第18話 絶望の先の激突の先へ
空高く燦々と輝く太陽の下、焦土と成り果てた大地の上で俺と姫叶は尽きることのない魔力を殺意のままに振りかざしていた。
姫叶はまだ本気を出していなかったらしく、まともに受けたら軽く人間を塵も残さず消滅させるプロミネンスという魔法をガトリング砲のように撃ち続けた。
対して、俺はパワーアップした水の力を使いつつ、姫叶から喰らって手に入れた炎の力も使いこなせるようになっていた。
水の盾や壁で防ぎつつ、炎で攻勢に転じようとしたが、今なお姫叶の魔力量は底を知らない。
水と炎でプロミネンスの真似事をしてもみたが、姫叶はさらに強力な炎の魔法で飲み込んでくる。攻撃に圧倒的な攻撃で防御する姫叶に、自然を相手にするような実体の見えない存在に戦いを挑んでいるような気分にもなってくる。
これも魔法の力なのだが魔力とはかなり便利なエネルギーのようでうまく体内で変換できれば、本来感じるはずの疲労を回復させることができるようだ。しかし、どうしても精神的な疲れが出てくる。
今の俺達の状態は、麻袋にたっぷり魔力という砂を詰め込んで殴り合っているような状態だ。殴り合っている者同士は疲労知らずなのは確かだが、精神的な部分が摩耗していくのが感じられる。
二人とも自在に魔法をぶつけているように見えるだろうが、最初に比べれば姫叶も魔法に正確さを欠けてきているようにも思える。それは俺も同じことで、防御しようと水の魔法を形成しても形が不安定になったり、完全に防げなくなってきていた。
こうなってくると、互いに決着を着ける方法はただ一つに限られてくる。
(一撃に全身全霊を込める――)
「――うるさい口ごと、溶けるといいよ!」
足元の地面の色が赤く変化したことに気付き、咄嗟に地面に強力な魔力の放水をし強引にその場から逃げ出すさまは、さながらペットボトルのロケットのようだ。
つい今しがた立っていた地面がどろりと溶解すれば、円形のマグマ溜まりに変化した。あんな高温の液体の上に立っていたら、戦うどころか命もなかっただろう。想像してゾッとした。
姫叶の舌打ちが聞こえた。力業ばかり使っていた姫叶だが、虎視眈々と必殺の攻撃を狙っていたようだ。
思考の一部が別のことを考えて集中が欠けていた所を狙うなんて、抜け目がない。やはり、不意を衝くような攻撃をしてきたということは、正攻法じゃ永遠に決着が着かないことを察してのことだろう。
こちらとあちらで行動は違っても、姫叶なりに、焦りが出始めている。
俺達の戦いは確実に終わりに近づいていた。
「そもそも、お前は何でこの世界の事を知った! ついこの間まで、ただの中学生だっただろ!」
姫叶を真似して足元から水を放ちつつ、宙でホバリングしながら姫叶と会話ができる距離まで近づいた。着地と同時に、挨拶変わりのように隕石のような炎の塊を撃ち込んでくる姫叶だが、同じく挨拶を返すように右手の先から水の槍を瞬間的に生成して刺し貫くことで隕石を粉砕した。本来なら隕石と槍の先がぶつかった程度では、簡単には壊れないだろうが、これも魔力で作られた物体なのでこうした結果を起こすのだろう。
深入りしてほしくなかったことなのだろうか、それとも、しつこく問いかけてくる俺が煩わしいのか、げんなりとした顔で姫叶は答えた。
「せんせーだよ」
「せんせ……先生……?」
「もう、察しが悪いお兄ちゃんだね。元の世界で苦しんでいた私を助けてくれた先生が居るの。私の為だけの、素晴らしい世界があるって教えてくれたんだっ」
恋する乙女のように姫叶は、先生、と口にする。同時に狂気すら感じさせる。
「じゃあ、その……先生が父さんや母さんを殺せと言ったから……殺したのか……?」
