第13話 夜明け前の奇襲①

 人魚族のタカ派の追手と呼ばれていた彼らは、海中の死神、非道なる海の者、などと呼ばれていた。しかし、表で何と言われようが結局のところ、彼らの正体はセルデバンテ議員と呼ばれる者の剣でしかない。

 性質上、温厚な性格の人魚族は多いが、時折、強い攻撃性を秘めた者も現れる。そういった者達は徐々に居場所を失い、最後は海を出て陸に上がることは珍しい話ではない。そうした部族から爪弾きに合った者達に居場所を与えたのがセルバンデ議員だった。


 狂暴性を制御し攻撃性のベクトルを変え、似た性質の仲間を作り、行き場の無い衝動をぶつける場所を用意した。彼らがセルデバンテ議員に絶対的な忠誠を誓う兵士に出来上がるのもそう長くはかからなかった。

 元々、粗削りな狂暴性がセルデバンテという砥石に研磨されて鋭利になった。それは、忠誠にしか喜びを感じない無機質な鋭利さでもあった。もし、タスクが彼らの内情を知れば、まるで機械のようだと感想を抱くことだろう。


 セルデバンテへの忠誠から、多くの者を手にかけ、多くの作戦を突破してきた彼らだったが、今日は大きな汚点を作ってしまったことをそこに居た全員が悔しさを覚えていた。

 それなりに魔法が使える人魚族は混じってはいたが、戦いを生業としていない者達に遅れを取った。この事実が、彼らの誇りに泥を塗り、セルデバンテ議員の名前に唾を吐いたのと同罪である。  


 短い時間でも休息できるように訓練された彼だったが釈然としない浅い睡眠の後、一人の男がテントから顔を出して、見張りの待つ篝火の元まで向かう。すると、程なくして、自分よりも幾分か年の離れた見覚えのある背中が見えてくる。


 「交代だ」


 短い言葉に頷いて振り返った男は、片眼を細くさせた。


 「どうした、疲れは取れていないのか」


 「睡眠は取った、これ以上は無駄だ」


 「明日はセルデバンテ様もやってこられることになっている。あまり情けない顔はするなよ」


 「当然だ」


 父親のように何かとお節介をしてくる男を煩わしく思いながら、篝火の元に居た男と立ち位置を交代する為に一歩踏み出した時だった――。


 「何だ、あれは――」


 普段は抑揚のない男の声のトーンが珍しく上がっていた。おかしな夜だとふらっと頭上を見上げた刹那――頭上が爆裂した。


                   ※



 「――始まった。……行きます」


 爆発を合図にアメリアが走り出せば、待機していた磯場から海に飛び込んだ。そして、そこから岩陰に沿うようにしてぐるりと泳げばほんの数分で目的の敵地だ。

 本来なら人魚の姿で泳いだ方が三分一以下の時間で到着する距離なのだが、人魚と人間の姿は服を着替えるように素早く変身することはできない。それなりの集中力と時間を要するのだ。

 泳ぎのスピードは常人よりも少し早い程度。

 同じ人魚族の者、いや、人間から見ても馬鹿にされそうな不格好な泳ぎ方で必死に手足を動かして前進する。

 

 (きっと陸の上では大勢の人が死んでいるし、混乱している。それを引き起こしたのは私と兄だ。だというのに、私の手足は止まらない。もっと大勢の人達を死なせに行くというのに)


 殺戮の一端を担おうとしている罪悪感を感じず、冷静に状況を考えている。そんな自分の本性が見え隠れしているようだ。


 (……私は偽善者なのだろう。口では甘いことを言いながら、切り捨てられる……紛れもなく、私は極端な答えに辿り着いた兄の妹だ)


 水面までもうすぐだ。そろそろ、簡易詠唱をして適当に海から水を拝借する魔法を使う頃合いだろう。そこまで来れば、後は片手で水を掻きつつ両足で水を蹴る。そして、空いた方の片手で魔法を念じる。


 (精霊よ、海の精霊よ。私達は許容する、愛し子達の大地で貴方の恩恵を受け入れよう。雨よ、雷よ、風よ、全てを私達は歓喜と共に受け入れることでしょう。例え、それが嵐と呼ばれる破壊でも)


 魔法陣を握りしめ、その手の中に留めた状態で水面から陸地に転がり出れば、考えていた通りに岩肌が剥き出しになった磯場だ。

 多少手足が傷付いたかもしれないが、そんなことなどお構いなしに右手を突き出して指を広げた。


 「――ストリウムギガスト!」


 今まさに魔法陣を発動し海の水を消火作業に使おうとしていた人魚族の追手達だったが、急ごしらえの魔法陣の上からさらに強大な魔法陣が上書きされれば消失する。

 急な出来事に、仲間の一人の魔法陣なのかと考えてしまう追手達。その僅かな思考が命運を大きく分けた。


 既に準備が整っていたアメリアの魔法陣が発光すれば、海水がとぐろを巻き、まるでそれがミミズや蛇のようにぐにゃりぐにゃりと関節を感じさせない動きで天高く昇っていく。応戦しようとする追手達だったが時既に遅し、今さら急ごしらえの魔法ではこの海の大蛇を止めることはできない。

