第27話 正義の果てに

 「どこから入った! 侵入者め!」


 真っ向から謎の発光を受けてしまったせいで、こちらの視界がまだ白い霧で覆われているような状態の俺だが、兵士達は先に視覚を取り戻したようだ。

 剣を鞘から抜く音が聞こえ、無我夢中でテントから脱出する。


 夜の闇が光に焼かれた目に緩和されるが、のんびりしている暇はない。

 顔を上げた瞬間、物体の動く気配を感じて背中から地面を転がる。首のあった位置を剣の刃が通り過ぎていくのに背筋が冷たくなるのを感じつつ、この頃には視界を取り戻した俺は右手の魔法陣を発動させると同時に振り上げた。


 「火の精霊よ――敵を穿て!」


 きゅぃんと風を切る音と共に火の球が右手から放たれる。

 威力を抑えた火の球は剣を手にした兵士の胴体に直撃すれば、「ぎゃあ!」と短い悲鳴と共に吹き飛ばされる。


 「――そこまでだ」


 もう一人の兵士がテントから出てくれば、中に居た魔族の少女を連れて出て来る。少女の首筋には、鋭利な剣先が向けられていた。


 「子供に剣を向けるつもりか」


 お門違いだと思いながらも言わずにはいられなかった。

 兵士は鼻を鳴らした。


 「馬鹿を言え、何者かは知らぬが今さら子供の一人や二人。それも魔族の子供など」


 気が大きくなった兵士が剣の先を子供から俺に向ける。その瞬間を見逃すことなく、左手の先から魔法陣を生成する。


 「水の精霊よ、子供を守護せよ!」


 子供の足元から魔法陣が出現すれば、瞬く間に子供の体を水が覆うと球体に変化して子供に密着していた兵士は魔法の衝撃に宙に浮きあがる。


 「ぐうぅ!?」


 数メートル飛び上がる兵士は鎧を装備している、落下しただけでは戦闘不能にならない可能性があった。

 右手の中に火の球を生み出すとそれを強く握り、オーバースローで落下しようとする兵士に投げつける。兵士の脇腹に火の玉が突き刺されば、鎧を凹ませながら地面にめり込んだ。


 他の兵士に動きがあるのではと周囲に意識を向けるが、兵士達の気配は感じられなかった。知らず知らずの内に障害となる兵士を全て鎮静化してしまったのか。

 人質にされていた少女の元まで駆け寄ると、泣いてる子は居ても怪我をしている様子はなさそうだ。


 「走れるか? よし、大丈夫そうだな……。後は俺に任せて、なるべく遠くまで逃げるんだ」


 少女の背中を押して足音が遠ざかるのを見送れば、気を引き締めてテントのカーテンをめくった。

 相変わらず音も無く泣き続けている子供達、そして、その奥にはローブを来た男が立っていた。ただし、男は背中を向けている訳ではなく俺を待っていたかのようにそこに佇んでいた。


 「お前らの目的は知らないが、子供達を返してもらうぞ」


 「悪いが、手遅れだ」


 氷の塊を耳の中に押し込まるような冷たく太い声をローブの男は発した。

 最初は理解できなかった男の言葉が、その隣の椅子に気付いてようやく分かった。

 ――椅子に座っていた少年は頬に涙の痕を残して絶命していた。


 「そん……な……」


 目の前が真っ暗になりそうになりながら、息を深く吸い込んで何とか自我を保つ。吸った空気にはどこかで嗅いだような異臭が混ざっていた。

 頭の奥に電流が流れ込むような感覚にこれが怒りだと自覚し、拳を構えてローブの男へと突進した。


 「――ぶっ殺してやる!」


 構えた拳に炎を宿らせて憎しみのままに男の顔面に叩き付けた。確かな手応えがあったはずだが、問題の男はそこには居ない。

 代わりに目の前には焼け焦げて穴の空いたテントの壁が目の前にはあった。


 「魔法の使い方がなってないな」


 またあの声だ、声のした方向には子供達。そして、その子供達の肩を掴んだ男が屈んでこちらを見上げていた。


 「お前も子供を人質にするつもりかっ!」


 「単身で乗り込み、他者の為に戦う……身を滅ぼしそうな程に勇ましい男だな、私は人質なんてするつもりはない」


 「お前と言葉遊びはするつもりはない! 水の精霊よ、子供達を守護せよ!」


 左手に魔法陣を発生させると、子供達の足元に魔法陣が現れる。魔法陣からは無数の水で形成された魔法の手が伸び、ローブの男を殴り飛ばし、幾つもの水の腕は重なり合い拘束し全員を包み込むぐらいの大きさの繭を作り出した。

