第22話 毒舌少女の魔眼で視えるモノ②

 あえてなのだろう地元の人間なのか男は大きな道を通ることなく、巧みに人が通らない屋根の上や狭い隙間、壁の上を走るなどしてただ背中を追いかけるだけの俺達を翻弄する。

 一人で追いかけていたなら、もう何度見失っているか分からない。実際、何度か見失っていた。

 この追いかけっこを続けていられるのは、他でもないリアヌのお陰だった。


 「次を右、屋根を上ったよ」


 「ああっ」


 追い詰めたかと思えば、男はうまい具合に身を隠す。カメレオンのような男だ。しかし、走りから感じ取れるがそんな男もいつまで経っても撒くことのできない俺達に焦りが出ているようだった。


 「このままじゃきりがない……」


 「そろそろ、この町の魔力の流れが把握できてきたわ。……いいわ、追い詰めましょう。奴の今までの動きと、そこから考えられる行動、それと感情の動きを読んで、次こそ完ぺきに捕まえるわ」


 「よし、なら指示をくれ。俺はリアヌの言う通りに行動するからっ」


 「私の指示通りに? あら、女の子に命令されて喜ぶの変態てことかしら?」


 「そういうのいいから! 指示だ! 指示をくれ!」


 相変わらず渋々といった様子でリアヌは身振り手振りも混ぜつつ、目的の泥棒までの最短ルートを説明する。


 「真っすぐ進んで」


 「行き止まりだぞ!」


 「大丈夫、下に抜け穴がある」


 直進方向にはどっしりと壁があり、よくよく見ると壁の下部分には雑草に隠れて崩れた穴のような部分が見える。


 「通れるかギリギリなんだが」


 「滑り込めば行けるわ。不服だけど、私も強く掴まっていてあげるから、全力で滑り込みなさい」


 「そこまで言われたら、行くしかない」


 今までの走っていた時間がそのまま助走となり、身体を投げうって斜めに傾きながら壁の間を潜り抜けた。

 ルキフィアロードで手に入れた魔法を使えば楽に済むだろう。だがしかし、記憶喪失もばれてしまうだけでなく、アクシデントの中だが積み重ねたリアヌとの時間を否定してしまうような気がした。


 リアヌが怪我しないように胸の上で強く抱きしめて、服から見える肌の部分を擦り傷だらけにしながら潜る終わると同時に立ち上がる。やはり、ルキフィアロードの力を手に入れてからは身体能力も向上しているようだ。


 「おぉ、体勢崩しながらだけど、よく通れたね」


 「大丈夫て言ったから滑ったんだよ……」


 「半信半疑の大丈夫だったんだけどね」


 「……」


 沈黙して走った先は急に道が無くなり原っぱが広がっていた。町の外に出てしまったのかと思うぐらいに何もない場所だった。


 「本当にここであってるのか?」


 先程までは町の中を走り回って俺達を混乱させようとしているようにも感じられたが、こんな広い場所では隠れる場所も曲がる角も無い。


 「いるよ、ほらすぐそこ」


 ぼんやりと走っているだけの俺と違い、リアヌの魔眼は男を逃がしはしなかった。

 ちっ、と舌打ちが聞こえたかと思えば、すぐ横の原っぱから男はその実体を現した。


 「俺の魔法に気付きやがったのか?」


 刃物でも使って不揃いに短く刈った短髪をしたキツネ顔の男は細い目を鋭くさせて、背中を丸めながら俺達を睨んだ。そして、左手にメリッサの鞄、右手にナイフを持っていた。

 かなり近い距離に出現したので、リアヌを守る為にも男からゆっくりと距離を置いた。


 「すぐ近くに気配を感じるのに、なかなか見つからないと思ったら……貴方、体を透明にする魔法を習得していたのね」


 「ああ、そうだよ。他の魔法は全然使えないが、これだけに特化して鍛えてきたんだ。……初めてだよ、俺の魔法を見抜いた奴は。まさか、こんなガキだとは思わなかったがね」

 

 この男の正体に意外にも驚きはなかった。そもそも、明らかに追いついているはずなのに急に消えているのだ。しかもただ消えるだけじゃなく、確実にどこかに移動した形跡も残っている。これなら、透明にでもならない限りは説明できない。

 ただ気がかりなのは、何か策でもあるのかリアヌは俺に抱えられたままで男を煽る。


 「他の魔法を使えないなんて、そんなことを言っていいのかしら? 自分の弱点を言っているようなものじゃない」

 

