第14話 夜明け前の奇襲②


 ライナスの求めに応じ、物陰からタスクが飛び出した――。


 「――ああ!」


 影から躍り出ると同時にメロウハルフを振るい、身近に居た追手達が砂になって崩れ落ちた。

 瞬く間に二人の命を奪ったというのに、脳内はクリアなままだった。もっと胸が痛むような苦しい気持ちになるかと思ったが、砂になった追手達に一切の感情も動かずに次の標的へ向かう。死体が残らないことが、視覚的に誤魔化された


 魔法陣の傘を作っていた追手達は、まるで殺人鬼を見るような目つきで俺を見ていた。

 タークレイトの雨すら物ともせず、自分達の魔法の大半は打ち消し、なおかつ刃に触れるだけで問答無用で体を砂に変えられてしまう。

 そもそも、俺は魔力を体内に持たないし、奴らの魔法を弾き、肉体を崩壊させれること以外はただの素人と変わらない。だが、恐怖に顔を青くさせる追手達の姿に勝機が掴めそうな気がしてくる。


 「ああああぁぁぁぁ――!!!」


 最初は敵の目を引くから静かに斬っていけなどとマハガドさんから助言を受けたが、緊張感と不気味な程の高揚感に声を荒げてしまう。

 助言通り俺に狙いを定めた追手達に気付く、器用なことに片手で魔法陣の盾を作りでタークレイトの雨を防ぎつつ、もう片方の手で魔力の塊を放ってきた。


 こんな所で怯むぐらいなら、最初からこんな敵地の真っ只中に突っ込んだりはしない。それに、俺は目の前でメロウハルフの性能を知っていた。

 剣の刃の面を敵方向に見せながら走ることで、迫って来る魔法の塊が直撃する前に消失する。さらに加速し、敵の目前まで近づけばがむしゃらに薙ぎ倒す。

 追手達の首が飛ぶ。血を若い男も女も、壮年の男の首も刎ねたが、いずれも地に落下する前に砂となって濡れた大地の一部となる。


 「覚悟はできんだよな……! 俺は俺の為に、この力でお前たちを殺す!」


 自分が自分じゃなくなっていくような嫌な昂ぶりを胸に、無我夢中に剣を振り回す。戦い方のいろはもなってない素人に蹂躙されていく奴らの無念さはよっぽどのものだろう。だが、奴らは大勢の人を戦争に巻き込もうとしていると強引に自分を納得させて、戦い――いや、虐殺を続行した。


 「――!」


 急な出来事だった。視界が唐突に明るくなったかと思えば、強い刺激に目を閉じる。それが敵の攻撃であり、魔法の一種だと気づいたのは次なる衝撃を受けてからだった。

 鋭いキックを脇腹に受け、びりびりとした電流を流されるような骨に響くような痛みが走る。

 ぬかるみに足を滑らせてこけた俺に、さらなる追い打ちを掛けようと影が迫る。ほぼ反射的に剣を前に突き出せば、鈍い感触。


 「おの……れ……」


 ようやく目が見えるようになってきたと思えば、血走った眼でこちらを見下ろす人魚族の男の顔がそこにはあった。男の表情は、マハガドさんが手にかけた女の顔とよく似ていた。

 顔に男の死骸から変化した砂が降りかかる。砂の一粒一粒が怨嗟の声のように顔を覆う。

 今日経験した中で最も殺害をしているのだと再認識させられた。


 「もう二度と……こんなことはごめんだ……。……でも!」


 蹴りを放った男を見ていたのだろう、同じように生身で向かって来る追手達をまとめて切り裂き砂に変える。先程の蹴りが原因だろうが、背中の辺りの骨が内側から裂けそうな程の痛みを感じる。どうやら、骨にヒビが入っているようだ。

 今度は叫ぶこともなく向かって来る追手達を迎え撃つ。


 「まだ、死ねない! どれだけ屍を作っても、進んでしまった以上は……死ぬ訳にはいかないんだよ!」


 経験の差もあるが、死に物狂いで戦っているのは俺だけではない。奴らは、決死の思いで向かい、再び俺の身体に体当たりをして突き飛ばした。


 「――ぐぅ!?」


 立ち上がった俺に、さっきと同じように強烈な光が視界を奪った。馬鹿なことに、二度も同じ作戦に引っかかった。

 これを好機にと押し寄せる気配を感じていると、


 「――立ち上がるな、タスク!」


 勇ましいマハガドさんの声が聞こえたかと思えば、タークレイトの雨を貫き無数の何かが頭上を通り過ぎた。

 メロウハルフの力もあるのだろうが、再度、視力を取り戻した視界で振り返れば、頭に矢の突き刺さった追手達が地面に転がっていた。


 「マハガドさん……」


 両手にボウガンを構えたマハガドさんは俺に肩を貸して立ち上がらせる。


 「まだやれるか! やれるな!」


 「……はい、もちろんです」


 泣き言を言うには、もう大勢殺し過ぎた。

 子供だお嬢ちゃんだと言っていたマハガドさんは、もう俺のことをタスクと呼ぶようになっていた。きっと、一線を越えたからなのだろう。


 「くっそ、奴ら……全滅するまでやるつもりだな」


 忌々しそうに呟くマハガドさんの視界の先には、魔法で召喚したと思わしき異形の怪物が姿を現していた。

 追手達が召喚したのは、タコの頭を上から押し潰し、手足だけを倍に増やしたような生物。大きさも大型トラックぐらいはあるのではないかと思われるような大きさで、不気味な威圧感があった。


