FILE19 トレイシー・トゥルーの手紙

「おい、みんな。宝石箱の中に、まだ何か入っているぞ」


 わたしがオリバーとタリーに押しつぶされてグルグル目を回していると、アンドレがそう言った。


「え? 『ロズウェルの聖杯』がまだ入っていたのか?」


「いや、ちがう。何かメッセージが書かれた普通の紙と、あとこれは……ペンダントみたいだな」


「どれどれ、見せてくれ」


 アンドレは、オリバーに手紙らしきものを、わたしにペンダントを手渡した。

 タリーはまだわたしにしがみついていて、わたしの肩越しにペンダントを見つめている。


 わたしは、持参した懐中電灯で照らして、ペンダントを調べてみた。


 ペンダントのチェーンは、銀色。ぶらさがっている装飾品は、メラメラと燃える炎をモチーフにしているみたいだ。炎のペンダントって、ちょっと珍しいかも。


 炎の真ん中には、黒く輝く宝石がはめこまれている。


 装飾品のデザインが少し変わっているけれど、けっこう高価そうなアクセサリーだなぁ~……という感想しかわかなかった。


「う~ん……。普通のペンダントっぽいけど……。その手紙には、なんて書いてあるの?」


 わたしがオリバーにそうたずねると、まだ彼は手紙を読んでいた。その手紙の内容の真偽しんぎ吟味ぎんみするために、何度も何度も読み返しているようだ。


「いったい、何が書いてあるんだ? 『ロズウェルの聖杯』を持っていたということは、ここに住んでいた人間はアメリカ軍の元軍人か?」


 オリバーが読みやすいように懐中電灯で手紙を照らしているアンドレが、じれったそうにそうたずねる。


「ちょっと理解しがたいんだが……。この手紙の主は、ここに住んでいたトレイシー・トゥルーという女性だ。彼女は、ロズウェル事件があった年の1947年に、コヨーテに姿を変えたスターピープルと遭遇したらしい。そして、ひとかけらのUFOの残がいと炎のペンダントをたくされたそうだ」


「コヨーテって何? 動物?」


「ああ、ナナミは日本人だからなじみがないか。コヨーテは、北アメリカ大陸に広く生息せいそくしているイヌ科の肉食獣だよ。オオカミの近縁種きんえんしゅで凶暴だから、見かけても不用意に近づいたらダメだ」


「あたしたちアメリカ先住民の間では、知性のシンボルだけどね。人や神様もあざむく、ずる賢い動物なの」


 オリバーの説明の後にタリーがそう言ってつけ加えると、わたしは首をかしげながら「悪い動物ってこと?」と彼女にたずねた。


「ん~……。悪いこともするけど、いいこともするよ。あたしたちの祖先に火の使い方を教えてくれたのが、コヨーテなの。大昔は、神様だけが火を持っていたんだって。それをコヨーテが神様から盗んで、寒さにふるえていた人間たちを助けてくれたんだ」


 ふぅ~ん、善悪の両面をあわせ持つ動物なのかぁ。


「でも、そのコヨーテにスターピープルが化けていたって、どういうこと?」


「わからない。手紙を読み上げるから、みんなも考えてくれ」


 そう言うと、オリバーはトレイシー・トゥルーという女性の手紙を読み上げはじめた。








 わたしの名前は、トレイシー・トゥルーといいます。ずっと昔からこの町ロズウェルで暮らしていた老婆ろうばです。


 わたしが埋めた宝石箱を見つけてこの手紙を読んでいるのは、62年前のあの日に出会ったあなた――スターピープルさんでしょうか。


 きっと、そうでしょう。不思議な力を持つあなたなら、地面に埋められたUFOのカケラとUFOのエンジンキーを見つけることなんて簡単なことでしょうから。


 わたしがあなたと遭遇したのは、ロズウェルのUFO墜落事件が起きた直後のことでしたね。たしか、1947年7月のとても暑い日だったと思います。数日前には激しい雷雨がありました。


 あの日、わたしは当時つきあっていたボーイフレンドの運転で、ロズウェルの北西の道を走り、ドライブを楽しんでいました。


 しかし、そのドライブの途中で、ロズウェルの基地へと向かう軍の輸送部隊のトラック数台と鉢合はちあわせたのです。


 トラックは荷台からあふれそうなほど大量の破片はへんを積んでいて、チラリと見えたその破片は銀色に輝いていました。


 好奇心こうきしん旺盛おうせいだったわたしのボーイフレンドは車から降りて、荷物を慎重に運ぶためのろのろ運転だったトラックに近づき、荷台につまれている荷物をこっそりのぞいてしまいました。