 「いいんだよ、俺が透明になれる魔法を隠す理由なんて、目撃者を殺すか殺さないかぐらいしかねえんだからよ! ――スガルドッ! 我を不可視に、他者を盲目に!」


 魔法陣が男の頭上に出現したかと思えば、それがスライドして足元まで行く頃には男の姿は完全に消えていた。


 「消えた……」


 「ぼぉとしないで、先生っ」


 リアヌの声に散漫とした集中力を取り戻す。一瞬魔力の流れを感じて、ほぼ条件反射的に横に飛んだ。


 「――くっ」


 右肩に鈍い痛みが走る。次にじっとりと服が湿っていく感覚に、自分が透明になった男に傷つけられたことを知った。


 「何してんの、先生!」


 「そんなこと言われても、敵が見えないならどうしようもないだろ……」


 ヒメカを倒せるぐらい強力な魔法を使えるが、こんなところで本来の力の魔法を使ってしまえば、リアヌも巻き込んでしまうだろう。

 強すぎる力を忌々しく思いつつ、再び微弱な魔力の流れを察知してその場から飛び退いた。

 耳元でひゅんっとナイフが空を切る音が聞こえた。

 間一髪と思いきや、再度、微弱な魔力の流れを察知して身を捻らせるが、今度は頬に鈍い痛みが走る。


 「くそっ……!」


 「タスク先生」


 「何だ!」


 魔力の気配が僅かに遠ざかるのを感じる。どうやら、少し距離を置いてから再度攻撃を再開するようだ。

 集中を切れさせずに名前を呼ぶリアヌに視線を移す。


 「先生は魔力の流れを感じられるのよね。そして、同時に強い魔法も使える。……事実だけ言わせてもらうなら、私は足手まといになっている。違う?」


 違うよ、と安心させる言葉は単なる嘘だと早々に気付き、リアヌの目を見て返答する。


 「そうだ、リアヌを抱えていないければ恐らくアイツを倒せる。しかし――」


 「――私が狙われるかもしれない、と?」


 事実だけを欲しがるリアヌに、俺はしっかりと頷いた。

 ほんの短い時間だけ、リアヌと見つめ合う。その瞳は、真実と解決を求めているように思えた。


 「ただ一つ言わせてもらうなら、足手まといなんて思ってない。リアヌが居なければ、奴を追い詰められなかった。共に戦ってくれた相棒のリアヌを守りたいだけだ」


 そこで初めてリアヌは今まで見たことのない顔をした。小さな口を卵型に開口し、驚いたような感情を吐き出すような息を吐いた。そして、唐突にリアヌは俺の首に両手を回して囁く。


 「仲間として信じるから、その力を使って私をどこか遠くへ飛ばしなさい。そして、自由になった力を使ってあの男を倒すのよ」


 「いいのか? 危ない目に合うかもしれない」


 「構わない、私を守るんでしょ? それに、今は少しだけ嬉しいの。同情もせず子ども扱いもしないで、一人のリアヌとして見てくれている……そんな先生を信じているわ。……ほら、すぐ後ろまで近づいてる」


 リアヌの信じるという言葉に、自分でも驚くぐらい胸の奥が熱くなる。これが、燃えるという感情なのかもしれない。

 抱きかかえていたリアヌを離して両手に水の魔法陣を形成。


 「信じて待っとけ! リアヌ! ――水の精霊よ、少女を支えたまえ!」


 両手の平から子供一人を浮かせるぐらいの水の放水を起こし、そのまま地面に魔法陣を叩き付ければ、無制限に地面から水を放水し始める。リアヌをびしょ濡れにして申し訳ないが、少なくとも俺が死なな限りは五メートル以上高く上昇したリアヌを人質にすることは不可能だろう。


