第20話 まぞくのおんなのこ

 体内の魔力が傷の治りを促進させてくれているようで、大怪我だ重傷だとメリッサから言われていたが、数日もすれば生活に問題ないぐらい活動できるようになっていた。

 信じられないと仰天するメリッサに複雑な気持ちで苦笑するしかなかった。

 一人の体じゃない、二人の命に支えられて生きている。生まれつき宿っていたかのように当然のごとく循環する魔力を感じながら、そう思わざるをえなかった。

 

 その内、俺は孤児院の手伝いをするようになった。

 孤児院は崖の上に立っており、潮風を受けて古びた木製の建物は嵐でもくれば吹き飛ばされてしまいそうだった。我ながらデリカシーもなくそう指摘すると、嵐が来る前には、神父とシスターが協力して防御の魔法を施すことで教会を嵐から防いでいるらしい。


 神父は温厚な人で時には子供に厳しく接することもあるが、それが愛情の裏返しだというのは子供はもちろん俺も分かっている。つまり、いい人ということだ。

 メリッサの言うお母さんぐらいのシスターというのは、思っていたよりもずっと若く、少なくとも俺の母さんよりも十は下に見えた。ただ、子供達の全てを受け入れようとする姿勢はまさしく母性というか母親然としていた。つまり、彼女もいい人ということだ。


 そんな二人と優しいお姉さんのようなメリッサに愛情を注がれた子供達は素直な子ばかりで遊び相手を頼まれても、考えていたよりもずっと気楽に遊び相手の役目を全うすることができた。


 ――ただ一人を除いては。


 孤児院の子供達と鬼ごっこのような遊びをしていると、そのグループから離れた木陰の下に体育座りをした少女に近づいた。


 「一緒に遊ばないのか?」


 「……いい」


 その少女は、魔族だった。

 魔族特有の二本の角を左右に動かして首を横に振った。左右の耳の上から一本ずつ生えた二本の角は羊の角のように、後頭部の方でぐるりと渦巻いている。

 名前はリアヌ、褐色の肌に紫のツインテール、右目が赤色に左目がアメジストのような綺麗な紫色をしていた。


 「みんなもリアヌと遊びたがっているみたいだよ。混じったら、きっと楽しいぞ」


 「いい」


 溜め息を吐くとリアヌの隣に腰かける。

 海が運んでくる潮風は涼しく、温かな陽射しと合わさって木陰は非常に心地よい環境を作り出す。


 「先生は、どうして私に構うの?」


 無邪気に遊ぶ同世代の子供達を眺めながらリアヌはぽつりと呟いたが、聞こえても聞こえなくても良いといった様子だ。事実、集中していないと聞き逃してしまうぐらい小さかった。

 最初は先生と呼ばれたことにピンとこなかったが、そういえばいつしか子供達は俺のことを先生と呼ぶようになっていたことを思い出して応答する。


 「……何となく、じゃダメか?」


 「ダメだよ。はぐらかす大人は嫌い、崖から落ちたら食い扶持も減るのに」


 はたき落とすように即答と心臓を抉るような発言、さらには嫌いと来たか。少し思案してから返答する。


 「俺はこの世界のどこにも居場所がなかった。でも、神父様達やメリッサのお陰で、生きていられる場所も貰えた。ここは俺にとって唯一無二の大切な空間なんだ」


 「それがなに? 私はこんな窮屈な居場所よりも自分だけの部屋がほしいよ」


 「そう、それだよっ」


 「……なに? 急に元気になって」


 眉間にしわを寄せて、明らかに不機嫌そうにするリアヌだが臆することなく喋りかける。


 「俺からしてみたら、この孤児院こそが自分の部屋みたいなものなんだよ。自分の部屋でどんよりとしている人間がずっと居たら嫌だろ?」


 「何を馬鹿なことを言っているの。ここが部屋だとしても、楽しいおもちゃも大好きな本もない。そんな空間を自分の部屋だなんて思えないわ」


 「確かに大好きな本もおもちゃも無いかもしれないが、大好きな神父様達や友達が居るだろ。みんなの笑顔が、この部屋を賑やかにさせるのさ」


 懐疑心たっぷりのリアヌの眼差しが射貫くが、雪の中で佇む傘地蔵が如くの精神で乗り越えようとする。

 