 「でも、ライナスの魔法なら」


 「いいや、よく考えているみたいだぜ」


 ぬめぬめと手足から粘液を垂れ流しながら動き出した怪物はタークレイトの雨の中ものそりのそりと近づいてくる。


 「どういうことだ!? ライナスの魔法なら、魔力は力を失うんだろ!」


 「魔法で召喚できる魔物は様々だ。奴ら固まって何をするかと思えば、大勢の魔力を分け合ってタークレイトの魔法に耐性を持ち、なおかつ吸収しきれない魔力を持った魔物を呼び出したみたいだぜ。こんな土壇場で、よくやるよ」


 「メロウハルフの力を使えば何とかならないんですか!?」


 「身を削ることはできるだろうが、そいつじゃきっと決め手にはならねえだろうよ」


 「どうすればいい、どうすれば……。ラムサスは魔法に集中しなければいけないし、ここで、アメリアを頼ってしまえば本末転倒だ……」


 「よぉく分かってんじゃねえか、なら……俺しかいねえよな!」


 にかっと勇ましくマハガドさんが笑えば、懐から拳程の大きさの樽を取り出せば、それは何かと問いかける前に勢いよく不細工なタコの怪物に投げつけた。それは、タコの怪物に接触すると同時に遠くでクラッカーが鳴るような音が聞こえたかと思えば、真っ赤な煙が空高く舞い合った。


 今投げたのは何なのかは全くの不明だが、依然として向かって来るタコの怪物に対して無力な物だったのは間違いなさそうだ。

 落胆して溜め息の一つでも出そうになったが、マハガドさんの勝利を確信した自信に満ちた横顔に口を閉じた。


 「必殺の魔法具でも出ると期待したか? それとも、とびっきりの魔法か? 悪いが、俺もお前と同じく魔力無しでな。俺と同じ無力なお前に、教えといてやるよ、魔法使いでも人魚でもねえ……だが、これが商人の戦いだよ。商人はな……人との繋がりで戦うのさ!」


 声高らかにマハガドさんが両手を広げれば、夜の闇を潜り抜けて、つい先程マハガドさんが投げたような樽が上空に見えた。一つではない、二つ、三つ、いや、もっとか。


 「さっきの……? 違う」


 「一度、町に戻った時にありったけのとっておきを持って帰って来たのさ」」


 弧を描いて真っすぐにタコの怪物に向かって樽の大きさは人間一人が余裕で入ってしまいそうなぐらい大きい。


 「ありったけ? とっておき?」


 「そうさ、ライナスに渡した爆薬程度じゃ足りるわけねえよ。だからこそ、祭りでもできそうなぐらいとびっきりの爆薬を再納品してやったのさ」


 それが真っ赤な煙の場所に吸い込まれるように落下していった。直後――激しい爆発と熱風。

 近くに居た親である召喚した追手達を巻き込みながらタコの怪物は炎の中で暴れ、のたうち回っている。

 炎に焼かれる敵達に、それこそ商談がうまくいったような陽気さでマハガドさんは「ガハハハッ」と笑う。


 「魔法を使える相手に、馬鹿正直に爆弾を投げても防がれるし跳ね返されるに決まっている。だったら、俺達なりの絶妙な状況で爆弾は投入するしかねえさ。だからこそ、ライナスに残った爆弾を預けたままにして、俺の合図で爆薬を爆弾として使えるようにしたのさ」


 遅れながら、あの赤い煙の正体に気付けた。あれは単なる目くらましではなく、爆弾を投入する位置をライナスに知らせる為の狼煙だったのか。

 この不意打ちの爆弾が利いたのか、いよいよ追手達が混乱している様子が分かる。


 次から次の不意の攻撃に、俺達を四人なんて思っていないはずだ。きっと奴らかしてみれば、四人が四十人にも百人にも感じられている。ここで背中を向ける敵が出てくれば、追い打ちをかけるのはそう困難ではないはずだ。


 「……行きましょう、マハガドさん」


 「いいのか?」


 「ええ、これは殲滅することが目的です」


 そう、逃がしてしまう訳にはいかない。第二、第三の敵が出てくることになったとしも、ここに居る者達だけは生きて帰す訳にはいかないんだ。


 「難儀だねえ。俺もお前も――」


 ――マハガドさんの言葉は、隕石でも落下したような大きな音と炎の前に掻き消された。


 熱風と火炎が駆け巡り、俺の肩を支えようとしていたマハガドさんの姿は炎の中に飲み込まれた。

 自分の体が浮き上がったかと思えば、まるで焼けた鉄板を押し付けられるような熱風と共に俺の肉体も遥か後方へと吹き飛ぶ。

 追手達も吹き飛ばされたようで、テントの骨組みやら布にくるまりながら地面を転がり岩の壁に激しく全身を打ち付けた。


 「な……にが……」


 喉にも熱風が入って来たのか、うまく声が出せない。視界のあらゆるところで炎が燃え盛っている。地面も、海も、空でさえも。

 まさか、人魚族の追手の攻撃か。これでは、味方も敵も関係ない。追い詰められたせいか。

 世界の滅びが訪れたような光景に、思考を放棄したくなる。

 瞼は焼けているのか酷い痛みだ。辛うじて開いた瞼で、酷い思い違いをしていたことに気付く。

 地獄を現実に再現したような獄炎の中で、見知った人物を目撃した。


 「あぁぁ……ぁ……。また……ひ……――姫叶ッ!!!」


 姫叶が、炎の中で舞い踊っていた。

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