 渦を巻いた巨大な海水で作られた大蛇は、棒立ち当然の追手達に降下し激突した。

 砂浜を抉り、海の大蛇に喰われたことで全身をミンチのようにされる同胞達から目を逸らすこともなくアメリアは詠唱を続ける。


 「これで、私は偽善者にすらなれない! それでも、私には守りたいものがあるんです!」


 あたかも視認できない鎖で海の大蛇を操るように左右の手を大きく動作させるアメリア。

 岩陰に隠れて魔法陣を操るアメリアに気付く間もなく、動揺する追手達にさらなる大蛇を作り出し圧死させた。



                  ※


 「次は、俺の番だ」


 呟いたライナスは既に炎と海水の大蛇に攻撃される追手達に近づいていた。

 昔からアメリアには下手な回復魔法よりも攻撃魔法が合っていると考えていたが、皮肉にもこのような形で才能を開花させたようだ。


 そういえばと幼い頃のアメリアを思い出せば、いじめっ子に対して強い攻撃性を見せたことがある。

 たわいもない子供の喧嘩だと大人は言っていたが、同じ家族ですら一度も怒ったことを目にしたこともなかったライナスには衝撃的な事件だった。それから、何度か徹底して悪と呼ばれる存在に対して強い怒りを表すようになっていた。


 優しい人間になればなるほど怒りのふり幅は大きいことがある。アメリアの怒った姿は、ライナスにそう感じられた。だからだろう、それからはなるべくアメリアの優しさを伸ばす方向で接していこうと考えていたが、今は恐れていたアメリアの内に秘めた怒りに救われている。


 「皮肉なものだ。あれだけ恐れた力に手を借りるだけではなく、守りたい者に重責を背負わせる。……情けない兄で、すまないな」


 どうやら、追手達はアメリアの攻撃によって一連の流れが引き起こされたことに気付き始めたようだ。現に、離れた距離から魔法陣を形成しアメリアの居る場所に放つ準備をしている。無論、このまま黙って見過ごすつもりはない。


 「精霊よ、水の精霊よ。今こそ、我らに力をお貸しください。……我が求めしは、怨敵を撃ち滅ぼす為の無常なる鉄槌。緩やかな大海の流れの如く、降り注ぐ者達の生に終止符を。そして、汝は盛運せよ!」


 体内の魔力が溢れ出し、それが魔法を形作り、前方に魔法陣を形成する。後は、ただ放つだけと思うがままに魔法陣へと手を伸ばす。


 「――タークレイト!」


 触れた魔法陣は天に昇っていくと、それは何倍にも大きな魔法陣の形を作ると夜の闇を照らす。直後、空から光の雨が降り注ぐ。

 蒼いサファイアのような雨粒に回避することもできない追手達に雨粒が触れた追手達に異変が起きた。


 全身に強烈な倦怠感、いや、そんな甘いものではない。雨の一粒一粒が体内の全てを削り取っていくような抗いようのない喪失感。体力を奪われ、精神力を削ぎ落とされ、吐き気がやってきたかと思えば体内から流れ出るのは本来内側にあるはずの魔力。

 対処の遅れた追手達が喋ることもなくうずくまる。


 「タークレイトの雨に触れれば魔力も精神力も大地に吸収される。本来は相手の戦意を奪う為に使う魔法だったが、君達にはかなり効果的だろう」


 地面にうずくまっていた追手達の両足から眩しい魔力の発光をみせたかと思えば、足の付け根から吹き飛んだ。次に聞こえるのは、追手達の悲鳴と絶叫。


 「魔力で辛うじて人間の二本足を手にした俺達が魔力を強制的に奪われてしまえば、それは形を失い消滅する。ただ消滅するだけではない、足に根付かせて使っていた魔法が解除されるんだ。無理やり足を引きちぎられる痛み……人間の姿を借りた今のお前達なら分かるだろ?」


 両足を奪われた追手達はその場で水を求める魚のように両手をばたつかせたが、多量の出血で程なく息絶えた。転がる無残な死体の山にも目もくれず、魔法陣をずらして他の追手達にも死の雨を降らす。


 「どれだけ大義名分を掲げようとも、俺は凄惨なやり方で同胞殺しをしている。憎みたいなら憎め……謝るつもりはない、これが俺の選んだ道だ。守りたいものを守りたいと願った姿だ」


 しかし、数分もすれば追手達も対策を見つけたようで、魔法陣で強い結界を作り出しまた一人また一人と接近してくる者達もいる。

 余裕のない彼らに失笑し、戦友を呼ぼう。


 「出番だ、俺の援護を頼む」


 新たにできた人間の友と弟を呼んだ。

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