 「つまり、自分の部屋にかび臭い玩具が居るのは嫌だってことね」


 「は? い、いや、そういうつもりでは――」


 「――いいわ、それなら迷惑にならないように汚い玩具は部屋の角でカビそのものにでもなっておくわ」


 立ち上がったリアヌは尻に付いた土埃をはたき落とし、そそくさとその場から離れていこうとする。


 「ちょっと待ってくれ、リアヌ! 俺が言いたいのはそういうことじゃない!」


 慌てて小さな背中を捕まえようと手を伸ばすが、伸ばした手は強く拒もうとするリアヌの眼差しの前に停止せざるをえなくなってしまう。


 「――来ないで。ここが私の部屋なら、今の先生は人に危害を与える害虫よ」


 ふん、と心底不機嫌そうに鼻を鳴らしたリアヌは背を向けてその場から遠ざかっていくが、その背中を俺はただただ見送ることだけしかできなかった。

 

 「……ふられちゃいましたね」


 木陰を作ってくれていた木の陰からひょこりとメリッサが顔を出しつつ声をかけてきた。

 自分が情けない顔をしていることに気付き咳ばらいをしてからメリッサを見返すが、取り繕うとする俺のことを見透かされたようで口元に手を当てて笑い声を発していた。

 これではいくら何でもかっこのつけようも誤魔化しようもないので、肩の力を抜いて正直に話に応じる。


 「ああ、残念ながらな……」


 肩をすくませれば、リアヌは楽し気にもう一度くすくすと笑った。

 

 「タスクさんがやってきて、もう一ヵ月ですね。初めてリアヌに出会った日から今までタスクさんは何度もふられていますね。……正直、凄いと思います」


 隣に腰を下ろすメリッサに俺は自然と彼女が座りやすいよう僅かに腰を浮かしてスペースを用意する。


 「それは新手の皮肉か」


 「ああ! いえいえ! 違いますってば! リアヌの冷めた眼差しを恐れて神父様達は距離をとって見守るしかできませんでした。それは、彼女から向けられる明確な敵対心を恐れているからです。それって、神父様達は自分達の方を優先したのだと思います。……私も変わらないでしょうが」


 「神父さん達のことをそんな風に言っていいのか」


 「良いも悪いも事実ですから。辛い経験をしてきた彼女を遠くから見守ろうなんて、結局のところ心の傷に触れることすらできない私達が言い訳をして放置しているだけです……」


 貧困にも負けず常に笑顔を振りまく向日葵のようなメリッサがしおれているように見えて、肩に手でも置いて励まそうかと考えるが、その手をメリッサに重ねることは許されないように思えた。

 妹を殺めた俺の手を伸ばすことは聖女のようなメリッサには阻まれる。


 「本当に無力だよ、俺は……」


 「ええ、痛感しますね」


 いいや、お前と俺は違うんだ。救うことすら許されない俺と違って、お前は差し伸べられる手を持っているだろ。

 説教でもするつもりなのかと、溜め息を吐きながら立ち上がる。


 「さて、と。うじうじしていても仕方ないんで、役立たずな俺は薪割りでもしてくるかな」


 「タスクさん」と、冗談ぽく言いながら歩き出そうとする俺にメリッサは真剣な声色で声をかけた。


 「タスクさんは、役立たずではありませんよ。自分だって大変なのに、他の誰かのことを気にかけられる。これは、簡単にはできないことです」


 その時、俺は心臓が止まったような不思議な感覚に陥った。

 メリッサの喋り方や優しい雰囲気が錯覚させたのか、彼女の姿がアメリアと重なる。まるで、もう会えないはずのアメリアが何かを伝えようとしているかのように。


 「タスクさん? どうかしましたか?」


 はっとすると、流れる汗と一気に吸い込んだ空気で肺が運動していく。次にメリッサを見れば、彼女はメリッサそのままだった。


 「もしかして、体調が……ああっ、言い過ぎてしまいましたか! お、怒ったように聞こえちゃったなら、すいません! そういうつもりはなかったんですよ!」


 二度、三度こめかみを揉み、おろおろとするメリッサに笑いかける。


 「少し立ち眩みをしてしまったみたいだ。でも、大丈夫。さっさと、やってくるよ」


 「ほ、本当ですか……」


 「そんなびくびくするなって。それに、メリッサにそんな風に言われたからには、精一杯頑張らないとなっ」


 腕まくりをして孤児院の裏に向かいながら、足を止めて改めて礼を言う。


 「……ありがとな」


 「いえいえ、私は当たり前のことを当たり前だと言っただけにすぎませんよ」


 メリッサの穏やかな微笑みから、俺は逃げるようにしてその場を後にした。

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