第21話 毒舌少女の魔眼で視えるモノ①

 リアヌという魔族の少女は、他の子供達に比べるとずっと心の傷が深い。

 見知らぬ他人がうっかりリアヌの内側に踏み込んでしまえば、年不相応の毒舌で心を折られてしまうことだろう。

 事実、俺もそんな一人だ。

 外見から喋り方、なんなら目の動き方までリアヌが最初に見た特徴を全て罵られた。

 それでもめげずに話しかけているのは、真正のマゾだからではない。

 リアヌを気に掛ける理由は彼女の過去にある。


 突然、リアヌの村に人間の兵士達が大勢で押しかけて虐殺を始めたのだ。

 いち早く危険を察知したリアヌの両親は、自分達が死んでも解除されない姿を消す魔法をリアヌに使用して娘だけでも助けようと考えた。

 無論、両親も黙って殺されるつもりもなく戦ったが抵抗むなしく目の前で兵士達に両親を殺された。それだけでは飽き足らず、自宅の両親の死体の傍らで兵士たちはこともあろうに食事を始めたそうだ。

 二日ほど村に滞在した兵士達は魔族の村を荒らすだけ荒らして、どこかへ去っていったそうだ。


 元々、リアヌの村と交流のあった孤児院の神父様達は商人から話を聞き急いで村に駆け付けたのが、それから三日後。

 村の真ん中、村人達の屍の中で衰弱しきったリアヌが発見された。


 リアヌの村での惨劇が一年程前のことらしいが、今こうやってリアヌが少なくとも表面上は普通に会話ができているのは、この孤児院の人達の努力の賜物だろう。

 メリッサも自分達が無力だと嘆いていたが、決して無力ではないと断言できる。半端な孤児院なら、きっとここまで彼女の傷を癒すことはできなかったことだろう。


 どうして、俺がリアヌにこだわるのか。

 自分に重ねた? 単なる偽善? それとも、妹を連想させる?

 きっと、どれも正解なのだろう。ただ、これぞという理由を一つ挙げるとするなら――救うことで救われたいのだろう。


 ヒメカを手にかけた罪悪感と目的を失った虚無感、これから生きていく理由が見当たらなくなっていた俺はリアヌの話を聞いて自分が生きる為の目的にしたのだ。

 リアヌのことを利用しているのだ。いつ死んでもいいと思った俺の命には大切な人達の人生も共にある。


 生きる理由もなく、死ぬこともできないし許されない。だからこそ、リアヌに生きる理由を求めた。

 血に濡れた手でもリアヌを救えるなら、新しい一歩を踏み出せるんじゃないか。

 リアヌを救えるなら、この俺だって自分の為に笑って過ごしても許されるんじゃないか。

 弱い俺はリアヌを救おうとしている訳ではない、救われようとしていた――。


                 ※


 それから、数日後。

 俺、メリッサ、リアヌの三人は近くの町に買い出しをしに来ていた。

 テスラウォートの町と比べるとこぢんまりとした感じだが、食料品を扱う店に雑貨屋、本屋まであるところを見ると住みやすそうな印象を受ける。必要最低限の場所に人の営みに必要な物は全て収められていた。


 メリッサと歩調を合わせて歩くが、三メートル程間隔を空けて俺達の後ろからリアヌもとぼとぼと続く。俺達だって早歩きをしている訳ではないので、リアヌはわざと遅く歩いているのだろう。