「そうだよ、先生は私のことを一番に考えてくれるの。だから、先生の言うことに間違いは無いんだって自信はあったよ? ……あ、先生のこと教えてと言われても、それは絶対にヤだよ」
「そんなもん、今はどうだっていい……。その様子なら、先生の意思じゃなくて、自分の意志で二人を殺したんだな?」
「うん、あ……もしかして同情しちゃう? そうだよねぇ、お兄ちゃんはすっごく甘いから昔だって――ぇ」
「――甘いのはお前だろ」
姫叶から息を呑むような声が聞こえた。ゆっくりと首を横に向けた姫叶の目には、右肩から先を失った自分の姿が映っていた。そして、俺の足元には姫叶の右腕が転がった。
鮮血が右肩から噴き出したのを目にした姫叶は絶叫する。
「いぎゃあああぁぁぁぁ――! 痛い! 痛いよ! 何してんの、おにいちゃ……お兄ちああああぁぁぁぁゃん!!! いだぁあああい!!!」
話に集中する姫叶に、右手の中で僅かばかりの水を握りしめていた。そして、それを会話をするフリをしながら魔力を練りこみ、鎖鎌のような鋭利かつほぼノーモーションで遠距離攻撃ができる武器を形成したのだ。
右手の中でじっくりと形成した水の鎖鎌を使い一か八かで振り上げれば、惜しくも姫叶の右腕だけを奪う形になったようだ。
相変わらず痛い苦しいと泣き喚くを姫叶を見据え、舌打ちをしつつ立ち上がり、右手を広げ水の剣を生成した。
「確かに父さんと母さんを殺したのは、別の意思があったかもしれない。だが、アメリア達をお前は私利私欲の為に殺した! そんなお前の言葉に、今さら俺が耳を傾ける訳ないだろ!」
歯と歯の間から吐くようなハーヒーという息を何度も繰り返しながら、姫叶は左手の指先を右肩の切断された肉の辺りをなぞる。すると、魔力が発光すれば失われた右肩の部分から燃え盛る炎の腕が出現した。
真っ赤に充血させ目で姫叶は炎の手で体を支えながら立ち上がる。
「よくも、よくも、よくも……よくも! 妹の腕を切り落とすなんて、本当に残酷なお兄ちゃんだよ! いいよいいよいいよいいいいいよ……お兄ちゃんは跡形もなく殺してあげる……喰うとか関係なく、細胞の一欠けらまで蒸発させる!」
まず、姫叶の炎の右腕が指の形を失い、空を突かんばかりに伸びていけば、宙でぐるりぐるりと回転すればとぐろを巻き、姫叶の右腕は筒のような形に変形した。
脳裏に浮かんだのは、大砲。筒形の穴の部分をこちらへ向け左手で支える姿は、どこをどう見ても砲台となった姫叶の姿だ。
「これで終わらせるから! お兄ちゃんはここで殺しておかないといけない! いつまでも抵抗しないで……ねえ、殺させてよ! お兄ちゃん!」
姫叶を中心とした炎の渦が巻き起こる。それらは、魔力によって起こされた大きな渦だ。今までと比較にならない程の、強大な魔力が姫叶の中に充填されていっているのが肌感覚で感じ取れる。
平行線だった戦いに姫叶から宣戦布告を言い渡される。いよいよ、ここで決着を着けるしかないようだ。
姫叶の語る先生という存在は気になるが、ここで全てを命すらも賭けないと奴は倒せない。無事、生きていたらその先を考える。その先の復讐を進む。
「水の精霊よ。――全てを賭けて、愚かな妹を滅せよ」
決着を着けるのは、ここしかない。
※
全身全霊で次の一撃を撃てば、力尽き立っていることすらできない未来を想像しつつ、姫叶の視界の中にはおかしな映像が流れ込んでいた。
それは、夏の暑い日。
蝉の声、風鈴の音、網戸を閉める音、風でめくれる宿題のプリントの音、遠くで聞こえる子供達の声、音、声、音、声。
「早く来いよ、ひめかっ」
呼ばれて振り返れば、買ってきたばかりの水鉄砲を両手に持つ兄が居た。手に持った安っぽい青と緑の透明な水鉄砲は、びっくりするぐらい兄に似合っていた。