 振り返ると確かに魔力の気配を感じる。後、五歩も近づけば殺意を持った魔力が距離をゼロにすることだろう。

 開いたままの右の手の平の中に魔法陣を出現させる。今度の魔法陣は爛々とした赤色、ヒメカから喰らった炎の魔法だ。


 「死んでも恨むなよ。――炎の精霊よ、敵を灼熱の業火に沈めろ!」


 右手を魔力の感じる方向へと向ければ、人間一人なら容易く飲み込んでしまう炎が放出される。

 その時、魔力が動きを停止して方向転換する気配を感じ取られた。

 男が方向転換したことに気付いたことがバレれば、さらに姿を消してしまう恐れがあるので、右手で炎を放出したままで左手で水の魔法陣を突き出す。


 「決めさせてもらうぞ。――水の精霊よ、敵を絶対なる鎖で拘束せよ」


 左手の先の空間に浮かんだ魔法陣から水で出来た数本の鎖が出現した。

 鎖は魔力の動きを感じる場所にぐんぐんと速度を上げて接近していくと、男も動揺したのか魔力は乱れ、不鮮明だった男の気配はさらにはっきりとしたものに変化をしていった。


 「「――視えたっ!」」


 頭上のリアヌと俺の声が重なる。姿を消した男の透明のコートを剥ぎ取る時間がきたようだ。

 足を急かして逃げ延びようとする男へと伸びた鎖が標的を絡み取った――。


                ※


 無事に鞄を取り返した俺達三人は同じ歩調で並んで歩いて帰っていた。


 「二人とも……本当に無事で良かったですよぉ」


 町から離れて少ししたところでメリッサがそんなことを言う。


 「リアヌのお陰で何とかなっただけだよ、ありがとな」


 「……褒められるようなことはしていないわ」


 少し照れ臭そうにするリアヌを抱えて感謝の気持ちをいっぱい伝えたいところだが、そんなことをすればせっかく良くなってきた関係を壊しかねないので我慢我慢。


 「それより、あの男をそのまま解放して良かったのか?」


 あの後、泥棒男を拘束して歩いていた俺達と再会したメリッサは泥棒男と二、三言会話をすれば開放してほしいと頼んできた。

 リアヌも鞄さえ戻ってくればどうでもいいといった様子だったし、メリッサとの話をした泥棒男は号泣しており、俺も兵士に突き出す気にはならなかっただろう。


 「良いのですよ。確かに彼は泥棒の常習犯だったようですが、罪を犯すにも身内を守りたいという理由があったようです。悪事は良くないことですが、悔い改めると彼が決意をした時点で悪事は贖罪に形を変えました。贖罪を始めようとしている彼を、これ以上傷つけても贖罪が遅くなるだけですから」


 へぇと思わず感嘆の声が漏れた。


 「甘いことを言っているとも思うけど、裁判したり兵士に尋問されるよりもずっと建設的な気がする」


 「それは、褒められているのでしょうか……?」


 「褒めているつもりだよ。ところで、どうやって改心させたんだ?」


 少し恥ずかしいのか、頭に被ったベールを撫でながら答えた。


 「改心させるつもりなんてなかったのですが……実際、難しいことは言っていませんよ? 鞄を返してもらい、返してもらったから許して、何で盗んだのかを聞いたら事情があるようだったので、このやり方では今以上に悪いことが起きる気がして、もう盗みはやめましょうと少し説教しただけですよ?」


 「本当にそれだけか?」


 「ええ、そうですよ。もう少し長くお話をしたかもしれませんが、当たり前のことを当たり前に話しただけです」


 当たり前のことを話しただけ、か。

 今この世界では、きっとそれが一番大変なことで、一番男の心に届いたのだろう。当然のことを当然のように語るのは簡単にはできないことだ。


 「納得した。メリッサは、凄い奴だよ」


 「えぇ!? いえいえ、私なんてとてもとても……そ、それに、タスクさんだって、命を狙われたのに普通に解放したじゃないですか!」


 ナイフで切り裂かれた部分は、リアヌの治癒魔法による応急処置で傷は塞がっていた。最初から傷が浅かったらしいので、あの男が人を殺そうとしたことに躊躇していたと思いたい。


 「大した怪我はしてないからな。それに、リアヌもメリッサも無事だったじゃないか」


 「もう、少しは自分の心配もしてくださいねっ」


 やんわりと咎めるようにメリッサが言うと、リアヌの手を引っ張ってさっさと歩きだしてしまう。

 二人から遅れて歩きながら、沈む夕日に向かって進む二人の姿を視界に焼き付ける。この世界に来て、初めて清々しい気持ちで夜を迎えられるような気がした。

 ただ、この夕日が沈めば、暗い夜がやってくる。そんな夜を思い浮かべると、心の中に仄暗い感情が俺だけに聞こえる声を発した。


 「もしも……二人が殺されていたら、俺はあの泥棒男を許すことはなかったさ」


 走り去る二人の背中に、小さく呟いた。 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る