 意を決して、俺はリアヌに声をかける。


 「なあ、リアヌ。遠慮しないで、俺達と一緒に歩いてもいいんだぞ?」


 外出用のつばの広い帽子を深く被りながらリアヌは答える。


 「遠慮していない。一緒に歩くのが嫌なだけ」


 ストレートな毒舌に閉口するしかなく、凍り付いた笑顔のままで振り返った顔を元の位置へ。

 そんな様子をメリッサは人差し指の関節を唇に当てて小さく微笑する。


 「そんなに、おかしかったか……」


 「いえいえ、リアヌちゃんも楽しそうだなと思いまして」


 「……一体、リアヌのあの感じがどうして楽しそうに見えるんだよ?」


 「見えませんか? タスクさんもまだまだですねぇ」


 悪戯っぽく舌を出すメリッサも今を楽しんでいることだけは、まだまだな俺にも理解はできるのだった。


                ※


 買い物も一通り終えた俺達だったが、そこであるトラブルに遭遇する。


 「――きゃぁ!」


 帰りは手でも繋ごうかと大胆なアプローチをリアヌにかけようとしていた俺の耳に、少し離れた所に立っていたメリッサの悲鳴が届いた。

 声のした方向を見れば、両膝を地面に付いたメリッサの姿が目に入る。


 「メリッサ!」


 「メリッサ先生!」


 愕然とするメリッサに駆け寄るのは俺もリアヌも同じタイミングだった。


 「と、とられ……」


 「どうした! 何があったんだ!?」


 震える指でメリッサが指さした方向には民家の角を曲げる男の姿があった。そして、その男の腕の中にはメリッサが持ってきていた鞄が抱えられていた。確かあの鞄の中には財布が入っていたはずだ。買い出しが終わったので、多くは残っていないだろうが、それでも孤児院からしてみれば大金だった。

 考えるまでもなく、道の角に消えた男は泥棒だ。


 「リアヌ、メリッサを頼む!」


 走り出そうとする俺の服の袖が強く引っ張られた。メリッサかと思いきや、口をへの字にしたリアヌだった。


 「私も連れて行って、絶対に役に立つ」


 リアヌの言葉にメリッサの方を見ると、まだ動揺は収まらないながらもリアヌの発言に賛同するように首をこくこくと上下させた。


 「いいからさっさと私を連れて行きなさい、この無駄飯食らいの木偶の坊」


 そして、相変わらずの毒舌で叱責するリアヌの一声に背中を押されてお姫様抱っこのようにして抱えて男が消えた方向へ走り出す。


 「なかなか足早いわね、どこで逃げ足を鍛えたのかしら」


 「そこは素直に褒めてほしいところだったんだがな。……どうして、一緒に追いかけようとしたんだ?」


 「あまり話したくはないけど、教えないと円滑に進まなさそうだし……私は常に魔法を発動状態を可能にしている魔眼を持っているのよ。この魔眼のことは私自身でも説明は難しいのだけど、大雑把に言うと全ての神経が鋭くなるわ。無くした物や人探しを魔力の流れで読み取ることもできる。それに、まだ制御はうまくできないけど少し先の未来も視ることもできるし、他社の感情を多少なら読み取ることもできるわ」


 ようやく目覚めた時に言っていたメリッサの言葉の意味が理解できた。リアヌにこういう能力があるからこそ、俺が悪人かどうかを見極めることに自信が持てていたのだろう。

 走りながらリアヌの顔を見ると、その目は太陽を覆う紅炎の如く魔力の揺らめきが感じられた。


 「今、目の中の魔力の動きを見たわね。……へえ、魔力ぐらいは感じ取れるんだ。どう? 怖くなった?」


 「いや、全然。リアヌの年不相応の毒舌の方が怖いよ。……そんなことより、さっきの男を見失った!」


 「本当に先生は変わっているのね……。それなら、お望み通り罵ってあげるわ。この愚図! 役立たず! のろま!」 


 お姫様抱っこをした年端もいかぬ少女に行き止まりの壁の前で罵声を浴びせられるというおかしなシチュエーションになりながらも、心がしおれる一歩手前で応答する。


 「分かった! 分かったから! それより! あの男を捕まえる手伝いをしてくるんだろ!?」


 「すっかり忘れていたわ……。じゃあ、目の前の壁を登って、それから突き当りまで走ってから右よ。右って分かるかしら?」


 「分かるよ! 落ちないようにしろ! でやあぁ――!」

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