遊ぶとか遊ばないとか悩む以前に、呼びかけられるがままに駆けだせば、青色が好きな兄の為に緑色の水鉄砲を受け取った。
真夏の日差しを物ともせず、庭に飛び出した私達は水の入った鉄砲で遊び始めた。
※
俺の望み通りに水の精霊は肉体と引き換えにでもして、姫叶を撃つつもりでいるようだ。
大気から取り込んだ魔力は己の血肉となっていく感覚を感じつつ、細胞の一本一本に目には見えないが、そこにあるのだと感じられるエネルギーの流れを実感していた。
これは力を借りるとか操るとか、そんな甘いものではない。身体の内側から自分では無い物に塗り潰されるような、自分が自分で無くなっていく。空っぽにされていきながら、そこに補充される物は自分の知らない何か魔力の深淵を身をもって覗き込んでいるようだ。
魔力も持たぬただの人間だからこそ、詰め込める物もあるのだろう。果たして、空っぽの俺という箱にはどれくらいのキャパシティがあるのか。
魔力とはイメージで、魔法は想像を現実に変える術。
答えに辿り着いたことで、ただ溢れ出していた魔力は徐々に形を輪郭を取り戻す。
「イメージを形に……想像を現実に昇華させる……」
気が付けば手の中にピッタリ収まる大きさの拳銃型の水の塊が握られていた。俺の最適解として、拳銃型の必殺武器を形作ったようだ。
魔力の強大さを誇示するように大砲の形をした姫叶の魔法とは違い、俺が実体化させた武器は心許ないが、間違いなく今までで最強の一発が発射できるという自信はあった。
姫叶へとようやく拳銃の形を留めているだけの武器の銃口を向けた――。
※
陽が沈むまで二人で水遊びをしたことを姫叶は思い出していた。
水鉄砲を撃って、空になっては、数えきれないぐらい水を補充した。
びしょ濡れになったが、そんなこと気にならないほど、腹がよじれるぐらいに笑った。楽しい思い出だ。
誰かが……お母さんが、私達を呼ぶ。
ご飯よー早く戻ってらっしゃいー。
いい匂いがしてきた。
すぐに頭の中は遊びから、夕飯のことに埋め尽くされる。
お兄ちゃんに提案した。
そろそろ、ごはんだよ。
お兄ちゃんもよほど楽しかったのか、しばらく不貞腐れたような顔をした。
「じゃあ、最後に勝負しよう。一回でも当たった方が負けね」
負けず嫌いなお兄ちゃんなので、ここで負けても、もう一回、もう一回、だと言って来ることは目に見えていた。しかし、負けず嫌いなのは私も一緒だ。
さながら荒野のガンマンのような緊張感の中、私達の決戦が始まる。
「行くぞ、姫叶」
「よーい」
「「どんっ」」
――果たして、あの勝負の結末はどうなったのだろうか?
※
俺と姫叶の力はほぼ互角だった。
魔力の拳銃は透けて見える内側の魔力の水も忙しく波紋を起こしている。
視界のほぼ全方向を姫叶の炎の力に埋め尽くされたが、一点突破である魔力も姫叶へとぐんぐん前進を続けていた。
「ああああぁぁぁぁ――!!!」
魔法で身体能力を強化しているというのに、気を抜けば腕ごと吹き飛ばされかねない。腕が吹き飛ばされてしまえば、自分の身体も木っ端みじんになってしまうことは想像に難くない。
ただ、踏ん張るしかない。ここで負けてしまえば、待っているのは永遠に終わり、この世界を破滅させる無限の地獄。
まだやれる、まだ考えられる。今、思考が生きている内は、立ち上がれる証拠だと己に言い聞かせて、両足を地面に根付かせるつもりで大地に肉体を拘束させる。
魔力を放出すればするほどに、頭の中から大事な部分が抜けていくような、おかしな状態に陥ってくる。魔力を失いつつあるからこそ、自我が保てなくなっているのだろう。
それはそうだろう、俺達は互いに互いの魔力を喰らい合っているんだ。そうでもしないと、この戦いにも終わりは来ないのだから。
※
水鉄砲勝負は、どっちが勝ったかな?
