第17話 絆を喰らう者 対 命を喰らう者 ②

 姫叶の見よう見真似で両手から水の魔法を放出する。制御を忘れてしまったスプリンクラーのように両手から大量の水を噴出しながら、どんどん接近する姫叶の右足を右手を交錯させる。

 左手のスプリンクラーは水を背中側に放出しつつ、右手は衝突した姫叶の足を押し返す。


 「お兄ちゃんて、もしかしてバカなの!? 私に押し勝ったとしても、そんな戦い方じゃお兄ちゃんの腕無くなっちゃうよ!」


 そう、今は姫叶の右足のキックとぶつかり相殺しているが、何もない所でこんな無茶な力を使えば、両手はぐるりと一周してしまうことだろう。そうなれば、腕はもがれて吹き飛んでいくことに違いない。水のスプリンクラーなんて考えてたが、次は血液のスプリンクラーを吐き出してしまうことだろう。

 ケラケラ笑う姫叶に俺は後退するどころか、大きく一歩踏み込んだ。


 「俺だって馬鹿だと思うさ。けどな! 今さら腕の一本や二本を失っても、お前を止める覚悟は揺らがねえんだよ! せいぜい、ぶっ飛ばされないように炎を強めるようにするんだな!」


 さらに、両手の魔法陣にスプリンクラーを全開にするイメージで魔力を込める。どうせ引きちぎれるなら、全開まで振り回して引きちぎってやろうと考えた。

 拮抗していた俺と姫叶の力だったが、少しずつ姫叶の後方へと右足が押され始める。


 「生意気……生意気だよ、お兄ちゃんのくせにぃ!」


 露骨に悔しがる姫叶の顔に、次に笑んだのは俺だった。


 「ようやく、お前のそういう顔見れたなぁ……。俺はお前を倒す為に追いかけてきたんだ! 決めたぞ、姫叶! 俺は妹であるお前を……全力で殺す!」


 スイッチを入れたように姫叶の右足の踵から炎の勢いは増す。


 「何も知らずに、こっちに来たくせに……偉そうに……いいよ、ここで腕も、足も、首も吹き飛ばしてあげるよ!」


 姫叶の両足から吹き飛ばした炎は、その憤怒を表現するかのようにいつしか足から背中にかけて翼の形に変化していた。そして、姫叶の背負った翼から羽が舞い落ち、地面に落下すれば大地に小さな火柱を上げる。舞い散る翼によって作られた火柱は地面にいくつもでき、さながら火の草原が周囲の世界を覆い尽くした。


 人間を超越したその姿に、本気で姫叶が世界を統べようとしているのだと気づいた。それなら、なおのこと止めなければいけないと思った。

 不死鳥を連想させる姫叶の炎の翼は、俺の水の魔法も焼き尽くすようで、両手の水の魔力が刻々と弱まっていた。


 「ほら! ほら! ほらあああ! こういうことだよ! お兄ちゃんは、私に勝つことはできない! 私は選ばれたけど、お兄ちゃんはこの世界にとってイレギュラーなんだよ! この力の差こそが、その証明なんだよ! 力を手に入れたばかりのお兄ちゃんじゃ、無理なの! 私とは喰らった数が全然違うんだからねぇ!」


 炎の翼が二、三度羽ばたくだけでいくつもの羽が水の魔法を消し飛ばした。既に姫叶の姿は、炎の鳥に体が埋め込まれようにも見えるほど、その姿を大きく猛々しくみせていた。そして、炎の鳥の首の辺りから覗かせる姫叶の顔は勝利を確信したように口角を歪ませていた。


 ――姫叶は油断している。皮肉なことに、兄である俺には姫叶の表情から感情を読み取ることができた。

 姫叶の炎によって俺の左手の水の魔法はブレーキが掛ったように最初の勢いを失っていた。即ち、左手の遠心力と右手の水の勢いで攻撃をしようとしていた俺にとっては、既に姫叶との力比べには負けたと同義だ。そう、力比べには負けた――。


