FILE23 1947年7月、ロズウェル・前編

 ワシは……いや、オレ、ジョン・タケオ・スバルは、75年前のスターピープルとの出会いを今でも昨日のことのように覚えている。


 ロズウェル事件が起きた時、オレはまだ17歳の若造だった。


 あのころのオレは、戦争による不幸続きのせいで、世の中クソくらえと思っていた。


 第二次世界大戦でアメリカと日本が戦争になったことは、ナナミたちも学校で勉強しているはずだな?


 あの時代、日本からの移住者である日系アメリカ人のわれわれは「あいつらは、敵国・日本のスパイではないか?」とずっと疑われていたのだ。

 そのせいで、戦時中、おおぜいの日系アメリカ人たちが、強制収容所に入れられた。


 国家への忠誠を示すために、オレの父親はアメリカ軍の兵士としてヨーロッパの戦場へ行き、戦死した。


 まだ子供だったオレは深く恨んだよ。同じアメリカ人なのにオレたちを差別するアメリカという国を。そして、オレたち日系の移民がアメリカに住んでいるのに戦争を始めた日本のことも。


 1945年に戦争が終わり、それから2年たって――。


 オレは、小遣いかせぎのために、遺跡の発掘をしている考古学者たちの荷物持ちのアルバイトをしていた。


 あれは、7月のある日のことだった。


 一日中、考古学者たちはロズウェルの北西で遺跡調査をしていた。

 夜、へとへとに疲れた彼らは、テントの中でグーグー寝息をたてて熟睡した。


 オレは、「テントにコヨーテが近づかないように見張っていろ」と命令されていたから、こんちくしょうと思いながらもテントの外で寝ずの番をしていた。


 だが、その日はひどい嵐でなぁ……。激しい豪雨が降り、雷もゴロゴロ鳴っていた。オレは、全身ずぶぬれだったよ。


「こんな嵐の夜だ。コヨーテも巣穴で大人しくしているだろ。見張りなんていらねぇや。寝ちまえ」


 オレは、自分もテントの中に入ろうとした。


 と、その時――。


 突然、空で何かが大爆発したようなけたたましい音がしたんだ。


 オレはおどろいて空を見上げた。オレが見たのは――バラバラに地上へと落下していく3つの光だった。


 1つは、オレたちがいたテントから南東の、ロズウェルの町のすぐ近くに落ちた。


 2つめは、北西のフォスター牧場のあたりへと墜落していった。


 そして、最後の3つめは、オレがいる場所からそんなに遠くないところに落ちた。


「まさか、空飛ぶ円盤フライング・ソーサーってやつか?」


 つい先月、ケネス・アーノルドという実業家が自家用飛行機で飛行中に空を飛ぶ9つの円盤と遭遇した、という事件が起きていた。


 オレは、「第2のケネス・アーノルドとして有名人になれるかも知れない」なんていかにも子供っぽいことを考えて、円盤を探しに行くことにした。あんなにも大きな爆発音がしたのにのん気に眠りこけている学者たちなんて、放っておいた。


 オレは、自分の車に乗りこんで(アメリカでは高校生で運転免許が取れる)、墜落現場へと向かった。


 オレの車は中古のオンボロだったから、馬力が出なくて何度もぬかるみにはまってしまい、苦労して墜落現場にたどり着いた。


 そこで見たのは、山のように巨大な宇宙船だった。


 とても不思議な光景だったよ。オレが来た時には、船体の3分の2ほどが巨大な岩に変わりつつあったんだ。


 まだ岩になっていない残りの3分の1は、銀色に輝いていて、まぶしさのあまり宇宙船がどんな形をしていたのかよく見えなかった。


 オレは車をおりて、巨岩へと変身していく宇宙船をぼうぜんとながめていた。すると、


 ――こんばんは。あなたは日本人ですね。


 オレの脳内にそんなメッセージが流れこんできた。


 驚いて振り向くと、そこにはオレと同い年ぐらいの黒髪の美少女が立っていた。


 外見は普通のアジア人っぽい。服装も、町の娘が着ていそうなピンクのワンピースを着ていた。


 だが、どう見ても普通の人間ではなかった。


 宇宙船に向かって片手をかざし、全身からピカピカと虹色のオーラを発していたんだ。目もまばゆい光を放っていた。


 どうやら、宇宙船を自然の風景にカモフラージュするために魔法か何かを使っている最中で、それで体からオーラを発していたらしい。


 数分後、宇宙船が完全に岩山の風景に溶けこむと、彼女は手をおろして全身のオーラを消した。目も、普通の黒目になっていた。


「あんた、何者なんだ? 宇宙からやって来たのか⁉ なんで宇宙船をあそこに隠した⁉」


 ――わたしには、この船を動かすだけの大きなパワーがもう残っていません。わたしはたぶん明日には死にます。だから、アメリカ軍に見つからないように隠しておくのです。この船をわたしが回収できるのは数十年後のことでしょう。


「あ、明日死ぬだって? それなのに、数十年後にあの宇宙船を回収しに来るというのか? 言っている意味がわからん……」


 オレの体はがくがくとふるえていた。


 巨大なUFOを見てビビっていたし、頭に直接メッセージを送りこまれるという未知の体験が恐くて、パニックになりかけていたんだ。


 オレのそんな気持ちを察してくれたのか、彼女はテレパシーをやめて、口で話してくれるようになった。


「おびえさせて、ごめんなさい。わたしはプレアデス星団をたばねる女王、プレアデス・クイーン。あなたに、助けてほしいのです。

 わたしの船は非常に頑丈がんじょうなので、幸いにも、墜落してもバラバラになりませんでした。しかし、仲間のセレポ星人の船が敵との戦いで大きなダメージを受けていて、墜落時にバラバラになったようなのです。今、生き残ったセレポ星人からテレパシーでそう連絡が入りました。乗員4人のうち3人が死亡したようです。わたしは、その生き残ったセレポ星人を助けに行かなければいけません。彼も、かなりの重傷を負っていて身動きがとれないようですから」


