第16話 絆を喰らう者 対 命を喰らう者 ①
地獄を描いたような景色に、彼女は心の底から、震えるほどに興奮していた。
宿した炎の魔法は世界中探しても、ここまで使いこなせる人間は居ない。ロウソクの火を息で吹き消すようにして、何十人、何百人という人達の命を消せるのだ。
「ふへへへ」
想像して、興奮から身震いをした。人が感じる数百倍のオーガニズムに達した気分だ。
ただコレだけでは達することはできない。妄想だけでは、人間は満足できない生き物だ。
渇望し、追及し、喘いで、ようやく手に入れることができる欲望に人は興奮を隠すことなんてできない。
身震いは踵から太もも、尻、背中、脳天まで物凄い速度で上昇し、私に気持ちのイイことを教えてくれている。
「懐かしいなぁ、かくれんぼ」
一つだけ、強力な魔力を感じる。
自分と匹敵する存在が、今こちらに近づいてきている。
最初に両親を殺して契約は成立した。だが、彼らを殺すだけでは強力な力は手に入らなかった。なので、まずこちらの世界に来た時にしたことは、視界に広がるありったけの生物達に愛を持って惨殺することである。
雑草でも刈り取るようにして、大地から根こそぎ奪い取った生命で、ようやく大量殺戮できる程度の魔法は使えるようになった。
しかし、これではダメなのだ。弱くはないだけであって、強くはない。ここで殺し尽くした全てに愛を持って殺し潰しているというのに、内側に吸収される力は微々たるものだ。
「もっと! もっと! もっとだよ!!! これじゃ私は、いつまで経っても満たせない!!!」
足音と共に魔力の気配と酷く懐かしい匂いがした気がした。
炎の柱を一度停止させ、周囲は夜明け前の朝焼けが空を照らし始めていた。
夜明けと共に、一人の青年が僅か十メートル程先まで接近してくるのを確認した。
品もなく大口を開けて笑おうとするのをグッと堪えて、精一杯上品な笑顔で懐かしい顔を迎えた。
「久しぶりだねぇ。お兄ちゃんっ」
お兄ちゃんには、私の笑顔は可愛く見えたかな。
※
――寒気がするほど、歪な笑顔の姫叶がそこに居た。
「久しぶりだな、姫叶」
思っていたよりもあっさりと再会の言葉は出てきた。
「こんなところまで、私を追いかけて来ちゃったわけ? それも、そんな物騒な力を宿して? ……お兄ちゃんて一途なところあんだね」
猫の手の形にした右手を唇に当てて、姫叶はクスクスと笑う。そんな妹の一つ一つの行動に、殺意が湧いてくる。
一切、警戒心を解くことなく、姫叶に向き合う。
「……どうして、母さんと父さんを殺した?」
「必要だったからだよ」
即答だった。今更、何を聞いているのかというばかりの言い方をしていた。
「それは……本当に、親を殺してまで手に入れなければいけない力だったのか!?」
「うん、そうだよ。親を殺してまで手に入れなければいけない力だったのよ」
これも、清々しいまでに即答だった。
アメリアとライナスの兄妹の絆を目の当たりにしたことで、ありえないはずの理想を多少なりとも描いていた。ようやく積み重ねたもしかしたらという希望が簡単に崩れ落ちていく音が聞こえた。
「お前はもう、戻れない。もしかしたら……なんて僅かでも考えていた俺が恥ずかしいよ。でも、この世界で出会った兄妹の絆は美しいと思った。……それだけは、元の世界もこの世界も確かなはずなんだ! だから、俺は……せめて、美しいままで……美しいと思える気持ちのままでお前を殺す」
「何を言ってるの、お兄ちゃん? もしかして、どっかで頭を打っておかしくなっちゃった? 一回、吹き飛ばしてみる?」
でも、と言葉を続けた姫叶は悪戯っ子のように舌をぺろっと出した。
「――最後の殺すという言葉は、よぉく分かったよ!」
小石でも蹴るように姫叶は軽く右足をキックする。直後、姫叶の足元から波状の炎が噴き出した。
噴出した炎は瞬く間に眼前まで迫る。
「水の精霊よ、我を守り給え!」
魔法の使い方はライナスとアメリアを喰らった時に学習した。尚且つ、内に宿した強力な魔法が詠唱を飛ばして魔法を発動させた。
