ep1-2


 次の朝方。

 学校前、冬華の家に寄るのは既に日課となっていた。


 今日こそは、と決意を固めてみるが、顔に受ける風は冷たい。救いがあるとすれば、仄かだが太陽の暖かさを背中に感じられることだろう。住宅地の公園を見てみれば木々は既に葉を落とし、雑草もくすんだ色が目立つ。寒い冬はもうすぐそこなのだ。

 いつもの商店街を行けばそこには冬華の家がある。


「今日もありがとうね」


 のれんをくぐると平生と同じように晴子さんと挨拶をしてくれる。


「そうそう明久君、今から仕入れに行って一時間はいなくなるけど、気にしないでね」

「わかりました」

「私も孫ができても気にしないから」

「それは気にしてください」


 ほんと、晴子さんも変わらないなぁ。ほんと、いつもと変わらない。何もかも。

 外出の準備をする晴子さんに一礼し、冬華の部屋の前まで来ると、意を決して取っ手を押し込む。目の前の広がる世界の真ん中では冬華が独り佇んでいた。


「あ、先輩また遅刻ですよ!」

「ああえと、そうだっけ?」

「そうですよ! まったく、最近油断しすぎです」

「あはは、ごめん……」


 一応早くは起きてるんだけど、どうにも心の準備に時間がかかって遅くなりがちなんだよね。


「まぁいいです。それより今日はとうとう魔王の幹部の一人デュラハーンと戦う事になるんです。気を引き締めていきましょう」


 デュラハーン、別名首狩りの魔騎士。戦うのであれば困難な相手だ。

 ただ、既にそのデュラハーンはこの世界にはいない。


「実はさ、冬華」

「どうしました先輩?」

「実はデュラハーンはもう僕が倒したんだ」


 言うと、冬華は目を丸くする。


「そんな、呼んでくれませんでしたよね⁉」

「急に襲ってきたんだ。危なかったけどなんとか勝てた」


 さて、どう返ってくるかな。僕一人で勝手に事を起こすなんてそう無いからな。

 怒っていやしないかと不安になりながらも次の言葉を待っていると、冬華は少し頬を膨らます。


「もう、勝手に倒しちゃわないでくださいよ!」

「アハハ……ごめん」


 やっぱり怒るよね。

 僕が謝罪を口にすると、冬華は「でも」と続ける。


「先輩が無事だったんでそれでいいです」


 頬を染めながら不貞腐れたように言う冬華。

 どこか子供じみた所作にドキリとするが落ち着け僕。こんな調子じゃいけない。


「えっと、まぁなんていうか、やること無くなったけどどうしよう……」

「えー! 先輩考えてなかったんですか⁉ デュラハーン倒したの先輩しか知らないですから私何も考えてませんよ?」


 信じられないという具合に頭を抱えられる。実は考えてない事も無いけど、言いづらい。

 いやでも男明久、ここで言わなければどうするというのだろう。腹を決めるんだ。


「あーえと、じゃあそうだ、二人で映画とか見に行かない?」


 咄嗟に口を開くと、冬華がジトーッとした視線を送ってくる。


「この世界をなんだと思ってるんですか……そんなのあるわけないじゃないですか」

「え、あーいや、そうだよね……」


 ダメだ、まだ僕に話を押し切る力は無い。でももう少し足掻いてみる。


「それじゃあ遊園地とか」

「それも無いですよね?」


 これも無理か。


「じゃあ水族館……」

「無いです」


 返事がどんどん短くなっていく。そろそろ呆れられそうだ。


「それじゃあ」

「先輩。今日は何かおかしいですよ?」

「うっ……」


 流石に露骨すぎたか。冬華の視線が痛い。


「英雄ともあろう方が訳の分からない事言って、英雄ならそんな変な事言いませんよ」

「そう、だよね……」


 冬華の言葉が胸に突き刺さっていく。

 これ以上言うのは、あんまりよくないだろう。時々似たような事を言ってみるけど、いつもはぐらかされていた。


 やはり冬華と僕の距離は近いようで、遠い。まぁ住む世界が違うのだから仕方ない事だけど。


「それじゃあそろそろ時間だし、先行っておくね」

「あれ、もうそんな時間ですか?」

「まぁ今日は少し早いかもしれないけど、やることがあるから」

「えーなんですかそれー! まぁ仕方ないですけど」


 どこか拗ねたような冬華にごめんと謝ると、世界を後にしようとするが立ち止まる。


「そういえば、王都の近郊で凶暴な怪物が出たらしいよ。次はそっち行ってみる?」

「おっ、それは気になりますね。やはり英雄、そういう情報はお早い」

「まぁね」


 僕の耳は常に困っている民の声が聞こえる。なんてね。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る