第3話 風呂場掃除編〜カビ取り洗剤〜
ここまでのあらすじ。
少女に晩御飯代と称してお金をせびられ、少年にお金をゴミ箱に捨ててると叱られました。
説明がこれだけだと、僕が凄く情けなくて流されやすいポンコツみたいだ。
実際は、もっとしっかりした頼れる大人なのである。
なのでありたいと思う。
「買い出し行く前にやることやっちゃおうぜ!お兄さん、窓開けてよ」
と自信を失い始めていた僕に、絆創膏くんが声をかける。
「あ、はい」
と気の抜けた返事をして、僕は言われるがままに風呂場の小窓を大きく開いた。
うん、情けなくて流されやすいポンコツと呼んでくれ。
「えっと、これから何を」
「今からカビ用洗剤するんだぜ!」
そういって掲げてみせた手には、確かにカビ取り洗剤が収まっている。のりとくんが唯一捨てるボックスにいれなかった代物だ。カビ用洗剤をするって、なんというかちょっと可愛らしい響きだ。
「カビ用洗剤は、撒いてから少し時間を置かないと効果が出辛いんですよ」
のりとくんが補足説明を入れてくれる。絆創膏くんの知的レベルが低いのか、のりとくんの知識意欲が旺盛なのか、僕には判断がつきそうにない。
「大体5〜20分、洗剤によって時間の長さは変わってくるんだけどな!」
言いながら、楽しげな様子でカビ用洗剤を床タイルの隙間や浴槽と床の間、浴槽と壁の間なんかの黒カビに撒いていく絆創膏くん。風呂に入る時は愛用の眼鏡を外しているから全く気付かなかったが、僕んちの風呂真っ黒過ぎないか。
「気付くのが遅過ぎますよ、お兄さん」
横から呆れたようなのりとくんの声が聞こえてくる。
「カビ取り用洗剤にも種類があるんだけど、お兄さんが持ってたのは乳酸系の洗剤だな」
「乳酸?」
突拍子もない絆創膏くんの発言に、おうむ返しをしてしまう。飲むと美味しい乳酸菌、の乳酸だろうか。
「カビ用の洗剤は塩素系と乳酸系の2つがあるんだよ」
絆創膏くんが急に知的レベルの高い発言をかましてきただと。
「塩素系は強力な漂白剤だぞ。使うときは必ず換気をして、なるべく素手で触らないこと。あとは小さな子供がいるところでは、使わないようにした方が良いかもな。それだけ強力な薬ってことだ。それから塩素系の洗剤は酸性の洗剤と一緒に使わないこと。これは有名な話だな!」
ああ、確か有害ガスが発生するんだったか。酸性の洗剤と言われても、どういう洗剤を指すのか全く見当もつかないが。
「でもお兄さんが持ってたこの乳酸系の洗剤は、漂白力がちょっと塩素系より弱いぞ。その代わり素手でさわっても大丈夫だし、小さな子供がいるところで使っても大丈夫なんだ。それに酸性の洗剤を使っても有害ガスは出ない」
何故か得意げに鼻の下をこすってみせる絆創膏くん。その顔は腹立たしいけれど、なるほど、掃除知識は相当のようだ。
「それにお兄さんはスプレータイプの洗剤を買ってましたが、洗剤には色んな形があるんですよ」
「浴室用洗剤って、こういう形のしか無いんじゃないのか・・・」
のりとくんの言葉に、またしても僕は驚かなくてはいけなかった。奥が深いなカビ取り洗剤。
「お兄さんは本当に全然わかってないなぁ」
絆創膏くんにあからさまに舐められてしまっている僕である。
「カビ取りの基本は、カビに洗剤を密着させること。あとしっかり洗剤をしみ込ませることなんだぜ。だからこういう形も良いけど、えっとこう、ペターってなる」
「・・・ペースト?」
「そう!ペーストのヤツもよく使われるんだぜ!」
ペーストが出てこなかったのを誤魔化すようにカラカラ笑う絆創膏くんである。
「用途に合わせて、洗剤は選ばないといけないんですよ」
暗に、あの戸棚の洗剤の山を言われているんだろう。
絆創膏くんから知識でボコボコにされ、のりとくんに正論で滅多打ちにされた僕のライフはほぼゼロだ。
「ほれ、お兄さんもちゃんと汚れと向き合えよな!」
言いながら絆創膏くんが洗剤を手渡してくれる。
「いいか、洗剤を乗せたいところを決めて、20センチくらい離れたところからプシューっとするんだぞ」
絆創膏くんに急かされて、僕は風呂場の壁にカビ用洗剤を吹き付ける。白い泡が黒いカビを覆い隠しているのを見届けてまた隣の黒カビへ。壁の殆どが泡で埋まった辺りで、絆創膏くんのオッケーサインが出た。
「うん、その位でいいかな。お疲れ様、お兄さん」
このくらいの簡単な作業で労いの言葉をもらってしまった。しかも相手は小学生である。
「それではいよいよ買い出しですね!」
自分の不甲斐なさに胃がジクジクと痛み始めた僕を余所に、のりとくんが目を爛々と輝かせてそう宣言した。一目散に玄関の方へ駆けて行く彼を見ながら、僕は絆創膏くん、もといともるくんに声を掛けた。
「あの、のりとくんって買い物が好きなの?」
「お金が好きなんだよ、アイツ。なんて言うんだっけ?金の聖者?」
それだと、イメージは真逆だよ。
けれどなるほど、だからお金をゴミ箱に捨てている、と彼は怒ったのか。
でもお金が好きな人に買い物が好きなイメージはあまりないんだけど。彼はどういう類のお金好きなんだろうか。
「みんな早く!」
玄関から名前を呼ばれて僕たちはようやく動き始める。ええっと、とりあえず財布は持って出なくっちゃいけない。
僕は一度リビングに戻って卓袱台の上に置きっぱなしにしていた財布を手に取る。何となく中身を確認するが、たからちゃんに渡した額以上の金額が無くなったりはしていなかった。ちょっと一安心。
そうだ。買い出しに行くなら、あの子たちにも声を掛けなきゃいけないだろうか。
というか僕、今サラっと見ず知らずの子供がいるこの部屋を、そのまま出て行こうとしてないか。どうなんだ。防犯意識的にというか、いい歳した成人男性として、どうなんだ。
「あの、たからちゃん、ほまれちゃん」
リビングのすぐそばにあるキッチンを覗くと、女の子2人は食器類のチェックをしていた。
「なぁに?お兄ちゃん」
本当にほまれちゃんのお兄ちゃんになった気持ちになるので、その呼び方はどうにかしてもらわないと。
「今から掃除の買い出しに行くんだけど、何か買ってくるもの、あるかな」
「それじゃあ、紙コップと紙皿をお願いします」
たからちゃんからの実用的なリクエストに、僕は悟る。
あ、ここの食器は使えないって判断されたんだなぁ。
「えっと、僕ら居なくなるけど、君たち2人で大丈夫かな」
「戸じまりなら任せてよ!お兄ちゃん!」
この任せて!は信頼して良いヤツなんだろうか。ほまれちゃんの後ろにいるたからちゃんの方に視線を移すと、彼女はニコッと可愛らしく笑ってみせた。うん、なんか大丈夫そう。
「それじゃ、いってきます」
「いってらっしゃい」
2人からのその言葉は、えらく懐かしく僕の耳に届いた。
参照
日本石鹸洗剤工業会
https://jsda.org/w/sp/index.html
石鹸百科
https://www.live-science.com
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