 男を殴り飛ばしたことで足場が折れ、崩れて来るテントを右手から炎を放ち焼却する。


 「最初から全てをぶち壊すつもりで、ここまで来れば良かった。もっと早く、俺が助けに来ていれば……!」


 水の繭で包まれている子供達には、きっと外の風景は見えないだろう。なら、俺は今一度この強大な力でここに居る大勢の悪魔達を消し去るしかない。


 「二度とこの力を破壊の為に使うつもりはなかった。……だけど、もう使うしかないだろ。これで、最後にする。……本当の最後だ」


 ただ破壊するだけというなら、簡単な魔法がある。その魔法は体に馴染み、望んだままに手の中に魔法陣が出現する。赤い朱色の魔法陣。

 あの時のヒメカのように乱暴に雑草を刈り取るようなさっぱりとした動作で魔法を放出した。


 「――プロミネンスッ!」


 囂々と炎が手の先から放出し、一瞬にして視界に映っていた兵士のテントを焼却する。それだけではない、このまま腕を構えたままで体を回転させれば炎が鞭のようにしなり、プロミネンスの通過した先は焦土と化す。

 全開で放出したガスバーナーのように火は徐々に勢いを止め、魔法陣も右手の先から消える。周囲は俺のすぐ隣に漂っていた水の繭を残して大地は焼け焦げ、テントや木製の壁すら跡形もなく、人の形跡すら残されていない。 

 肩で大きく息を吐く、久しぶりに無茶な使い方をしたせいで体が消耗しきっているようだ。

 静まり返り暗くった草原で、達成感には程遠い虚無感を感じつつ水の繭を解除しようとする。


 「――ルキフィアロードの力か」


 伸ばしかけた手が停止した。聞こえるはずのない忌々しい声が聞こえた。

 おそるおそる背後に首を傾けると、あのローブの男が平然とそこに立っていた。


 「どうして……」


 「ルキフィアロードの契約者は、いずれも内側に強い暴力衝動を持っている。今回も例に漏れずというところか」


 「……全てを壊すしか方法はなかった。お前だって、仲間達の場所まですぐに送ってやる」


 「確かに全てを殺し尽くすしか方法はなかったかもしれないが、それをものの数秒で決断するお前こそ異常ではないのか」


 「――お前が言えたことかっ」


 振り向きざまに魔法陣を発生させて、ボーリング玉ぐらいの炎の塊を投げつけた。

 不意打ちの一撃がローブの男に突き刺さると爆散した。土煙を上げたのを目にして、確かな手応えを覚える。


 「人を殺したというのに、お前は実に愉快そうだった」


 「嘘だろ……」


 まただ、もう振り返らなくても分かる。奴は、俺の背後に居る。


 「いいのか、子供達を出さなくて」


 「お前に何かされるかもしれないだろ」


 「いいや、この水の繭に包まれた子供達には何もしないさ」


 「信じられるか! お前が子供を殺したのを目の前で見たんだぞ!」


 「そうか、それは残念だ。――代わりに、私が解放しよう」


 男の声が聞こえる位置が変わった。

 はっとして水の繭の方向を見ると、ローブの男が繭に触れていた。


 「やめろっ!」


 「己が閉じ込めた世界の中身を見てみるといい。ルキフィアロードの契約者よ」


 強制的に魔力が解除されていく感覚に拒絶反応を起こした俺の肉体に電流のような痛みが走る。

 やめろ、と叫ぼうとしても、声を発する力も出ないまま前のめりに倒れこむ。

 そして、亀裂の入った水晶玉のように目の前で水の繭が弾けた。


 「さあ、自分で繭の中身を見てみろ」


 声高々に言ったローブの男は暗闇に溶けて消えた。そして、水の繭の破壊された場所には、強引に解除されて弾けた大きな水溜まりと――子供達の無残な死体があった。


 「あぁ……あああぁぁ……ああああああああぁぁぁぁぁ――!!!」


 突きつけられた理不尽に体内の魔力がマグマのように熱くなり、まるで体内の血液が全て超高温の熱湯に入れ替えられたかのように許容できない苦痛を受ける。


 「溢れ……る……」


 もう限界だと体が発信し、脳の奥が悲鳴を発しているというのに、魔力の循環が終わらない。大気中のありとあらゆる魔力が内側に入り込み、全てを狂わせていく。

 怒りと憎しみと狂気が頭の中で渦を巻き、抑えきれない魔力が反応しルキフィアロードが暴走を始める。

 行き場のない魔力が――周囲を飲み込んだ――。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る