 「――なら、弱者なりの戦い方をみせてやるよ」


 左手から水の魔法を消す。姫叶が今の発言の意味を考えている間に、新たな魔法陣を形成。それは、ライナスが得意な魔法タークレイトの魔法陣。力を託してくれた者が得意とした魔法は、受け継がれた俺には詠唱の手順を無視することができる。


 右手の魔法をさらに勢いを増大させる。力では確実に押し負けるが、少なくとも姫叶の視界を奪うことは成功する。そのまま、左手に膜状のシールドを張りつつ姫叶の翼に突き刺した。


 「あああぁぁぁ――!!!」


 魔力のシールドを張ったはずなのに、姫叶の炎の中に突っ込んだ腕から何十個もナイフを刺したような激痛が走る。熱さはもちろんのことだが、邪悪な魔力が体内の欠陥を根こそぎ引きちぎっていくようだった。これが、魔力を奪われる痛みというもなのだろう。


 最初は俺の行動にぎょっとした姫叶だったが、絶叫する俺を見て埋められぬ戦力差に自暴自棄にかかったと思ったようだ。次第に、苦しむ俺の声を楽しむようんい笑いだす。


 「はは……あはははははっ! 残念だよ、お兄ちゃん! 唯一、私と同じ力を持つ人間だったから期待したのに、これじゃあ喰らっても美味しくないかもねえ!」


 「一つ……聞かせろ……。お前は、どうしてこの世界に来た。両親の命を奪って……人間を捨ててまで、やりたいことって……なんだったんだ……」


 その話を待っていたとばかりに姫叶は悠々と返事をする。


 「偶然、奇跡、必然がいくつにも重なって、この世界に私は呼ばれたんだ。ずっと声が私に呼びかけるんだ……この世界を支配しろって。だから、来たのよ! きっと、この世界に必要な人間なのよ! 私は!」

 

 何が変わったのか分からなくなってしまうほど、姫叶はキラキラとした目で断言した。

 幼い頃、パン屋になりたいと夢を語った姫叶の姿と今の彼女の姿が重なる。あの頃、美味しいパンを作って俺や両親に食べさせたいと話してくれた姫叶の純粋な夢は、凄惨な未来しか待たない夢に変わってしまったのか。

  

 「馬鹿げている……。お前は、魔王にでもなるつもりか……」


 「あはははっ! 魔王! それいいね! いい響きだねぇ……でも、全てを支配してしまえば、魔王も救世主も勇者も全部同じだよね! 最高だよ、支配してしまえば……私は何にでもなれるんだからさあ! あははははははっ!!!」


 家事の手伝いをしたりしなかったり、流行りのアイドルが好きだったり、どこにでもいる普通の妹だった彼女から発せられたとは思われない言葉の数々。

 変わったなんて生易しいものではない、最も恐ろしい形で、本来の彼女のままで――狂ってしまったんだ。

 きっと、どこかに原因がある。その原因を絶対に許さないと心に決めた。……そろそろ、時間だ。


 「おい、何か気付かねえか……? 俺がペラペラ喋っていることに疑問は持たねえのか?」


 愉快そうにしていた姫叶の表情が引き締まった。


 「……何かしたの」


 「タークレイトて言ってな、俺の兄貴分が託してくれた魔法を拳ごとお前の翼にぶち込んだ。名付けるなら、タークレイトスマッシャーてとこかな?」


 「でも、不発に終わったようじゃない」


 「そうか? タークレイトは液体を雨のように降らせて相手の魔力を奪い、外に放出または吸収する魔法だ。元々、使っていた兄貴分は効率が良いから雨のように降らせていたが、どんなサイズにもタークレイトの液は変化させることができる。そして、お前の体内に微粒子のように細かくなったタークレイト達は浸透し魔力を奪っている」


