ep2-1


 相も変わらず授業がつまらない日だった。


「じゃあまた明日な明久!」

「うん」


 友達がテニスバッグ片手に揚々と教室を飛び出していくと、他の生徒もぞろぞろと教室を出ていくので僕もその波に乗った。


 暖房の効いていた教室とは違って寒々しい廊下の空気に身体が自然と身震いする。

 手をこすり合わせると、僕は所属している文芸部の部室へと足を向けた。


 部室はここの西館と繋がる東館、四階にある。

 寒々しい塗り床の上を歩いていると、女の子のグループが角から出てくる。見てみれば、その中心には見知った顔があった。


 目が合うものの、その視線はすぐに僕から外されてしまう。まるで避けているかのように。


 自然に足が立ち止まっていると、やがて女の子の集団は僕の傍を通り過ぎていく。

 少しして振り返ってみるも、既に見知った顔は見えなくなっていた。

 何をしているんだか僕は。


 寒い廊下で佇んでいるのが馬鹿らしくなったので、僕は部室への歩みを再開する。

 やがて差し掛かった長く続く階段に疲弊しながらも、なんとかたどり着くと、たてつけの悪い引き戸を開く。


「もちろん来てない、か」


 部員は僕を含めて二人しかいない。そのもう一人がいない事を確認すると、まずはヒーターの電源を入れた。

 手ごろなパイプ椅子を傍に引き寄せると、荷物を置いて腰掛ける。


 少しの間呆けていたが、なかなかもう一人の部員が来ない。ほんの少し心配になっていると、つと僅かな眠気に誘われる。全身がふわふわと空中に浮いているような、そんな感覚があった。


 空を飛ぶ鳥はこんな感じなのだろうか。いや、鳥と言うよりは雲かな。忙しなく翼をはためかせるというよりは、のんびりと浮いている気分。ここは部室じゃなくて空だったか。

 周りの雲を眺めていると、ふと部室の引き戸が勢いよく開け放たれた。


「お疲れ様です明久先輩!」

「あ、山内さん。お疲れ」


 山内冬華。もう一人の部員の登場だ。は部室へ入ってくると、不満げな声をぶつけてくる。


「あ、また山内さんって。せめてここでは冬華と呼んでくださいって何度言ったら分かるんですか!」

「ああえと、そうだったね。アハハ……」


 ずいぶん前から言われていた事だけど、どうにも忘れるというか、なんというか。


「もう、ちゃんと肝に銘じておいてくださいよ」


 冬華はどさりと荷物を置くと、パイプ椅子をこちらへ引っ張ってきた。たぶん暖まりに来たのだろう。


 僕はもう十分暖まった。椅子ごと身体をずらしヒーターの前を空けるが、まだ足りなかったらしい。冬華はこちらに椅子をもう一度詰めてくるので僕はヒーターから距離を置く。


「む……」


 ふと、冬華がこちらを半目で睨んでくる。

 えっと、これはまだ退けろという事だろうか。でも十分ヒーターからは遠ざかったと思うんだけど。

 とりあえず壁の際まで退こうと椅子を持ち上げる。


「先輩、なんで離れていくんですか?」

「え、いやヒーターの前空けようと思って……」


 言うと、冬華は訝し気な視線でこちらを眺めてくる。

 普段はぱっちりとした眼も今は半目。それでも見つめられてる事には変わらない。少々気恥ずかしくなった頃、ため息が聞こえようやく視線から解放された。


「はぁ、まったく。明久先輩ってなんかアレですよね」

「えと、アレって?」

「アレはアレです」


 冬華はどこ無愛想に言うと、それ以上何も言おうとはせずヒーターに手をかざす。アレって一体なんなんだろう……。

 微妙に傷ついていると、冬華は椅子ごと身体をこちらに向けてきた。


「さて先輩、そろそろいつものやりましょうか」

「……」

「先輩?」

「ああいや、そうだね」


 傷が癒え切っていなかったのでついつい黙ってしまっていた。

 よいしょと立ち上がると、”いつもの”をやるために本棚の上からくじ引きの箱を取る。


「じゃあ私引きますね」


 冬華がごそごそ中を探ると、これだと言って勢いよく箱から手を出す。

 握られていた四つ折りの紙を広げられると、そこには『青春』と書かれていた。


「青春か。じゃあとりあえず役回りから決めよう」


「それはもう決まってます。先輩がダメな主人公で私がそんな主人公を支える超絶可愛いヒロインです!」


 嬉々として言い放つ冬華に苦い笑みがこみ上げてくる。僕はダメな主人公か。まぁ主人公にしてもらえるだけありがたいけど。


「じゃあそれでいこうか」


 言うと、何故か冬華が不思議そうな眼差しを向けてくる。


「どうしたの?」

「あ、いや。先輩がそれでいいならいいんですけど……」


 どこか浮かない表情を見せる冬華だったが、「まぁいっか先輩ですし」と笑みを浮かべる。僕だとなんなんですかね……。


「それじゃあさっさとある程度簡単に設定を決めましょう」

「ああうん、そうだね」


 冬華が何を思っていたのかはかりかねるが、まぁ本人がいいならそれでいいだろう。


 この”いつもの”というのは文芸部の活動の一つだ。先ほど引いたお題に沿って登場人物、背景、大体の話の流れと言ったプロットを練り、実際自分たちでその小説の登場人物を演じる。代々この部活に受け継がれたものらしく、既に卒業した先輩曰く即興でセリフを作り上げることで、言葉をアウトプットする練習になるという。まあ真偽は定かじゃないけど。


「とりあえずこんな感じでどうですか!」


 どうやらもう設定を決めたらしい。冬華が嬉々としてノートを見せてくる。

 どれどれ、最後はキスでハッピーエンド……ってなにこれ。まさかほんとにやるわけじゃないよね?

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