樹に避雷針のように落雷した。

 アークスウィンフィアは落雷を加速度的に増幅し、さらなる威力を高めた雷撃が魔物を貫き焼き、兵士達の命を雷撃によって根こそぎ刈り取った。

 およそ三分間、休みなく降り続いた雷撃の雨に逃げ出そうとした兵士達も全て雷の津波に飲み込まれた。そして、静寂が訪れる。

 今のタニアが攻撃をすることのできる最大限の魔法だった。急に静かになった村で大樹によって押し潰されて燃やされた魔物と兵士達の姿に、ほっと安堵の息を漏らそうとしたタニアだったが――。


 「――ぐっ!?」


 森の外れから一筋の閃光がタニアの肩を抉った。それが強力な魔力の光線だと気づいたが、次の行動をとる前に、もう一発森の外れから放たれた光線に足を撃たれて地面へと落ちていく。

 大地に激突すると同時に血反吐を吐くタニアは足音が聞こえて魔力の翼を解除して警戒態勢を取った。


 「まさか、ここまでやるとは思わなかったな。森の魔女よ」


 アークウィンフィアの巨大な幹の上から軽くジャンプして降りて来るのは、黄金の長髪に禍々しい表情をした仮面を装着した男だった。

 この男の存在をタニアも忘れていた訳ではないが、先程の攻撃で不意打ちも兼ねて葬るつもりでいたのは確かだった。


 「お前が……私を撃ち落としたのか……」


 「いや、それは森の中で待機させてある弟子……いや、生徒の仕業さ」


 「生徒……」


 何かおかしかったのか黄金の髪の男は薄く笑う。


 「すまない、言葉に違和感を覚えて……つい、な」


 男に隙なんてなかった。それでも、その時を隙だと考えてタニアは黄金の髪の男に魔力の塊を放った。スピードだけを追い求めた魔力の塊は常人なら目で追うことも反応することもできないだろう。

 人間の頭ぐらいなら吹き飛ばされるぐらいの一撃に男は瞬き一つで応じた。水風船の割れるような軽い音が聞こえたかと思えば、タニアの放った魔力の塊は男に届く前に弾けて消滅した。


 「そんな……」


 「絶望するな、お前はよくやった。だからこうやって生かしているのだ。これからは、私の為に役立ってもらう。……悲観するんじゃない、興奮し喝采と共に受け入れるが良い」


 黄金の髪の男はいつの間にか魔法で出来た魔力の剣を手にしていた。目が眩むような輝きの黄金の剣を構えながらタニアへと近づいてくる。

 絶望的なまでの戦力差にタニアの戦意は消失し、懇願するように叫んだ。


 「……私はどうなったっていい! だから、村の者達は助けてやってくれ! 頼む!」


 「命乞いなんてするな、お前の魂の質や味が変わってしまうだろ。堂々としていてくれ、そうすれば君は昇華することも困難ではない」


 男の言っていることの大半がタニアには理解できなかったが、今の自分ではどう足掻いても男に勝てないことだけははっきりと分かった。

 会話の通じない相手にタニアは悔しさに歯噛みして肩を落とす。


 「いい顔だ、それでいいんだよ」


 「名前は……何だ……それだけは、教えろ……。例えこの魂が砕けようとも、無念と共にお前の名前を恨み続けてやる」


 「自論なら名前に意味はないが……まあいいよ……今は――先生と呼ばれている」


 死神と呼ぶにしては、あまりに立派するその呼び名を前に、結局のところただ見下されるだけの存在だったのだと思い知らされる。ただただ、悔しさからタニアは奥歯を噛みしめてうなだれた。


 「――誰でもいい、誰か助けてくれ」


 心の底からタニアは願った。

 生まれてからずっと、周囲の者達に一目置かれていたタニアが、最後の最後に願った。

 誰でもいい、誰でもいいから、村の者達を助けてほしい、と。


 声に応じるようにして、たっ、と何かが降り立つ音がタニアの耳に聞こえた。

 そして、任せておけ、と若い青年の声が続いた。


 「――お前が、センセイか?」


 顔を上げたタニアの前に拳を強く握り、振り下ろそうとした剣を左手で受け止めた――タスクの姿があった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る