第4話 風呂掃除編〜買い出し〜
ここまでのあらすじ。
カビ取り用洗剤の世界は思った以上に深かった。以上。
ところ変わって、近所の薬局にて。
「ここなら欲しいもの全部買えちゃいそうですね!」
未だ目を輝かせたのりとくんが、ウキウキと店内を歩いていく。僕が買い物カゴに手を伸ばそうとすると、既にわだちくんがカゴを掴んでいた。
「あの、わだちくん。荷物重くなるだろうし、僕が変わるよ?」
年下、というか恐らく小学生の彼に荷物持ちをさせるのはあまりに気がひけるので、一応申し出てみる。だがしかし、やはりというか、フルフルと首を横に振られてしまった。
「重くなるの?だったらおれ持つよ!わだっち、カゴちょーだい」
ともるくんの言葉に、わだちくんはサラッとカゴを手渡す。それにしてもわだっちって。
というか、ともるくんには普通に渡しちゃうんだ。まぁ彼がやりたいって言うと、子供の背伸びしたお使い、みたいで何というか微笑ましく見守りたくなってしまうのは分かる気がする。
「さて、それでは今から掃除に必要なものを揃えていきましょう!」
わだちくんが渡していたメモを片手に、のりとくんが宣言する。どうやらあのメモに書きつけていたのは買い物リストだったらしい。
「それじゃあ読み上げますね。
・重曹
・クエン酸
・アクリルスポンジ
・布巾
・ラップ
・歯ブラシ
・使い捨てのゴム手袋
以上です!」
「あれ、洗剤を買いに来たんじゃなかったっけ」
あまりのラインナップに、黙りがちな僕でもツッコミを入れてしまった。
アクリルスポンジと布巾と歯ブラシは掃除道具と言われれば納得が行くけれど。ラップは調理器具だし、重曹とクエン酸って調味料というか、小学生の理科の実験で使った印象しかないのだけれど。
「それじゃあお兄さんは種類別の洗剤を、きちんと管理できますか?」
どうやら僕は、のりとくんから相当な信頼を失っているらしいことは伝わってきた。
「できる、とは情けない話言い切れないけど」
「ですよね。でもそれって別に情けなくもないですし、苦手なことがあるのは仕方ないことですよ」
思いがけない言葉に、思わず顔を上げてしまう。
「だから、お兄さんが続けられる方法を考えましょう」
ああ、そっか。
掃除って続けなきゃいけないんだ。生きてる限り、掃除を避けて通ることはできないのか。それはそれで気が遠くなる話だ。
「えっと、のりとくんが僕のことを考えてくれているのはわかったんだけど、それと重曹やクエン酸はどう関わってくるのかな」
彼が重曹の大袋を手に取った辺りで、本来の質問を繰り返してみる。
「何だよ、お兄さん知らねぇの?」
横でカゴを持つともるくんが僕を見上げる。
「重曹とクエン酸は家中どこでも使える万能洗剤なんだぜ」
万能洗剤?
「最近はナチュラル洗剤とかって名前で結構ブームになってますよ。なのでほら、洗剤コーナーにちゃんとクリーナー目的の重曹とクエン酸が置いてあります。探しやすいですね」
ナチュラル洗剤…
と言われても、普通のブームメントにさえ疎い方である僕が、掃除の、しかも洗剤の流行り廃りに明るいわけがない。サッパリピンと来ない現状である。それにのりとくんの後半の台詞が、どう考えても僕向けじゃあないのが大変気になるんだが。
「小さな子供がいる家庭でも安全に使える、リーズナブルで!家計に優しい、他にも色んな理由で流行っているこのナチュラル洗剤ですが」
やけにリーズナブルで、を強調しなかったか、この子。
「お兄さんは兎に角、洗剤の種類を増やさないのが吉だと判断しました」
「あぁ、管理ができないから」
お金をゴミ箱に捨ててる、んだっけ。
「それだけじゃなくて、洗剤の種類が少なければ、掃除用具を探すとか、掃除用具の買い出しに行くっていう時間の無駄を省けるんですよ」
なるほど。確かに○○用洗剤がないと掃除ができない、という固定観念から脱出できれば、思い立ってすぐ掃除を開始できるのか。
それは掃除だけでなく、仕事や私生活全般に使えそうなアイデアだ。
でも、その掃除ブームメントにあやかってみたとして、本当にあの頑固そうな汚れを撃退できるんだろうか。
「それは、実際に掃除してからのお楽しみですね」
のりとくんが歯ブラシを複数本カゴに入れながらイタズラっ子の笑顔を見せる。
最初は大人しい子なのかと思っていたが、この短時間で彼の色んな表情を見ている気がする。実際は感情の起伏が激しい子なのだろうか。
というか、歯ブラシ入れすぎじゃない?