 それが大きなまちがえだったのです。

 荷台にはUFOの残がいがつまれていたのでしょう。軍人たちはボーイフレンドの悪ふざけに気づいて激しく怒り、彼をとりおさえてしまったのです。

 ボーイフレンドは、助手席で待っているわたしを残したまま、軍人たちに連行されていきました。(彼が軍から解放されたのは3日後で、自分が何を見たのか口外したら家族にも危険がおよぶとおどされたそうです。1年後、彼とは別れました)


 町から離れた田舎道で1人取り残されたわたしは、まだ車の運転免許を持っていなかったので、とほうにくれてしまいました。そんなわたしを助けてくれたのが、あなたでしたね。


 突然、1匹のコヨーテが車に近づいて来た時、わたしはひどくおびえましたが、コヨーテに化けていたあなたはわたしにテレパシーでこう言いました。


「地球人の娘よ、恐がらなくてもいい。オレは、地球の外からやって来たスターピープルだ。おまえたち地球人に悪意はない。

 地球侵略をたくらむ邪悪なスターピープルたちと戦い、相打ちのすえに、宇宙船が数日前この近くの牧場に墜落してしまったのだ。

 地球の動物の姿に化けているのは、アメリカ軍に捕まらないためだ。力を使い果たして弱りきった今のオレでは、簡単に捕獲されてしまうだろうからな……」


 わたしの頭に、あなたの悲しげな声がひびき、わたしまで深い悲しみを感じたことを今でも覚えています。


 そして、あなたは、自分が乗っていた船の残がいはほとんどが軍に回収されてしまったこと、自分は元の力を取り戻すために数十年ほど地下で深い眠りにつかなければいけないことなども、わたしに教えてくれました。


「こんな大事なことを話すのは、君が清い心の持ち主だからだ。オレの最後の力を使って、君を家まで送り届けてあげよう。そのかわり、オレが眠っている数十年の間、預かっていてほしい物がある。……いつか再びあらわれるであろう侵略者のスターピープルから地球を守るために必要な物だから、大切に保管してほしい。絶対に、だれにも渡してはいけない」


 あなたはそう言って、首にかけていた炎のペンダント、口にくわえていたUFOの残がいをわたしに託し、これがいかに大事な物なのか説明してくれました。

 この炎の形をしたアクセサリーが、UFOを動かすためのエンジンキーだなんて、今でも信じられません……。


 正直言って頭の中はパニックでしたが、悪い宇宙人から地球を守ってくれたというあなたのためならば、地球人のわたしも協力しなければいけないという気持ちがふつふつとわいてきました。

 わたしはあなたと出会う1分前までは宇宙人の存在なんてこれっぽっちも信じていなかったのに、とても不思議です。


 わたしが「必ず大切に保管します」と誓うと、あなたは車に魔法をかけました。車は勝手に動き出し、無事にわたしを家まで送り届けてくれました。


 わたしは、侵略者から地球を守ってくれたあなたとの約束を守るために、この62年間、あなたから預かった物をだれの目にもふれないように厳重に保管してきました。数人の男性のプロポーズを断ったのも、結婚相手にあなたの持ち物を見られたらマズイと思ったからです。


 ……しかし、待てど暮らせど、あなたはわたしの元にやって来てくれません。

 わたしは、先日、医者から余命3か月だと診断されました。もうしわけありませんが、もうあなたを待つことはできません。


 だから、死ぬ前に、あなたから預かった物をわたしの宝石箱に入れ、家の庭に埋めたいと思います。不思議な力を持ったあなたなら、きっと見つけ出すことができると信じています。もう一度、あなたと会いたかったです。さようなら。


 もしも、万が一……。

 ここまでわたしの手紙を読んだあなたが、あの日出会ったスターピープルではなく、ただの人間だったら、どうかお願いします。わたしのかわりにUFOのカケラとエンジンキーを守りぬき、正義のスターピープルにこれを渡してください。悪のスターピープルから地球を守れるのは、彼だけなのです。


             2009年4月4日     トレイシー・トゥルー

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