 説明を聞いた姫叶は、安堵にも似た嘲笑を浮かべた。


 「要はお兄ちゃんの周囲の私の魔力だけ薄くしただけでしょ? ……はっ、そんなもの? 契約者である私の魔法は無尽蔵、尽きることはないのよ? どれだけ魔力を吸収されようとも、内側から生み出し続ければいい話よ。……お喋りできるようになったからって、随分と偉く出たわね」


 狙いに気付いていない姫叶に笑ってしまう。


 「昔から、お前は勉強を教えろと言う割には、ちゃんと聞かない奴だったよ。言ったろ? 消滅させるだけじゃない、吸収するってな……」


 「吸収して、どうするっていうのよ! ……まさか」 


 ムキになって応答しようとする姫叶は、そこで気付いたようだ。


 「分かったか? 吸収して大地の精霊に還すだけだった魔力を俺のルキフィアロードの力によって――喰らった」


 それからの姫叶の判断は早かった。炎の翼を振るえば、その衝撃で浮き上がり翼から強制的に手を引き抜かれた俺と姫叶を突き放すようにして、巨大な炎の柱を出現させた。

 マハガドさんの命を奪った炎の柱の熱風に遥か彼方まで吹き飛ばされそうになるが、先程とは違い、俺の体内には力が満ちている。


 強制的に魔法を中断させたことで自由になった両手から、水で出来た鎖を何本も放ち地面に打ち付ければ、それ以上吹き飛ばされることはなくなった。

 炎が落ち着くのを確認すれば、再び二本目の炎の柱をバックに姫叶はこちらを見据えている。その顔は、つい先ほどまでの余裕は消え、両目を明らかな怒りに燃やしていた。


 「どうした、不機嫌そうだな。どうやら、お前の無尽蔵な魔力とやらも喰われてしまえばその分は消えちまうみたいだな」


 考えた通り、同じルキフィアロードの力で手に入れた姫叶の魔力は俺の力で喰らえば回復しないようだ。要は、俺に喰われれば喰われるほど上限を失い、逆に俺は上限を上昇させていく。

 接近して、時間を稼いで、痛みに耐えながら姫叶の魔力を吸い取った甲斐があった。


 ライナスの作ったタークレイトという魔法によって吸収することのできる俺と違い、姫叶は殺して奪うしかない。生きながらにしてパワーアップをしつつ敵の力を削ることのできる俺はかなり有利に戦えるはずだ。


 「タークレイト!」


 睨みつける姫叶に警戒しつつ、すぐに空に魔法陣を作り出せば、一滴一滴が魔力をむしり取る雨が降り始める。

 雨に打たれる姫叶には動揺はない、だが、沸々とした怒りは全身から滲み出ていた。すっと右手を空に向ければ、宙に魔法陣が浮かび上がったかと思えば強烈な光を放出した。


 「プロミネンス」


 レーザー光線とも炎の嵐とも、はたまた神が下した鉄槌のような巨大過ぎる炎の閃光が姫叶の魔法陣から放たれたかと思えば、タークレイトの魔法陣を消し去り、曇り空を突き破り陽の光を新たに降らせた。

 恐ろしいまでの姫叶の魔法に開いた口が塞がらないでいると、姫叶は今プロミネンスと呼ばれる魔法を放出した右手で俺を指した。


 「お兄ちゃんは、私の顔に泥を塗った。汚くて、臭くて、一生拭き続けても落ちないように最低最悪の泥よ。これを落とすには、お兄ちゃんを殺すしかない。お兄ちゃんを殺して、壊して、奪い取って、魔力ごと身体を――喰らうわ」


 言うと同時に姫叶の指先からは、自動車ぐらいの大きさの炎の塊が射出される。反射的に中空に水の盾を発生させて、めいいっぱい遠くに弾けば、どこか遠くの崖が崩れる音がした。

 喋らなくても分かっている。――ここからが、本番なのだと。

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