女子陣に頼まれていた紙皿やコップ、割り箸なんかも含め、購入した掃除用具品をぶら下げながら、帰りの道を戻っていく。袋を持っているのは変わらずともるくんだ。重曹とクエン酸の大袋が入っているにも関わらず、片手で袋を持ちながら今にも振り回しそうな様子である。
ひょっとしたら僕よりもよっぽど力持ちなのだろうか。
いやいや、そんなわけあるまいて。
家の手前辺りまでくると、馴染みのコンビニが見えてきた。ちょっとした出来心というか、恩返しの気持ちで、僕は少年たちに声をかけた。
「ねぇ、コンビニでアイスでも買っていかない?」
「アイス!」
一番最初に反応したのはともるくん。
「ご飯の前ですけど、いいんですか?」
次がのりとくん。
コンビニを真っ直ぐ見つめるのがわだちくんである。
「今からあの汚い浴室を掃除するんだから、アイス分くらいすぐ消費しちゃうさ」
「あの汚いって、お兄さんの部屋ですよね」
のりとくんの呆れた視線が突き刺さるが、気にしたら負けだ。そもそも汚いのは事実だし。
「細かいことはイイじゃん。オレ、あの割るアイス食べたい!」
重たい荷物を物ともせず、コンビニに向かって駆け出していくともるくんに、これは遊興費で換算しときますねと笑顔を向けてからともるくんに付いていくのりとくん。待って遊興費って何。初めて聞いたよ。因みに読み方は『ゆうきょうひ』。
ひんやりした店内に入り込み、2人の少年が物色しているアイスコーナーへ向かう。ともるくんが手にしているのは、1つを2人で分けるタイプのアイスだ。どうやらのりとくんと分けっこするらしい。なんというか、微笑ましい。
「わだちくんも、好きなアイス選びなよ」
僕の隣りで2人を黙って眺めている彼に声をかけると、僅かにこくんと頭が傾く。
言い出した僕が言うのも何だけれど、この子達、警戒心みたいなものはまるで無いんだな。そもそも、僕の名前も知らないんじゃ無いだろうか。知らない人からお菓子を買い与えられても、良い子のみんなは食べちゃあダメだよ。
というかそれを言うなら僕だって、この子達から直接自己紹介された訳じゃあないんだけど。
警戒心の欠如はお互い様のようである。
「お兄さん、ありがとうな」
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
買ったアイスを早速2つに割りながら、ともるくんがニカッと笑う。粉洗剤の大袋が2つも入ってるビニール袋を片手で持って、片手でアイスを食べる彼は、やはり只者ではない。ともるくんからアイスを受け取ったのりとくんも、薬局で見せたのとはまた違う、子供らしい笑顔である。
わだちくんはといえば、2人と同じ分けるタイプのアイスを購入していた。2つあるものを独り占めするのも、中々オツなものである。僕はそういう感性、結構好きなのだ。いや彼の場合、他の2人に合わせただけ、という感じなのかもしれないが。
律儀にアイスを2つに分ける姿を何の気なしに見ていると、他の子達より少し近い視線がかち合った。
「どうぞ」
・・・へ?
今、この子喋った、のか?
通算4話目にして、初めて声を聞いた。ともるくんやのりとくんに比べたら少し低い声だったのか。声音まで落ち着いた雰囲気を纏っていて驚いてしまう。
あまりの衝撃に、なんだかよくわからない分析を入れた辺りで、彼の言葉の意味をようやく反芻する。
『どうぞ』という言葉と共に差し出されたアイスの片割れ。彼は辛抱強く、まだ僕の方にアイスを差し出し続けてくれているわけだが、つまり。
これは僕の分のアイスということなのか。
「あぁ、うん。ありがとう」
お礼を言いつつ差し出されたアイスを受け取ると、彼はまた前を向いて何事も無かったかのように歩き出した。
つまり、彼がこのアイスを買ったのは、僕に分け前を渡すためだったのか。
薄々気付いてはいたが、わだちくんという人間は、どうやらそういう奴らしい。
所謂、気遣いの鬼、という奴だ。
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