ああ、でも、負けたくないなぁ。
負けたら、お兄ちゃんに嫌われちゃうかもしれないし、後で笑われちゃうかもしれない。
凄く嫌だな、負けるのは、本当に嫌だよぉ。
いつだってそうだ、お兄ちゃんと私で最後は勝負になるんだ。
サッカー、野球、水泳、ゲーム、勉強、お料理、お掃除でさえも。
待ってよ、お兄ちゃん。待っていてよ、すぐの追いつくから、すぐにお兄ちゃんを捕まえて――。
――ねえ、お兄ちゃん隣いいよね?
※
「そん……なっ……!?」
姫叶の力が増してきた。真っすぐに伸びていた俺の一撃は、姫叶に届く直前でこちらに押し戻されてきた。
ここに来て、まだ余力があったのか、息を吹き返してきたような攻撃に少しずつだが押され始める。
まずい、このままでは――。
「――俺は、何をしようとしているんだ?」
焦燥感のまま、もう片方の手で掴んだ物は姫叶の右腕だった。
血塗れの右腕は、冷たくずっしりと重たいが、その中にはまだ大量の魔力が内包されているのを見抜いた。それもそうだろう、所有者はあんなにもピンピンしているのだから。
ほぼ無意識に姫叶に右腕を掴んでいた。それはきっと、俺の中の最適解として、右腕を選んでしまったのだろう。
姫叶の魔法が確実に勢いと威力を増して迫ってきている。一秒ごとに、命のタイムリミットが迫っていた。
生きたい、生きなければならない、死んではいけない、言い聞かせながら、左手で握った姫叶の右腕を口の方まで持っていく。
今から行おうとしているのは、人間という生物の中では最低最悪の行為。道徳を踏みにじる、邪悪な行動と呼べよう。
生きる為でもなく、ただ力を求めるが為だけに、人の、それも妹の肉を喰らおうとしているのだ。
正しいのか間違いなのか、もう分からなくなっていた。だが、この時に俺はただ何でもいいから、生きたいと願ってしまった。
もう儀式なんて用意している力はない。
一瞬の躊躇の後、姫叶の右腕の最も柔らかそうな部分に噛みついた。
※
――そうだ、あの時の水鉄砲は私の負けだった。
何で、今頃、そんなこと、思い出した、の、か?
今と、なっては、昔、昔、の話。
お、お、お兄ちゃん、ねえ、となり、そこに、わたしは、いますか?
※
妹の血肉を喰らった瞬間、強大な魔力が内に流れ込んできた。
理性なんて吹き飛び、思考なんてままならないまま、左手に握っていた姫叶の右腕を投げ捨てると、代わりに手の中にもう一つの拳銃を出現させる。
その拳銃は火の球を握りしめたようにメラメラと燃え盛っている。そして、それは右手の武器と同じく拳銃の形を形成する。
無重力にでもなったかのように、左腕が力に振り回されるように強引に持ち上がれば、右手と同等かそれ以上の魔力による火炎放射が放出された。
右手の水の魔法と左手の炎の魔法が溶け合うように包むように前進を開始すれば、姫叶の魔法の攻撃なんて物ともせずに突き破り貫通し、そして姫叶の元まで到達する。しかし、計算を見誤った。
あまりにも強大過ぎる魔法の波動は姫叶に直撃すると同時に、攻撃した本人である俺すらも巻き込む大きな爆発を起こした。
殴りつけて振り回すような炎の波動と、ダムをひっくり返したような水の奔流に飲まれて、俺の体は衝撃と疲労から意識が遠のいていく。
激痛に意識が破壊されながら、その痛みにこれ以上抵抗するつもりはなかった。さほど、生きたいとも思えなくなっていた。
解決はしていないのだろう――だが――終わった――。
達成感もなく高揚感もなく、何かが終わり、そして、終焉が来たのだと目を閉じた。
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