前方に魔法陣が出現するのとほぼ同時に水の壁が現れ、押し潰すように迫る炎の波を受け止める。炎と水の衝突に小さな電撃のように魔力が迸る。この水の壁も炎の波もただの水でも無ければ炎でもないことを物語っているようだ。
「お兄ちゃんは、水の精霊か! 私は炎の精霊が使えるんだよ! いいのかなぁ、いいのかにゃぁ!? 水で受け止めるだけじゃ、炎は止まらないんだよ!」
姫叶の言う通りだ。水の壁は超高熱の炎に包まれ、徐々に蒸発を始めていた。このまま防ぎ続けても、姫叶はガスコンロを捻るようにして簡単に勢いを増大させることができる。
このままではジリ貧だ。守り続けることで負けるというなら、それは既に防御とは呼べない。なら、できることは一つだけ。……攻めるのみ。
「我を弾丸に変えてくれ、水の精霊よ!」
詠唱はしなくても良いものの今の俺では魔法に指示を出す必要がある。魔法の知識を手にしたが、ここだけは面倒なところだと言えよう。
望んだ通りに水の精霊は俺の肉体を覆い球体の中に閉じ込める。すると、壊れたサウナに閉じ込められたようだった強力な熱風を感じなくなる。
行ける、という確信と共に水の壁の魔力を己を包み込む球体に回すと、たちまち炎は俺の命をを求めるように迫る。後退することなく、前進し卵を横向きにしたようなイメージで水のシールドを作り出して地面を蹴った。
恐怖は腹の底に飲み込んだ。この魔法はライナスとアメリアの二人の力なんだ、俺達の絆が簡単に壊されることはないという自信があった。恐怖は自信に変わり、魔法の壁はさらに強固になる。
熱さも息苦しさも感じないまま炎の波を抜ければ、目前には姫叶が立っていた。
「やるねぇ、お兄ぃちゃん」
魔法の球体を解除すれば魔力が泡のように弾ければ、右手を姫叶へと突き出した。
「黙れ」
もう制御は必要ない。感情のまま憎しみのままに、右の手の平から水の魔法を放出する。
伸ばした手からは鉄砲水の如く、俺自身というダムが決壊するかのように岩石さえも粉砕する多量の水が姫叶を攻撃する。
鉄砲水は姫叶を飲み込み海まで伸びていき、手の先から前方にかけて地面は海へと続く河川のように抉れ、そこに海水が流れ込む。
「海を眺めている場合? 家族で行った海水浴を思い出すねえ!?」
頭上から声が降りかかる。
ジェットのように姫叶は足元から炎を発生させているのが目に入った。どうやら、鉄砲水の中で瞬時に炎を使い、海の彼方まで吹き飛ばされる前に上昇したらしい。
両足から炎を迸らせる姫叶が落下しつつ右足を上げると、器用にも体をコマのようい何度も回転しつつこちらに蹴りを放ってくる。
「くっ――! 水の精霊よ、俺を守れっ」
すぐに次の魔法が思い浮かばず、右手を顔の横に当てつつ宙に水の盾を生成する。――が、水の盾は姫叶のキックが直撃すれば、ほんの数秒防いだだけで粉砕した。
「甘いよ、お兄ちゃん! 攻撃力は私の方が上なの気付かなかった!? 対戦ゲームをしていたお兄ちゃんはいつも大事なところでガードしようとしていたよ!」
数秒間稼いだ時間のお陰で、姫叶の炎を宿したキックは頭の上を通り過ぎた。それでも、頭一つ上の場所をジェット機が通るようなものなのだ。強烈な熱風に押されて、俺の体も流されるがままに地面を転がった。
意識を奪われそうになるのをギリギリの所で堪え、がむしゃらに魔法を体内に宿らせる。要領は先程作った卵状態の水のシールドのように周囲を覆う。
衝撃で水のシールドが波紋を起こすが、そこまでだ。致命傷は受けていない。
「休んでいる場合? ゆっくりしている暇なんてあると思ってた!?」
まただ、姫叶は足の下に発生させた魔法陣から俺を吹き飛ばし時に作られた瓦礫を物ともせず、爆炎を噴出しながら突進してくる。
逃げるか、いや、ここで退いていては同じことだ。悔しいが、姫叶は俺の何倍も魔法の使い方に長けている。攻勢を続けさせてしまえば、いつかは俺の魔法なんて破られてしまうに決まっている。
なら、やるべきことは一つ。無茶苦茶でも、姫叶に単純な力比べで挑む。
「だったら、遊んでやるよ! 徹底的にな!」
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