「助けに行くって……。でも、宇宙船はもう動かせないんだろ? 他に移動手段はあるのか?」


「いちおう、一瞬で離れた場所に移動できる能力を持ってはいるのですが……。今のわたしではごく短距離しか移動できないでしょう。それに、あまり力を使うとわたしが消滅する時間が早まってしまう恐れがあり、なるべく使用をひかえねばなりません。

 だから、あなたの車に乗せてもらい、仲間の救出に向かいたいのです。急がなければ、宇宙船の墜落に気づいたアメリカ軍がやって来ます。仲間が地球人の軍隊に捕まる前に、何とかしなければ……。お願いです、わたしをあなたの車に乗せてください」


 オレは異星人にそうお願いされ、最初はためらった。


 ……しかし、ずいぶんと顔色が悪くて足元がフラフラしている彼女を見ていたら、ちょっとずつ気持ちが変わってきた。


(もしかしたら、この子は本当に明日死ぬのかも知れない。たとえ異星人でも、弱っている女の子を見捨てるのは男のすることじゃない)


 そう考えたオレは「いいよ」と言った。

 そして、彼女を車に乗せ、彼女が指示する場所――仲間のセレポ星人の船が墜落した地点へと向かった。








 生き残ったセレポ星人からのテレパシーによると、彼らの船はオレと彼女が出会った場所から南東――つまり、墜落した3つの宇宙船の中で、ロズウェルの町に一番近い――に落ちたらしい。


 車を走らせている間、オレは簡単な自己紹介をして、彼女も自分たち宇宙人についてポツポツと語ってくれた。


 この宇宙には、たくさんの種族の星の民スターピープルたちがいること。


 スターピープルたちの中には、自分たちプレアデス星人みたいに人間とそっくりな姿をしている者、または、人間の姿に化けて地球にひそんでいる者がいること。


 宇宙には大きくわけて2つのスターピープルの派閥はばつがあり、自分はその一方のグループのリーダーであること。


 もう一方のグループのリーダーであるマイター・キングという男は、これまでに26の惑星を征服した恐ろしい侵略者であること。


 自分たちプレアデス星人やセレポ星人は、宇宙征服をもくろむマイター・キングの野望を阻止そししようとしていること……。


 どれもこれもSF小説の話を聞いているようで、オレは頭がパニックになりそうだった。


 でも、オレは実際に宇宙船を見てしまったんだ。信じないわけにはいかない。


「さっき空で起きた爆発は、地球を侵略しに来たマイター・キングっていうヤツと戦っていて、船が爆発したのか?」


「はい。空中で混戦になってしまい、わたしの船とセレポ星人の船、マイター・キングの船が大激突をしてしまったのです。そして、わたしたちは船のコントロールを失って、別々の場所へ墜落してしまいました」


「それで、力を使い果たして、そんなに弱っちまったのか? ……あんたらと何の関係もない地球人のために、そこまでしなくてもよかったのに。地球人なんて、同じ星に住む者同士で殺し合うようなろくでもないヤツらなんだぜ?」


 戦争に父親をうばわれたオレは、やさぐれた気持ちで、てるようにそう言った。


 すると、彼女はオレにニコリとほほ笑みながらこう言ったんだ。


「そんな悲しいことを言わないでください。悪いところがあるのはどこの惑星のスターピープルも一緒なのですから。

 たしかに、地球人には悪い部分がたくさんあります。大昔からこの星にはたびたび来ていましたが、個人的に好きになれないところもあります。

 でもね、あなたみたいに困っている者を放ってはおけない心の優しい地球人と出会うと、『ああ、地球はやはりいい星だ』と思えるのです」


「ぐ……偶然、可愛い女の子を見つけたから、ひろっただけさ」


「うふふ、それはちがいますよ。この世界のすべてのことは、関わり合っているのです。偶然なんてひとつもない、すべては必然なのです。

 だから、わたしとあなたが出会ったのも、運命。

 わたしは、地球人たちにこういうひとつひとつの出会いをもっと喜び、祝福して、大切にするようになってほしいのです。

 そうしたら、自分が出会った人たちを大事にしようと思えるようになり、地球人同士で殺し合うこともなくなるではありませんか」


 人と人の出会いを祝福して、大切にする……。


 世の中のすべてをにくんでいたオレには、今までなかった発想だった。


 この宇宙の女王様は、他人の悪い部分ではなく、良い部分を見て、ポジティブな気持ちで人と関わり合おうとしている。自分と関わったすべての人に祝福を、と望んでいるのだ。


(……たしかに、オレはアメリカ人や日本人の嫌な部分しか今まで見てこなかった。人とのひとつひとつの出会いを大切にしようだなんて、考えもしなかった。そういうオレみたいな人間が地球にたくさんいるから、この世界からは争いがなくならないのだろうな)


 オレもクイーンみたいになれたら、いつもだれかに腹を立てて生きている人生からけ出せるのだろうか――無意識に、オレはそうつぶやいていた。


「なれますよ、絶対。あなたは優しい人ですから」


 そう言ってくれた彼女の笑顔が、とてもまぶしかった。

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